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短編小説集

悪夢喰らい

作者: 大西洋子

 バクは疲れきっていた。


 人間が再び見たくないと願われた悪夢があまりにも多すぎて、喰っても喰っても追い付かないのだ。


 しかも、その悪夢はどれも似たようなもので、だんだん口にするのさえ億劫になり、胸やけを起こしてしまった。


 そのうえ、何時もだったら、おやつのような子どもが見る悪夢さえも喰らうのが辛く、悪夢をなだめる奥の手を使うはめになってしまい、ふらふらさ迷っていた。


 そして、とうとう混濁した意識にバクは押し潰されそうになる。

「バク」

 甘く妖艶な声と、ふわりとした感覚に包まれながら、途切れ途切れの意識の中で、己を包むどこか淫靡なこの気配が誰なのかを思い巡らしかけたところで、バクはコトリと眠りにおちた。

 

 浮かんでは消える無数の夢。その夢の海にバクは漂っていた。


 夢の住人なのに、夢を見るものなんだな。と、バクはどこか他人事めいた気持ちで、浮かんでは消える夢を眺めていた。


 と、意識が途切れる直前に感じた、甘く妖艶な気配が、バクを膝枕していることに気がつき、混濁の眠りの海から浮上し始めた。


「これはこれは、夢魔のお二方ではありませんか」

 まだ夢の続きなのだろうか。ぼんやりしながらバクはたずねた。


「あなたも人間が見る夢に翻弄されているのね。あなたにまとわりついている悪夢から開放されたい?」

 ――それにしても、どうして夢魔が悪夢喰らいの己の元に?

「いいからもう少し休め。話はキミが回復してからだ」

 男の夢魔が骨までとろけそうな声でささやく。女の夢魔がバクを膝枕させながら身体を優しく撫でていく。


 猫じゃないのだけどな。

 でも、気持ちいいから、まあいいか。

 バクは心地よく眠りについた。



 目覚めるとバクの身体はすっかり軽くなっていた。

 それにしても、こんなにゆっくりと休めたのは、何時ぶりなのだろう。

 窓から漏れる光は夕刻のそれであった。

 それにしても、ここは何処だろう。それにあの夢魔は?


 バクはふわふわと空に浮かび、己が今いる場所を見渡した。

 細いガラスの管、金属の棒、小さな漏斗、古めかしい天秤秤。……などなど。

 理科室というより、それはまさしく錬金術師の部屋のそれだった。


 バクの視線が、あるものから目を離せなくなった。

 ピンポン玉程の大きさの黒曜石でできた、人間の頭蓋骨が五つ。

「やっぱり悪夢喰らいのキミは、これが気になるようだね」

 声の主は男の夢魔だった。

「これには、キミにまとわりついていた悪夢を混ぜて作ったのだよ。さわってごらん。その悪夢の欠片が見えるから」

 バクは言われるがままさわってみた。

 と、同時に黒い塊が現れ、バクを襲おうとした。あわてて手を引っ込めたとたん、それは一瞬のうちに消えた。


「ふふ、驚いた? 彼ね、私達が与える夢を見たいときに見えるようなモノを作れるようになったの」

 バクは夢魔を見上げた。

「夢を言い訳に、己の欲で他の者を深く傷つける。近年、その傾向が強くなってな。

 だったら、最初から人間に望みの夢を、起きながら見る夢を与えることはできないかって、試行錯誤したのだ」


 そのような悪夢を何度も喰らったバクは、夢魔の苦しみが手に取るようにわかった。

「バク、あなたも人間に望みの夢を与えてみない? 夢を言い訳に欲を押し付け、罪を重ねる人間らに」

 バクは夢魔の言葉にうなずいた。


 かくしてその夜から、バクは喰いたい悪夢だけ食べ、喰わなかった悪夢を夢魔の元に運び、夢魔はそれを加工する。


 そして、思い通りにならない夢を、起きながら見る夢を人の世に送り出す。


 だが、その目覚めながら見る悪夢が、もし現実に溢れたら……


 バクは杞憂を押し殺し、夢を集める。



 


 

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