8話 魔法騒動、再び
「ありがとうございました~!」
お店に残っていたお客さんが「今日もごちそうさま」と言いながら帰っていくのを見送りながら、窓から外を眺める。日はすっかり傾き終わっていた。
俺は空いたテーブルを片付けつつ、奥に居るアニスさんに声を掛ける。
「今日はこれでお店閉めちゃいますか?」
「ん~。……そだね~、お願いしてもいーい?」
「はーい」
店長の了解を得て、俺は閉店の準備をしに外に出た。扉に掛かったプレートを裏返し「本日閉店」にした後は、今日のおすすめメニューが書かれた看板をしまうだけだ。
アニスさんは毎回この看板に凝ったイラストを描くので、片づけをする度に消すのが勿体なく感じたり。今日は俺の似顔絵が可愛くデフォルメされて描かれていて、思わずこのまま保存したくなってしまう。
「こういう時、カメラが欲しくなるなぁ~……」
「あれ? もしかして今日はもう閉店ッスか?」
無いものねだりをしながらうんうん唸っていると、お客さんらしき人から声を掛けられた。振り向くと、そこには俺と背丈が同じくらいの女の子が立っていた。
「あっ、はい。その予定でしたが……」
「あっちゃー、もうちょっと早く帰ってこればよかったなぁ……」
「えっと、まだ片付け終わったわけじゃないので、良かったら……。アニスさんに一応聞いてみてからのお話になっちゃうんですけど」
「マジですか⁉ 店員さんちょー優しいッスね! あ、じゃあ自分がアニスさんに直接お願いするッスよ!」
どうぞ、と言う間もなく彼女は勢いよく店の扉を開け、中に入って行ってしまった。なんだかテンションの落差が激しい子だ……。女の子じゃなかったら多分マトモに口が利けなかったかも。
店の入り口に置き去りになってしまった俺はいそいそとプレートを元に戻しつつ店の中へ戻る。
中では、彼女の存在に気付いたアニスさんが、慣れた手つきで彼女に抱きついていた。
「しーちゃん久しぶり~!」
「お久しぶりッス、アニス姐さん!」
アニス……ねえさん?
◇
「そういえば優しい店員さんとは初めましてッスね! 自分はシオンって言って、この街の情報屋みたいなのをやってるんすよ!」
3人でテーブルを囲み、一度落ち着いた所で自己紹介も兼ねて話をすることになったのだが……。シオンは第一印象通り、随分とグイグイくる子だった。
「コラ、しーちゃん。そんなにワッとまくし立てちゃ駄目でしょ。エマは大人しい子なんだから」
「ああ、ごめんなさいッス! ついテンションが上がっちゃって……」
「あはは……。大人しいというか、ちょっと人見知りなだけなんですけどね……。でも、大丈夫ですよシオンさん。改めまして、私はエマです。よろしくお願いしますね」
慌てて謝罪する彼女に、俺は笑顔を向ける。決して悪い子ではないというのはすぐ分かったので、そう緊張することなく対応できた。
「ほぁ~……。これはまた姐さん、素敵な方をゲットしましたね?」
「でしょー⁉ もうアタシこの子に一目惚れしちゃって! もう同棲だってしちゃってるんだから!」
「んむむっ」
恥ずかしいような嬉しいような事を平然と言ってのけるアニスさん。
そしてそんな彼女に今日も今日とてに抱き寄せられる俺。彼女の胸は相変わらず豊満であった。
……いやいや、このままじゃ話が一向に続かないじゃないか。俺はなんとか顔の火照りを抑えつつ脱出を試みる。
アニスさん、そんな残念そうな顔をしても駄目なものは駄目です。
「ぷはっ……。え、ええと、シオンさん」
「ああ、自分の事は呼び捨てで呼んでくれてオッケーッスよ! 多分エマさんより年下、で合ってますよね? 自分は十三ッスけど……。エマさん、一体おいくつなんスか?」
「ふふふ、エマは小さくて童顔で可愛いからいつも年齢聞かれちゃうよね~。おっぱいは大きいけど」
「んなっ」
「た、確かに大きいッスよね……。自分もそれくらいになるのかな……」
むむむ、と唸りながら自分の胸を確かめるように撫でるシオン。その歳にしてはある方だと思うけど……。
というか、恥ずかしいからあまり俺の胸の話をしないでほしいのだが! この前双子に辱められて以来余計に気になるようになっちゃったんだから!
「む、胸の話はここまでで……! 私は十六歳です! ええと、じゃあせっかくですしシオンちゃんって呼びますね!」
「照れる姿も可愛いんだ、これが!」
「ホントッスね~!」
「もーーーーっ‼」
アニスさん1人にすら翻弄されるのに、2人が相手じゃもはや勝ち目がないじゃないか……!
◇
やっと顔の火照りが治まってきたので、こっちを見つめてニヤニヤ楽しんでる2人を無視して話を戻す。ふーんだ。俺だって本当に怒ると面倒なんだぞ。
会話し始める前に淹れた紅茶もすっかり冷めてしまった。
「それで、シオンちゃん。アニスさんとは姉妹だったりするんですか?」
「姉妹……? ああ、姐さん呼びの事ッスか! これはいつもお世話になってるアニス姐さんに敬意を込めてそう呼んでるだけッスよ!」
「昔は"おねーちゃん"って呼んでたのになぁ」
「いやぁ、自分ももう流石にそういう年頃じゃないッスからね~」
タハハ、と照れくさそうに頬をかくシオン。ワンサイドアップに結ばれた彼女の金色の髪が、その感情を表すように揺ら揺らしている。
その後、昔話を含め色々な話をしたのだが、彼女は「あ、そうッス」と思い出したように別の話を始めた。
「つい話に夢中になって忘れてたッス、自分が今日ここに来た理由」
「アタシに会いに来てくれたんじゃないの?」
「や、それももちろんあったんスけど……。実は最近、この街で起こったっていう妙な話を聞きまして」
「えー、なにそれ聞きたい聞きたい!」
やはり女性は噂話には敏感なのか、アニスさんが興味を示す。
そういえばシオンは情報屋をしてるって言ってたような。いや、そもそも情報屋ってなんだ?
「姐さんは知ってのとおり、自分はちょっと前まで余所の街に足を運んでたんで、その話があった時には居なかったんスけど」
「うんうん」
昔やったゲームでそんなキャラが居たような……。お金払うと攻略情報を教えてくれたお姉さんがそうだったっけ。
「なんでも、先日女性の身体が光っているのを目撃した人が居るとか」
「ゲフッ」
この世界でもシオンは同じような事をやってるのだろうか。
……うん?
「ごめんなさいシオンちゃん、今なんて言いました?」
「いや、女性の身体が光っているのを見たって人が居るらしいんスよ。その人の話によると……。あれ? エマさんに姐さん? どうしたんスか、急に苦虫を噛み潰したような顔して」
「あ、あああ、アニスさん? ど、どうすればいいですかね?」
「お、おおお、落ち着こうエマ。こ、こういう時は深呼吸をするといいよ」
明らかに不自然な動きをし始めた俺たちを不思議そうな顔で見つめるシオン。
ま、まままままずいのでは? 身体が光ったって言ったら十中八九俺の魔法の事では? バレたら駄目なんじゃなかったっけ?
で、でもシオンは知り合いだし話してもいいのかな?
そんな動揺が隠し切れない俺に対して、アニスさんも珍しくオロオロしていたのだが、流石は大人の女性というべきか、幾分か早く平静を取り戻したようで。
彼女はコホンと大きく咳払いした後、シオンにゆっくりと語りかけた。
「しーちゃん、今から大事な話をするから、落ち着いてよーーく聞いてね」
「は、はぁ……。まあ、姐さんがそういうなら」
「さっきの身体が光った女の子の話なんだけど……。あれ、エマの事なの」
「へえ、エマさんが……。え?」
「ええええええ!?」
◇
「なるほどのう……。それで、わらわの所に話をしに来たというわけじゃな」
あれからというもの、髪の毛が逆立つほど驚いてしまったシオンに事情を説明するのに一苦労。
なにより、情報屋の使命なのか、その話を広めに行こうとする彼女を制止するのに疲弊しきってしまった俺とアニスさん。
そこで、この話はおそらく一番詳しいであろうノエルの元でゆっくり話すことにしよう、ということになったのだった。
そして今、王城内のノエルの自室にて、俺とアニスさんとシオンの三人は、ノエルにこれまでの経緯を説明していた。
隣に控えていたアキさんが口を開く。
「大変申し訳ありません。あの事件が起こった当時の事は全て内密にするよう、目撃者を含めあの現場にいた方々には厳しく申し上げていたのですが」
「まあ、噂というのはあっという間に広がるものじゃしなあ……。幸い、シオンが聞いたという情報も断片的なものじゃし、アキがそう責任を感じる必要はない」
「そう言って頂けると……」
あの事件、というのは例のナンパ野郎の時に起こった俺の魔法騒動だ。
あれ以来街の人からは心配はされる事はあっても、身体が光った事は誰も言ってこなかったので、すっかり安心しきっていたのだが……。
でもまあ今のノエルの態度から見て、そこまで慌てる必要はなさそうでよかった。
「じゃが、エマ本人から話を聞いてしまった以上はシオンにも話しておく必要があるのう。シオン以外の者へは……まあ実は幽霊だった、とか適当に作り話を流して噂を上書きすればよいじゃろ」
「はっ、ただちに取り掛からせます」
そう言って素早くアキさんが部屋から出ていく。
おお……。そういえばノエルの王女様らしい姿はまだ見た事が無かったなぁ、なんてなんだか他人事のように感動してしまった。
「あ、あの……もしかして自分、とんでもない事に首を突っ込んでしまったんスかね……?」
おそるおそると言った感じにノエルに話しかけるシオン。
彼女にはまだ「身体が光った女性は俺の事」ということしか説明出来ていない。王城にまで連れてこられて、今のノエルの姿や態度を見てしまっては、怯えてしまうのも無理はないだろう。
「クックック。なあに、そう緊張せんでもよい。……じゃが、今から話すことは非常に重要なものであって、かつ現時点では他言無用であることは事実じゃから、その辺よろしく頼むのじゃ」
「しょ、承知しましたッス……!」
そうしてノエルは俺の身体に起こった事や魔法の事などを説明し始める。
シオンは時々相槌を打つ程度で、終始静かに聞き続けていた。……昨日もその大人しさがあれば良かったのに。
「……とまあ、そんなところじゃな。どうじゃ、理解できそうかの?」
「あ、はいッス! 魔法の話は自分も調べたことがあったので、理解は出来たんスけど……。まさか本当にエマさんが魔法の使い手だなんて……」
いつぞやの俺やアニスさんのような反応を見せるシオン。まあ、本人である俺でさえ今になっても自分の事のようには思えないのだから、他人である彼女からしたら当然だろう。
と、そこでノエルが待ってましたという感じに話し始める。
「その魔法の話なんじゃがの、実はちょうどその事について近いうちにエマ達に話そうとしていた所だったのじゃ」
「なにか新しく分かったことがあるんですか?」
「いや、すまん、そう期待に応えられるような成果はまだ得られてないんじゃが……。アキはおるか?」
「はっ、ここに」
「えっ⁉ アキさん、い、いつの間に……!」
さっきまで噂の偽装工作の準備をしに部屋から出ていたんじゃ……。と驚く俺たちだったが、
「アキは優秀なメイドじゃからのう」
「お褒め頂きありがとうございます」
と、当たり前のように済まされてはそれ以上何も言えないのだった。
「アキ、例の説明を頼むのじゃ」
「畏まりました、お嬢様。……まずはエマ様。工作活動につきましては、現在われわれメイド隊の精鋭が迅速に進めております。今日の夜には問題なく片付くでしょうから、どうかご安心ください」
「は、はぁ……」
……瞬間移動とかメイド隊とか、さっきからいろいろ突っ込みたい話ばっかだけど、ここは堪えて大人しく話を聞くことにしよう。
「それで、先ほどお嬢様がお話になられた魔法の事なのですが……。最近の調査で、魔法の源である精霊について少しばかりですが解明した部分がありまして」
「精霊、ですか……」
「ええ。予想の話も混じってしまうのですが、精霊と言うのはどうも豊かな土地の周りに特に発生するものでして、それはこの王城がある都市も含まれるのです。ただ、それよりももっと、何と言いますか、自然に溢れすぎている場所がありまして……。もしかするとその場所は精霊も濃く発生しているのでは……? ということなのです」
なんとなく黙って話を聞いていると、シオンが何かに気づいたように「あっ!」と声を上げた。
「自分、その話聞いた事があるッス! 確かこの国の端っこの方の、大きな湖と洞窟がある場所ッスよね?」
「ほう、流石は情報屋といったところかのう。その通りじゃ。……それでじゃな、実はその場所にエマを連れて行こうと思っていたのじゃ」
「わ、私をですか?」
突然話を振られたので、慌てて今までの話を整理する。
えっと、話を聞くに、ノエルが連れて行こうとしているのは、すなわち精霊が濃く発生しているであろう場所だ。
魔法は精霊の力で発現するものだから……。
「その場所に行って、魔法を使ってみる……とか?」
「うむ、察しが良くて助かるのじゃ」
なんとなく思い浮かんだことを答えてみると、ノエルは満足そうに微笑んだ。
だが、意外にも、今の会話にシオンとアニスさんの二人が入り込んでくる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいッス! あの場所って大きな猛獣が出たって話を聞いた事があるッスよ⁉」
「え、だ、駄目駄目、駄目ですノエル様! エマをそんな危険な場所に連れてくなんて!」
「え?」
ちょ、なにそれ、そんなにヤバイ場所なの? そういや初めてノエルと会った時もそんな話を一瞬聞いたような……。
ま、まあ、いくら平和な世界って言っても猛獣の一匹や二匹いるよね……。
「まあまあ待て待て、わらわだって何の準備をせずに連れていくつもりは毛頭ないわい」
「ホッ……」
彼女らは心底安心したように胸をなでおろす。
……なんか俺が考えるよりもずっと心配してくれていたようで、ありがたいやら申し訳ないやら。
「でも、準備っていうのは……」
「そう、わらわが話したかった今日の本題はそこなんじゃ。まあ準備と言うか確かめておきたい事と言うか……とにかくじゃ」
どこか勿体ぶるように説明した後、ノエルは言った。
「エマよ、今から魔法を発現させてみてはもらえんかの?」