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7話 ああ、今の私は女の子

「エマおねーちゃん、まだー?」

「早く一緒に入ろうよ~」


「ちょ、ちょっと待ってくださいね⁉ こ、心の準備をしていますから!」


 お風呂場から聞こえる賑やかな二人の声に、緊張感を押し殺すような声で返事をする俺。覚悟を決め、服を脱ぐ。その心臓はかつてないほどに鼓動していた。

 そして、既に彼らが脱ぎ捨てた服が入った洗濯籠に自分の服を入れ……。


「お、お待たせしました~……」


 俺の身体を守るものは、この小さなタオル一枚のみ。対する敵は、純粋無垢な子供たち。

 俺は今、二度目の人生にして、人生初の大きな山場を迎えていた――!


 ◇


 それは魔法騒動から数日が経ったある日の事。

 今日はアニスさんの喫茶店が休みなので、2人でのんびりとした一日を過ごそうなどと話していた時に、一通の手紙が届いた。

 差出人は、アニスさんの母親。なんでもアニスさんは大の冒険好きで、小さい頃に家を出たっきり一度も帰っていないらしい。なので、たまにこうして手紙で連絡を取り合っているんだとか。


 手紙を嬉しそうに開封する彼女の様子から、うちと一緒で家族仲は良好なんだろうなぁと、先ほど淹れた目覚ましの紅茶をすすりながら眺めていたのだが……。


「どうしようエ゛マ゛~~‼」

「⁉ ケホッケホッ! な、何があったんですか!」


 手紙を握りしめながら、青ざめた顔でこっちに向かってくる彼女に驚いてむせてしまう。

 どうも彼女に届いたそれは、残念ながら"不幸の手紙"のようだった。


「……それで、手紙には何て書いてあったんですか?」


 彼女がここまで狼狽するなんて珍しい事だったので、おそるおそる聞いてみる。


「お金こっそり持ってったのがバレた……」

「……はい?」

「だからぁ、アタシがパパのへそくりをこっそりこの店の営業資金に充てたのがバレたの~!」

「え、えぇ……」


 思わず目が点になった。もっとこう、家族に不幸があったとかそういうのだとばかり思い込んでいたせいで、気が抜けてしまう。


「なんだ、そんな事……。いや、当事者にしてみれば重大な事なんでしょうけど」

「チョー重大だよ! アタシ大ピンチだよ! どうしよう~!」

「私にどうしようって言われましても……」


 アニスさんは、俺なんかよりもずっとしっかりした人だが、まだ二十歳だ。その年齢で、しかも一人で喫茶店を営業しているのは大変だろうなぁ……と思っていたのだが、まさかそこにこんな裏話があったなんて。


「私、実はアニスさんの事尊敬してたんですよ? 一人で頑張ってて凄いなぁって。……それなのに、無断でお金を取ってきちゃうのは……」

「うわぁ~~~ん! エマが追い打ちかけてくる~~!」


 俺の言葉が突き刺さったのか、泣きついてくる彼女。

 ……いつもは彼女に翻弄されてばかりだったので、なんだかこういうのは新鮮だ。少し楽しくなってきて、軽い口調でからかってみる。


「やだなー。私に優しくしてくれていたのも、本当は裏があったのかなー」

「待って待って! アタシそんなつもりでエマと仲良くしてたんじゃないもん! やだようアタシの事信じてよう! 嫌いにならないでよう!」


 ……もちろん全部冗談なのだが、まるで子供のようになってしまっている彼女を見ていると、流石に良心が痛んでくる。


「ご、ごめんなさい、冗談ですよ。私はいつだってアニスさんの事を信じてますから。……それに、アニスさんの事を嫌いになんて絶対になりません。むしろ、す、好きですから」

「エ゛マ゛~~‼ アタシも好゛き゛~~~~‼‼」

「お、大きな声で言わないでくださいよ! 外に聞こえちゃいますから!」


 ちょっとからかうつもりが、結局自分にもダメージが返ってきてしまうのだった。


 ◇


「じゃあね、エマ! アタシが居なくなっても、いつまでも可愛いエマでいてね……!」


 あれから落ち着きを取り戻したアニスさんは、手紙に書いてあった『一度帰ってきなさい』という文言に素直に従う事にして、今こうして俺に別れの挨拶をしている。

 ……別れと言っても、彼女の実家はこの街からそう離れているわけではないので、今日か明日には帰って来られるらしいのだが。

 俺が「大げさですよ」と少し呆れながら言うと、彼女はとても寂しそうにしながら、例のムーと鳴く羊車に乗って実家の方角へ向かっていった。


 そうして彼女を見送った後、家に戻った俺は、いつもより静かで、どこか落ち着かない気分になりながらも当初の予定通りのんびりと休日を過ごしていた。

 趣味の読書に夢中になり、気付けば時刻はお昼過ぎ。簡単に昼食を済ませ、夕食の買い出しに出かけることにしたのだが。


 ついでに店の備品や本なんかも買っていこうかな、と思ったのが失敗だった。

 気付いた頃には両手が荷物でいっぱいになっていて、とても一人じゃ持って帰れずどうしようかと途方に暮れていたその時、二人の元気な子供に声をかけられた。


「おねーちゃん、大丈夫?」

「荷物、重いの?」

「あ、えっと……」


 相手は子供とはいえ、突然話しかけられたことに驚いてしまい慌てる俺に、片方の女の子が俺の顔を見て「あーっ!」と叫んだ。


「おねーちゃん、アニスおねーちゃんのお店で見たことある!」

「ほんとだ! たしか、エマおねーちゃんだ!」


 どうやら喫茶店を訪れたことがある子たちだったらしく、もう片方の男の子が俺の名前を言い当てる。

 一応見知らぬ子ではないという事にちょっと安心する。


「よく私の事まで覚えていてくれましたね」

「おねーちゃん綺麗な人だったからすぐ覚えたもん!」

「おとーさんがすっごい褒めてたよ! じょうれん? になるって言ってた!」

「あはは……。な、なんだか恥ずかしいですね」


 男の子が言った「常連になったお父さん」が、まさかあの常連のおじさんの中の誰かなんじゃないかと想像をしてしまいそうになるが、今は置いておくとしよう。


「荷物重いんでしょ? わたし達が一緒に運んであげる!」

「え、でも……」

「いいの! ぼく達に任せて!」


 有無を言わさずに俺の荷物を持とうとする彼ら。子供に運ばせるのは気が引けたが、彼らの善意を無碍にするのも申し訳ないと思い、その優しさに甘えることにした。


「えっと、ありがとうございます。……そういえばまだお名前を聞いてませんでしたね」

「わたしはルル!」

「ぼくはロロ!」

「ルルちゃんとロロくん、ですね。それではお言葉に甘えて、私のお家までお願いしますね」

「「はーい‼」」


 そうして、2人の子供パワーに元気を貰いつつ、なんとか帰路に就くのだった。


 ◇


「お待たせしました、パンケーキですよ~」

「「わーーい‼」」


 ルルとロロに助けられ無事に家にたどり着くことが出来た俺。

 聞けば双子の姉弟らしい2人に、俺は今日のお礼の代わりに手作りのパンケーキを振る舞うことにした。パンケーキは俺の得意料理の1つで、アニスさんに認められて、お店のメニューにもなっていたり。

 クリームと先ほど買った新鮮な果物が乗ったソレを見て目を輝かせる2人。子供は特にこうやって感情が素直に出るから、作ってる側もつい嬉しくなってしまうのだった。


 その後、2人ともペロリと平らげて、幸せそうな顔をしている。ちゃんとお礼になるか不安だったけど、満足してくれたようだ。

 しかし、彼らに紅茶のお代わりを出すついでに、皿を洗ってしまおうと思ったその時。


「わっ!」

「あっ、だ、大丈夫⁉」

「うわー、ビショビショだぁ~……」


 ロロが紅茶を零してしまったようだ。幸い冷めかかっていたのか火傷はしていないようだったが、着ていた服に派手にかかってしまっていた。


「ごめんなさ~い……」

「ふふっ、謝らなくてもいいですよ。……でも、困りましたね。代わりの服といっても女物しかありませんし……」


 慰めるようにロロの頭をなでる。なんだか本当にお姉ちゃんにでもなった気分だ。しかしそんなことを考えている場合ではない。濡れたままでいるのも可哀想だし。

 とそこで、名案を思い付く。


「あ、じゃあ、ロロくんがシャワーを浴びてる間に、私が服を洗って乾かしておくのはどうでしょう」

「いいの?」

「結構派手に濡れちゃいましたからね。風邪をひくといけませんし、温まっていってください」

「わーい! ありがとーエマおねーちゃん!」

「ねえねえ、わたしも一緒にはいりたーい!」

「はい、もちろんいいですよ」


 仲良きことは美しきかな、という年齢でもないだろうが、異性の双子で一緒にお風呂に入るなんてよっぽど仲が良いのだろう。見ていて微笑ましくなる。

 ……そんなホッコリしていた俺だったが、ルルの衝撃の一言によって、その気分はあっという間に消え去ってしまった。


「エマおねーちゃんも一緒にはいろー!」

「私もですか。構いませんよ。……えっ?」

 

 ◇


「エマおねーちゃん、まだー?」

「早く一緒に入ろうよ~」


 ……というわけで、今まさに人生最大のピンチを迎えているのである。ちっとも名案なんかじゃなかった!

 ちなみにロロの服は既に洗い終えて乾かしてある。動揺しつつもやることはちゃんとこなす俺、偉い。なんて言ってる場合ではないのだが!


 いや、待てよ? 冷静に考えたら、相手は小さな子供だ。下手に意識するから緊張するのでは?

 ……よし、覚悟は出来た! いざゆかん! と意気揚々にお風呂場のドアを開け。


「お、お待たせしました~……」


 意気揚々の"い"の字も感じられない挨拶をしつつ戦場へ。


「あ、おねーちゃんやっときた!」

「待ちくたびれたよ~」

「ご、ごめんなさい。ちょっと洗濯物に手間取っちゃって」


 などと言い訳をする俺を、ジーッと見つめる二人。そんな俺はと言うと、小さいタオルで必死に身体を隠し、緊張を悟られないように平然を保つふりをしていたのだが……。

 や、やっぱり意識しないなんて無理だ! めっちゃ見られてる!


「ど、どうしました……? 私の身体をジッと見つめて……」

「やっぱりおねーちゃん、おっぱいおっきいねー!」

「ぶふっ⁉」

「ねー! うちのおかーさんよりずっとおっきー!」

「な、なななな……!」


 見られるだけに留まらないのが子供というかなんというか。

 それにしても無邪気すぎる! お願いだからそれ以上は何も言わないで! 恥ずかしくてお姉ちゃん死にそうだから!


 ルルに言われるならまだしも、男の子であるロロに自分の身体を指摘される恥ずかしさに、まだシャワーを浴びてすらいないのに体温が急上昇してしまう。

 しかしながら、相手は子供。そんな俺の願いは虚しく散ることになる……それどころか。


「ねえねえおねーちゃん、おっぱい触っていーい?」

「は、はいぃぃぃ⁉ だ、だだだだだ、駄目ですよ⁉ 駄目に決まってます!」


 この爆弾発言である! ロロくん男の子でしょ! そういう事言っちゃ駄目でしょ!


「えー、だめー?」

「だ、駄目です! お、女の子の身体を触るっていうのはってきゃあっ⁉」

「わ、わー! すごーいやわらかーい!」

「る、るるるるるる、ルルちゃん⁉ 勝手に触っちゃ……ぅんっ⁉」


 あろうことか、いつの間にか背後に回っていたルルが俺の胸を揉んできたではないか⁉

 ロロに意識が集中してたから全く気付かなかった! おのれ不意打ちとは卑怯なり!

 しかし、死ぬほど動揺しながらでもくすぐったさは感じるのか、変な声が出てしまう……、ってそれどころじゃなくて⁉


「も、もう! 駄目ですよこういう事をするのは!」

「ルルばっかりずるいぞー! ぼくも触る!」


 だからお前は男だろうが! 俺もかつてはそうだったから気持ちはわかるけど!


「ろ、ロロくんはもっと駄目ですってば! んぅっ、ちょ、ルルちゃ、んん⁉」

「わっ! ほんとだ、すごーい! ぷにぷにだー!」

「ちょ、ロロく、ルルちゃ、だめ、だめです……、やだ、くすぐった、ん、ゃあっ……」

「ねー、おねえちゃんすごーい!」

「んくっ……! す、すごいじゃなくてっ、も、もうやめっ……! い、いいいいっ」


「いい加減にしろーーーーっ‼」


 ◇


 つい大声で怒鳴ってしまった俺だったが、二人はその声に驚いたのかすっかり大人しくなったため、早々にシャワーを浴びせ、お風呂場から退場させ、洗い立ての服に着替えさせた後。

 俺の部屋では彼らへのお説教タイムが続いていた。


「「ごめんなさ~い……」」


「は、反省したのならいいんです。これ以上は何も言いません。……あと、さっきは私も大きな声を出してしまってすみません。驚かせちゃいましたよね」

「でも、悪いのはわたし達だし……」

「うん……」


 こうションボリされてしまうと、大人としては弱いもので。いや、大人と言っても俺もまだ十六歳だけど。


「ふふっ、もういいですよ。お姉ちゃんは二人を許します」

「あ、ありがとー‼」

「……ですが」

「⁉」


 ビクゥッ! と身体を反応させる二人。子供は素直で可愛い。でも、ちゃんと言う事は言っておかないと。


「今日あった事は、絶対、ぜぇーったい、誰にも話しちゃ駄目ですからね! もし話したら……。お姉ちゃん、今日よりもーっと大きな声で怒りますからね……?」

「「や、やくそくします!」」

「よろしい!」


 ドスの効いた声で脅すように言ったからか、素直に従う彼らに、俺は本当に二人のお姉ちゃんにでもなった気分で答えるのだった。


 そして翌日。

 よほど会えないのが寂しかったのか、アニスさんは帰ってきて早々俺を抱きしめ数十分可愛がった後、


「アタシが居ない間なんもなかった?」


 と聞いてきたので、双子の話をしたら、


「あの双子か~、良い子達なんだけど、ちょっとイタズラっ子なところがあってさ」

「……えっ」

「アタシも前におっぱい揉ませて~なんて言われたから十年早い! って返したんだけど……。 え、エマ? なんか顔怖くない?」


「どうして……」

「えっ?」

「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですかー!」


 アニスさんに対して怒るのは的外れだとは分かりつつも、俺を辱めたあの双子につい怒りが爆発してしまった。

 というか、おのれあの双子め! 前科持ちじゃないか! 今度会ったら絶対ユキさん仕込みの"お説教"してやる!


 そう意気込む俺を見て、「やばいやばいエマが怒ったどうしよう」と慌てふためくアニスさんの姿に気付いたのは、俺の怒りが静まってしばらくした後だった。


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