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4話 新生活と、異変

「いらっしゃいませ~!」


 小さな店内に俺の声が響く。最初の頃は緊張していたけど、一週間ともなるとこの掛け声にも慣れてきた。


「エマちゃんは今日も元気だねぇ! エマちゃんが働き始めてから、俺ぁこの店に来るのが楽しみになったよ」

「ちょっとーおじさん、それってアタシだけじゃ役者不足だったってこと?」

「い、いやいやそうじゃないよ! 綺麗なアニスちゃんに、可愛いエマちゃんが揃ったからこそ、余計に楽しみになったわけで……」

「えー? 言い訳がましいぞー?」


 常連のおじさんの言葉にアニスさんが文句を言い、笑い声となる。これも最近見慣れた光景だ。


「あはは……私はそういって頂けるだけで嬉しいですよ?」

「エマ……! あなたなんて純粋で可愛い娘なのっ」

「んむっ。ア、アニスさん、仕事中に抱きつくのはやめてくださいってば」

「おっ! いつもの光景だ。眼福眼福……」


 おじさんが俺らの姿を見てすかさず拝み始める。褒められてるんだろうから悪い気はしないけど、おじさんがやってるという現実に若干引くものがある。


 しかしアニスさんに抱きつかれるのは未だに慣れないな……。

 とはいえこの感覚に慣れちゃうのはそれはそれで勿体ない気がするのは、やはり男の性ってやつなんだろうか?




 ◇



 

 さて、俺は今、アニスさんが店主を務める喫茶店でアルバイトをしている。

 アニスさんに出会い、ひたすら可愛がられたあの日。あの後なんとか解放された俺は、彼女にこの街を訪れた経緯などを話すと、


「付き合ってっていうのは半分冗談でね、エマさえ良かったらアタシの店で一緒に働かないかなって」


 と誘ってくれたのだ。どうやら最近、一人でお店をやっていくのに寂しさを感じていたらしく、人手を探していたとか。

 俺はというと、元々この街には長く滞在するつもりだったので、働く場所を探さなきゃなと思っていたこともあり嬉しい提案だった。おまけに住み込みで働けるとのこと。


 誘ってくれたアニスさん本人が、あまりに積極的な人すぎるのが少々不安だったが……。

 ともあれ、結果的に俺はこの街に着いた初日からお金と宿の確保があっさり出来た形となった。ある意味、ナンパに感謝かも。

 

 断るまでの理由も無い俺は、二つ返事で快諾。早速旅人から喫茶店の店員にジョブチェンジし、新たな生活を満喫していたのだった。




 そうしてバイトを始めてからしばらく経ったある日。


「お疲れ~エマ。にしし、今日も大人気だったね」

「お疲れ様ですアニスさん。はい、皆さん優しい方ばかりなので……。ああやって話しかけてくれるのは嬉しいです」

「うぅーこの無自覚な天使っぷり! やっぱりエマを誘って正解だった! というかあの日エマを助けたのがアタシでよかった……!」

「?? ……私もアニスさんが助けてくれたおかげで今こうして一緒に働けてるので、凄く感謝していますよ?」

「きゃああああもう本当に可愛い!!」

「わっわっ」


 今日も今日とてアニスさんは俺を可愛がってくれる。だが段々そのスキンシップが過激になってきている気がする……いや、嬉しいんだけどね。

 相変わらず照れととまどいを隠せない俺に抱きつきながら、彼女はそうだ、と何か思い出したように話し始めた。


「明日なんだけどさ、エマは用事とかあったりする?」

「明日、ですか? ……確かお店は休みでしたっけ。特に用事はないですよ」

「じゃあさじゃあさ、デートしようよデート。エマがこの街に来てからあんま観光させてあげられてないなーと思って」


 確かにこの街に来てからというもの、街をのんびり見て回ることをすっかり忘れていた。それだけアニスさんとの新生活が充実していたというのもあるだろうが。

 細かい気遣いが出来る優しさも、アニスさんの魅力の一つだと思う。


「むしろこちらからお願いしたいです。よろしくお願いしますね」


 デートという単語に照れつつ、誘って貰えた事が嬉しくて、つい頬が緩む。


「あっあっちょっと待ってアタシ限界かも駄目だわエマ可愛すぎるしんどい……」

「え、あのアニスさん!? 大丈夫ですか!?」


 アニスさんが、前世の頃ネットでたまに見かけたセリフを言う。生で聞いたのは初めてなのだが、実際本当にしんどそうなので心配になる。

 声をかけるも、アニスさんからは「大丈夫大丈夫……」と、とてもそうは聞こえない返事しか返ってこなかった。




 ◇




 翌日、約束通りアニスさんに連れられ街を観光させてもらう事に。


「わっ……すごいですねこのお店、可愛い服がいっぱい」

「んっふっふー、今日はアタシがとっておきのを選んであげるからねー」

「ええっ、そんな……田舎者の私には似合いませんよ」

「何言ってんの! ほら、これなんかエマの綺麗な黒髪にピッタリ!」


 新しく服を買ったり、小物を見たり、オススメのスイーツがあるお店に行ったり……。

 街自体には両親と何度か足を運んだことがあったが、今日訪れた先先はどれも目新しいものばかりで、つい夢中になってしまっていた。




「……まさかそのせいでアニスさんとはぐれるなんて」


 子供じゃないんだから……と自虐するもむなしいばかり。まずは合流する事を考えなきゃ。

 とはいえ、俺はこの街に来てまだ一週間そこらだ。知り合いも少なく、見慣れない景色ばかりなため、良い手段が思い当たらない。


「こういう時はあまり動き回らない方がいいんだっけ」


 しかし運悪く、今俺が立っているのは人気の少ない路地裏。

 辺りを見回して、とりあえず視界に入った、目印になりやすそうな噴水広場に向かうことにしたのだが。


「あれ? 君この前見た女の子じゃない?」


 そこで俺は、再びあの恐怖を体験することになる。


「おっマジじゃねえか、流石兄ちゃん目がきくねえ」


 嫌な気配を感じながら、声のした方を恐る恐る振り返ると、いつぞやのナンパ二人がそこにいた。

 彼らはあれだけ言い争いをしていながら、なお二人でつるんでいるようだ。


 最初に声を発した方の男が、俺を見つけたのがそんなに嬉しかったのか、顔を輝かせて近づいてくる。


「ねえお姉ちゃん! オレだよオレ、この前会ったじゃん! いやー偶然だなぁまさかこんなところで再会するなんて、やっぱりこれって運命ってやつじゃね? なんつって!」


 顔近いし声デカいしなによりノリがうざい!

 ……と言う勇気は流石の俺にも無い。


「オイ、だから兄ちゃんは毎回がっつきすぎなんだよ。オレ様みたく丁寧に話しかけないからいっつも逃げられるんだぞ」

「おっさんが丁寧ぃ? 冗談は顔だけにしてくれよ」

「今オレ様の顔の事なんつったぁ!」


「ひぅっ……!?」


 図体のでかい方の男が急に大声をあげるので、反射的に口から悲鳴が漏れた。

 結局喧嘩すんのかよこいつら! なんなの本当に! 頼むから目の前で威圧感を出すのはやめていただきたいのだが!?

 

 そこで、心臓がこれでもかと言わんばかりに激しく鼓動しているのに気付く。

 実のところ、俺は前回のナンパ事件以来、どうも男に対して無条件に恐怖を覚えるようになってしまっていた。元男だろうが、怖いものは怖いのだ……。


 とにかく、なんとか打開策を考えなくてはと、震える身体を抑えつつ思考を働かせていたその時。


「おっと、オレたちで喧嘩してる場合じゃなかった。こんな上玉滅多にお目にかかれねぇし、また逃げられても困るんでな」

「そうだったな。よし、人目も無いことだし、今回はちょっと無理やりにでも連れてくか? 二人掛りなら余裕だろう」

「オーケーオーケー……。さ、お姉ちゃん、今日こそは俺たちと遊んでもらうぜ?」


 でかい方の男が、ゲスな笑みを浮かべて俺の右腕を掴んできた。


「なっ……!」


 咄嗟に対応できず、持っていた買い物袋がガサッと音を立てる。

 やばいやばい! こいつら正気か!?


「は、離してください! やめて!」

「あーあー、暴れるなよなぁ……。優しくしているうちに従っといたほうがいいぜ?」

「痛っ……!」


 俺の細い腕に力が込められ、みるみる赤くなっていくのがわかった。力いっぱい振りほどこうとするが、デカ男はビクともしない。こんなところで男女の力の差を痛感するとは。


「オイおっさん、強く掴みすぎだ、跡が付いたら困るだろうが。怪しまれちまう」

「わりぃわりぃ」

「なにを、勝手なことっ……」

 

 こいつらは今までもこうして、女の子を襲ってはどこやらへ連れ込んでいたのだろうか。

 必死に抵抗している自分の姿を、まるで客観視しているかのような感覚。


 いつしか恐怖心は、その感覚によって怒りの感情で上書きされていた。




「うっ!? なんだこの姉ちゃん!?」


 ――男たちの様子が変わったのは、それからすぐのことだった。


「か、身体が光ってやがる!?」

「な、なんだ? オイなんだこれ!」


 感情が募りすぎたのか、意識がぼんやりする俺を見て、明らかに不自然な反応を示す二人。


「よくわかんねぇけどヤバそうだぞこれ! お、オレはもう行く!」

「あ、オイ待てよテメェ! チッ、クソッタレ!」


 デカ男が去り際に俺の右腕を振りほどく。

 その勢いのまま地面に叩き付けられ、同時に、持っていた買い物袋からは、アニスさんに買ってもらったばかりの服が飛び出していた。


「……いってぇ……」

「だ、大丈夫かい!?」


 ちょうど通りすがったのか、遠くから女性の声が聞こえる。


「……あ、はい、大丈夫で……す?」


 反射的に声をだし、その方向を向く……が、駆け寄ってきた彼女は、まるで奇妙な物でも見たような顔をしていた。

 その反応を不思議に思いつつ、痛む右腕を見ようとして――俺はようやく()()に気付いた。


「光って、る……?」


 俺の身体が、いや正確には()()()()()()()()()()()()()のだ。

 なんだ。何が起こっている。俺はどうなっている。そんな言葉が俺の頭の中を駆け巡り――。

 

 やがて、感情も思考もぐちゃぐちゃのうちに、視界が閉ざされていった――。




 ◇




「……! エマ?」


「ん……んぅ?」


 目が覚めてまず視界に入ったのは、両目に涙を浮かべながら俺を見つめるアニスさんの姿。


「エマ!? エマ、エマ!!」

「んむっ……」


 意識がハッキリする間もなく、アニスさんに抱きしめられる。いつもどおりの抱擁が、何故だか久しぶりに味わったような感覚があった。


「よかった……。目が覚めたんだね、本当によかった……」

「アニスさん……」


 やがて鮮明になってきた頭で、今の状況を確かめる。


 お尻には、最近身体に馴染んできたベッドの感触。部屋の隅にはローグさんが新調してくれた大きな旅行カバンが置かれている。

 ということはつまり、ここはアニスさんの喫茶店兼自宅の2階にある、俺の今の自室なわけだが……いつの間にここに?


 う~むと唸る声が聞こえたのか、アニスさんは俺を抱く腕を離して、こちらと向き合う。


「エマが倒れてるって聞いた瞬間は心臓が止まるかと思ったよ……。大丈夫? 何があったか覚えてる?」

「えっと、はい。……確か、アニスさんとはぐれた後、また例の人達に……襲われて」


 そうだ、俺はあのまま意識を失ったんだったな……。


「みたいだね。倒れたエマを看ててくれたおばさんが教えてくれたよ。……そうそう、ナンパした奴らは通報があって捕まったってさ。安心していいよ」

「はい……。それよりあの、アニスさんがここまで?」

「そうだよ~。エマもアタシもいっぱい荷物あったから重くて重くて! おぶって連れて帰るのほんとーに大変だったんだから!」


 ……そっか、アニスさんが。


「なーんて……。あ、あれ? エマ?」


 今目の前にいる彼女からは、両目を真っ赤に腫らしながらも、努めて明るく振る舞おうとしている様子が伝わってきて。


 そんな彼女がいる安心感のせいで。


「……ぐすっ、えぐっ」


 ――今になって、感情が爆発した。


「わた、わたしっ……。怖くて、でもなにもできなくてっ……」

「……うん、そうだね。怖かったね。ごめんね、そばにいてあげられなくて」

「ちがっ、私、私がっ」

「うん、うん。落ち着いて。私はここにいるから。ね?」

「んぐぅっ……!」


 優しい声、温かい感触。その全てが、今の俺にはむしろ、涙が止まらなくなる材料でしかなく。

 

 俺が泣き続けたのは三十分ほどだっただろうか。

 アニスさんは、ずっとそばにいてくれた。




 ◇




「お、お恥ずかしいところをお見せしました……」

「何言ってんの、女の子だもん。泣くときは泣くもんよ」

「いや、あの……。はい……」


 実は俺、元は男なんです。元男なのに男に襲われて、それで恐怖して泣いちゃいました。


 ……なんて事は当然言えないので、素直に認めるしかなかった。

 ああ恥ずかしい。恥ずかしさで死にそう。ここで死んだらもう一回転生させてくれるのかな。


「っとそうだ、エマに言わなきゃいけない大事なことがあるんだった」

「……?」


 アホなことを考える俺に、アニスさんはいつになく真面目な態度で話しかける。


「エマさ、覚えてる? 意識を失う前、身体の周りが光ってたこと」

「えと、はい、うっすらとですが。そのことにみんな驚いてたような気もします。あれは一体……?」

「うん。そう、そのことなんだけどね……」


 なんだろう、アニスさんにしては珍しく歯切れが悪い。


 俺は彼女の次の言葉を待って……自分の耳を疑った。


「アタシも正直信じてないっていうかよく分かんないんだけどね。それって多分さ……」


()()なんじゃないかなって、思うんだよね」


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