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3話 驚きの出会い!?

「ねーねーそこの可愛いお嬢ちゃん、オレと遊ばない?」

「オイ、その子はオレ様が先に目ェ付けたんだ。あんたは引っ込んでな」


 俺の目の前には強面の男性が二人。

 街を歩く女の子に男が声をかける……いわゆるナンパ行為自体が、意外と現実でも行われていることくらいは前世の頃から知っていた。

 

 もっとも、その時は自分が当事者になるなんて事は想像すらしなかったのだが。


「なんだオッサン、オレに喧嘩売ってんのか?」

「冗談じゃねえ、だれがお前みたいな雑魚と」

「なんだとコラァ!」

「やんのかコラァ!」


「あ、あの~……私、もう行ってもいいですかぁ……?」


 逆に、強面の男性二人の目の前には俺が一人。

 そして俺は、誰がどう見てもただの()()()()()()()で。


 つまりは、ナンパの標的となっているわけで……。




 ◇




 話は遡る……いや、遡るほどでもない昨日。勇気を出して、旅に出ることを決めた日のこと。

 両親は俺の決断にとても驚いていた。まさか提案した翌朝に返事が返ってくるとは思ってなかったのだろう。

 でも、俺の笑顔を一目見て、これなら大丈夫だろうと安心したそうだ。


 出発前になって、ローグさんは大泣きし始めてしまった。そんな彼を見て、ユキさんも俺も、家族みんなで泣き合った。家族の絆が感じられて、嬉しかった。

 目いっぱい泣いた後、笑顔で別れを告げた。


 こうして、俺は十六歳になって初めて、親元を離れて外の世界を歩み始めたのだった。


 旅の案内には旅行屋のお兄さんが付いてくれた。ローグさんから話は通してあったらしい。


 ちなみにローグさんの例の発言については「絶対忘れるように」と強く言いつけておいたが……案内している間の落ち着きのない様子からは期待する方が難しそうだった。

 年頃の男性に、娘の成長を赤裸々に語るお馬鹿(ローグ)さんが悪い。


 話を戻すと、お兄さんが御者を務める個人用の羊車(ようしゃ)に乗って、まずは自宅から一番近い街を目指すことになった。


 これまた余談だが、羊車というのは、馬車の羊バージョン。こっちの羊はムーと鳴くのが特徴。

 こっちの世界にも馬車はあるようだが、基本的にお金持ちが使うそうな。

 理由は、こっちの馬は気性が荒く、そのスピードを制御できる御者の数が希少だから……というのを本で読んだ記憶がある(俺が考えたギャグではない)。

 いずれにせよファンタジー感があって心が躍る。いつか馬車にも乗ってみたいものだ。


 さて、朝から羊車に揺られ、街の入り口に着いたのがお昼がだいぶ過ぎたころ。お兄さんと別れ、いざ街の中へ……という所で先のナンパが現れたのだ。


 以上、回想終わり。


 その間、俺を放置して行われていた二人の言い争いは未だ続いている。余所でやってくれないかな?


 前世じゃ寝たきり、現世でもほぼ家族としか会話してこなかった俺は、実はコミュニケーション能力が皆無なのだ。

 リリスと初めて会った時だって、本来ならまともに会話が成立しなかったはずなのだが、あの時の事は正直自分でもよくわからない。


 というわけで、最善手は黙って逃げることだと考えたが……かえってそれが二人を刺激させてしまった。


「あ、おい待ってくれよお嬢ちゃん!」

「ひっ」


 囲い込まれるようにジリジリと距離が詰められる。

 これがまた威圧感が凄まじく、情けないことに俺は小さな悲鳴くらいしかあげることができなかった。


 そして二人がまた一歩近づこうとした、その時。


「あーー! やっと見つけたーー!」


 突然大きな声が聞こえ、その方を三人して振り向くと、そこにはこちらへ向かってくる女性の姿があった。

 オレンジ色の髪をした彼女はその勢いのまま俺たちの間に割って入り、その綺麗な顔でナンパ二人を一睨みしたあと、俺の手を取る。

 急な事態の変化に対応できない俺をよそに、彼女は俺の手を握ったまま、ナンパから遠ざかるように走り出した。


「え、ええっ?」

「ほら、行くよっ」


 やっとの思いで絞り出した困惑の声をかき消され、なす術もない。

 半ば彼女に引っ張られながら取り残された男達の方を振り返ると、責任の押し付け合いでもしているのか、また言い争いを始めていた。




 ◇




「さて、と。大丈夫だった? 相当怖がってたみたいだったから、つい引っ張るように連れてきちゃったけど……」

「い、いえ。あの、はい……」

「ん……ちょっと待ってて。何か飲み物持ってくるから」


 先ほどのナンパの恐怖心と、今度は見知らぬ女性に見知らぬ場所へ連れてこられた、という状況の変化のせいで、女性の問いかけにまともに返事が出来ない。

 そんな俺に対し、彼女は優しく微笑み、部屋の奥の方へ歩いていく。


 その笑顔を見て、ホッと一呼吸する。文字通り人心地ついた気分だった。


 それはそれとして、ここが一体どこで、彼女が誰なのかはやっぱり気になる。

 俺は彼女の背をじっと眺めていたが、やがて彼女はこちらを振り向くと、ちょうどお互いの視線がぶつかった。


「あー……ごめんね、先に色々と説明すればよかったか」


 彼女は申し訳なさそうにしながらこちらに歩み寄ると、手に持ったカップを俺に差し出した。


「これ、紅茶。淹れたてだから冷める前に飲んでほしいかなー、なんて」


 アハハ、と笑いながら手渡されたカップからは、どこか安心できるぬくもりと、茶葉の良い香りが漂う。


「これ飲んだら、ちょっとは落ち着くと思うから」

「あ、ありがとうございます。ええと、いただきます……」

「うんっ。熱いから気をつけて」


 お礼を言っただけなのに、とても嬉しそうにする彼女。

 今度は別の意味で緊張しながら紅茶を口に含むと、確かに不思議と心が落ち着く味がした。


「……美味しい」

「ホント? それアタシの一番のお気に入りなの。喜んでもらえて嬉しい」


 一層表情が明るくなった彼女は、そのまま話を続ける。


「改めて、突然ごめんね。びっくりしたでしょ」

「えっと、まあ、その……はい」

「アハハ、素直でよろしい! アタシ、"アニス"っていうんだ。ああいうの見るとほっとけないタチでさ、ついつい身体が動いちゃったんだ」


 ああいうの、とはナンパのことだろう。彼女……アニスさんはどうやら、俺を助けるためにここまで連れ出してくれたようだった。


「ありがとうございました。私、まさか自分が男性に声をかけられるなんて思ってなくて……それでつい、アニスさんのことも警戒しちゃって」

「いーのいーの! えっと、アナタ……」

「あっ、ごめんなさい。私の名前はエマっていいます」

「エマみたいな小さな女の子を襲うアイツらが悪いんだから。エマが気に病むことは無いよ」


 そう言って、アニスさんは優しく俺の頭を撫でる。むう、恥ずかしさでまた緊張してきた……。


「あ、あの、アニスさん。それで、ここは……?」


 言葉が詰まる様子をさほど気にすることもなく、彼女は嬉しげに撫でるのを続けながら説明を始めた。

 今俺たちがいるこの場所は、アニスさんの自宅兼、彼女が一人で経営する小さな喫茶店だった。

 今日はお店が休日ということで、たまたま俺が通った街の入り口近くをブラブラしていたところ、絡まれていた俺を見つけたんだとか。


 道理で美味しいお茶が出てくるわけだ……と、また一口紅茶を飲んだところで、彼女は撫でる手を止めて俺をジッと見つめた。


「それにしてもエマ、『自分が男に声をかけられるなんて思ってなかった』っていうのはちょーっとお姉さん心配かなあ」

「はあ……?」


 いまいち要領を得ない俺はカップを口にしたまま首をかしげる。


「くうっ!? や、やっぱり自覚が無いんだこの子……! あ、あのねエマ。エマみたく顔は童顔で可愛くて目はクリクリ、そんでもって背はちっこいのにおっぱいは大きい女の子なんて、男の格好の餌食なんだよ!?」

「!? ケホッケホッ……!」


 驚いてむせてしまった……。アニスさんは唐突に、しかも口早に何を言い出すんだ……?

 あとさっきのナンパより、今のアニスさんの方がよっぽどギラギラしているのは気のせいだろうか。なんかハァハァ言ってるし。


「あのあの、アニスさん? 一旦落ち着いてください」

「ハァハァ……え? ああ、ゴメン、ついアタシの悪い癖が」


 癖なんだ……。


「それにその、私なんかよりアニスさんの方がよっぽど被害に遭いそうですが……背が高くてスラッとしてて綺麗ですし……助けていただいたのがアニスさんで良かったといいますか……」


 変な事を口走っている自覚はあったが、初対面の美人な女性に優しくされ、あまつさえ色々と褒められてしまった今、まともに思考は働いていなかった。


「……」

「あ、あの、アニスさん……?」


 一方の彼女は、黙ったまま俺の顔を正面に捉えて目をパチクリしている。うう、羞恥心でどうにかなりそうなので何か言ってほしい……。


 限界が近づいてきて、もう一度呼びかけようとした瞬間。


「アニスさむぐっ!?」


 気づいた時には、思いっきり胸元に抱き寄せられていました。


「ずるい! ずるいよエマ!」

「なにがでふかぁ……」


 何がずるいんでしょうか。俺からしてみればなんか柔らかいし良い匂いするアニスさんの方がずるいです。


「決めた! ね、エマ。アタシと付き合わない?」

「んむっ?」

「ダメ? せっかくこうして会えたんだから、仲良くしたいんだけど」

「むー、むー」


 まだ会ってから一時間も経っていないというのに、アニスさんは何を言っているんでしょう。街の人ってみんなこんな積極的なんでしょうか。


 なにそれ怖いです。家に帰りたいです。


「あーもう可愛い!」

「むぐぅ……」




 女性の胸に顔をうずめるなんてシチュエーションは、本来なら喜ぶべきことだろう。

 しかしこの時の俺にとってはそんなことを考えている余裕もなく。

 

 ただひたすらに羊のように鳴きつつ、旅に出るなんて格好つけた昨日の自分自身を恨み続けるのだった。


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