16話 宣戦布告
【前回までのあらすじ】
突如としてヴィルヘルムに誘拐されたエマは、国王であるジークハルトに「俺の嫁宣言」をされてしまう。あまりにも急な出来事に困惑する彼女に、今度は彼の配下のルーサから何故か「ジークの嫁」を賭けた決闘を挑まれる。
理由はともかくとして、決闘を快諾したエマだったが、なんとその途中で彼女の魔法が暴走してしまう結果となった。とはいえ彼女はまた、新たな魔法の使い方を習得したり、ルーサとも無事和解をするなど、戦いを通して多くの収穫を得た。
しかし、ホッと息をついたのもつかの間、慌てた様子でエマの元にやってきたルーサの姉ステラから衝撃の発言が飛び出して……?
「今、なんて……?」
慌てた様子で部屋に入ってきたステラさんに驚きながら、彼女が放った言葉を脳内で反芻する。聞き間違いじゃなければ「ジークが俺の事を本気で嫁にしようとしている」って言ったような……。
「だ、だってそれは俺をヴィルヘルムに置いておくための建前の話だったはずじゃあ……」
「そ、それが実はねぇ……」
と、ステラさんは非常に申し訳なさそうな顔をしながら経緯を説明し始めた。彼女曰く、ジークの嫁宣言が"さっきまでは"建前だったのは事実らしい。じゃあなんでそれが本音に裏返ったかというと、どうやらジークは、俺とルーサの昼間の決闘を見ていたようで……。
「そこでエマちゃんの魔法の力に一目惚れして……というのが理由らしいのよぉ。ジーク様は昔から『強い女の子』がタイプでねぇ……」
「だからって、い、いきなりお嫁さんにするっていうのはおかしくないですか……?」
理解しがたい状況に困惑しながらもなんとか反論しようと試みるが、そこでふと今日起こった出来事を思い出す。……そういやアイツ、ノエルに対して思いっきり嫁宣言していたような……。
も、もしかして「ちょうど良い結婚の理由が出来たからラッキー」程度にしか考えてないのではなかろうか!?
「わ、ワタシからはもうノーコメントでぇ……エマちゃんには本当に申し訳ないんだけどぉ……」
彼女の表情からは「図星です」ということ以外は読み取れず。
「そ、そんなぁ~~!!」
もはや俺にはただ「受け入れたくない」という意思表示をするのが精いっぱいだった。
◇
俺がヴィルヘルムに来てから、今日が三日目の朝。なんで三日目かと言うと、昨日は丸一日部屋で寝込んでいたから。何もせずただベッドでずっと寝ているだけというのは前世以来のことだったが、何もやる気が起こらなかったのだからこればかりはしょうがない。
だってさぁ……。
「エマー起きてっかーっ!? なんで昨日は部屋から出てこなかったんだよ、俺様は早くお前の力を試してみたくてウズウズしてんだ! ナーッハッハッハ!」
「ち、ちょっとジーク様ぁ! 女の子の部屋にいきなり入るなんてデリカシーに欠けますからぁ!」
こんなやつと無理やり結婚なんてしたくないんだもーーんっ!!
「……とりあえず起きたいのでジーク様は部屋から出ていってもらえますか」
「あ? なんで?」
「服を着替えるからですっ!」
「着替えぇ? お前はもう俺様の嫁になるのに、今更何を恥ずかしがることがあるんだよ」
……こいつマジでいっぺんぶん殴ってやろうか。
「ま、まぁまぁ! ジーク様もエマちゃんもまだそんなに親密ってわけじゃないですしぃ、ここはとりあえず、ねぇ?」
流石は女性の中の女性であるステラさんと言うべきか、俺の内心の怒りをくみ取ってくれたナイスな助け船! ジークも納得いかないといった表情を浮かべながらも、ようやく退出してくれてホッと一安心だ。
「ごめんなさいねぇ、ここに来てからずっと彼に振り回されっぱなしでぇ」
「ステラさんが悪いわけじゃないですし、そんなに謝らないでください。……ちょっと心労が溜まりぎみなのは事実ですけどね」
俺は今の心の支えである彼女に弱弱しく笑いかけながら、話を続ける。
「そういえばなんですけど、ジーク様ってあんなキャラのお方でしたっけ?」
「そうねぇ……元々お調子者なところはあったんだけど、いつもよりテンションが高いのは確かねぇ。ああ見えてエマちゃんをお嫁さんにするのを喜んでいたりするのかしらぁ」
それを聞いて俺が露骨に嫌そうな顔をすると、ステラさんは逆にクスクスと楽しげに笑う。思わず笑いごとじゃないですよ、とツッコミを入れようとしたが、彼女の言葉がそれを遮った。
「そんな様子じゃあ今日の披露宴は乗り切れないわよぉ?」
「うっ……嫌なこと思い出させないでくださいよぉ……。いっそここから逃げ出したい……」
もちろんそれが叶わぬことは承知の上で、彼女もそれを聞いて苦笑いを浮かべている。彼女もジークの配下という立場上、俺の願いを全部叶えるわけにはいかない。あまりわがままを言って彼女を困らせるのは申し訳ないとは思うのだが……。
「披露宴、かぁ……」
今日の昼からエインズ城で行われるイベントで、これが始まったが最後、俺とジークは正式に婚約者同士になってしまうのだ……。うう、想像したらまた気持ち悪くなってきた。
そうこうしているうちに、俺は着替えを済ませ、嫌な気分を少しでもリラックスさせるためにステラさんと雑談をしていた。
その折、部屋のドアがノックされ、声が掛けられる。どうやらエインズ城のメイドさんのようだ。素朴な疑問なのだが、王城と言ったらもはやメイドさんは必ず付いてくるものなのだろうか。
「エマ様にお客様がいらっしゃっています」
メイドさんの言葉に俺とステラさんは顔を見合わせる。……はて、こんな朝から俺にお客?
◇
「エマーーーーッ!!」
「わっ、あ、アニスさん!」
応接室のような少し大きめの部屋に入った途端、目の前のアニスさんが飛び込んできた。随分久しぶりに感じるその姿を受け止めながら部屋をのぞくと、シオンに加え、ノエルにアキさんまで、ランス国の皆が勢ぞろいだった。
「お久しぶりッス、エマさん!」
「うむ! ようやくお主に会えてわらわも嬉しいぞ」
再開を喜び合うように全員と握手をしつつ、俺は疑問を投げかける。「皆さんはどうしてここに?」
「そりゃエマを迎えに来たに決まってるじゃん!」
「迎えっ、に……ですか」
アニスさんの言葉に一瞬喜びかけるも、何と返事をすればよいか困ってしまう。そこに、後ろで見守っていたステラさんが声を掛ける。
「申し訳ないけどぉ、エマちゃんをこのまま帰すわけにはいかないのよぉ。……ノエル様、お久しぶりですわ」
「む? おお、ステラか、お主も久しいのう。此度はよくもやってくれた、と文句の一つでも言ってやりたいが……まあ今はそれよりも、じゃ」
ランス国の王女であるノエルはステラさんと面識があったようで、挨拶もそこそこに本題に切り出した。
「エマを帰せないというのは……ジークハルトがぬかした、例の嫁にするという件が理由じゃな?」
ノエルは、トントンと左手に持ったタブレットのようなものを叩きながら、普段見慣れない厳しい表情でステラさんに問う。あれもこの間の話にあった、エインズ城の技術班が作った映像機器の一つなのかな。
ステラさんも真面目な表情でこくりと頷き、「詳しくは本人の口から、直接聞いた方がよろしいかと思いますわ」とその場にいた全員をジークの元へ案内した。
案内されたのは玉座がある大広間で、俺を含めたステラさん、アニスさん、シオンの四人は隅の方で待機することに。アキさんはその場に控えていた数人のメイドさんと話をしていて、肝心のノエルは既にジークと二人で火花を散らし合っていた。
……よくよく考えたら、それぞれの国の代表ともいえる二人が『俺を迎えに来た』だの、『俺を嫁にする』だのと話し合っている状況ってヤバくない? なんだか囚われの姫にでもなった気分で心底落ち着かないんだけど。ちなみに、どれくらい落ち着かないかと言うと「私のために争わないで!」とかジョークの一つも言える余裕がないほどです。
「なんかお城の皆さん忙しそうッスね、今日はなにかあるんですかね」
シオンは興味深げに辺りを見回しながらそう呟く。
「……多分披露宴の準備です、私の結婚式の……」
俺は自虐気味に笑いながら答え、今日何度目かのため息をついた。
「ちょっと、ため息をつきたいのはルーのほうなんだけど」
つっかかってくるような、それでいていつもより元気のない声がした方向には、案の定暗い表情をしたルーサがいた。
「ルーちゃん、おはようございます」
「だから人前じゃルーちゃんって呼ばないでってば……ハァ、反論する気力もない……」
「あはは……」
反論してるじゃん、と返そうとしたが、あいにくこちらもその気力が無いのだった。二人して並んでため息をつく。何故ルーサもこんな感じなのかと言えば、彼女自身も今回の件じゃ被害者みたいなものなのだ。
一つ目に、そもそも彼女が俺に決闘を申し込まなければ、俺が魔法を使い、そしてそれをジークが目撃をすることも無かった。そうすれば、婚約は建前のままだった可能性は高い、ということ。
二つ目に、ジークが俺を嫁に選んだ理由。なんでもジークのことを愛してやまなかったルーサはその昔、ジークに好みの女の子のタイプを聞いた事があったらしく、そこで彼は「強い女が好き」と答えたらしい。それからというもの、彼女は強くなるために鍛錬を続け、今ではエインズ城騎士団の副団長になるまでの実力を身に付けたのだが……それが報われない結果に終わってしまった。
以上のように、彼女はまさに悲劇のヒロインなのである。……その原因となったヒロインポジの女の子が俺というのがなんともやるせない。というか俺、これじゃまるで少女漫画の泥棒猫キャラみたいで嫌なんだけど!?
「努力するヒロインはちゃんと結ばれるべきだろぉ……なんでこうなったんだぁ……でもルーサがあのジークと結婚するっていうのもそれはそれでルーサが可哀想じゃないか……?」
「ち、ちょっとエマ? さっきから一人でブツブツ呟かないでよ。なんか隣にいるのが怖いんだけど」
隣ではルーサがなにやら話しかけていたが、俺はいかにして彼女を幸せにできるかを必死に考えていたせいでよく聞こえていないのだった。
それから数十分ほど経ったころだろうか、ノエルの怒声が大広間に響き渡った。
「いい加減にするのじゃ! どうしてもエマを解放しないというのなら、ランス国が輸出している精霊結晶の量を大幅に制限するぞ!」
「そんな事していいのかぁ? そうなりゃお前さんとこに提供してる工業製品の供給も減るわけだが」
「ぐっ、ぐぬぬ……!」
ステラさんの話によると、ランスのように自然豊かな国ほどより良い精霊結晶が生み出されるので、それを独り占めしない代わりに、工業国であるヴィルヘルムはその技術力を提供し、お互いウィンウィンの関係を築きあげているらしい。
どうやら現在そんな超重要な案件を俺への取引材料にされているっぽくて、もうストレスがマッハです。これ以上迷惑をかけるわけにもいかないので、もういっそ俺が婚約を了承してしまおうか――。
などど、暴発寸前の頭で考えながら二人のそばに近寄ろうとした時だった。
「……よし分かった、もうまどろっこしい交渉は止めじゃ」
ノエルはゆっくりとイスから立ち上がり――目の前の不遜な態度で座るジークを指さした。
「今この瞬間! わらわは――ランス国王女ノエル・マリアンデール・ランスの名において、ヴィルヘルムに対して宣戦布告するっ!!」
「わらわの大切な友人を、返してもらうぞっ!!」




