14話 VSルーサ! 魔法の力、覚醒!?
ランス国の整備された道路を駆け抜ける一台の馬車。
「それにしても向こうの王様も、大胆な事をしますよね」
王城を出てからというもの馬車内では長い間沈黙が続いていたのだが、それを最初に破ったのは先ほどまで外の景色を眺めていたシオンだった。
彼女は反対側に座っているノエルの方を向き、少し怒りがこもった声色で話を続けた。
「よりによってエマさんを誘拐するなんて、ランスを敵に回すようなもんッスよ」
「昔からあやつの考えることは突発的で、自由奔放じゃからのう」
理解するほうが難しいくらいじゃ、と呆れ半分に返事をしたノエル。
「エマをさらうだけじゃなく、嫁にするなどと……。おおかた精霊の研究をする過程で魔法に興味を持ったとか、そんな理由じゃろうが……。まさか惚れたというわけでもあるまいし」
「ヴィルヘルムは精霊結晶を工業利用するほど精霊の研究に熱心ッスからね」
「うむ、じゃからエマに良からぬ事が起きぬよう、極力魔法についてはあやつらには秘密にして、わらわたちの手で解明するつもりじゃったが……。こんな事になるなら素直に話しておくべきじゃった。どれもこれもわらわの配慮が足りんかった故の結果じゃ」
ノエルは悔しげにそう言ったきり、うつむいたまま黙り込んでしまう。彼女のスカートはシワが出来るほど握りしめられていた。その様子を見てしまっては、シオンもこれ以上口を開けなかった。
しかし、彼女が再び外に目を向けようとしたその時、隣に座るアニスがおもむろに立ち上がった。
「姐さん?」
「しーちゃんもノエル様も、過去の事を考えて悔やんでもしかたないよっ。今アタシ達が考えるべきは、どうやってエマを王様から取り返すか、でしょ?」
「あ……」
笑顔でそう言い切ったアニス。
彼女の言葉を聞いた二人も、お互いの顔を見合わせた後、やがて吹き出すように笑い出した。そこにはもう、既に先ほどまでの暗い雰囲気なんてものは存在していなかった。
「そう、じゃな。その通りじゃ。やれやれ、全くお主は本当に強いな」
「強くなんかないですよ、アタシだって不安で今でも泣きそうです。でも、エマはもっと不安だろうって思ったら、そんな事言ってられなくなっちゃって」
「流石は姐さん! エマさんを思う気持ちは人一倍ッスね!」
「む? わらわだってアニスと同じくらいエマの事を思っておるぞ? あやつはわらわの大切な宝じゃからな!」
「あ、ズルいッスよ! だったら自分だって!」
「いーや、アタシが一番だもーん!」
馬車内に楽しげな会話と笑い声が響く。その様子を聞いて、御者台に座り手綱をひくアキも嬉しそうに微笑んだ。
「お嬢様に素敵なご友人が出来て何よりです。……さて、では早くもう一人のご友人を取り戻すため、急ぐと致しましょうか」
彼女の言葉に呼応するかのようにスピードを上げ、四人を乗せた馬車はヴィルヘルムへと向かう道を進んでいくのだった。
◆
「んもうルーちゃんたらぁ、勝手にそういう事言っちゃ駄目でしょぉ?」
ため息混じりにルーサを叱責するステラ。こういう光景を見ると、やっぱり二人は姉妹なんだなぁとか思ってしまう。
「だいたいエマちゃんをお城から追い出すなんて、ジーク様が許してくれるわけないでしょうにぃ」
「で、でもっ!」
「……彼に怒られても知らないわよぉ?」
「じ、ジークハルト様に!? そ、そんな事にでもなったらルーが嫌われちゃう……!」
さっきまで怒り一辺倒だったルーサは、恋している相手に怒られる未来を想像したのか、真っ青になりながら震え始めてしまった。こうして見ているぶんには乙女って感じがして可愛らしいんだがなぁ。
「あの、ステラさん? 私的には、彼女の申し出を受けた後に負けちゃえばお城から出ていけてラッキーなんですけど」
どうしよう……! と一人で唸るルーサは一旦置いて、俺はふと思いついた疑問をステラさんに小声で投げかけた。
精霊の研究が盛んなヴィルヘルムに居続けることは俺にとってもメリットだけど、嫁云々の話の面倒事に巻き込まれるのはごめんなので、出来るなら早くランスへ帰りたい。それに、アニスさんたちも心配しているかもしれないし。
「そ、そんなのワタシが寂しいからダメよぉ! それに何より、さっきも言ったけど流石のジーク様も勝手に追い出すのは許さないと思うわぁ。世間体っていうのもあるしぃ」
「まあそれもそうですよね……。世間体を気にするくらいならそもそも誘拐するなって話だとは思いますが」
「ンフフ。そこはワタシもノーコメント♡」
そういうのはズルいと思います。
「わ、分かったわ! じゃあエマが負けたらお嫁さんになるのを断りなさい!」
いつの間にやら立ち直った様子の彼女。どうやら悩んだ末にちょっとばかり譲歩する事にしたらしい。……いや、俺が断って済む話なら今すぐそうしたいのだけれど。
とにかく、このままじゃどうも埒があきそうにない。
「う~ん……。分かりました。私、とりあえずその決闘? を受けようと思います」
「あら、意外と素直じゃない。そんなに勝つ自信があるのかしら?」
「いえ、勝つ自信があると言うよりかは、負けても私にデメリットがないので……」
「ハア!? 負けたらジークハルト様と結婚出来ないのよ!? デメリットしかないじゃない!」
お前は俺に結婚してほしいのかして欲しくないのかどっちなんだ! と思わずツッコミを入れたくなる。恋は盲目って本当なんだな…。
乙女心が理解出来ず困惑する俺に、ステラが心配そうに声を掛けてきた。
「だ、大丈夫ぅ? 決闘っていうのは一対一で戦うことなのよぉ? それにルーちゃんが相手じゃ、エマちゃんが怪我しちゃうかもしれないしぃ」
「大丈夫です。私、こう見えて最近結構鍛えてるんですから! それに、一対一での勝負なんて楽しそうじゃないですか」
実はこれも結構本音だったりする。やっぱり男として、こういう勝負ごとは燃えてくるものなのだ。口には出せないけど。
「フン。楽しそうなんていい度胸してるじゃない、ちょっと見直したわ! 決まりね、ルーについて来なさい!」
「あ、はいっ」
ついて来いと言いつつ先にズンズンと部屋から出て行くのはどうなんだと思いながら、俺はその背を慌てて追いかける。
「本当に大丈夫かしらぁ……。言い忘れてたけど、ルーちゃんは調査班のリーダーと同時に――」
◇
「ちょ、ちょっと、もうダウンなの!? 早すぎない!?」
「ヴィルヘルム騎士団の副団長も兼任してるのよねぇ…」
「な、なんでそういう事をもっと早く言ってくれないんですか……」
地べたに這いつくばりながら、ゼイゼイと切れる息をなんとか整える俺。
そりゃ決闘を申し込むくらいだから、それなりに実力と言うか、"慣れ"はあるんだろうなとは思っていたけど……。
決闘のルールは一対一の剣でのぶつかり合い。流石に本物の剣ではないので斬られることはないんだけど、それでも当たれば痛い。開始から防戦一方だった俺の身体は現にあちこちが赤くなっていた。
真の魔法の使い手に目覚めたあの日以来、ランス防衛隊に協力してもらい、ある程度身体は鍛えていたんだけど、ルーサからしたら素人同然だったようだ。
「あーあー、殿下の花嫁とウチの副団長が決闘するっていうから見に来たら、一方的じゃないっすか」
「副団長~、カワイコちゃん相手なんだから少しは手加減してあげたらどうなんです」
「や、やかましい! 手を抜くなんて相手に失礼な事が出来るか! というか、なんでお前らがここにいるんだ」
「そりゃ、ひやかし?」
「俺は花嫁ちゃん目当て~」
「そんな事言ってると殿下にぶん殴られるぞ?」
俺たちが決闘をしていたエインズ城の中庭には、いつの間にやらギャラリーが出来上がっていた。鎧やら盾やらを携えている姿を見るに、彼らがルーサが副団長を務める騎士団なのだろうか。
なんだか見せ物みたいで気分良くないなぁ……。
「ええい、この際見るのは構わんから少し黙っていろ! ……あら、エマ。まだ続けられるのかしら?」
「いつつ……。は、はい。そう簡単に諦めるのもかっこ悪いので」
「そ。なら次はアンタのタイミングでいいから、好きな時にかかってきなさい」
ルーサは俺がまだ立ち上がって決闘を続ける事が意外だったのか、どこか嬉しそうに剣を構えなおす。『手を抜いていない』って発言通り、彼女も決闘を楽しんでいるようだった。
なら、俺ももっと楽しまなきゃな……!
「……! 身体が光った!?」
「エマちゃん、魔法を使うのねぇ……。ンフフ。せっかくだから、その力を実際に見せてもらおうかしらぁ」
「……ふぅ。では、いきますよっ!」
魔法によって生み出された光の剣を握りしめ、ルーサに向かっていく。彼女は素早い剣さばきによって相手を追い詰めるのが得意なようで、俺の一振りも簡単に受け止められてしまう。
だが、それならこっちにも手がある!
「っ! 急に動きが早くなったじゃない! これも魔法の力かしらっ」
「その通り……ですっ!」
はじかれた剣を、さっきよりも早く打ち込んだ。対応に遅れたルーサに、一瞬の隙が出来る。
前回の竜との戦い。素人だった俺でも、身体を魔法によって強化したおかげで、一振りで竜を切りさくまでの動きが出来た。その感覚を思い出し実践してみたのだが、どうやら上手くいったみたいだ!
「これでっ……!」
「隙が出来たのはアンタの方よっ!」
「なっ!? かはっ……!」
俺の考えなどお見通し、と言わんばかりに華麗に攻撃を躱され、さらに脇腹に一突き入れられた。予想外の一撃に、一瞬呼吸が出来なくなる。
「ちょっとビックリしたわ。それに、狙いも悪くなかったし」
「けほっ……。ふ、副団長さんにお褒め預かり、光栄ですっ」
「フフ、まだ喋れる余裕があるみたいね。……けど、これでどうかしらっ!」
勢いよく振り下ろされた剣をなんとか受け止めようとするも、完全に力負けしてしまい、その衝撃のまま背中から地面に打ちつけられた。今の攻撃で残った体力を持っていかれたせいか、俺の剣は消滅してしまった。
「おー、さすがの副団長の一撃。ありゃ俺でも受け切れんな」
「勝負あったか。でも、いいもん見れたなぁ」
「ああ、色々とな」
戦いの感想とはどこか異なるような、妙に色めき立った声をあげる騎士団ギャラリーたち。
「あらぁ、アナタたちぃ? もしかしてエマちゃんをそういう目で見ていたんじゃないでしょうねぇ?」
「えっ……あっ!?」
地面に寝ころんだ態勢のまま、慌てて胸と下半身を隠す俺。
くぅぅ……! ステラさんの言葉のおかげで、さっきの歓声の意味を察してしまった……! 決闘に夢中になってて気づかなかったが、色々と男どもに見られていたのか……!?
「あ、照れてる。やっぱり可愛いなぁ花嫁ちゃん。殿下の独り占めだなんて羨ましい限りだぜ」
「お、おいお前っ」
「あ~~ら~~ぁ? ちょぉ~っとアナタたちにはぁ、お仕置きが必要みたいねぇ~?」
「げっ! ステラ副団長が怒った! お、お前のせいだぞっ」
「ば、ばか! それよりも逃げるぞっ! お仕置きはやべぇ!」
「あ、こらぁ! 待ちなさい! ……ったくもぉ」
ステラさんの言う"お仕置き"に恐怖し、我先にと中庭から逃げ出す男ども。その光景はなんだかウチの母親と父親を見ているようで微笑ましく、つい文句を言うのも忘れて見つめていた。
「アイツら、後で覚えておけよ……。 わ、悪かったわね、ルーの下っ端が変な事言ったりして」
「い、いえ。まあ、確かにちょっと恥ずかしいですね……」
未だに地に頭を付けたまま返事をする。起き上がる体力すら無いのが、我ながら情けない。少し湿った土の香りが、心地よい風によって鼻に届く。昔はよくこうして土だろうが草原だろうが関係なく寝ころんでいたもんだ。
太陽が眩しい。今こうして自然を身体全体で感じられるのも、この世界に転生したおかげだなぁ……。 自然、か。魔法もこの自然の力あってこその力なんだよな。
「ちょっと、エマ? 起きられないようなら、もう決闘はおしまいにするわよ?」
「あ、ち、ちょっと待ってください。今何かが思いつきそうな……」
「はぁ?」
そうだ。ステラさんは言っていた。自然の、大地の力が込められた精霊結晶を上手く使って工業を発展させたと。さっき俺も、この力を使って身体能力を強化する事が出来た。
なら、もしかするとこういう力の使い方も……!
「えっ!? なに、エマの身体がまたっ!?」
「ンフフ。エマちゃん、何か思いついたみたいねぇ」
「んんんっ……!」
胸元で輝くペンダントがカタカタと揺れる。今なら分かるぜ、魔法使いさん! なんで貴女があえて俺に魔法の使い方を教えないのか、その理由がねっ!
自分で心から自然を感じて、精霊の力の流れを理解する。それが必要だったんだなっ!
「……ぷはっ! はぁ、はぁ……。せ、成功したみたい、ですねっ」
「あ、アンタ……。もう体力が無いんじゃ」
「えへへ……。今、魔法で回復しましたっ!」
俺は飛ぶように立ち上がった後、その回復っぷりを見せつけるように元気よくピースをした。




