12話 まさかの誘拐される側⁉︎
「んっ……」
静かな微睡みのなか。
カーテンが開けられる音とともに窓から差し込む日差しの眩しさに気づくと、反射的に声が出る。
「あら、起こしてしまったかしらぁ? おはよう、エマちゃん」
「ん~~……おぁようございますぅ~~……」
ぼんやりと聞こえてきた朝の挨拶になんとか返事をする。身体はまだ目覚めていない。
「ンフフ……お目覚めまで可愛らしい子ねぇ、ワタシも一緒にベッドに入っちゃおうかしらぁ♡」
「……はれ? アニスさん?」
「残念、ワタシはステラ。アニスちゃんじゃないの。けど、彼女のように仲良くなれたら嬉しいわぁ」
不思議な色気を感じる声の主が、毎朝顔を合わせているアニスさんじゃないと気づいた頃には、俺は目の前にいる彼女と見つめあっていた。
……なんだか熱のこもった視線を向けてきている気がする。
「クスクス……よろしくねぇ♡」
アニスさんとはまた異なる大人の女性に笑顔を向けられ、ドキッとして目線を逸らす。
「……?」
はたしてそれが正解だったのか、ここにきて俺は、今置かれた状況に違和感を覚えることができた。
慣れない感触のベッドは天蓋まで付いている豪華なもので、アニスさんの家には当然無かったものだ。
ステラと名乗る初対面の女性といい……何かがおかしい。
「どうしたのぉエマちゃん、ボーッとしちゃって。まだお眠さんかしらぁ?」
あっ、と思わず声をあげそうになり、口を押さえる。
見知らぬ景色が広がる部屋に、初対面の女性。向こうはこちらのことを知っているが、俺は現在の状況すら分からない。
……猛烈に嫌な予感がする。
そこまで気づくと同時に、俺はまず意識を覚醒させ、勢いよくベッドから跳ね起きると周囲の状況を確認した。
俺から離れた窓際に立っているのは、不思議そうな顔でこっちを見ているステラ。
敵意こそ感じなかったが、彼女からは離れたほうがいいと本能が訴えている気がした。
そのまま目線を横にずらし、出入口である部屋のドアをチェックする。
(……よし! ちょうど俺の身体が向いている方向にあるっ!)
好機、と走り出した俺の目の前のドアが開かれたのは、ほぼ同時だった。
「お姉ちゃん、エマの奴そろそろ起き……た……?」
ドアを開けて入ってきた女性……女の子? と目が合う。
彼女は俺の姿を一瞥するなり、顔を真っ赤にして叫んだ。
「なっ、なななななな何て恰好してんのよアンターーーッ‼︎」
「え、えっ? ……きゃあああああああなんで裸なんですか私ぃいいいい‼︎」
「あらあらぁ、二人とも朝から元気が良いわねぇ~」
◇
自分の裸というものは、いついかなる時に見られても恥ずかしいもので。それは俺に男の意識が残っていようがいまいが関係ない話なのだ。
……というのはあの双子とお風呂に入った時から分かっていた事だけど。
「ぅぅぅ~~~…………」
「そりゃあいきなり部屋に入ったルーも悪かったけどさ⁉︎ だ、だからって上半身裸で突っ立ってるとは思わないじゃん!」
「言わないで~~! 言葉にしないでください~~‼︎」
思い出すだけで涙が出るほど恥ずかしいのに……!
「ごめんなさいねぇ。ワタシが昨日エマちゃんを寝かせるときに服を脱がせたのぉ」
「……えっ」
布団に包まって身を隠しながら、幸いにも枕元に置かれていた下着を涙目で着けていると、耳を疑うセリフが聞こえてきた。
「なんだ、またお姉ちゃんに仕業なの? 呆れるわ……」
「んもう、ルーちゃんったらひどぉい」
「えっ、ちょ、ええ⁉︎」
布団の中で慌てて自分の身体を確認する。
な、なんだ⁉︎ あの色気溢れるお姉さんに一体何をされたっていうんだ⁉︎
「ンフフ、安心してちょうだいな。まだ何もしてないからぁ♡」
「まだってなんですかまだって⁉︎」
身の危険を感じ思わず身震いしたところで、首元に違和感を覚える。
いつも寝るときでさえ肌身離さず付けているはずの首飾りが……ない。
「あ、あのっ! 私の首飾りは⁉︎」
首飾りもそうだが、そもそもここはどこで、彼女らは一体何者なのか。
裸の一件ですっかり逃げそびれ聞きそびれていたが、もしかすると本当に俺の身に危険が迫っているのかも……。
「慌てないでぇ。エマちゃんが聞きたがってる事、今からちゃぁんと説明してあげるからぁ」
「アンタの服は用意したから、それを着てルーたちに
付いてきなさい。話はそれからよ」
そう言ったきり、ステラさんの隣に立った、彼女に「ルーちゃん」と呼ばれた女の子は不満そうな顔で「フンッ!」と踵を返し部屋から出ていってしまう。
言いたいことは色々あるが、ここは大人しく従ったほうが良さそうだ。
「それで、服っていうのは……?」
「はぁいこれ。エマちゃんの為に用意したのよぉ」
「は、はぁ……って、これ……」
ステラさんから渡された真っ白な服。
それはなんと、ウェディングドレスそっくりの衣装だった。
◇
「あ、あの。私、本当にこの恰好で合ってるんですか?」
「可愛いエマちゃんにピッタリよぉ。そのままワタシが結婚したいくらいにはぁ♡」
「いや、そうじゃなくてっ」
ニコニコ笑顔のステラさんに案内されながら、着慣れないドレスの裾を持ち上げつつ彼女に付いて歩く。
床には高級感溢れる真っ赤なカーペットが敷いてあるし、至る兵士みたいな人が巡回しているしで、自然と厳かな空気感が伝わってくる。
ランス国の王城と建物の構造が似ている点がいくつか見つかるのが不思議だったが。
(しかし、部屋を出る前に自分の姿を指摘されてよかった〜……!)
人知れず熱くなった頬を隠すように俯いていると、やがて目的の場所にたどり着いたのか、ステラさんが立ち止まる。扉の前にはつい先ほど顔を合わせたルーちゃんもいた。
「ジーク様。エマちゃ……彼女を連れてまいりましたわ」
ステラさんは数回ノックをした後、扉の外から部屋の中にいる人物に声をかけた。
先ほどまで上機嫌だったステラさんの声のトーンが下がったことに違和感を覚えながら、待つことしばし。
「……おう、入れ」
低く重みのある男の声。それを確認したステラさんは、ドアを開き俺に入るように促す。
拒絶する理由も余裕もないので、素直に従う。
「し、失礼します……」
入室してすぐ目に入ったのは、俺が寝そべってもまだ余裕がありそうなほどに大きな机と、それを挟んでこちらに背を向けて椅子に座っている人の姿。
先ほどの声の主だろうか。暗い部屋の中でもなお艶のある銀色の髪が目立って見えた。
「ジーク様、彼女が」
いつの間にか俺の横に控え、目の前の男に向かって跪いたステラさんが、改めて声をかける。
ルーちゃんも同様に跪いていたが、こちらは緊張しているのか、先ほどから顔を赤くしており、床まで垂れた桃色のツインテールがプルプルと震えていた。
ステラさんの声に反応するように、男は不敵な笑い声を上げると、くるりとこちらを振り向く。
「よう、お前がエマか」
楽しげな口調とは真逆に、こちらを睨む視線は鋭く、まるで身体を氷で貫かれたようだった。
「クク。随分と可愛い見た目をしてるんだなぁ、魔法の使い手ってのは」
「……なっ⁉︎」
その言葉に、思わず一歩後ずさる。
感じるのは、俺を囲む三人の視線。
なぜ、俺が魔法の使い手だと知っている……?
「あー、待て待てそうビビるな、別に取って食おうってわけじゃねえんだ。っていうかお前ら、コイツをここへ連れてきた理由、まだ説明してなかったのか?」
「あ、い、いえそのっ! じ、ジークハルト様が直接彼女に伝える方が良いのではと考えましてっ!」
「ンフフ。ジーク様はこういうの、好きでしょぉ?」
「ナッハッハ! さすが俺様の従者なだけあって優秀だなぁお前らは!」
魔法の使い手である俺を、彼らは何らかの意図を持ってここへ連れてきた。
今置かれている状況をついに理解してしまったところで、俺はどうすべきか。汗でびっしょりと濡れた手でドレスの裾を握りしめる。
「……さて、お前さんの身に何が起こってるかっつーのは……その表情から察するに、だいたい想像出来てるみてーだな」
「……いったい、私をどうしようって言うんですか?」
「そう怖い顔をするな。一つずつ丁寧に説明してやろう。まずは俺様たちの自己紹介からだな」
男はまずステラさんに目配せする。ステラさんは立ち上がって頷くと、俺の右腕を抱くように絡みついてきた。
「はぁいエマちゃん。さっき既に教えちゃったけど、ワタシがステラよ。よろしくねぇ」
桃色の長髪から漂う色気のある香りが鼻腔をくすぐり、思わずドギマギしてしまう。
その姿に驚いたのは俺だけではなかったようで、隣に立つルーちゃんも大きな反応を示す。
「ちょ、お姉ちゃん⁉︎ ジークハルト様の御前よ⁉︎」
「あらぁ、別にいいじゃない」
「良いわけないでしょうが! 離れなさいよ!」
彼女は俺とステラさんを強引に引っぺがす。
「ああん」と残念そうな声を上げるステラさんを他所に、彼女はこちらを睨みつけながら自らの名を名乗った。
「私はルーサ。ステラお姉ちゃんの妹よ。……言っておくけど、私はお姉ちゃんと違ってアンタと仲良くする気は全くないから」
ルーちゃんの名前がルーサで、二人が姉妹だと判明したところで、改めて彼女らを見比べる。
二人揃って桃色の髪で、かつ綺麗な顔立ちをしているのだが、それ以外はどうにも似ても似つかない。
主に口調とスタイルのせいだろうか。大人っぽいステラさんに比べ、ルーサの体つきはシャープだった。
「……何よ、なんか文句あるの?」
「い、いえ……」
「最後に、俺様がジークハルト。ジークハルト・エインズ・ヴィルヘルムだ! そんでもってここはヴィルヘルムにある俺様の城、エインズ城ってわけだ!」
ジークハルト、と名乗った男はそう言うとまた「ナーッハッハ!」と笑い始めた。
先ほどから思っていたことだが、彼はなんでこうも機嫌が良いのだろうか。
(……ん? それより、ヴィルヘルムとかエインズって、どこかで聞いた事があったような……)
~~~~~
「シオンちゃん、この世界って、ランス共和国の他にはどんな国があるんですか?」
「そうッスねぇ、大小様々な国あれど、一番に注目すべきは『ヴィルヘルム』ッスかね! ランスの隣国で、国土はランスとほぼ同じ大きさながら、世界で有数の工業力を誇る国なんスよ!」
「たしか王様が積極的に支援してるんだっけ?」
「その通りッスよ姐さん。ヴィルヘルムの王様が住むエインズ城の周りなんて特に凄いッス。あればっかりはランスも見習うべき所ッスね~」
~~~~~
「あーっ! 思い出しました! じ、じゃあジークハルトさんはヴィルヘルムの王様ってことですか⁉︎」
先日シオンに教えてもらったばかりの知識が思わぬところで役に立つ。
「なっ⁉︎ ジークハルト様でしょうがこの無礼者!」
「あいたっ! た、叩くことないじゃないですか!」
「うるさいわね! ちょっと魔法が使えるだけの女のくせに!」
「な、なんですって⁉︎」
「なによ!」
何が彼女を刺激したのか、いきなり突っかかってきたルーサに、ついこちらも感情的になってしまう。
横ではステラさんが楽しげに微笑んでいる。
「あらあらぁ、ルーちゃんもエマちゃんも駄目よぉ、ジーク様の前でぇ」
「……ハッ! こ、これは大変失礼をっ‼︎」
「ご、ごめんなさい……」
地面に頭が付くんじゃないかという勢いで謝罪するルーサを横目に、俺もつい頭を下げる。
……いや、俺はなにも悪くないよね?
「なぁに、おかげでエマの緊張も解れたみたいだし気にすんな」
「そんなわけなっ……はぁ、もういいです。それより、そろそろ説明してもらっていいでしょうか。私がヴィルヘルム……ジークハルト様の元に連れてこられた理由を」
今朝から振り回されっぱなしで溜まっていたストレスがだんだん表に出てきていることに気づきながらも、早々に本題に切り出す。
いい加減ここをハッキリさせておきたい。
「クク。悪りぃな、焦らすような真似しちまって。……そろそろ時間だ。オイ技術班! 準備はできたか!」
「はい、バッチリであります、ジークハルト様!」
俺の問いに対し、突然ジークが部屋の外に声を掛けたかと思うと、ガヤガヤと外から大きな箱やら棒やらを持った人たちが部屋に押し寄せてくる。
ギョッとしながらも、彼らの持っている物には見覚えがあり、目を奪われる。
「あれは……カメラと、音響機器?」
◇
「なに、エマが誘拐されたじゃと⁉︎」
まだ朝の早い時間にも関わらず、マリアンデール城の一室、ノエルの部屋には彼女の叫び声が響いていた。
「はいっ! 今朝アタシが目を覚まして、エマの部屋にいったらこんな紙がっ!」
飛び込むように部屋に入ったアニスは、涙目になりながらノエルに一枚の紙を渡す。
その隣には、青ざめた顔のシオンと、ノエル同様驚きを隠せないアキの姿があった。
「……『魔法の使い手であるエマは、ジークハルト様の命により我々ステラ姉妹が預かった。詳細は後に送る映像にて』……。な、なんじゃこれは!」
「わかりませんっ! で、でもノエル様っ、エマの魔法を狙っての事だったら、エマがっ!」
「……分かっておる! アキ、今すぐ馬車を用意せよ! わらわ自ら奴の元へ向かう!」
「し、承知しました! メイド隊、三十秒で準備をっ!」
「お、お待ちくださいアキ隊長、ノエル様っ!」
城内にただならぬ雰囲気が漂い始めるなか、一人のメイドが息を切らして部屋に入ってくるなり、丁寧に梱包された板状のものをノエルに差し出す。
怪訝な表情を浮かべながら、封を破るノエル。その正体は、エマが元居た世界ではありふれた"タブレット端末"にそっくりの機器だった。
「なんじゃ、この板は……?」
「さ、差出人は『ジークハルトより愛を込めて』と書かれています」
「なっ⁉︎ アイツ、いったい何を考えておる……?」
「……あ! これってもしかして……!」
シオンはノエルの持つ端末を観察すると、側面にボタンが付いていることに気づく。
ボタンを押し込むと、端末の画面にはエインズ城内の風景が映し出された。
ノエルがおっかなびっくりシオンに尋ねる。
「……お主はこれを?」
「はいッス。ヴィルヘルムでは、遠く離れた人の姿や風景をこうやって目の前で見せる映像技術を開発中だと聞いたことがあったので、まさかとは思ったッスが……」
「ね、ねえしーちゃん、じゃああの紙に書かれた映像っていうのは」
城内にいる人の視線が端末に集まったところで、先ほどまで風景だけが映し出されていた端末に突如人の姿が現れ、騒然とし始める。
『……向こうに繋がったか? よし、そんじゃあ始めるか』
「この声は……」
『クックック、初めての試みだったが上手くいったようだな。さぁて、機嫌はどうだ? ランス共和国国王、ノエル・マリアンデール・ランス』
「ジ、ジークハルト……!」
ノエルに睨みつけられているのを知ってか知らずか、映像内のジークハルトは不敵な笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
『お前がこの映像を見てるってこたぁ、エマが俺様の元に居るっていうのも既に知っているよなぁ?』
『あ、はい、私ですか? ……っていうかこれ、ノエル様に見えてるんですか? す、凄いですね、ヴィルヘルムの技術……』
エマは小声で何事かを呟きながらジークハルトの傍に近寄る。当然その姿は映像にも映し出されるので、端末を見つめるノエルらに緊張が走った。
すると突然、ジークハルトはエマの右手を掴む。
『え、ちょ、ジーク様⁉︎ いきなり何を……』
狼狽するエマを他所に、ジークハルトはニヤリと笑うと、威風堂々とした声色で高らかに宣言した。
『俺様がエマを攫った目的はただ一つ! こいつを俺様の嫁にすることだ!』




