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幕間 情報屋のシオンちゃん

「こんにちは、シオンちゃん」

「しーちゃんやっほー」


「あ、姐さん方! お待ちしてたッス!」


 魔法関連のあれこれがひと段落ついた後のある日。

 俺とアニスさんは、シオンの住む家(彼女曰くアジトらしい)を訪れていた。


「もう、私を姐さんって呼ぶのはやめてって言ったじゃないですか」

「えー、駄目ッスかね……?」

「お姉ちゃん、ならいいって言ってたよね?」

「それはアニスさんじゃないですか……」


 シオンはどっちかと言うと後輩っぽい。「先輩先輩っ」って駆け寄ってくる姿を想像してしまう。

 一方のシオンは「お姉ちゃんはちょっと……」と頬をかきながら、今日俺たちがここを訪れた本題に切り出した。


「それより、今日は自分に聞きたい事があるって話だったッスよね?」

「そうなんです。情報屋をやってるシオンちゃんなら、色々と詳しく知ってるかなって」

「フフン、流石エマさん。自分に頼んでくれるとはお目が高いッスね。なんでも聞いてくれて結構ッスよ!」


 ささ、どうぞどうぞ。とテンション高めにソファーに案内される。

 玄関のドアを開けてからずっと思ってたけど、家中色んな資料に溢れていて、好奇心をくすぐる。

 ソファーにも積んであった資料を崩さないようにそっと端に避け、空いたスペースにアニスさんと二人で座った。


「あー、散らかってて申し訳ないッス。これでも少しは片付けたほうなんスけどね」

「いえいえ、なんだか本屋さんみたいで楽しいです」

「アタシもたまに掃除を手伝ったりしてるんだ~。しーちゃん放っておくとすぐ本で山を作っちゃうからね」


 姉と妹というよりは、母と娘の方がしっくりくるかもしれない。まあ母なんてアニスさんに言ったらショックを受けそうなので黙っておくけど。

 シオンは苦笑いしながら対面のイスに座った。


「さて! それじゃあ早速エマさんの用件についてお聞きするッスよ」


 なんだか仕事モードっぽいシオンに、自然とこちらの背も伸びる。


「さっきも少しお話したんですけど、シオンちゃんに色々と教えてほしいことがあるんです」

「この世界の話、だっけ?」

「そうです。先日私が魔法の使い手になれた事はお二人も知ってるとおりなんですけど、これから魔法と向き合うに当たって、もっとこの世界について知っておかなきゃなぁと思いまして」

「……世界について、とはまた漠然としてるッスね」


 いまいち要領を得ない様子で、首を捻るシオン。そういえば彼女には、俺が16歳になるまでずっと田舎暮らしだったことは言っていなかったと思い出す。


「なるほど、じゃあこの街以外の場所や国の事はあまり知らないって事ッスか……。そういうことなら、地図を使って一つ一つ説明していくッスよ!」


 手際良くテーブルに広げられた世界地図。

 そこには異世界「フェアリスタ」に広がる大陸……つまり俺たちが今いるランス共和国やその周辺の国と、それを囲むような大海が記されている。


「アタシ地図見るの久しぶりだな~」

「私もです。と言っても実家にいた頃もそんなに見ていたわけではないですけど」

「あれ? エマって本好きじゃなかったっけ」

「読書は好きですよ。ただ、ランスだけの地図ならともかく、世界地図を眺める機会はそうありませんでしたね」

「言われてみればそっか。アタシも冒険する時くらいしか見てなかったし」

「普段から見慣れてるようなのは、自分のような仕事をしてる人くらいッスかね~」


 雑談交じりに世界地図を眺めていると、シオンが地図上にランス共和国と記された場所を指す。

 その調子でスイスイと主要なものがある場所を指し示すように丸をつけていった。


「ご存知のとおり、これが今自分たちが住んでいるランス共和国ッスね。この世界の中でも一番と言われてるくらい、自然に溢れていて、国の周りを木々や山で囲まれているだけじゃなく、国内にも森があったり大きな川が通っていたりするッス」

「私の実家もそんな感じでしたね。この辺りです」

「人里離れた場所って話だったんでもっと遠くかと思ったんスけど、意外と王城があるこの街から離れてはいないんスね」


 シオンがランス国の中央に大きく丸を付けた場所、そこがこの国の首都ともいえる街だ。北の方にノエルが居る王城(マリアンデール城)があり、その周りに大小数多くの街が存在する。その街の内の一つが今俺たちが住んでいる場所で、この首都の入り口の役割も兼ねている。

 そして俺が指さした所は、この都市の南西辺りにある、大きな森と山に囲まれた俺の故郷だ。


「森を大きく迂回してこの首都に入るので、見た目の割に結構時間がかかるんですけどね」

「朝に出てお昼くらいに着いたんだっけ。羊車だとどうしても馬車と比べてスピードも出ないしね」

「私、羊さんもあれはあれで結構好きです。メーじゃなくてムーって鳴くところとか」

「? メ―って鳴く羊なんて居たっけ?」

「いや、自分も聞いた事がないッスね」

「あ、いや……。ほら、昔読んだ本の中にメ―って鳴く羊が登場しまして……」


 慌ててごまかすと、二人はさほど気にしていない様子で、元の話に戻る。

 時折こうした違いに気づかずうっかりをやらかすことがあるので、気を付けないといけない。


「それで街の入り口の辺りで、エマがいかつい二人組に声をかけられてたとこをアタシが助けたんだよね」

「エマさん、男の人からしたら襲わないのがおかしいくらい可愛いッスから」

「もう、またそんなことを……」

「しーちゃんも気をつけなきゃダメだよ〜?」

「アニスさんも、ですっ!」


 飄々としたアニスに少しムッとして、語気を強めて注意する。

 全く、アニスもシオンも、いっつも俺の事可愛い可愛いって言うけど、二人だってとっても魅力的な女性だって事をもっと自覚していてほしい。


 ……可愛いって言ってもらえると悪い気はしないのが複雑だけど。


「むう、なんだか湖での一件以来、エマが頼もしくなっちゃった感じがする。寂しいな~アタシ」

「はぁ……?」

「エマはずーっとアタシが守るのーっ!」

「え、わわっ」


 そう言うとアニスさんはいつものように俺に覆いかぶさってくる。

 俺は押しつぶされまいと抵抗を見せるが……。

 くっ! いつもより力が強いっ⁉︎


「ぐぬぬ……わ、私だってこれからは鍛えて自分の身くらいは自分で守れるように……。って、シオンちゃんも見てないで助けてくださいっ!」

「ムフフ、エマさんはまず姐さんから身を守る術を身につけた方がいいかもしれないッスね~」

「そんなのんきなこと言ってないでー!」


 ◇


「魔法の話で思い出したんだけど、この間行った洞窟ってこの辺りだったっけ?」


 俺と、何故か途中から巻き込まれたシオンをようやく解放したアニスさんが、地図にあるランス国の右端、国境付近に指を置く。


「この場所はあの一件以来、正式に"精霊の聖地"として扱うようになったらしいッス」

「あの、もしかして猛獣がよく出るっていうのも、精霊が影響していたんでしょうか」

「いや、人を襲う獣が出るのは何もここだけに限った話ではないんスよ。流石に国内は人の手が及んでるおかげで滅多に現れる事はないんですけど、国と国を行き交う間なんかじゃ今でも恐ろしいのがいっぱい居るッス」


 自分も話で聞いただけで実際に見た事はないんスけどね、と少し安心するように息を吐くシオン。ひょっとしたら先日の竜の姿を思い浮かべていたのかもしれない。


「まあ、かつての魔法使いがいた頃はそれこそ世界中が魔物だらけだったらしいんで、今は随分平和になったほうッスよね」

「そういえばノエル様がそんな事を言っていたような……」

「しーちゃん。その辺りの歴史ってアタシもなんとなくしか知らないから、色々と教えてよ」

「合点承知ッス」


 そう言うと彼女はコホンと咳払いをして間をおいてから、幾分か真面目な顔をして語り始めた。


「今から大体200年前くらいッスかね。突如、フェアリスタの大地に見たこともない強大な魔物が現れ始めて、この世界の人々を襲い始めたッス。それも、一時は国が滅ぶ寸前まで追い込まれるほどに。

 木々をなぎ倒し、山々を焼き払い、人々を切り裂き、街を蹂躙し……。平和な世界が文字どおり一変したとか」


 ゴクリ、と俺とアニスさんが唾をのむ音が聞こえる。あの竜みたいなのが大勢居たと考えれば、想像に難くない状況だった。


「ここランスもそうなんですけど、隣国なんかは一番被害を受けたって聞いてるッス。今でもしっかりとした防衛隊があるのは、戦争の教訓を踏まえてのことッスね」


 道理でこの平和な世界にあれほどまでに統率の執れた防衛隊がいるわけだ……。確か猛獣との戦闘経験も豊富なんだっけか。失礼な話だが、今では隊長である()()ヴァレリアさんが凄く頼もしく思える。


「そして! そこからはお二人もご存知の救世主たる魔法使いが現れて、その力を使い人々と共に平和を取り戻した、というわけッスね」

「……魔法使いさんの凄さを、より実感できた気がします」


 シオンが"救世主"と言ったのも決して比喩ではないのだろう。


「かつての魔法使いも、エマみたいに突然魔法を使えるようになったの?」

「そこは定かではなくて……元は普通の人間が突然精霊の力を得たとも、はたまた精霊自身がどこか別世界から魔法使いを呼び寄せたとも言われてるッス」

「そもそも精霊っていうのも不思議な存在だよね」


 アニスさんはそこで思い出したように、足元に置いてあったランプを手に取り、コンコンと叩く。少しすると、ランプの中に入っていた結晶が光り始めた。


「たしか、この精霊結晶にも精霊の力が込められているんですよね。私からしたら、これ自体が魔法みたいに思えちゃいます」


 煌々と光る結晶以外にも、フェアリスタに多数存在しているらしい結晶には様々な種類があり、それがガスや氷の代わりになったりするものが存在していると、本で読んだ事がある。

 フェアリスタの文明はそれら結晶の持つ力によって、大きく発展したらしい。

 身近に感じるものでは、今アニスさんが手に持っているランプや、捻ればお湯が出るシャワーなんかにも使われており、予想とは異なる意味でカルチャーショックを感じたのを覚えている。


「改めて考えると『精霊は大地に宿る力』って、たしかに不思議ッスね……」

「ん〜、でもまあノエル様の調査でもよく分からなかったくらいだから、アタシ達が考えてもしょうがない部分ではあるよね。こうして便利に使えるならアタシ的には不満はないし」

「あはは……それは言えてますね」


 そう言いながら、俺は首に掛けた青い宝石をジッと眺める。

 魔法使いさんの像に掛かっていた、その魂が宿る首飾り。あの日彼女のおかげで真の魔法使いに目覚める事は出来た。

 しかし、精霊の事がよく分からないとなると、その力を以て発現する魔法の事も当然ハッキリとは分からないわけで……。

 結局、未だに俺自身どういった魔法が使えるのかまでは謎のままなのだ。


(あの時はノエルの精剣をイメージしたらすんなり剣を出すことは出来たけど……。話を聞く限り、もっと色々な力を使えるはずなんだよなぁ……。おーい、魔法使いさん。前みたいに俺に魔法の事を教えてくれよ~)


『…………』


(……ええい、力を貸すって約束したくせに~!)


 ◆


 窓に打ちつける雨音と、時折唸る雷鳴のみが聞こえる部屋の中。

 そこにいるのは男が一人と女が二人。男はジッと彼女らに背を向けたまま外を眺めていたが、やがて振り向きざまにその重い沈黙を破った。


「もう一度聞くぞルーサ。魔法使いが現れた、というのは本当の事だろうな?」

「は、はいっ! わ、私の調査班の一人がハッキリとその目で見たそうですっ!」


 男の険しい声色による問いに対して、ルーサと呼ばれた女はひどく緊張しているのか顔を真っ赤にしながら答える。身体をもじもじと揺すり、男の次の言葉を待つ彼女のその姿は、さながら告白の返事を待つ乙女のようでもあった。


「……よくやったじゃねえか! 後でその頭、思う存分撫でまわしてやる!」

「ほ、ホントですかっ⁉︎ あ、いや、あ、有難き幸せっ!」


 フフン、と鼻息を荒くする男と、エヘヘエヘヘ……とその可愛らしい顔立ちを大いに崩すルーサ。

 そしてもう一人の大人びた女は、そんな二人を見て楽しげに笑っていた。


「ノエルのやつ、そんな特大ネタをこの俺様に隠してやがったのか……。こいつは楽しくなってきたじゃあねぇか! ステラ、ルーサ! 早速その魔法使いとやらの顔を俺様に拝ませてくれや!」


「ンフフ……。了解ですわ、ジーク様」

「お、お任せくださいジークハルト様っ! このルーサ、必ずや奴を連れて参りますっ!!」


「ククククク……ナーッハッハッハッハ!!」


 暗く閉ざされた一室に、ジークハルトの笑い声と、その日一番の雷鳴が大きく響き渡った。


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