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11話 これが、私の魔法です!

 突如として湖から出現した"竜"。

 水しぶきを上げ、大きな白い翼で羽ばたくその姿は、猛獣と形容するには相応しくない美しさを持っていた。

 竜はジッとこちらを見据え、それから威圧するかのように大きく吠えた。


「狼狽えるな! 未知の怪物といえど、我らがやる事は同じ! 各自陣形を整えろ! クレール、お前は姫様達を安全な場所へ!」

「了解ッ‼」


 しかしながら、流石は幾多の戦闘経験がある精鋭の防衛隊に、それを指揮する隊長。不測の事態にも関わらず、冷静な判断力で即座に対応する。

 クレールがノエル達の共に駆け寄る。彼女らは草原に横になったエマを囲むように座っていて、先ほどまでわずかに意識があったエマは今その目を閉ざしていた。


「姫様、皆であの岩陰へ避難を! エマさんは……」

「アタシ達に任せてください!」

「自分と姐さんで必ずお守りするッス!」


 ノエルは二人の様子を見て目を丸くしたが、やがて安心した様子で笑った。


「くっくっく、この頼もしい二人がいるから問題はなさそうじゃの」

「……了解しました。ならば僕も隊長の元へ戻りましょう」

「お気をつけて。私もいつでも加勢出来るよう準備しておきます」


 クレールがヴァレリアの元に戻る頃には、既に隊列を整え終わった防衛隊と"竜"が対峙する形となっていた。竜は未だ、彼らを見つめたままだ。


「早いな、流石はクレールと言ったところか?」

「いえ、姫様はともかく、彼女らがこの状況であっても落ち着いてくれたおかげです。……なんとしてもお守り致しましょう」

「もちろんだ。……しかしこの白き竜、先ほどからこちらを見つめたまま動かんな」

「ならばこちらから先手を……」


 そうクレールが口を開いた瞬間、竜がヘビのように長い下半身を振り回し、前方で盾を構え対峙していた隊員らを吹き飛ばした。


「な、なんて力だ……!」

「むう、迂闊に近づくと危険だな……。ならば三番隊! 二番隊の後ろから攻撃を放て!」

「了解ッ!」


 ◇


 再び意識が戻った頃には、俺はいつかのような白い空間に浮かんでいた。


「リリス……? いや、違う、この感じ……。ってそれより、竜は⁉ みんなは⁉」


『皆はまだ無事。もっとも、それも時間の問題ではあるが』


 聞き覚えのない、そしてどこか遠くから話しかけるような女性の声が聞こえ、俺はそちらを振り向く。


「だ、誰ですか⁉」

『我は精霊に宿りし、かつての魔法使いの魂。そして、現世の魔法の使い手を真に目覚めさせる者』

「なっ!」


 かつての魔法使いの魂だって⁉ なんでそんなのが……!

 まさか、あの首飾りの……!


『然り、貴女があの首飾りを付けたおかげで、我は今貴女とこうして話をする事が出来る』

「……私と話をする目的を、聞いてもいいですか?」


 バクバクと唸る心臓を押さえつけ、努めて冷静に尋ねる。

 ……俺の最悪の予想が外れてる事を祈りながら。


『否、我は貴女に罰を与えるために話をしにきたわけではない。それはあの竜も同じ。言ったはず、貴女を目覚めさせに来たと』


 どうやらあの首飾りを俺が付けたことへの祟り、というわけではないらしい。

 それが分かってだけでも少し安心出来た……が、まだ全ての疑問が尽きたわけではない。

 

「私を目覚めさせる……。それはやっぱり、魔法の力を、ということでしょうか」

『然り。今の貴女は魔法に目覚めつつあるものの、未だ不完全。我の力と共鳴してこそ、真の魔法の使い手となる』


 不完全、という単語に、不思議と冷静な思考が整理される。

 だからこそ身体は光れど……という状態だったのか。


「じゃあ今の私は、もう……」

『それも然り。……しかし』


 魔法使いの魂を名乗る女性は、そこで言葉を区切った後、間をおいて鋭い一言を放つ。


『貴女の心は、魔法を受けつけてはいない』

「っ!」

『故に貴女は我との共鳴に反発し、結果その身体に強い痛みが生じたのだ。何故(なにゆえ)だ? 何故魔法を拒む?』


 ……俺の心が魔法を拒む理由。

 思い起こせば、それは俺が魔法使いである事が分かった時に抱いた気持ちと同じだった。


「怖い……からです。私の身に何が起こっているのかが分からない事が」


 そう、恐怖。

 ノエルは何が起こっても命を懸けてでも守ってくれるって言ったけど、心の奥底ではやっぱり怖かった。自分が魔法使いになったら、今後どうなるのか。今のアニスさんや皆との楽しい生活は、もしかして無くなってしまうんじゃないか。

 そう思うと、簡単に受け入れることは出来なかった。


 束の間の沈黙。


「でも、それじゃあ駄目だなって、今では思います」


 姿は見えなかったが、わずかに魔法使いが反応する様子を感じた。


「だって私、幸せに生きるために今のこの人生を過ごしてるんですから! 魔法くらいに怯えてるようじゃ、幸せになんてなれませんよね」


 未知のものに恐怖を覚えていた頃の俺を思い出す。

 あの時もこうして、勇気を出して一歩を踏み出したんだっけ。


「だから、お願いします。もう一度、私を真の魔法使いに目覚めさせてくれませんか? そうしないと、あの竜を退治する事が出来ないんですよね? みんなを助けて、またいつもの幸せな日常を取り戻さなきゃ」


 私のために、大勢の人が危険を冒してまで協力してくれている。そんな幸せな事、ないじゃないか。

 だったら俺も勇気を持ってそれに応えなきゃ!

 聖地を訪れて、魔法使いの魂とこうして会話して、ようやく気付けたことだった。


 そこまで聞いて、魔法使いは感心したように言葉を返す。


『……何故竜の事を?』

「あの竜が現れたのが祟りじゃなくて、しかもこうして貴女が私に力をくれるって事は、おそらく()()()()()なんじゃないかなって」

『……然り。あの竜は、貴女が真の魔法使いであるかを見極めるための使い。精霊の力によって生み出された者ゆえ、精霊の力……。魔法によってしか倒すことはできない』


 正解したご褒美なのか、攻略法まで教えてくれる。()()使()()()()はとっても親切だ。


「ふふふ、魔法で竜を倒すなんて、なんだかワクワクしてきましたよ! 昔ゲームでやった事があるんです。……って、貴女に言っても何のことやらって感じですよね」

『……わざわざ見極めずとも、既に貴女は真の魔法の使い手に目覚めているようだ。"男の子の勇気"と、"女の子の強さ"を併せ持った貴女なら』

「ほ、本当ですか? じゃあ早速……。ってあれ?」


 今、なんか変な事言わなかった?


『さあ、その力を以て竜を倒し、そしてこの世界を切り拓いてゆくのだ。我はいつでも貴女に力を貸すと約束しよう』

「ま、待ってください! さっき私の事なんて言いました⁉ あ、ちょっと、まだ話が――――!」


 ◇


 夢の途中で目が覚めた時のモヤモヤを感じながら、うっすらと目を開ける。

 自分が今どこにいるのか、思考がおぼつかない。


「ね、姐さん! エマさんが目をっ!」

「ホントッ⁉ え、エマ、アタシが分かる⁉」

「アニスさんに、シオンちゃん……」

 

 ぼんやりと声の主である二人の名前を呼ぶと、すぐさま温かい感触に包まれる。

 意識が覚醒してくるとともに、二人に抱きしめられていることに気づいた。


 ……ああ、そうか。さっきまで魔法使いさんと話をしていたから、こっちじゃ意識を失っていた事をつい忘れていた。


「……二人とも、心配かけてごめんなさい」

「なに言ってんの! エマを心配するなんて当たり前ってこの前も言ったでしょ!」

「そうッスよ! もう身体は痛くないッスか⁉」

「ちょ、アニスさんもシオンちゃんも鼻水、鼻水がっ」


 想像以上に心配をかけたらしく、二人して目から鼻からズルズルだった。

 二人が鼻をかんでいる間、俺は近くの岩陰から頭だけを出し、周りを見渡す。あの竜や防衛隊、それにノエルとアキさんはどこにいるんだ?


「お嬢様、今です!」

「うむっ! これでも食らえいっ!」


 眼下から激しい衝撃音。

 次に、湖の方から声が聞こえそちらを振り向くと、今まさにノエルが精剣を振りかざさんとしているところだった。

 地上を見下ろすように空を舞っていた竜は、油断していたのか、精剣の衝撃に大きくよろめき、同時に防衛隊から歓声が上がる。


「おお、ヤツがひるんだぞ!」

「よし、全部隊は姫様の援護にあたれ! そこから一気にしかける!」


 そうか、精剣にも精霊の力が込められているから……。

 好機と見た防衛隊は、ノエルの援護に当たろうと一転して隊列を変更するが、竜は大したことないと言わんばかりに大きく羽ばたき、叫び声をあげる。すでに態勢を立て直しており、襲い掛かるまでに猶予はなかった。


「まずいっ!」


 思わず岩陰から飛び出し援護に駆け付けようとする俺だったが、後ろから引っ張られる感覚。

 振り返ると、アニスさんが俺の右手を握り、青ざめた顔でこちらを見ていた。


「駄目だよエマ! 危ないって!」

「アニスさん……」


 その横では、シオンも両手を胸の前で合わせ、ジッとこちらを見つめている。二人とも、身体が震えていた。

 無理もない。俺が意識を失っている間、二人はあの竜と防衛隊が戦闘している様子を目の当たりにし、その恐ろしさに恐怖したのだろう。


 だが、その恐怖を拭い去ることができるのは、他でもない、俺が持つ魔法の力だった。


「……二人ともごめんなさい。私も行かないと」

「ッ! じ、じゃあアタシもッ!」

「……! ふふっ、ありがとうございます。ですが、今はその気持ちだけ。私だって、いつまでも頼りないだけの女の子じゃないんですよ?」


 アニスさんにギュッと握られた手を両手で包み込み、彼女を安心させるように微笑む。

 全身と、そして首飾りが光り輝く。

 初めてのはずなのに、その力を引き出すイメージが鮮明に頭に浮かびあがってきた。


「こ、これって……!」


 ◇


 二人にひと時の別れを告げ、丘を滑り落ちるように駆け降りる。

 自分の身体とは思えない躍動感にドキドキしながら、やがて目的の背中を見つける。


「お待たせしましたっ!」

「え、エマ⁉ お主身体は……いや、それに、その剣は……!」

「えへへ、ノエル様の精剣を真似てみたんですけど……。どうですか?」

「う、うむ、たいそうカッコよい……。い、いやそれどころではなくてな⁉」


 光り輝く剣を両手に、キリッとポーズを決める俺の姿を、この世のものとは思えない物を見たかのように驚くノエル。それでも褒めるのを忘れないのが彼女らしかった。

 彼女よりも一瞬早く状況を把握したのか、隣からアキさんが声を掛ける。


「お嬢様。おそらく今のエマさんなら!」

「そ、そうじゃな、よし! ヴァレリア! 全部隊をわらわではなくエマの援護に当てるのじゃ!」


 ノエルの指示にギョッとしたのは俺だけではなく、隊長のヴァレリアさんを筆頭に防衛隊に動揺が走る。だが、ここにきてランス防衛隊の隊長は優秀だった。


「……承知致しました! 全部隊、エマ殿に続けっ‼」

「り、了解!」


 ヴァレリアさんの指示の元、俺の前方に隊列が集まる。いくらノエルの命令とはいえ、それに従うのは並の覚悟じゃ出来ない事だろう。


 彼らの協力を無駄にするわけにはいかない。


「攻撃がくるぞっ!」

「うぐおおおおっ!」


 竜の起こした衝撃波のような攻撃を前衛の盾部隊が耐え凌ぐ。

 その隙にアキさんとノエルが素早く横から近づき、精剣による一太刀を浴びせる。また少し竜がよろめいた。

 剣を握る両手に力を込める。チャンスは今だ。


「行くのじゃ! エマ!」

「お願いします、エマさん!」

「エマ殿、託しましたぞ!」


 一気に前方の竜に向かって走り出す。

 皆の思いが、俺にさらなる力をくれる。今の俺なら、竜だってなんだってへっちゃらだ!


 かつての魔法使いさん、見てるかっ⁉


「いきますっ! これが、私の魔法ですっ‼」


 両腕から大きく放ったその一撃は、竜の身体を斬り裂いていた。


 ◇


「エマーーーーっ‼‼」

「エマさーーーーんっ‼‼」

「きゃあっ⁉」


 竜があのまま消滅して、少しした後。

 背中に強い衝撃を感じたかと思った時には、すでに目の前に地面があり、おでこをしたたかに打ち付けた。

 二人分の重みとおでこの痛さが、全力疾走後の身体には辛い。


「う~……。もう、二人ともんむむっ⁉」

「エマ見たよあれ! 凄い凄い! アタシ感動しちゃった!」

「じ、自分もッス! これからエマさんも尊敬の意を込めて"姐さん"って呼ばせてもらうッスよ!」


 なすすべもなく、寝転んだ姿勢のまま二人に揉みくちゃにされる。

 ところで、姐さん呼びは舎弟に呼ばれる感じがして嫌なんだけどなぁ。


 助けを呼ぼうと辺りを見回すと、ノエルが腕を組みながら難しい表情をしていた。


「むむ、すっかり乗り遅れてしまったのう……」

「今からでも混ざりますか?」

「……いや、それよりもわらわに良い考えがある」


 その口角がニヤリと吊り上がる。

 ……待ってノエル、なんだか嫌な予感がする。


「ヴァレリア、こういう時は何をするか……。お主なら分かるな?」

「もちろんです、姫様! さあお前ら! エマ殿を囲めーっ!」

「了解!」


 その了解、今日一番元気が良い気がするんだけど⁉

 力強い掛け声とともに、俺の周りにわらわらと防衛隊の隊員が集まってくる。

 待って待って! 大人数に囲まれるのは無理! 特に屈強な男が多いんだから!


「あのっ、み、皆さん、まっ、ちょっとアニスさん、シオンちゃん⁉」


 まるで計ったかのようなタイミングでアニスさんもシオンも立ち上がり、俺をそのままお姫様抱っこにする。


「よっ、今日のヒーロー!」

「これくらいの歓迎は受けてもらわないと困るッスよ!」

「や、あの竜は私のっ、っていうかわっわっ! きゃああああっ‼」


 わっしょいという掛け声とともに、俺は数回宙に舞う。首飾りが太陽に反射し、光り輝いているのがやけに目に焼き付いた。無論、それどころではなかったけども。


 ……こうして、俺の二度目の魔法騒動は多くの仲間の力に助けられ、無事幕を閉じ。

 俺は、真の「魔法の使い手」になることが出来たのだった。


 この力が今後の人生をどう左右するかは分からないけど……。

 それでも、俺は何事にも恐れずに生きていこうと思えた。


 ◇


 そして、エマが涙目になりながら宙を舞い、文句を言いながらも最後には笑顔を見せていたその頃。


『大勢の人間に愛されるのも彼女ゆえ、か。やはり彼女なら、きっと――』


 エマには到底聞こえなかったが、その姿を見守る優しい声が響いていた。


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