未来予知能力者と一般人の会話
「…今日の月は綺麗ですね。」
Sは誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。
満月の夜に一人、自宅の屋上で月を眺める彼は、どこか寂しげな表情を浮かべているように見える。
Sはこれから来る突然の来客に備えて、ワイングラスをもう一つ用意した。何故アポ無しの相手に対して準備が出来るのか。それは彼の『超能力』が理由の全てだ。
超能力の内容は、完全無欠の未来予知。あらゆる世界線での未来を予測し、自分が望んだ未来を自由に選択することの出来る能力だ。
Sが飲み物を用意してすぐ、整った顔立ちの男がやってきた。彼の名は西月竜夜。伝説の傭兵と呼ばれる男で、Sの正体を知る数少ない友人だ。
二人は席に座り、会話を始めた。
「やっぱり俺が来るのはわかってやがったか。どうも慣れないな、この感じは。」
「それでも確認を取るのは常識だと思いますよ。私以外に同じことをしたら、きっと怒られます。」
「…お前の能力に『きっと』なんて言葉があるのか?」
一瞬、沈黙が流れた。Sはグラスに口をつけ、ゆっくりと答える。
「…そうですね、語弊がありました。今私が注意しなければ、貴方はいつかどこかで怒られる事になるはずでした。」
「お得意の『調整』か。」
「まあ、そうですね。そんなことより、貴方が何をしにここへ来たのか尋ねてもいいですか?」
「…わかってんだろ。俺が黙っていようとそうでなかろうと、お前には結果が見えてる。逆に何故、わざわざそれを聞くんだ?」
西月の疑問はもっともだった。自分や相手のあらゆる選択肢の先を知るSが、わざわざ相手に何かを聞く必要なんて一切無いのだ。
何かを『調整』するためなのか。しかしここで質問するか否かで変わる未来などたかが知れている。西月はどうしてもわからなかった。
「そうですね…強いて言うなら、そちらの方が人間っぽいといいますか。普通の人に見えるじゃないですか。」
「…吸血鬼の癖に何を今更。お前は超能力でこの世の知識全てを得る事が出来る。お前が使える魔法も今以上に増やして、世界を掌握することだって出来る。それに―」
「まあまあ落ち着いて。言っておきますが、私はそんなことをするつもりはありません。確かに私は吸血鬼で寿命も人より長いですが、どうせこの世界を良くすることは出来ません。それなら私はわざわざ、世界征服をしようなどとは考えません。お分かりいただけましたか?」
「わからねえな。人間ではないお前が一般人の様に振る舞うのも、こんな所でダラダラと日々を送ってる事も。」
「事実でも『人間じゃない』と言われるのは傷つきますね。私は普通の人間のように、自由に生きるために日々を過ごしてるというのに。」
「…じゃああの『神無月』とかいう女を助けようとしてるのも、お前の自由の為か?」
「まあ、そうですかね。助けられる人を見て見ぬふりは出来ませんから。貴方だって引き受けてくれたじゃないですか。」
「…報酬が良かったからだ。俺は誰が雇おうが気にしない。傭兵だからな。」
「私の前で照れ隠しなんてしても無駄なのに。癖なんですか?」
「違う!別に俺は照れ隠しなんて―」
「私の依頼は全部引き受けてくれるじゃないですか。それが何よりの証拠ですよ。」
「それも全部報酬が良かったからだ!」
「例え報酬無しの依頼をしても、貴方は受けてくれる人ですよ。私は未来の貴方の事だって知っているんですからわかります。」
「チッ。やっぱりお前の能力は気味が悪いな。」
「それには同意します。…飲み物、もう一杯どうですか?」
「必要ない。もうそろそろ帰ることにするよ。…わかってただろうけどな。」
「ふふ。気をつけて帰ってくださいね。あ、念のため回り道した方が良いかもですよ。」
「忠告どうも。未来の俺がお前に真っ直ぐ帰った場合の不幸を伝えたとは思えないが…何が起こるのか聞いてもいいか?」
「別に不幸な事が起こるわけじゃないですよ。ちょっと良い事があるだけです。」
「そうかい。じゃあ、また来るよ。」
西月が帰ったことを見届けると、Sは晩酌の片付けをしながら、今した会話を思い出していた。
正確には全ての世界線での話。実はその全ての世界線で同じ話をしていたのだ。
西月が最初からこの話をするつもりで来たことに気付きながら、Sは会話の流れに乗っていたのだ。
「素直じゃない人だなあ。」
今日もSの未来設計図は、計画通り進行していくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
『神無月』という人を助ける話はいつか書くつもりです。