第五十六話 元魔王は、本当に印象深い件について(仮)
「ああ、ヒカル。早かったわね」
顔に、おそらく戦いの中で一方的に跳ね返ってきたのであろう血しぶきの一部をつけながら、喜色満面でシャルが言ってきた。
こういう姿のシャルは久しぶりに見る。魔物退治に精を出ていた頃は、よくこんな姿で俺に戦いの報告をして来ていたものだ。
はた迷惑な話しだよまったく。
――とりあえず、相手を助けてやらないとな。
俺は、瓦礫の間をトコトコと歩いてシャルに近づいていく。
「こいつでしょー? ユージンが一緒に革命軍を作ったってやつ。えっと、ネムだっけ?」
「いや、それはラスボスだ。それはそいつの弟の、ナムだ」
いや、ナリだったか?
――まあ、名前なんてどうでもいい。
「黒魔術師は?」
「ここには居なかったわよ」
「ってことは、どこかで合流する感じだったのかもしれないな」
――それか異変を察知して、逃げたか。
まあ、大した問題じゃない。
「お前、ちゃんと説明してやったんだろうな?」
「もちろんよ。こいつ以外の革命軍は全員催眠で眠っているはずよ」
と、シャルは、視線で俺を促す。
視線の先を辿ると、そこには、口を開けて廃人のようによくわからないうわ言を言いながら、回転している数十人が居た。
見るからにやばい人たちである。
どう考えても、壊れた人間だ。
――どんな催眠を掛けたんだよ。
「とりあえず、そいつを拘束しといてくれ。って生きてるよな?」
「多分大丈夫。五発くらいしか殴ってないし」
――多分ってなんやねん。
まあ、見たところ虫の息ではあるが、息はありそうだったので、シャルの言葉を信じることにした。
俺は、再度瓦礫を掛け分けて、集団催眠に掛かっている革命軍たちの下へと向かった。
――これはある意味、違う方向性として革命が起きているんじゃないか?
まあ、ただ国全体がリビングデッドの如き惨状に包まれるだけだけどな。
「まあ、じゃあ、適当に記憶改竄をさらにするかな」
この状態で記憶改竄をすると、どうなるか正直わからない。
単純に、脳細胞が壊れて、本当に廃人になる可能性もないことはない。
――まあ、そこは腕の見せ所ってことだな。
要は、病気を治すために手術をしないといけないとき、何が一番大事かということだ。確かにやり方や薬の成分みたいなものも大事かもしれないが、やっぱり大事なのは、その医者の腕がどれだけであるか、ということだろう。
それは、どんなものにも言えること。
俺は、集団廃人どもに、手を向ける。
「我思うに我在り」
向けている手が発光する。
そして、全員に向けて光の筋が出来た。それで、俺はその場の廃人どもの頭の中にあるものを覗くことができる。
――なして、こんな状況だ?
と思い、なんとなく今なにを考えているのか、ということを覗いてみる。
すると、全員が同じものを見ていた。
それは恍惚とした表情で、全員に前に現れ、突然全員に死の恐怖を植えつけた人物――シャルの顔が皆頭に焼きついていた。そして、その圧倒的な恐怖により、心が壊れているみたいだった。
――催眠というか、これは――ただの暴力だなおい。
脅迫と表現をしてもいいかもしれない。
やはり元魔王ということなのか、シャルがマジになったときは、その存在自体が災厄になる。
まあ、革命軍からすれば、自分たちの計画を邪魔にし来た人物って意識でシャルのことを見ていただろうからな。それにより恐怖はある意味で膨らんだはずだ。それもあるのはあるだろう。
とはいえ、本当に怖いやつだよシャル。
――とりあえず、記憶消して、それからいろいろと上塗りをするか。
ここで起きた出来事くらいな、付け足して改竄しても、大丈夫だろう。
俺は嘆息を漏らし、指を鳴らした。
瞬間、その場に全員が倒れこむ。
「改竄は終了したのかい?」
振り返ると、そこには魔女――カナが居た。
「一応な。起きてみないと、成功かどうかはわからないけど、まあ、大丈夫だろう」
それに、失敗でも廃人になるだけ、問題はないと言える。
――うわー、ひでー話しだ。
俺としても慈善事業をしているわけではない。そもそも革命軍に居るだけでリスクがあるのだ、命を救ったところで勘弁願いたい。
「瘴気発生装置はどうだった?」
「こっちで弄れるようにしておいたよ。まだ、壊したりはしないんだろう?」
「ああ、効力としての催眠効果は今は使わせてもらいたいからな。最終的に、国民の命が危険にさらされないようにできたらそれでいい」
カナには、瘴気の発生装置の探索と、その奪取を頼んでいた。
「よし、シャル!」
声を掛けながら、シャルを見ると、デジャビュが襲ってくる。
「お前にとって、拘束するってどういう意味なんだよ……」
「いや、身体の動きを封じるってことだけど?」
「その認識は正しいんだけどな」
――またお前は土に人を埋めて……。
もしかすると、農業をやらせているからかもしれない。土の偉大さを実感して、それをどんな場面でも活用する。すばらしい発想力じゃないか!
――まあ、ないな。
シャルのことだ。ただ、何も考えずにやっているに違いない。
俺は埋められた人物を見下ろした。
すでに瀕死の状態なのに、こんなほとんど生き埋めに近い状態になるとは、やはり因果応報という言葉は正しいのかもしれないな、と思える。ただ、それを体言しているのが元魔王なのが、なんというか皮肉な話しだ。
「とりあえず、話せるくらいに治せ」
「ええ? 必要ないでしょ? こんなのビンタして起こせばいいのよ!」
「お前、鬼畜だな」
「だって、相手は悪党だよ? 慈悲なんて必要ないと思うけど?」
「俺たちも別にヒーローじゃないんだ。もしも死んだら情報が引き出せないだろ?」
俺の言葉に、シャルは口を尖らせて不満げに、
「わかったわよー。ちぇ」
と言いながら、なんとも適当に、本当に少し話せるかなくらいの回復魔法を掛けた。
男は、意識を取り戻し、口から血を吐き出した。
「やあ、元気かい? ……えっと、ナフ君?」
「……お前ら……」
ナム君? は、俺たち三人を見上げて、特に、俺とシャルの顔を見て目を鋭くさせた。
――生きていたのか、って感じかな?
「思考はできるみたいだな。ってことで、俺がこれから聞くことに素直に答えて欲しいんだけどいいかな? ナム君」
「……違う」
「え?」
「名前が違う…………ナルだ」
「ああ、それはごめん」
――血反吐吐きながら訂正するほどのことか?
貴族ゆえのやつかね? 彼らは名前をかなり大事にするからな。
「で、質問には答えてくれるのかな?」
「言うことはない」
「知ってるんだよ。君たちが不穏分子を抹殺するために革命軍を設立したってこととか、実は皇帝の、えっと、その人が宮殿で待ち構えているとかな」
笑って、言う。
決して、皇帝の称号持ちの人間の名前を忘れたことに対して笑ったりしたということではない。相手を威圧するために笑ったのだ。
「だから、まあ別に聞くことはないわけ」
「え、情報を引き出すために回復させたのに?」
シャルが馬鹿みたいに聞いて来る。いや、馬鹿だったわ。
「俺が知りたいのは、今回のことではなく、そのもっと裏にあるやつだ。超高級貴族につていだな。こいつが現ドルー王国の息子ってことは、その超高級貴族と関わりがあるわけだろう? だから、そいつらを叩き落すには、こいつを使うのがベストなんだよ」
俺は、一応シャルにもわかるように説明してやった。
もちろん、その言葉がナルにも聞こえるようにした。
「ああ、だからこの人間を奴隷にするのね」
「そうだ。ナル君には働いてもらう。そのためには、これからいろいろとすることがあるわけ。とりあえず、シャル。お前はカナとこいつを連れて戻っておいてくれ」
「一人でやるの?」
「ああ、この国最強とやらとやってみたいからな。それに黒魔術師にも借りは消さないと駄目だろう?」




