第四十五話 元勇者と元魔王は危険分子である件について(仮)
ユージン・サラエボは、王都から北に少し外れたところにある、サラエボ家に来ていた。来ていたと表現をした理由は、彼自体が、その屋敷自体に、つまり本家の屋敷にあまり足を踏み入れたことがないということである。
高級一族は、その権力を利用して、自分たちの欲望を満足させるための小さな街を持っている。そこに住んでいる人間は、高級貴族を領主として崇め奉り、彼らが死ねと命じれば死なねばならない。
無駄に豪勢な作りの門を、ユージンは潜った。
こんなところにお金をかける暇があるのならば、王都から外れた農村部に対してちゃんと援助をすれば良いのに、と思う。
貧民に苦しんでいる人たちのことを把握していないわけではないだろうに。
そもそも、王都そのものの体系が狂っているだろう。
農村地帯との技術の進歩が十年単位で違うということ自体がおかしい。それは暗に王都至上主義に他ならないというわけである。
最近は、魔物からの襲撃が、どうしてか弱まったので、隣国との国境にある小さな村などの被害が少なくなったとはいえ、そもそも王都の人間には、そこの人たちを助けようという気持ちはない。
どちらかといえば、邪魔だとすら思っているのだ。
それを、王都に行ってから、ユージンはひしひしと感じていた。
王都の平民といえども、王都以外の人間については、まるで下等な人間という評価しかしていない。種族がそもそも違いかのような態度である。
人は自分の下に人を作りたがる。
そんな思想が蔓延っていた。
その罪は一重に、貴族という人種のせいだという気持ちが膨れ上がってきている。
彼はそんな考えなど顔に出さず。屋敷の中にある自らの部屋へと歩みを進めた。途中で執事や家政婦などと顔を合わせるが、サラエボ家の人間とは顔を合わせない。
――全員、あっちに居るか。
まったく、何日連続でやっているんだ? と思いながら、部屋に入った。
荷物を部屋に下ろしてから、彼は屋敷の中で最も面積を取っている宴会場へと向かう。
重厚なドアが開けられると、中からは貴族たちの気品溢れる催しの雰囲気が充満していた。どんなものでも密集すれば、鼻を突く嫌らしさとなる。
ユージンは回りに居る様々な重要人物には目をくれずに、そのまま一番派手な格好をしている人物の下へと一直線に向かう。
権力が身体中から発せられているかのような威圧感のある人物の前で、ユージンは頭を下げた。
「お久しぶりです。お父様」
その言葉で、パーチ・サラエボは、先ほどまでの話しをやめて、ユージンに向き直った。
「おお! 久しぶりだなユージンよ。元気にしておったか?」
「はい」
「王都の学園はどうだ?」
「よい学びを受けております。同年代の人間と切磋琢磨するということはとても良いことであると、身にしてみて感じました。この度は私のわがままを聞いていただきありがとうございます」
「よいよい。お前の学びになったのなら、それで良い。さあ、ユージン。お前も楽しめ! ひさしぶりの宴だろう?」
「はい。ありがとうございます」
ユージンは再度頭を下げ、「失礼します」とパーチの下から離れた。
彼はそのまま宴会場の端まで行き、背中を着いて会場を見渡す。舌打ちを打ちたい気持ちを抑えながら笑みは絶やさなかった。
「久しぶりだな、ユージン」
そのとき、ユージンの隣に人が立つ。彼よりも頭一つ分ほど背が高い。
「兄上……」
「今、お前は王都の学園に通っているらしいじゃないか。どうだ? 学園は?」
「面白い人が居て、楽しいですよ」
「へえー。そうか」
「兄上はどうです? 聖騎士としての職務は」
「余裕だな」
ラント・サラエボは微笑む。
ラントは、ユージンの五つ上の聖騎士である。といってもユージンと血のつながりがあるわけではなく、元々は別の一族であった。そして、彼の一族はサラエボの中でも最も権力のある一族の一翼である。
「いろいろと他国との戦争を危惧している者も居ると聞くが、そんなことは起きないよ。俺たちはのんびりと適当に訓練して、おいしい料理を食べて、こうやって宴を開いていれば大丈夫だ。大事なことは上がすべてやってくれるしな。王都さえ守っていれば問題はない」
「でも、それでは村民は犠牲になるのでは?」
「はは、お前面白いこと言うな!」
ラントは嘲笑うように言った。
「村民なんか、家畜も同然だろう? 俺たちのために適当に農業にでも精を出してればいいんだよ。まあ、でも最近は技術も発展して王都でも作物が取れるようになってきているから、あいつらも生きる目的がなくなるかもしれないな。そうなったら適当に欲望のはけ口になるしかないな。はは! かわしそうに、平民に生まれた自分の運のなさを呪うしかないだろうな」
ラントは酔っているのか、そのままふらふらと会場の真ん中まで歩いていく。そして、そのままよくわからない女性を捕まえて踊りだした。
心底反吐がでる。
どうして自分が彼らと同じ立場であるのかと絶望をしそうになった。
今すぐにでも、ここのやつら全員を血祭りに挙げてやりたい気持ちになる。
「落ち着けよ」
「……ナル……」
壁越しに念話が届いてくる。
「当日までは動くわけにはいかないだろう?」
「そうだね。大丈夫だ」
ユージンは通常よりも長く息を吐いた。
彼の言う通りだ。
まだ時期ではない。
「それで? 学園にはこちらの考えに同調してくれそうな人間はいるか?」
「Kクラスにはいないと思う。他クラスの人間には幾人か声を掛けている。だけど、従者は比較的こちらの味方と考えていいと思う。特に一年生の従者はこれから先良い人材になるよ」
「例の男か?」
「うん。彼のおかげだ」
「その男は、計画には乗ってこないのか?」
「多分無理だろうね。力はあるけど、それを使って何かを変えようという気概はない人間だよ。彼が協力してくれれば、百人力だとは思うけど、彼の周りの人間も同様にね」
ユージンは、今頃暗黒の森へ行っているであろうヒカルたちのことを頭に思い浮かべる。
「だけど、自分たちに気概が及ばない限り、特にヒカルは邪魔はしてこないと思う」
「それでも対策をする必要があるわけだろう?」
「うん。だからこそ今、彼らを試しているところなんだ」
「なるほど、黒魔術の連中を使ったのか」
「うん。いくらヒカルが強いといえども、彼らには勝てない。なにせ彼らは異次元の存在だからね。でも、その異次元の存在にも牙が届くかもしれない存在であることは事実だ。だからこそ、危険であれば、消えてもらう」
ユージンの声は、とても冷徹な声音であった。普段の学園での彼とはまるで別人だと云える。
それは念話といえども、届いてくる。
「怖いねえー。せっかくの友達を。邪魔してこないんじゃないの?」
「友達だからこそだ。革命への足掛けにその血を無駄にはしない。邪魔しないという確証がないからね。当日対峙でもされれば面倒だ。だから先に手を打つ。失敗するわけにはいかない。でもできればそこまでの危険分子ではないことを祈っているよ」
「覚悟は決まっているみたいだな」
「もちろんだよ」
「なら、俺は三日後に向けて、準備を整えよう」
「頼んだ」
ナルの気配が一瞬で消えた。
ユージンの意識はまた宴の会場へと向けられる。
誰もが何も考えず、アホの一つ覚えのように酒を飲み。汚く食事をして、さらに馬鹿みたいに腰を振っている。
お前達ごときが、よく人の上に立てるな、と心底呆れた。
ユージンはそんな同族から視線を外し、宴の会場から姿を消した。
後少し。後少しだ。
あともう少しすれば、この国の世界が変わる。
本当に大切なものが何なのか、間違いは正しい道に強制される。
そして、その先導をきるのは自分だ。
何にも邪魔されることは許されない。
なにがなんでも成功させてみせる。




