第四話 元魔王は大胆な件について(仮)
「これは、あなたの家紋ですか?」
オールバック聖騎士が、シャルが作ったのであろうニセの家紋を見せる。
「え? いや、私――」
「シャル! とりあえず。お前の家の家紋がどんなものなのか、もってこいよ。お前じゃ、見てもよくわからないだろう? この人たちに直接見てもらったほうが早い」
俺はシャルの言葉を無理やり遮って言う。絶対に逃がしはしない。
「そのほうがいいですよね? もちろん家紋の判定もできるんでしょう?」
俺は聖騎士の連中にも、同意を求めた。
「そ、そうだね。できます。家紋を持ってきてくださることが可能ならお願いしたいところだね」
聖騎士はどいつもプライドだけは高い連中だ。今この場で、家紋の判定を自分たちができないなんてことは言えない。
そんな中で、シャルが家紋を持って来たときに、それが絶対に自分たちが持っているものと同じ家紋であるという確信を持ててみろ、自分はやはり天才なんだと勘違いして、絶対に引きさがったりはしないだろう。
そこでシャルが大人しく自分が犯人だと認めればそれでいいが、絶対に否定する。
そこで、あの服を見つけ出し、シャルに突きつければ、シャルは聖騎士に連れられて王都行きだ。それで俺の平穏が取り戻せる。
――よしよしよし。これで農業に勤しむことができてラッキーだ。
「わ、わかりました……」
シャルは、家の中にいったん戻り、マーチィン家の家紋を取り出してきた。
「私の家の家紋はこれなんですけど、たぶん、というかまったく違うと思いますよ」
――馬鹿が。
「どれ、見せてください」
オールバック聖騎士が、シャルが持っている家紋が入った手のひらサイズの時計を手に取る。その時計の裏に大きく家紋が施されているのだ。
聖騎士は自分が持っているものを、それと入念に見比べる。
「うむ……」
同じだ。俺はそれが次に彼の口から発せられることを、まだかまだかと待ち望む。
「まったく違うな」
「え?!」
――なん……だと……!
「ですよね? まったく違いますよね?」
「はい。そうですね。一応入念に見比べてみましたけど、そんなことしなくても、違うのは一目瞭然だ。全然違う」
―そんな馬鹿な!
俺は間違いなく催眠を掛けたはず。
そして、それを解くなんてことは、例えあの魔王といえども容易ではないくらい強烈なものを掛けた。
まさか力の制御が最近の生活で鈍っていたのか? いや、それもないはずだ。そもそも、修行というのを俺はした事がないのだから、力が落ちることもない。いくら世界が違っていても、シャルには黙っているが俺の力は、全盛期を超えている。あの頃に比べて自分の筋肉を使って、農業をしている分、さらにプラスなわけだ。
「本当ですか?」
俺は、何が起こったのか知るために、聖騎士が持っている時計を見に行く。
――!? やられた!
そこで、俺の目に入ってきたのは、なんの文様も施されていない。まっさらで綺麗な光沢を放っているだだの時計の裏だった。
俺はシャルを見る。
目があった瞬間、全身の毛が逆立つのを感じる。
そこには、俺に対して、満足そうに微笑む彼女がいた。それは、何度も死闘を重ねたあの魔王の微笑みと同じもの。
シャルは、俺が聖騎士に掛けた催眠を解いたのではなく。その上にさらに催眠を掛けることによって、自分が持ってきたものと、聖騎士が持っているものが、まったく違うものに見せているわけだ。おそらく俺が聖騎士に掛けている催眠を第六感で感じ取ったのだろう。
「みなさんは、どうして、私を訪ねてきたんですか? どこからか、情報があったんですよね?」
「えっと、はい。この方が、こちらの家の家紋と、この家紋が似ているとおっしゃったので」
「でも、全然違いましたよね? ここまで違うのに、どうして、彼はそんなことを言ったんでしょうか?」
シャルはそこで、また俺を見る。それに釣られて、オールバック聖騎士以外の二人も俺を見てきた。
「何か、思惑があったってことですよね? それが何なのか私にはわかりませんけど、でも、その相手がすぐそこにいるんだから、直接聞けばいいか。どうしてなのヒカル?」
シャルは、傍目から見れば純粋無垢な笑顔を俺に向けてくる。だが、俺にはそれが狂気のものにしかみえなかった。
「説明お願いできるかな?」
オールバック聖騎士が、眼鏡をぎらつかせて俺を見てくる。
「あれー? おかしいなー……」
俺は、適当に言葉を濁しながら、頭を高速で働かせる。
――さて、どうするか・・・。
「とりあえず。シャルの部屋で話しませんか? 立ち話もなんですしね。シャル! 別にいいだろう?」
催眠はもう使えない。
これ以上彼らに催眠を掛けてしまえば、彼らの精神がおかしくなっしまうからだ。
ならば、無理やりではあるが、彼女の部屋であの血まみれの服を無理やり見つけ出し、決定的証拠というものを叩き付ければ問題ない。
俺は強引に行動することを選んだ。
「ほら、いきましょう!」
俺はシャルと玄関の間にあいている脇に体をねじ込んで、家の中に入ろうとする。
だが、その動きは肩に手を置かれたものでさえぎられてしまった。
「流石に駄目だってヒカル、乙女の部屋だよ?」
(入らせるわけないでしょ! おとなしく聖騎士様についていきなさい!)
俺の肩に置かれた手には、周りからは想像ができないだけの力が込められていた。
「おいおい、俺たちの中じゃないか、別にいいだろう?」
(お前の部屋にあるだろう服が必要なんだよ!)
「ヒカルだけなら、別にいいけど、流石にこの人たちに部屋を見られるのは、恥ずかしいもの」
(それを、私が許可するとでも思っているのかしら?!)
「いやいや、シャル、人間には我慢しないといけないことがあるんだよ。お前も今はそのときだ。幼馴染の頼みじゃないか」
(お前が聖騎士と一緒にどこへでも行け!)
「ええ、そうね」
そこで、シャルは俺の肩から、手を離す。反動で、俺は玄関の中に転がりこんだ。
「お三方に見せたいものが、あります。見せないほうがいいと思ったのですが、ヒカルを見て、私も決心がつきました。少しお待ちください」
そういうと、シャルは俺を見た。
「お前、何する気だ」
「何って、真実を話すのよ」
シャルは玄関から家に上がり、すぐ目の前にある階段から二階に上がっていった。
シャルがいなくなり、聖騎士と俺の間には沈黙が流れる。
そして、俺の中にある感情が隆起して暴れだす。
――絶対に何か企んでいるに違いない!
何か手を打たなければいけない。俺は今日何度目かの思考の回転を行う。ここまで頭を動かしたのは久しぶりだ。
――こうなったら、さらなる強行手段しかない。
「お待たせしました」
少しして、階段からシャルが降りてくる。
その手には件の服が握り締められていた。しかし、それは俺の見覚えのある服とは違っている。
「これを見てください」
シャルはそれを広げて聖騎士に対して見せた。
その服のほぼすべてといってもいい箇所に、真っ赤な血が染み込んでいる。それは、その服を着ていた人物が大きな殺人行動を行ったことを物語っていた。
「これは、すごいな」
聖騎士の一人がそうつぶやく。
「私は、この付いている血はおそらく魔物のものだと思うんです」
「なんと、それは本当ですか?」
――待て待て、まずはどうして魔物の血であると判断するのか聞くことろだろ?
「はい、そして、この服を着ていた人物が間違いなく、あなた方が探している人物に違いありません」
「ほう!」
――ああ、これは駄目なやつだ。
俺とシャルの二重の催眠のせいで、聖騎士様たちは思考回路が馬鹿になってらっしゃる。シャルはそれに付け込んでいるわけだ。
俺は、このままでは自分が犯人にされてしまうと思い。シャルが見せている服を焼く準備に取り掛かる。この距離なら一瞬だ。目にも留まらぬ速さで消し炭にすることができる。目でそれを捉えることができるのは、シャルくらいのものだろう。
だが、そのとき、思いもよらぬことがおきる。
「にゃらば……それをおおお、おおしえて――」
いきなりオールバック聖騎士の言語能力が異常をきたし始めた。
そして、口から大量のよだれが漏れ出てきた。他の二人も同様であり、目もぐるぐると回りだす。
おっと、これはまずい。確実に催眠による副作用が出ている。
それもそのはずだ。俺とシャルが三人に掛けた催眠は超高難度のものである。それが一つならず二つも掛けられ、複合されたわけだから普通の人間ならひとたまりもない。
ここまで、持ったということはやはり彼らは立派な聖騎士だったということだろう。
「おい! シャル! これはやばいぞ! どうにかしろ!」
「いやいや、無理だって! 流石にここまでなったら手遅れでしょ?!」
「だから、それを何とかしろって言ってるんだ。元はといえばお前が変な気を起こすから悪いんだろうが!」
「はあ? ヒカルがさっさと、この世界を救う気になってくれたら、こんな面倒なことはしないで済んだのよ?」
「知るか! それよりもこのままだと、こいつら死んじまうぞ?!」
「ああ、もう!」
シャルが彼らに向かって手をかざす。
「馬鹿になる前に意識を刈り取れば最悪大丈夫でしょ、汝、我の眼を見てその美貌に戦慄せよ!」
シャルの詠唱の瞬間、一瞬周りが光で包まれる。
そして、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「おま……、何やってんだよ!!」
「え?」
先ほどまで聖騎士がいたところには、もはや先ほどまでの彼らはいなかった。
そこにいた、いやあったのは石となりはてた聖騎士の石造だった……。
――なんて馬鹿なことを……。