第三話 悪巧みばかりな件について(仮)
――あの野郎、やりやがったな。
俺は心の中で歯軋りする。
こちらを我が物顔で見ている元魔王、シャルがやったことはこうだ。
やつは、まったく世界を救う気など毛頭ない俺に対して、どうすればいいのか考えた。
そこで、やつは、オリジナルの俺の家の家紋の彫り物を作る。しかも、精密に似ているやつをだ。
そして、魔王軍討伐に向かい。そこで、その家紋を大量に落としたのか、それとも村人に渡したのか、目の前で落としでもしたのかで、自分がその家紋の家のものだということを暗に伝えるわけだ。それを、村人は聖騎士に必ず言うだろう。聖騎士のことは信じていなくても、自分たちの村を救ってくれた人にはぜひ御礼がしたくなるものだ。だめもとでも聞くはずである。
しかし、聖騎士はそれを好意的には感じない。いや、正確には好意的なのかもしれないが、この得体はしれないが、いつも魔王軍を討伐しているやつを、どうにかして、捕らえて弱みを握って、自分たちの手足にしようと考えるはずだ。
だから、彼らは、必ずその家紋の家にやってくる。そうなってしまえば、俺は、最終的に世界を救う気が無くても、その流れにぶち込まれるというわけだ。
――くそったれだが!
確かに、利にかなった作戦だといえるだろう。人間の心理を巧妙に利用している。やつも仮にも魔王だった者だ。それくらいの頭は回ったというわけか。
「おい!」
「あ、はい」
「聞いているのか?」
危ない。つい思考に走ってしまった。
これが、女性にモテない要因三十二の内の一つ、「自分の世界に入る」だったことを思い出した。
「えっと……」
俺は、次の言葉を探す振りをして、もう一度尋ね人のことを観察する。
俺の考えが正しければ、こいつらはあの聖騎士だということになる。
見ると、なんとも高級そうな装備をごまんとお付けになっていらっしゃる。
俺なんか勇者時代、お金は全部寄付していたから、剣以外は全部初級冒険者の装備だったのに……。なんかむかつくな。
「おい、なんだその顔は!」
おっと、まずい、顔に出てしまっていた。
「すみません。えっと、それがなんでしたっけ?」
「だから、これは君の家のものかと聞いている」
「そうですねえ。確かに、うちの家の家紋に似ているのが彫っていますが、俺のではないですね」
「どういうことだね?」
俺は、ちらりと、シャルのほうを見る。
彼女は、真剣なまなざしでこちらを見ていた。どうやら、会話は聞こえているらしい。
「これなんですけどね」
俺は、オールバックの男が持っているものを手に取る。
そして、その家紋の模様に少し違う傷を瞬間的に付けた。
家紋は、何個もの家のものがあるので、その種類は千差万別だ。だから、それはもう複雑に複雑をきわめて作られている。だから少しでも違えばそれは違ってくるわけだ。
「ここに傷があるじゃないですか。俺の家の家紋は傷がないんですよ」
「ふむ……」
オールバックの男は、俺に示された箇所を入念に調べる。そして、他の二人に対しても確認を取る。
「調査では、間違いなくこの家のものだったのではないのか?」
「はい、しかし、早急に調査をと言われましたので、手違いがあった可能性はsdあります」
「馬鹿者! 言い訳をするな! 私が恥をかいているではないか!」
「も、申し訳ございません!」
というような会話が聞こえてきた。これでは、恥も何も、自分で自分の失態を広めているじゃないか。
まあいい。相手がどれだけ恥をかこうがどうでもいいことだ。
とりあえずこれで俺に対する容疑はなくなるだろう。だが、それだけではもちろん俺の気が済まない。仕返しをしなければ……。
「あの、すみません」
俺は、申し訳なさそうに、彼らに言う。
「なんだね?」
「申し訳ないんですけど、その家紋もう一度見せてくれませんか?」
俺は再度、その家紋を手に取った。
「あ、やっぱりだ!」
「どうした?」
俺の大げさな演技に、相手が食いつく。
「俺、この家紋の家がどこなのか知っていますよ!」
「何?! それは本当かね?」
「はい! 確か、俺の幼馴染のマーチィン家の家紋とそっくりですよ! うん、間違いないです。えっと、そういえば、どうしてこの家紋の家を探しているんでしたっけ?」
「いや、君は知らなくてもいいことだ。その家がどこにあるのか、教えてくれてもいいかな?」
「もちろんです!」
俺は颯爽と、家を飛び出す。
「付いて来て下さい!」
家を出る瞬間、シャルと目があったので、俺は彼女に笑顔を見せた。なんとも嫌らしい笑みを。
「ここです!」
俺と、俺に連れられた聖騎士の三人はシャルの家の前に来ていた。
シャルは、俺たちの会話を聞いて、急いで走っていったので、おそらく家にいるだろう。
「俺がノックしてきますね!」
「いや、君は――」
相手の了承の言葉を待たずに、俺はドアをノックする。
「シャルー、いるんだろう? なんか、お前に聞きたいことがあるってさあ」
尋ね相手を完全にシャルにロックオンする。これで、彼女の両親が出てくることはない。
ドンドンドン!
俺は結構きつくドアを叩く。
「いや、君そこまでしなくても」
聖騎士のうちの一人がそういうが、俺は無視した。
これは俺からシャルに対する警告だ。早く出てこないと、もっとひどいことになるぞ。というね。
「は、はーい」
少しして、シャルがドアを開けた。
その顔には明らかに、困惑の色が見える。だが、まだ余裕がある。
俺は彼女に心から微笑んだ。
「どうしたのヒカル……」
「こんな時間に悪いな。昼寝でもしてたろう?」
「やあね。私、そんなことしてないわよー」
「はは、そうだよなあ」
ここでの会話の心の声はこうである。
「ヒカル! どういうつもり?!」
「それはこっちのセリフだ。お前には罰を受けてもらう」
「私は、何もしてないわよ!」
「うそをつくな。俺にはすべてお見通しだ!」
若干の脚色はあるが、こんなものだろ。
「ほら、お前にお客さんだぞ」
俺は、聖騎士の三人に、道を譲った。
「あなたが、シャル・マーティンさんですね?」
「あ、はい。そうです」
俺はシャルの様子を観察する。
おそらく、彼女は、普通に家の家紋を見せれば違うことがわかり、事なきを得ると思っているのだろう。
――だが、甘い。
俺はこの聖騎士三人にとある催眠をかけた。これから見るすべての家紋が、彼らが持っている家紋と同じに見えるというものだ。
これで、シャルが第一容疑者だ。
しかも、シャルには決定的な証拠がある。あの血まみれの服だ。
まさか、この短時間で処理できてはいないだろう。
それに自分でも一張羅だと言っていた。こんな田舎では簡単に新しい服なんて買えない。だから、後で洗うために、必ず残しているはずである。
――詰みだ!
俺は凶悪な笑みが出るのを必死で抑えていた。
主人公、到底元勇者とは思えないですね・・・。
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