第二話 危険の察知をした件について(仮)
俺がシャルの言葉を無視して畑作業に取り掛かり数十分が経った。
「よっこいしょ。さてと、休憩にするかな」
俺は、手で目の前を遮りながら、眩しそうに空を見る。そこには、天高く輝く太陽が爛々として輝いていた。
そして、畑の横で土いじりをしている人物に向かって声を掛ける。
「おーい、俺は昼飯を食べに帰るけど、お前はどうするんだよ?」
シャルは、先ほどから、ずっとそこにいた。というか隠れていた。
それは、彼女の服が血まみれであるからだ。その血は人の者ではなく。魔物のものであることは俺だけが知る事実だった。
「それじゃ、私の家から服取ってきてよ」
「あほか。いくら幼馴染とはいえ、勝手に家に上がって勝手に服を持って来れるか! ほらよ」
俺は、倉庫から、荷物を取り出してからシャルに近づき、ローブを彼女に放る。
「え? なんで?」
「どうせ、汚れて帰ってくると思ってな。俺がいったいどれだけ魔物と戦ってきたと思ってんだ。それなら、誰にも怪しまれないで帰れるだろ?」
「ヒカル……」
まあ、そういう反応になるだろう。こんなに気配りができた幼馴染を持って感謝してほしいくらいだ。
あーあ、相手があの魔王でなければいい展開なんだが、いや、そもそも相手が魔王でなければこんなに汚れて帰ってくることなんてないのか。
ぶちゃ。
そのとき、俺の顔に泥が投げつけられた。
「お前。何すん――」
「だったら、早く出しなさいよ! ここでずっと待ってた私が馬鹿みたいじゃない! これだから戦いしかやってこなかった勇者は女心の一つもわからないのよ! だから前の世界で勇者の肩書きがあってもモテなかったのよ!」
「おい!……」
――なんでそれを知っている?!
シャルは言いたいことだけ言って、ローブを羽織って走り去っていった。
俺は顔を泥まみれにしながら、それに対する怒りではなく、どうして、あいつが、俺が勇者でありながらモテなかったことを知っているのかということに頭がいっぱいだった。
確かに俺は、モテなかった。俺よりも、剣使いや、男の魔法使いとかの方が圧倒的にモテていた。
だって、魔法使いなんて、「君と僕の相性を占ってあげるよ」とか言って、わざといい結果を出したりするんだぞ? そんなのせこいわ! 剣使いなんか、「あなたのその肉体がステキ(ハート)」みたいに言われやがって! 俺なんか別に筋トレしないでも人々の加護の力で重いものなんて持てちまうから、ガリガリだったわけで、何回それで女の子から失望されたことか! しかも、勇者の格好っていうのはなんともダサいもんで、普段の生活でもそのせいでファッションセンスがわからんからいつも同じ格好をしてたら、村娘には、「お前、それはないわ。ってか、その服臭いわ」って、いつもは勇者様って呼んでくれるのにそのときはお前呼びだぜ? 逆に俺がびっくりして、「すみません」って謝ったわ!
「ふうー、また無駄な時間を過ごしてしまった。今は勇者でもなんでもない、ただの田舎の村人1だ。別にファッションセンスもいらなければ、あの頃に比べればいい感じに筋肉もついてきた。これなら、村の一人くらい俺をいいと言ってくれる人がいるだろう」
そう、高望みはしない。モテなくてもいい。ただ。俺は彼女が欲しい。というか彼氏という存在になりたい!
俺は顔の泥を、手で脱ぎさる。
――まあ、問題は村には娘があの元魔王しかいないってことなんだけどな……。
どこの世界も村には年寄りしかいないものだ。
「後であいつに、なんで知っているのか問い詰めてやる」
◆◇◆◇◆
『ええ、ただいま入ってきた情報では、なんと、聖騎士団の尽力により、魔王軍に襲われていた集落は幸いそこまでの被害を受けずに、聖騎士団が無事魔王軍を打ち倒した模様です』
俺は、家で朝のときと同様に飯を食いながら、自室ではなくリビングで王都からのラジオ電波を拾っていた。
「聖騎士団の尽力ねえ」
今回の襲撃で、魔王軍を片付けたのは間違いなくシャルだ。
それを聖騎士団の手柄にしたわけか。おそらく集落に着いた頃には全部終わってて、適当に自分たちの手柄にでもしたんだろうけどな。
これで、聖騎士の評判は王都の中では良くなる一方。だが、郊外の人間からの評判は下がる一方だ。
なぜなら、彼らが守るのは王都の人間だけで、自分たちを守ってはくれないと知っているからだ。
今回の襲撃に関しても、その集落の自治組織の中にある民兵(聖騎士が信頼できないため、自らで自衛隊を組織している)なんかががんばったのが被害が少なかったことの大きな理由だろう。
シャルは基本的には、ラジオから入ってくる情報を元に動く。魔王軍襲撃の情報がそれしかないからだ。彼女の力でも、この国すべての出来事を瞬時に知るだけの感知能力はない。
だから、シャルが襲撃を知ったのは俺と同じ時間帯ということになる。それから、件の集落に向かうにしても、すでに襲撃が始まっている。
つまり、シャルが辿り着くまでに、集落が全壊されていればこんな放送は流れないし、そこまで被害がなかったということは、民兵には死者が多数だが、村人にはそこまでの死者が出なかったというわけだろう。まあ、最終的にはシャルのおかげなわけだが。
ここ最近、聖騎士の王都での評判は急激に上がっていると聞く。
それはおそらく、シャルの貢献が大きい。まあ、本人にはその気はないだろうがこれは事実だ。
なぜかというと、魔王軍の襲撃回数が多いからだ。それをすべて、シャルが跳ね除けている。といっても、ラジオから入ってくる情報を元に動くので被害は出る。
それでも、これまでに比べてかなり収まった。それを聖騎士がすべて、自分たちの手柄にしている。
「まあ、別に俺には関係ないか。ご馳走様でした」
食器を流しに置いて、俺は庭を眺めることができるソファーに寝転がる。
ここからは昼寝の時間だ。少し寝て、また仕事を再開して夕方には終わる。それで一日終了だ。
――今日もいい一日になりそうだ。
ドンドンドンドン!
もう少しで眠れるというときに、玄関のドアが乱暴に叩かれた。
「ったく、誰だよ」
俺は重い体を起こして、玄関に向かう。
相手はあいつだと確信していた。
「おい! この時間は俺は昼寝してるって言ってたよな? ったく、ふざけ――」
俺は、ドアを開けながら、言った。
「……ん?」
そして、相手が予想した人物ではないことは、ドアを開けるとすぐにわかった。
相手は三人、全員がきっちりとした服装をしており、この村の住民でないことは明らかだった。
そして、その全員が俺に対して値踏みをするような目で見てきているのが、すぐにわかった。嫌な気分だ。
「……えっと、どちら様ですか?」
俺は首をかしげながら、さも、先ほどの無礼が無かったかのように振舞う。できるだけかわいらしく、純朴に、を意識した。だって、結構俺かわいい顔してるんだぜ?
「これは君のものかね?」
一番前に立っている眼鏡を掛けて、金髪の髪をオールバックにしている男が、一つの文様が彫ってある木でできた丸いメダルみたいなものを見せてくる。
そして、その文様は、良く見ると俺の家の家紋であった。
この世界では二つ大事な登録票がある。一つはそれぞれの戸籍であり、もう一つがそれぞれの家の家紋だ。家紋よって、その人物がどの位の家柄出身であるかが、瞬時にわかる。
「えっと……」
そこで、俺の頭は高速に回転する。
目の前の三人組、家紋、襲撃、シャル……。
――嵌められた!
俺は、周囲を見渡す。
すると、道の隅の家に端から、一人の人間が、にやにやしながらこちらを見ている。いや、人間ではなく元魔王か。そいつと目が合った。
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