第一話 俺は平穏な生活がしたい件について(仮)
『現在、魔王軍と思われる軍隊が、この国の西部にある小さな集落を襲っている模様です。そのため聖騎士団が、先ほど王都からその集落に向けて出発いたしました。彼らなら、必ずや、その集落を救ってくれるでありましょう!』
ラジオに王都から聖騎士が出発したとの情報が入ってくる。
それを俺はなんとなく聞いていた。
今から出ても、絶対に襲われている集落を救うことはできない。
なぜなら、王都から、その集落までの距離はかなりのものだ。襲われたという情報があってから出発してては遅すぎるし、聖騎士は大層な行列を作って、しかも、まだ戦闘に入りもしないのに、鎧を着て移動する。なので、万が一間に合ったとしても、体力切れで負けるのがオチだ。
したがって、こういう場合は、実力のある少数精鋭が馬か何かですぐにその集落に向けて出発する。
それが一番の得策である。
だが、それでも間に合うかどうかはわからないだろう。
だから、本当は聖騎士を郊外にも常駐させるべきなのだが、王都の考えはもちろん王都第一主義だ。その例として、この王都からのラジオでは、近隣集落に非難勧告を出していない。今襲われている集落の近くはラジオ電波が届かないこところなので、この放送は聴けない。本当なら、被害を抑えるために聖騎士を回りの集落にも向かわせるが、それもしてはいないだろう。
平たく言えば、見捨てられたも同然。
「まあ、俺には関係ないか」
こんなことを考えたところで意味はない。
王都から少し外れた田舎の町に住む俺みたいな人間は、おとなしく農業をしながらゆっくりと過ごすのが無難な生活だ。そういう風に神からも求められているだろう。
ザ・スローライフを満喫しようじゃないか。
たまに、田舎から聖騎士を目指して王都に赴き入隊をするものもいるが、俺からすればなぜそんなことをするのかわからない。
俺から見れば力もないのに、自分の命を大切にできない愚か者だ。
確かに現在、この国は魔王軍に目を付けられているので、平和ではないかもしれないし、周辺諸国との関係もいつ悪くなるかわからない。だから愛する者のため、国民のためと、みな聖騎士になる。
その考えは立派だ。
俺だってぜひ尊重してやりたいさ。
しかし、それは特別な力を持っていたらの話だ。
なんの力も持っていない人間ががんばったところで、戦争で無駄死にをするだけだ。
そう、例えば勇者となれるほどの力とか……。
「さてと、今日も一仕事しますか」
俺は背筋を伸ばして、立ち上がった。
今日はしょうもないことを考えてしまった。と反省する。
自分の部屋を出て、二階から、一階に降りる。
それから誰もいない部屋で、適当に食事を作り、それを食べた。
俺は、この木造家屋で一人暮らしだ。
父と母は、俺が12歳のときからいない。
林業をしていた二人は部下のミスで大木の下敷きになり亡くなった。
俺には兄弟もいなかったので、いわゆる天涯孤独というやつになる。
多少の寂しさはあるけれど、試練には慣れているので、まあ、一人で自由に普通に暮らしている。
というのが、俺の現状を語ったところになるだろう。
ある一人の人物の説明を省けばの話しだが……。
「よし、いくか!」
食器などを適当に流しで洗って片付け。荷物を持ってドアに手を掛け、開ける。
「おお、今日もいい天気だな」
空で燦々と光る太陽の光が目に入ってきて、その眩しさについ目を細めた。
すぐにそれに慣れ、細くした目を開くと、そこには美しい田舎の町並みが見えた。
俺は都会の町並みよりも、田舎の小さな家が立ち並ぶ景色が昔から好きだ。なんとなく、落ち着くからだろうか。
自宅から、自分が所有している畑まで向かう。
農業は、父と母が、林業の片手間に行っていた。
それを俺が引き継ぎ、拡大して、五年で自分一人くらいなら飯を食えるまでにした。
自分で言うのもなんだが、かなりの努力だったと思う。
俺が行っている農業は他の物とは違う。
肥料も農薬も使わない無肥料無農薬農法というやつだ。
これは、土の力だけで作物を育てる。最初は虫もつくし、育ちも良くないので苦労したが、最近では他の慣行農法の六割くらいの収穫ができるようになってきた。無肥料無農薬の作物は栄養もたくさんあるのでおいしいから、最近では結構人気になってきている。
どうして、俺がそんな農業をしているのかというと、単純な話だ。
単純にお金がなかったから、肥料も農薬も買えなかった。そんな中で、自分の知識を使って今の農法を確立しつつあるのである。
歩いて20分ほどして、綺麗な俺の畑が見えてくる。
畑の横にある倉庫に自分の荷物を入れて、作業の準備をした。
――今日はまず、草抜きからだな。
「よっこいしょっと」
腰を下ろして、作業をしようとしたそのとき、遠くから声が聞こえてきた。
俺はその声が聞こえない振りをする。
「ヒカルーーーーー!!」
声が近づいてくる。俺は身を屈めて、隠れた。
――まあ無駄なんだが・・・。
「ヒカル!!」
声がすぐ近くから聞こえるようになった。
俺は、仕方なく声のするほうを見た。
畑のすぐ横の道に、俺と同い年の女性が立っていた。
まあ、綺麗な顔をしているし、スタイルもいいだろう。胸が少し残念なところはあるが、綺麗な真っ赤なロングヘアーや、田舎暮らしながらも意識したファッションから、どこに出しても恥ずかしくない。
俺も、もし彼女が普通の女の子なら、ぜひ彼女にしたいと思ったに違いない。そう普通の女性なら……。
「なんだよ?」
俺は無愛想に言う。
「なんだよ? じゃないわよ! どうして、今日来なかったのよ?!」
「何が?」
俺は彼女の全身に目をやる。全身真っ赤だ。
「何が? じゃないでしょ? どうして、魔王軍討伐に向かわなかったのよ!!」
「どうしても何も、俺はただの田舎の村人1だぞ? 俺に何ができるっていうんだよ?」
「はあ? 何言ってるのよ? ヒカルにとっては簡単でしょ?」
「はああー」
俺は長いため息をつく。
もう知らん。と思い。俺は作業を開始した。
「ちょっと、無視しないでよ!」
「そんなことより、シャル。服着替えたほうがいいぞ。真っ赤だ。そんなの他の人に見られたら大変なことになる」
シャルは、自分の服に目をやる。
「ああもう。せっかくの一張羅がああ」
「大切なら、どうしてその服で行くんだよ」
「だって、急だったんだもん……、ヒカルが一緒に来てくれたら、こんなことにはならなかったのに……
「そもそも、お前が行かなかったらそんなことにはならなかった」
俺は、シャルと会話をしながら、どんどん草を抜いていく。こういう単純作業は本当に自分に向いているなと思った。
「はあ? なにそれ本当に信じられない! 人が魔物に襲われているのよ? それでも、元勇者なわけ?」
「元じゃなくて、前世な。そんなお前は、昔自分の部下にしてた魔物を殺すことになんの躊躇もないのかよ? 元魔王様」
俺はシャルに、にやっと微笑む。
これは挑発だ。
「ヒカルも、元って使ってるじゃない。ふん。いいのよ。今は私、魔王じゃないから」
「じゃあ、俺も勇者じゃないから、いいだろうよ」
「駄目よ! 力があるものは戦わないと!」
「もう力なんてねえよ。俺はお前と違って、こっちの世界に転生してから、なんの訓練も鍛錬もしてねえんだから、ここではただの人間だ」
「ふーん、そう」
シャルは、そう言って、背を向けて歩いていく。かと思ったが、いきなり魔弾を俺の背中に対して放ってきた。
それを察知した俺は、それを山のほうに弾き飛ばす。
山の一部が綺麗に蒸発したのが遠目に見える――ごめんよ自然たち。
「あぶねえな!」
「ほら! ヒカルは特訓しなくても、十分強いから、大丈夫よ」
ったく、勝手なやつだ。
シャルは意地悪な笑みを浮かべている。
「昔の記憶のせいというかおかげというかで、体とか、魔力とか、その辺の物の使い方がわかるだけだ」
ここまでの会話でわかるように俺は元勇者。
そして、俺と共に幼馴染としてこの田舎町に生まれた彼女、シャルは元魔王だ。
俺たち二人は、同じ世界で敵として戦い。俺が彼女を倒し、殺した。
だが、俺はその後、まさかの落石が頭に当たるということによって、死亡してしまった。
―まあ、死んだ理由はわかるが……。
死んだ俺は、天国というところに行き。これまでの功績からすぐに生まれ変わることができることになった。
それでこれまでの世界とは違う別の世界に生まれ変わったわけだ。
まあ、本当の理由は別にあるのだが、それはまだいいとしても。
俺は勇者であった頃の記憶は保持しており。適当に暮らしていると、三歳のとき、シャルと出会う。
そしてお互いが、勇者であり、魔王であることが分かった。なんでも、魔王のほうは、神から、この世界で善徳を世界に施すようにと言われ転生してきたらしい。まったく、迷惑な話だ。
だから、魔王のほうは、人に迷惑を掛ける魔物退治に精を出しているわけだが。
「お前、そんなに世界に奉仕したいなら、聖騎士団にでも入れよ。お前ほどの力なら、すぐにそのトップに君臨できるだろうさ」
「何言ってるのよ。いくら生まれ変わったって言っても、私が使う力は、魔王の力なのよ? そんなやつ、すぐに怪しまれるじゃない」
まあ、確かにそうか。転生しても、俺たちは前世の力を使える。
「でも、お前、この世界の力も使えるんだろう?」
「もちろんよ」
「それなら、それで入ったらいいじゃねえか。今でも十分隊長クラスくらいは使えるんだろう」
「いやよ」
「どうして?」
シャルはその場でどこかのダンスのように回った。
一々、可憐なやつだ。体は真っ赤に染まっているけどな。
「私はね。影から世界を救いたいの。縁の下の力もちになりたいのよ。だから、表舞台にはあまり出たくないの。わかる? だからヒカル! あなたが、光、私が影で、また世界を救いましょう! 今度の私は魔王としてではなく。勇者の仲間Aとしてだけどね」
シャルは俺に対してウインクをしてきた。
「絶対にいやだ。俺はもう戦わない」
「なんでよ? 勇者の癖に何言っているのよ!」
元魔王のくせに、世界を救うと言っているやつには言われたくない言葉だった。
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