第十七話 元魔王は元勇者を使って賭け事をする件について(仮)
「あうぅうぅぅ。そんなに本気にならなくてもいいじゃない」
「いや、どう考えても怒るだろ」
俺はあの後、思いっきりシャルの頭に拳骨をくれてやった。
幸い、周りにはほとんど誰もいなくなっていたので、俺が女性に暴力を振るう鬼畜野郎だと認識されることは回避できた。うんよかった。
「ったく、お前のせいで適性検査に遅れるところだったんだからな」
俺たちはなんとかそこから急いで適正検査が行われるという第一訓練場に向かった。
道中、道がわからなかったので、適当に人の気配がたくさんするところに来たところビンゴであった。
隣でシャルはまだ、頭にできた大きなたんこぶをすりすりと触っている。
そんなことしなくても回復魔法で一発だろうに。
「少しいいかな?」
そのとき、俺たちは声を掛けられた。いや、正確にはシャルが声を掛けられる。
「はい。なんでしょうか?」
シャルは先ほどまでの、間抜けな顔から一転、凛々しい表情へと様変わりする。
え、何。女の子怖い。
「君と少し話がしたいと思ってね」
そう言ってきた男の周りには数名の取り巻きがいる。
本当に貴族という連中はどうしてこうも群れたがるのか。それが弱さの象徴であると気が付かないのか。残念な人種だ。
「私ですか?」
「ああ」
俺はそんなシャルと貴族との会話には興味がないので、訓練場の周りを見渡すことにする。
適正検査は、三つの検査に分かれていた。
まず一つ、これは訓練場の右側で並んで行われているもので、男女で入り口が分かれている。中で何をやっているのか視界で捕らえることは特設された塀によりできないが、おそらく、魔力や自然力に対しての干渉力などの潜在的な値を見るためのものだろう。
身体中によくわからない機器や電子ショックなどを軽くかけながら見るものであると、俺は千里眼を通して理解した。もちろん男子側だけを見てだ。女性側に対して千里眼を使うような野暮なまねはしない。いや見たいけどね。俺ジェントルマンだからそんなことはしないよ?
左側で行われているのは、重りを自然力に干渉して持ち上げるという検査である。
これは、現状でどれだけの力を持っているのか見るためのものだろう。重りは順々に重くなっていき、さらに、その持ち上げ高度や時間でそれを見ているわけだ。
次に俺は訓練場の壁を見た。
その奥には第二訓練場がある。
そこでは、本物の聖騎士相手に模擬戦を行っていた。内容は魔法や魔術を使用しないもので、要するに剣術がどれほどできるのかを判断しているわけだ。
つまり適性検査は三つの検査により、剣術、魔力と干渉力、才能を見るものというわけだろう。
まあ、妥当な検査かな。
「ぜひこの適正検査が終わった後、食事でもどうかな?」
俺が振り向くと、ちょうどシャルが食事のお誘いを受けているところであった。
この場には、あの高級貴族たちはいない。彼らは、特別待遇なのでこんなところで俺たちのような人間とは一緒に受けないのだ。
「いや、私は一緒に来ている人がいるので」
こいつらも馬鹿だな。
おそらく、残った一般貴族たちの中でも、今シャルの話しかけている人物は位が高いのだろう。
シャルの容姿に惑わされるとは見る目が無い。こんなどぐされ元魔王のどこがいいのか甚だ疑問だ。
「ちょっと、男どもはどっかに行ってくれるかしら?」
そのとき、シャルとその貴族の間にまた別の貴族が割り込んできた。
「な、なんだお前は?!」
「私? 私はあのかの有名な貴族、オリビア家が長女。ユリス・オリビアよ」
そう言うと、その女は、長い金髪の髪の毛を右手でさっと触れた。
「オ、オリビアだと……」
オリビアという単語に男はたじろぐ。
この反応は、相手が自分より階級が上の貴族ってことだな。ってことはかなり上級貴族ってことか。
「そ、それがどうした! 僕はあのウィズリー家が三男。ゾリア・ウィズリーだ。いくら君があのオリビア家だとしても女が男に指図するな!」
だが、男のほうは引き下がらなかった。
それには、俺は少し感心した。
貴族同士では、その家の位が絶対的な価値観だ。だが、それにこの男は対抗したのだ。まあ、男尊女卑発言はいただけないが、それでも大したものである。
それとも、シャルにそこまでさせる魅力があるというのか。いや、ないな。
「はあん? そう」
「な、なんだよ……」
ユリス・オリビアが、ゾリア・ウィズリーを見下したようにして見る。
その視線に、ゾリアは体を一瞬ビクっと反応させた。
勇敢さはあるが、すでに勝負は決してしまったか。まあ、よくがんばったほうだな。
俺はこんな状況に巻き込まれるのは勘弁だと思い。シャルを置いてその場を離れようとする。
だが、俺の体はその場から動かなかった。
俺は、自分の腕の裾を見る。
裾にはシャルの見えない糸が縫い付けられており、俺がシャルから一定距離離れないようにされていた。
―こいつ。俺を最悪巻き込むつもりかよ……。最悪だ……。
仕方なく。俺は二人の貴族のやり取りを見ることにする。
ゾリアには数名の男子が、ユリスには数名の女子が付いていたが、男子のほうはすでに相手の家柄に気おされて意気消沈していたので、ゾリアが一人で奮闘している図になっていた。
「あの!」
その二人のやりとりにシャルが口を挟む。
おいおい、いやな予感しかしないぞ?
「私はどちらの食事にも付いていくつもりはありません」
シャルは相手が貴族ということもあり。一応丁寧な言葉で話すが、しっかりと拒絶の意思を示した。
その言葉で、その場の空気が変わる。
「どうしてかしら?」
空気を変えたのはこの女の威圧感だ。
この歳でこんな雰囲気をかもし出せるとは大したものだなと素直に思った。適切な鍛錬を踏めば、かなりの位まで上ることができるだろう。
「先ほど、そこの人にも言いましたが、私は一緒に来ている人がいるので先約があります。ですから今日ご一緒することはできません」
「その一緒に来ているっていうのは、その隣に立っている冴えない男からしら?」
―おい、誰が冴えないやねん! あえてや。あえて冴えなくしとんねん!
「はい」
―お前も冴えないところを否定しろ!
「なら、今すぐにそんな男との関係は切りなさい。情があるというなら、その男や、その男の家なんかは、私がそんな情がなくなるくらい潰してあげるわ」
なんとも物騒なことを言うお嬢様だなと俺は思った。
俺やシャルが田舎村の出身であることは、入隊式の俺の発言で周知の事実となっている。だからこその発言なのか。それか、もしかしたら、この女の家はそこらの貴族なら潰せるくらいの力は持っているのかもしれないな。
「どうして、私がこんなことを言うかわかるかしら?」
「いえ」
「あなたには、貴族として生きていくべき華があると思ったからよ。だから、あなたを縛り付けるような無駄な付き合いは切り落とすべきなの。特に男みたいな下種とはね」
この貴族様は余程、男に対して思うところがあるらしい。
シャルがもし本当に、ただの田舎娘なら喜んでその言葉に賛同して俺を見捨てるだろう。
俺としてはそちらのほうがこの学園を退学になって、村を追い出されたとしても農業ができればそれでいいから別にいいんだが。いやむしろそのほうがいんだが。
―そうはいかないだろうな……。
「私をそこまで評価してくださってありがとうございます」
シャルはまず丁寧に頭を下げた。
俺は聖騎士が村に来たときも思ったが、こいつのこういう演技力には感心させられる。というか女の人ってみんなこうなの?
「ですが、私はヒカルが私を縛り付ける人間だとは思っておりません。ですので、お誘いはお断りします」
その言葉で、また空気が凍りついた。
周りで「断った…」という声が聞こえる。
この上ない誘いに、しかも相手はおそらくこの中で一番位の高い貴族だ。この状況でシャル以外に断るやつなどいないだろう。
今にもユリスが怒りだし、暴れだすのではとみなが不安になる。
「へえ」
しかし、みなが危惧したようなことは起こらなかった。
「ますます。あなたが欲しくなったわ」
ユリスは笑う。妖艶に。
「だったら、賭けをしましょう」
「賭け?」
「ええ、これから行う適正検査で、あなたがそこまで言うその男がどれほどのものかってことを、そうね。ミア!」
「はい」
ユリスの言葉で、彼女の後ろから一人前に出てくる。
髪は銀髪で、背が高い。スラリとしたスレンダーな体系だ。
「彼女は、もう聖騎士への正式な入隊が決まっている私の従者なの。そうね。この子とその男で適正検査の結果で勝負させましょう」
ユリスはミアと呼んだ女性に「いいかしら?」と聞く。ミアは「お嬢様のやりたいように」と言った。
「そうね。賭けの内容はこう。三つすべてで、その男がミアの成績に対してどれだけ取れるかどうかってことをその都度賭けましょう? そして出た値に近いほうが勝ち。もし、あなたが勝ち越したら、今回のことは不問にするわ」
シャルは俺に一度視線を向けた。
今回の賭けは、一見すると平等な賭けであると思われる。
いや、もしかしたらシャルのほうが優位であると思われるかもしれない。理由は簡単。ユリスは俺の実力を知らないからだ。となると俺の実力を知っているシャルは俺の成績を予想しやすい。
と、普通なら思うだろう。
だが、これは穴だらけの賭けだ。まず。明らかに、後攻を選択したほうが勝つに決まっている。なぜなら後攻は、相手の値を見てどれだけ自分が力を使うかを選択できるからだ。ある程度自分の力をコントロールできればそんなものは容易だ。どの値にするかはあらかじめ相方と決めればいい。
つまり、こんな賭けを申し込んでくるということは相手が何らかの策があるというわけになる。
例えば、検査をしている人間とグルだとか。相手の力を制御する系の特殊能力を持っているとかだ。
だが、シャルもこんなことには気が付いているはず。
いや、というか何で俺がそんなことをやる流れになっているのかが正直一番の問題なのだが、一応最後までは割り込まないことにしておこう。途中で何か言って貴族を怒らせたりしたら面倒だし。
「そんな面倒な賭け方はやめましょう」
シャルが澄ました表情で言った。
「あら? なら、どうするの? その男とミアとで模擬戦でもさせてみる? でもそれはおすすめしないわよ。だってミア強いから」
「それもいいですけど、それでは時間が掛かるので、やっぱり適正検査を利用したものにしましょう」
ユリスの嘲笑を軽くシャルが流す。
それにユリスは少し表情を強張らせた。
「なら、どうするのかしら?」
「簡単です。すべての検査でヒカルがそのミアさんに圧倒的に全勝するに私は賭けます」
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