第十六話 元魔王は大層オシャレに気を使っている件について(仮)
「お、なんだね」
「まことに申し訳ないのですが。私の隣に座っている彼女ですが、実は妄想癖がございまして、私と同郷出身なのでですが、私の村でもそれはもう虚言がものすごくて、私たちはものすごく振り回されました。ですので学長、この娘の言葉に惑わされないようにお願いいたします。そして、私とこの私と同郷の者の無礼をここでお詫び申し上げます」
俺は、そこで立ち上がり頭を下げた。
ホールには静寂が流れる。
そしてもちろん。俺はその間もシャルの足先を踏むのをやめない。ここでシャルに弁解の余地でも許そうものなら、最悪の事態になりかねない。
シャルの顔は、痛みに耐えているのでものすごく鬼気迫ったものとなっていた。
それがまた俺の言葉をみなが信用する材料となるだろう。
「ふむ。妄想癖があるのか」
「はい」
俺は顔を上げずに答える。
「まあ、君の言うことはわかった。座りたまえ」
「ありがとうございます」
俺は静かに着席した。
「では、その者が言っていた勇者を目指している友人はここにはいないということかね?」
「はい。もちろんでございます。そんな身の程知らずはございません」
「そうか……」
なぜかシルバー学園長はそこで気を落としているように見えた。
「まあ、わかった。ではそういうことにしよう。それでは、その君はどうして聖騎士となりたいのかね?」
「はい。私の村は貧しい村です。西に位置するために、いつ魔物に攻め入られるかわかりません。ですので、自分の村を守るために聖騎士を目指しております」
「そうか」
俺はできるだけ大きくなく小さくない理由を言った。
シャルのせいで多少目立ってしまったので、できるだけ普通の人間であることをアピールすることでこれか浮いたりしないようにしなければ……。
それからシルバー学長は、また数名に同じ質問を投げかけた。
みなが俺や、一番最初に答えた高級貴族と似たりよったりなことを言う。
「つまらん!!」
バン!!
最後であろう一人の言葉を聞いた後、シルバー学長は演壇をものすごい勢いで叩いた。
それには会場中が一瞬心臓が飛び上がったことだろう。
「どうして君たちは、そんなつまらないことばかり言うんだ?」
シルバー学園長はまた大ホールをぐるりと見る。
「今、この世界は魔王という巨大な敵と、我ら聖騎士や、その他周辺諸国の兵士によって均衡が保たれている。だが、いつかは魔王を倒さなければ我々の平穏が崩れる可能性がある。確実に魔王軍は兵力を高めているんだぞ? なのに、君たちからは、自分が世界を救ってやるという気概が感じられない。そんなことでどうする! 聖騎士たるもの自分が勇者となるために命がけで努力して死闘を潜り抜けたいと思うはずだろう!!」
バン! と、シルバー学長がまた演壇を強く叩いた。
俺は、彼を見て思った。
―シャルと同じ匂いがする。
そして、そのシルバー学長の演説に一番最初に拍手を送ったのはシャルであった。
それがまた、俺の思いを確信へと変えた。
会場は一瞬戸惑いながら、シャルのあとに続いて拍手を送った。一応権力者の言葉には賛辞をというやつだ。シャル以外はおそらく彼の言葉を理解はできていないだろう。
それからは、シルバー学園長の熱い? 話が少し続いたが、途中で学園の先生であろう人間が止めに入り学長の話は終了となった。
「ええ、それではこれをもって入隊式は終了となります。新入隊生の方は適正検査がありますので、第一訓練場までお集まりください」
シルバー学長のあいさつの後はあっさりしたもので、数人が壇上に立ち軽い話をしただけであった。
適正検査か。まあ魔力とか運動能力なんかを測る簡単な試験なんだろうな。
聖錬学園の適正検査は毎年違うものが行われるらしく、どんなものをするのかはわからない。適性検査対策をさせないためなのだろう。
とりあえずどこに第一訓練場があるかわからないから、人の群れに付いて行くか。と思い立ち上がったら、袖をかなりの勢いで引っ張られた。
「えっと……」
振り返ると、無表情なシャルが俺を見ていた。
「どうしたんでしょうか? シャルさん……」
俺はとぼける。いや、彼女が無表情で遠まわしに怒りをぶつけてきている理由はわかっている。
「私の足、今どうなってると思う?」
シャルが、引っ張られてまた席に座ってしまった俺に、顔をこれでもかという近さで、それを問うてくる。
いや、うん。近いね。かなり近いね。そして怖いね。
「腫れていらっしゃるのではないでしょうか・・・」
「うん。そうね。腫れてる。いやそんなものじゃないわ」
「折れてる?」
「そう。もうぐちゃぐちゃよ」
俺は、そこでシャルの肩に手を置いた。
そして、シャルの顔を自分から遠ざけた。
うん。俺だってそこまでしようとは思わなかったよ。単純に力の加減をミスっただけだ。
「どうしてそんなことになったと思う?」
「ヒカルが踏んだからでしょ!」
「いいや。違う」
「は?」
「お前が変なことさえ言い出さなかったらこんなことにはならなかった。いいか。元魔王さん。ここは人間の世界だ。大切なのは協調性なんだよ。俺はな。これから人間界で暮らしていくために必要なことをお前に伝えるために、あえてやったことなんだ。俺だって心が痛かったよ。お前だって、一応女の子だ。うん。心が痛かった。だけど! 俺はここで慈悲をかけるのは違うと思ったんだ。だから、あえて、そうしたんだよ。つまりだ」
俺はシャルの両肩をつかんだ。ここで決めに行く。
「お前は俺の行動に対して何かあるんじゃないかと常に考えろ。そこにお前が勇者のパーティーAとなる手がかりがある。必ず」
最後は倒置法だ。
決まった……。
なわけはない。これは俺の口からでまかせで、とりあえず言葉を羅列することで、シャルの思考を余所にずらす。それで怒りを静めようとしているだけだ。
つまり、俺は口八丁となっただけ。
これまでの経験からシャルは、この手のやり口に弱いはずだ。
さて、シャルの反応は?
「つまりヒカルは、私の足を踏みたくないのに踏んだってことね?」
―あれー? 予想と違うなあ。
「まあ、端的に言うとそうなるのかな?」
「じゃあ、私も、今全然ヒカルの手なんて折りたくないんだけどね」
そう言うと、シャルは俺の腕を握った。
そして、その手にものすごい魔力を集中させる。
おっと、これは魔王様に戻ってらっしゃる?
俺は周りに気が付かれないように、言葉を選ぶ。
「シャル、とりあえず。落ち着こうか」
(元はといえば全部お前が悪いんだろうが!!)
「いやいや。私は落ち着いているわよ?」
(私、どんな死闘でも足先を潰されたことなんてないんだけど?!)
「本当に? 俺にはそんな風に見えないけど? 入隊式で少し興奮したんじゃないか?」
(俺だって足先を潰したことなんてねえわ!!)
「そんなことないわよ?」
(私の大切な爪が粉々なのよ?)
「そうかい?」
(そんなもの回復魔法ですぐに直せるだろ?)
「ええ」
(爪は回復しても、マニキュアは回復しないのよ!)
「マニキュア?!」
(マニキュア?!)
俺はつい、裏の会話の単語を言ってしまう。
そこでシャルとの言い合いが止まる。
二人の間に一瞬の沈黙が流れた。
マニキュア。それは王都では当たり前のように女性が行っているオシャレである。
それをしていることによって、ある意味で王都の女性としての品格を備えることになるのだ。
だが、田舎村の人間にそんなオシャレなものが手に入るはずもなく。俺はシャルがそんなものをしているところなんて見たことが無かった。
それに、人に見られる手の爪になら、やる意味があるとは思うが、見えない靴の中にある足の爪にする意味が俺にはわからなかったし、そんなん知らんやん!
「お前、そんなものいつ買ったんだよ?」
「そ、それはー……」
それまでの威勢はどこへやら、シャルはあさっての方向を見だした。
これは……、何かあるな?
マニキュア。それ自体の値段は高くはない。
だが、それは王都の物価を当てはめるとそうなるというだけで、田舎村の人間からすれば、ある程度値の張るものだ。
それに……。
「お前、朝から気になってたんだが、におうぞ?」
「そんなわけない! ちゃんと高級香水つけてるんだから!……あ!」
嵌った。
朝からシャルの匂いがいつもと違うことにはもちろん気が付いていた。
だが、それについて俺は特に気にも留めてはいなかった。王都で暮らすんだ。そういう身だしなみも一応シャルとはいえ、女性なら必要だろう。
問題は、それに掛けたお金がどれほどなのかということだ。
シャルは手の爪にはマニキュアをしないで、香水だって、匂いのきついものではなくナチュラルなものを選んでいる。
しかも、俺たちは村からの仕送りが少なくて同室となってしまった。
そこから導き出される結論はただ一つ。
「お前、さては仕送りのほかに金持ってるな? いや、正確には預かった分の金があるだろ?」
今度は俺がシャルの顔に迫る。
「なあ、答えてくれよ。シャルさんよお?!」
「ふ……しゅ…う……」
シャルは吹けもしない口笛を吹く。
―ふん。まあいいさ。俺も大人だ。こんなことくらい……。
俺は、口笛を吹くために尖らせている唇、いやくちばしをつかんでやる。上唇と下唇を人差し指と親指ではさむようにして。
もちろん、大人だから? 冷静に、冷静に言う。心の中で落ち着け俺といいながら言う。
「てめえ! ふざけてんじゃねえぞおおおおうおうおお!!!!」
俺の怒号がホール中に響き渡った。
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