第十四話 元勇者は入隊式に出る件について(仮)
「おお、気持ちいい光だ」
目が覚めると、俺の口から自然とその言葉が漏れた。
さわやかな日差しが、ほほを掠める。ベッドのそばにある窓のカーテンが少し開いていたみたいだ。
俺は、ベッドから体を起こしてベッドを降り、カーテンに手を掛けて勢いよく開ける。
「うっ……」
今までわずかな隙間から申し訳なさげに漏れ出していた光が、体中に燦々と降り注ぐ。
いい部屋を取ることができた。やっぱり朝は太陽の光を浴びないと一日が始まった気がしないな。
俺は腕を上げて伸びをした。
そして、ベッドで眠るもう一人の人物を振り返ってみる。
「起きろ」
俺から出た言葉は、低く冷淡なものだった。
「まだ寝てたちゃい。むにゃぬやぬあ」
―こいつ……殺す。
俺の顔を肩眉がピリピリと動く。
現在俺、ヒカル・ドゥンケルハイトは、聖騎士養成学校である聖錬学園の寮にて目を覚ました。そして、今日がその入隊式である。
養成学校といっても将来は聖騎士として国のための駒として働く。そのために、学園への入学を入隊としてどの養成学校でも扱っているわけだ。
昨日、俺はシャルと共に入寮時間になんとか間に合うことができ、無事入寮ができた。
どうして、余裕があるはずだったのにぎりぎりだったのかというと。シャルのやつが計十回ほど貴族連中に絡まれたからだ。その内五回はナンパ目的のもので、そのせいで時間が取られてしまった。
まあ、シャルに絡んできたやつらは例外なくボコボコにされたわけだが、巷では昨日犯人不明の貴族狩りがあったということで大騒ぎになっているらしいと、寮に入ってから小耳に挟んだ。
そんなこんなで、俺は昨日は今日の支度を終えてすぐに眠ったわけだが。早くも問題が起こっていた。そう世界が始まって以来重大な問題が……。
「いい加減に起きろ!」
俺は風魔法でベッドですやすやと二度寝を始めたシャルをベッドから吹き飛ばした。
「ふぎゃ!」
シャルが壁に当たり地面に落ちていく。
そう。問題はこれだ。
なんと、俺とシャルの部屋が同室になるという悲劇が起こってしまっていた。
俺とシャルが居た村は小さな村でもちろんお金もない。しかも俺は身寄りのない独り身であるので、学園への入隊は村がお金を出してくれた。シャルも親がそこまでお金持ちではないので、半分ほどを村が出している。
―つまりだ。
村は流石に俺たち二人分の寮のお金を出すことはできなかったというわけだ。
だから、俺たちは同じ部屋に入寮する羽目になってしまった。しかも、もちろん。お金は一人分しか出していないので部屋の大きさは一人分だという悲劇。
まったくとんだ災難がまた降りかかってきたもんだ。このさき憂鬱になるってもんだぜ。
「もう、いきなり何するのよ」
シャルがゆっくりと起き上がる。
その格好は、上に俺のシャツを着て、その下は下着姿という格好だ。
―どこの萌え要素取り入れてんねん!
普通の男なら、シャルの容姿にこの格好なら、ほの字になるのかもしれない。
だが! 俺は違う。何せ相手はあの元魔王だ。そんな気持ち微塵も起きないのだ。ああ、悲しい話だ。本来ならとんだラブコメ展開なのに……。
「何するのよ、じゃないだろ! お前は向こうの部屋で寝袋で寝るって決めたよな? ベッドで寝るのと寝袋で寝るのを一週間交替にするって」
「いや、でも寒かったんだもん」
「知らん! とりあえず。これでお前は二週間寝袋行きだ」
「いや、なんでよ! 嫌よ寒いもの!」
「駄目だ。約束を破った罰だ。お前のせいで俺は昨夜あまり眠れなかった」
「え、それって、あれかしら? かわいい幼馴染がベッドに潜り込んできたから、欲情しちゃったわけ?」
シャルがにやにやして言って来た。
何この気持ち悪い生き物。
「いや、それは世界が滅んでもないな」
「またまたあ」
シャルはまだにやけている。
うわ。まじ何この生物。
「世界が俺とお前だけになっても俺はお前にそんな感情を持つことはないだろうな。神に命令されてもだ」
「何よそれ! ひどい! ちょっとは欲情しなさいよ!」
シャルが地団駄を踏む。
―情緒不安定かよ・・・。
「それよりだ。早く支度するぞ。今日の朝ごはんはお前の当番なんだ。早くしてくれ」
俺は散らかった布団を片付けながら言った。
「それが……、その……
「何だ?」
「私、実は……」
「何だ。はっきりと言えよ」
「食材を持ってくるの忘れちゃった。テヘペロ」
俺は無邪気に気持ち悪く微笑むシャルに笑顔で近づく。そして拳を振り上げた。
「いた!!」
容赦なくシャルに拳骨をくれてやる。
「ふざけんなよ! お前が食材持って来てなかったら、家に何もねえじゃねえか!!」
「だって、だって、重たかったんだもの。うら若き乙女の私にはとても……」
「確信犯かよ!! 元魔王が荷物重いとか言ってんじゃねえ! それにお前は魔王時代も含めればすでに300歳は超えている!」
「うるさい。うるさい! 私は今15歳だもん!」
シャルが俺に対して、ぽかぽかと身体を叩いてくる。まったく力のこもっていないやつだ。
え? 何この子。どういうキャラ目指してるの? そういう天然キャラ目指してるの?
「はあああああああああ」
俺は大きなため息を漏らす。心からのものだ。
シャルはまだぽかぽかと叩いてきている。いい加減怒るよ?
「もう、わかった。朝飯はその辺で食べるか、最悪抜きでもいいだろう。とりあえず準備だ。入学式。いや入隊式に間に合わなかったらまずいからな。いいな?」
「わ、わかったわ」
漸くシャルの攻撃が止まった。
―あああああ、もう嫌だああああ!
◇◆
入隊式は午前十時から学園にある大ホールで行われることになっていた。
支度をした俺たちは、寮から学園までの道でどこか朝食が取れるレストランはないものかと探したが、ここは王都でありその中心部。つまり貴族の町である。どれも、朝食とは思えない値段のものばかりで、結局手が出せず。朝食抜きとなってしまった。
学園に入るとそこに聳え立つものは、王都の町並みとは少し違う。重厚感あふれる雰囲気で、まるでここだけ文明の進歩が数世代早いのではないかと思われるような造りであった。といっても、田舎と王都でもそのくらいの違いはある。
「わあ、やっぱり少し緊張するわね」
「ああ、これから友達作りもしないといけないわね」
「女の子はどのくらいいるのかしら?」
「ヒカルもしっかりと馴染む努力をしなさいよ」
「後、あまり本気を最初から出さないほうがいいのかしら? やっぱり序所に力が上がっていくほうがいいのかな?」
「適正検査ってどんなことするのかな? もしかしてそこで元魔王だってばれたりしないよね?」
「そういうのヒカルのほうが詳しいんじゃない? 勇者だったわけだし、周りに聖騎士ばかりだったでしょ?」
「っていうか、どうやってそもそも勇者になったの? 私それ聞いたことないな。今度教えてね」
大ホールまでの道のりでシャルは俺の隣でずっとしゃべっていた。
俺としてはこいつと一緒にこれから共に生活をしないといけないというのが苦痛でしかなかったので、シャルの言葉は全部無視した。
俺は周りに目を向ける。幸い学園では制服の着用が義務付けられている。青をベースとしたものでそのほかにも白のラインや黒い模様などが施されているものだ。肌触りだけでかなり高価なものだと理解できた。
そのため、格好だけでは平民と貴族の違いはわからない。だが、それは入隊者の周りの取り巻きでそれは一目瞭然だった。
俺たちのように個人でしか来ていないものはどちらか判断はできないが、家族が付いてきているところでは、その家族の身なりで判断ができる。
そしてそれにより、明らかにこの入隊式で住み分けが行われていた。
俺たちの歩く右手側、建物が建っている側には貴族らしき者たちが、そして左側、塀がある側に平民出の人間がという感じだ。
「おいおい。平民が聖騎士目指して入ってきたみたいだぞ」
「え? マジかよ。俺同じ空気吸いたくねえわ」
「一緒にいたら病気にでもなるんじゃねえか?」
そんな言葉を右側のやつらが大声で馬鹿みたいに言っていた。
だが、彼らも俺たちが通るときには黙ってしまう。それは俺が要因ではなく。俺の隣を歩くシャルが要因である。
「おい! あの子かわいくないか?」
「かわいいっていうより綺麗だ」
「どこに家の子かな?」
俺たちが歩くとそんな言葉が聞こえてきた。これは両サイドからである。
シャルは特にそれに関しては気にしていないみたいだが、この注目は俺にとってはよろしくなかった。
シャルが注目されれば隣にいる俺にもどうしてもいろいろな感情が向けられる。こいつと離れることができるなら関係ないのだが、離れてくれる気配がない。
―これから先何事もなければいいけどな。
「ついに来たわね」
「そうだな」
俺たちは大ホールに着いた。
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