第十三話 元勇者と元魔王は入寮に急ぐ件について(仮)
時は晴天、晴れ渡る空と光り輝く大地、吹き渡る風に、今にも芽吹きそうな蕾たち。ああ、なんてステキな日なんだ。だが、こんなステキな日も今日で終わりだ。
「みんな。ごめん。俺、行って来るよ。そしてここに俺は誓う。必ずやあの元魔王の魔の手から逃れてここに戻ってくると!」
目の前に広がる愛しの畑に対して俺はそう叫ぶ。
俺は今日この日を持って彼らを手放し、憎き魔王と共に王都に向かうのだ。その目的はそう、例の聖騎士養成学校に入隊するためという腐った理由なわけで、野菜が腐るよりも気分が落ちる。
「何、叫んでるのよ。気持ち悪い」
後ろから、聞きたくもない声が聞こえてきた。
俺はものすごく嫌な顔をして振り返る。
「ヒカル、あなたそんなのだと、あっちで友達ができないわよ?」
「あっちって、王都のことか?」
「そうよ。私たちはそこで立派な聖騎士になるんだから」
「けっ!」
俺はシャルの近くにつばを吐き捨てた。
「きゃ! 何するのよ!」
「そんなことより」
俺はシャルに近寄る。
「ちゃんと頼んだんだろうな?」
「え? 何を?」
俺の顔とシャルの顔は、今にもくっつかん距離になる。
「俺の畑をちゃんと、お前の両親に維持するように頼んだのかって聞いてるんだよ?」
「ちゃ、ちゃんと頼んだわよ」
「もし、俺が帰ってきたときに、この畑が見るも無惨なふうになっていたら、わかってるよな?」
「えっと、後学のためにどうなるのか、教えてもらってもいいかしら?」
「俺がこの世界を滅ぼす」
「そ、それは勘弁願いたいわね」
俺は、シャルから顔を離した。
聖騎士とのいざこざが終わってから、早三ヶ月が経とうとしていた。シャルがどうやったかはわからないが、あの後の騒動はなんとか収めたらしい。
そして、シャルとの約束通り。俺は聖騎士養成学校に入学することになったのだ。
あれからというもの、俺はもちろん様々な抵抗をしたが、すべて無駄に終わってしまった。最終的には俺のこの畑を人質に取られて、俺は首を縦に振ったわけだ。
ああ、楽しい土いじりができないなんて、拷問に等しい。どうして神はこいつを俺と同じ世界に転生させたのか……。恨むぜ神様……。
「それじゃ、行きましょうか」
「へいへい」
俺は地面に置いてあった荷物を肩に掛けて、シャルの後ろについていく。
王都まではこの村の村長の馬車で向かうことになっている。
俺たち二人が聖騎士を目指すと聞いて、村は大盛り上がりであった。理由は簡単だ。村から立派な聖騎士が誕生すればその分村にお金が入ってくる仕組みになっているからだ。だから、みなは聖騎士のことが嫌いではあるが、村から聖騎士が出ることは歓迎という皮肉なのである。
そんな皮肉から、昨日までは宴会騒ぎであった。
そのときに酔っ払ったじじばばに、シャルのことを頼むと言われたが、そんなのは御免だ。と心の中で思いながら、へいへいと言っておいた。
「やっと、船出じゃのう」
俺たちが馬車に乗り込むと、村長が言って来た。ほんと、とんだ荒波だぜ。
「これから、二人で力を合わせて世界を救うんじゃぞ」
「村長大げさですよ」
俺は彼に微笑えむ。
「大げさなもんか、元勇者と、元魔王が居れば簡単じゃろう?」
「「え?!」」
俺とシャルは大声を上げてしまう。それは俺たちしか知らない事実なはずだ。そんなことを知っている人物、いや、存在は一つしかない。
「ほほほ、まあ、がんばるんじゃぞ」
「はい!」
笑顔で答えるシャルとは対照的に、俺は苦笑いを浮かべた。
―神様まで祝福してくるなんて、完全に詰みじゃねえか……。
馬車を引く馬はそんな俺の悲鳴を感じ取ったのか、代わりに奇声を発しながら発進した。
◆◇◆◇◆◇
「わあ、流石王都、人が多いわね」
馬車で揺られること三時間ほど、俺たちは今度こそちゃんと王都にたどり着いた。
「騒ぐな。自分が田舎者だって主張してるようなもんだぞ」
「田舎者の何が悪いの?」
シャルが無垢な表情をして聞いてくる。お前、本当に元魔王かよ。
「色々と面倒なんだよ」
「ほんと、人間て面倒な考え方するわよね。家柄とか勲章とか出身地とかに拘るんだから、馬鹿みたい」
「わかりやすい物に縋りたがるんだよ。魔物だってあっただろう?」
「まあ、確かにあることはあったけど、どっちかっていうと実力重視だったかな。私が魔王のときは完全にそれで判断していたしね」
「ふーん」
そういう意味では魔物のほうが前の世界では進んでいたのかもしれないなと思った。
「魔物ではそうだったのかもしれないけど、今は人間なんだ。面倒ごとは起こすなよ。聖騎士になりたいなら尚更だ。養成学校にはお前の嫌いなそれを意識したやつらばっかりだろうからな」
「はあ、それは憂鬱だわ」
シャルは急に肩を下ろして歩き出した。
―お前が、聖騎士になろうって言ったんだろ! なんで俺よりやる気なくなってんだよ!?
という突っ込みを入れたくなったが、我慢した。あまり目立ちたくはない。
俺たちは、二人で聖騎士養成学校に向けて歩いている。学校は王都の中でも中心街にあり、歩いて小一時間ほど掛かるらしい。王都の中で走っている自然力を使った魔道車に乗ればすぐ着くらしいが、残念ながら田舎から出てきた俺たちにはそんな持ち合わせはなかった。
「ほら。早く行くわよ。入寮に遅れるわけにはいかないんだから」
「へいへい」
養成学校は時間厳守がモットーだ。もし入寮時間に遅れるようなことがあれば、それこそ入隊さえ危ぶまれる。
俺たちは、王都の人間ではないので寮生活となる。というか、ほとんどの生徒が寮生活だ。それを免除されるのは一部の貴族の中でも、さらに地位の高い貴族だけ。彼らは自宅からの通学を許可される。
だから、ほとんどの生徒は今日か昨日のうちに入寮を済ませ、明日の入隊式に備える。俺たちももちろん、その流れに従う。
入寮時間まで後、二時間だ。まあ余裕だろう。
俺は、颯爽と走っていくシャルの後ろをこれまた颯爽と着いていった。
「おらあ、なんだ。お前たちは!」
―はあ、余裕だと思った瞬間これだよ。
「いや、あのごめんなさい」
シャルが角を曲がるときにぶつかったことで、持っていた飲み物が服に付いてしまい一部分が真っ赤になった大柄な男に頭を下げる。
だが、その男の怒りは収まらない。
「謝って済む問題かよ。俺様が着ているこの服がどれくらいの値段するか理解できてんのか? ああん?」
「い、いやー……」
「お前らみたいな人間の生活を十回はできるくらいの値段だ」
「は、はあ」
おそらくだが、この男は貴族だろう。男の周りには三人ほどの取り巻きがいた。
彼らも貴族ではあるのだろう。しかし、家の位がこの男よりも低いため、この頭の弱い男に付き従っているわけだ。
「お前ら、これ弁償できんのかよ?」
お前らとはやめて欲しい。やったのはシャルであって俺は関係ない。
「おい」
男が、取り巻きにあごで合図をした。
すると、俺とシャルはその取り巻きに囲まれる。
「見たところ、お前らは田舎から出稼ぎにでも来た貧乏人だろうな。男のほうはまあ、炭鉱堀りに一年。そんでもって女のほうは……」
男が、シャルの身体を上から下まで嘗め回すようして見た。
まあ、男が出す結論は目に見えている。シャルはあのオールバック達をもメロメロにしたわけだ。そりゃ、馬鹿な男なら出す結論は同じだろう。
「ほう、いい体してんじゃねえか。お前は、俺の家のメイドになれ。毎日かわいがってやる。そうだな。お前も一年くらいで解放してやるよ。ま、一年経てば俺から離れられなくなってるだろうがな。がっはっはははは」
男が汚い笑いをし、周りの取り巻きも笑う。
まったく、こんなやつらのどこに貴族としての品性があるんだか。
正直、俺は別に炭鉱送りになってもいい。
そうすれば簡単に抜け出せるだろうし、シャルとも離れることができるなら一石二鳥だ。がしかし、何分、俺はこういう品性のかけらもないくせに威張っているやつが嫌いだ。大人しく従う義理はない。
そんなことを思っていると、男がシャルの腕を取ろうとした。
俺は、その男の手を取ろうとする。そして、取った後は軽くその腕を折ってやって、周りの取り巻きのあごにでも一発ずつぶち込んでやり、終了だ。
相手は気が付けば意識を失っていて、何をされたのかもわからないってわけだ。それなら後腐れもないだろう。
だが、俺が男の手を取る前に、その手が逆方向に曲がった。
「ぐあっ!」
男がその激痛に悲鳴の声を上げると同時にその場に倒れこむ。
倒れこんだ男は泡を吹いていた。そして、同様に周りの取り巻きも一瞬で地面に倒れこむ。
「はは、お前も俺と同じこと考えてたんだな」
「こんなところでいらない時間使っていられないからね。謝ったし、別にいいでしょ。さ、急ぎましょう」
シャルは、何事も無かったようにまた走っていく。
俺の周りでは少しざわめきが起こっていた。まあ無理もない。男四人がいきなり倒れこんだのだから。
ああ、こいつらもかわいそうに、元魔王に手を出すからこうなるんだ。というか、怖い。あの子怖い。容赦ない。
地面に倒れこんでいる男たちは、実は全員数発もの攻撃を食らっていた。
一発でいいのに、よっぽどいらいらしたんだな。それとも、そういう性格なのか?
おそらく体中の骨が逝ってしまったであろう男たちに、俺は手を合わせてシャルの後を追った。
第二部開始です!
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