第十二話 元魔王は脳筋な件について(仮)
シャルは内心あせっていた。
ヒカルが聖騎士を倒してからどうするかなんてこと、微塵も考えていなかったらである。
というか、ここまでの流れがまったくもって、考えていなかったことだ。適当に思いついたことをしていたら、こんな大きなことになってしまった。
彼女はいつもそうだった。前の世界で魔王になったのだって、そうだった。なんとなく適当に人間と戦っていたら魔王になっていた。なんの心情も信念もなく。適当に魔王の座に収まっていた。
だが、周りはそんな彼女のことを畏怖し、敬うものもいた。それは一重に彼女の持つカリスマ性のためだろう。
だから、彼女はその期待に答えるために一生懸命に魔王の役目を前の世界で全うした。だから、死に際に勇者に向けて放った言葉も嘘ではない。彼女が自分の立場を考えた末に導き出した結論だった。
死んだら無に帰する。
神が存在すると信じられている世界で、彼女はなんとなくそう思っていた。神様なんかがいるなら、自分みたいな魔王なんて生み出さないだろうと。
だけど、神は実在した。そして対面した。
神という存在は、自分にはまったく計れない存在だと瞬間的に理解した。私たちは神様の手のひらで踊らされているのだと感じた。
そんな神様が、私に対して言った。もっと自由に生きてみたくはないかと、今度は本当に世界を救ってみてはどうかと。
私はびっくりした。今まで散々、人々を苦しめてきた自分にそんなことが許されるのかと、と同時に、自由に生きるとはなんなのだろうかと思った。神の存在を知った私に、そんなことが逆にできるのかと思った。
神はそんな私の心を見透かしていった。
とりあえず。転生してから考えればいいと。
そして、私は転生した。
そこで、まず感じたことは、何者でもなくなった自分がとてもすがすがしかった。自由だと思った。そして、世界を救ってやろうと思った。転生した世界では、私の世界と同じく魔王がいた。今回は私ではない。その魔王を倒して世界を救ってやろう。力が引き継がれた私ならできると思った。
だけど、前みたいに自分が表に立ってしまっては、勇者という立場になってしまえば、自分はまた自由ではなくなってしまうのではないかと感じた。それはいやだった。
そんなとき、同じ世界の勇者も転生しているのを思い出した。そうだ。彼にもう一度勇者になってもらい、自分はその仲間Aとして世界を救おうと、それから私の物語が本当の幕をあげた。
◇◆◇◆◇◆
「それで? これからの作戦は?」
「私たちが、聖騎士として王都に入るの」
「は?」
「だって、こんな状況になったら、そうするしかないでしょう? 何、簡単よ。偽装魔法を使えばなりきれるわよ」
「いやいやいや、なんで俺が聖騎士にならないといけないんだよ?!」
そんなのは本当にごめんだ。俺は農業で食っていくと決めたんだ!
「なら、これからどうするのよ? もしこれで、あの聖騎士たちをやりすごしても、必ずまた村に聖騎士が来るわよ? そして私はヒカルを勇者にすることをあきらめない」
まずい。このままでは俺はシャルの言いなりになってしまう。それだけは勘弁だ。だが、どうすればいい……。
とりあえず。このまま王都に向かうのは断固拒否だ。そんなことをすれば俺の愛しの畑を見捨てることになってしまう。
「シャル! わかった。わかった。聖騎士になってやろう」
「ほんと!!」
「だが、条件がある」
「何かしら?」
シャルが、目をハートにして俺に顔を近づけてくる。
「このまま偽装してなるのは駄目だ。一旦村に帰ってから正式な手続きをして、聖騎士の養成学校に入ってから聖騎士になる」
「どうして、そんな面倒なことをするの? そんなことしないでこのまま潜りこめばいいじゃない」
まったく、この元魔王様は、頭が切れるのか脳筋なのかたまにわからなくなる。
ここはできるだけ理屈を立てて、理由を話さないとな。できるだけ時間稼ぎをして、聖騎士になる前にどうにかしてこの元魔王との関係を切りたいという思惑は、ばれないようにしないといけない。
「問題は三つある。一つは、このまま偽装するにしてもあの聖騎士たちをどうするかってことだ。まさかまた催眠を掛けるつもりだったんじゃないだろうな? それに俺たち二人じゃ、一人足りない」
「うっ!」
「図星か。それは駄目だ。流石にそんなことをすれば精神崩壊だ。まあ、個人の気持ちとしてはそれでもいいが、俺も一応元勇者、そこまで非情じゃないさ」
俺は一旦間を置いた。
こういうときの間は大事だと学んでいる。
「もしそれが解消されたとしても二つ目の問題だ。俺たちが上手く潜りこんだとしても村が危険にさらされる可能性がある」
「どういうこと?」
ここから言うことは口から出任せもいいとこだが、シャルが今は脳筋の状態であることを願う。
「考えても見ろ。おそらくだが、オールバックたちは誰かからの指令によって村に来たわけだ。だから、俺たちがいくら何もなかったと偽装した状態で言ったとしても誰かがまた村に行くかもしれない。そうなれば、俺がいないわけだろう? それなら村が俺を隠していると考える可能がある。今日の体験から確信したが、聖騎士はかなり厄介な連中だ。村一つくらい国のためとかって焼き払うかもしれない。流石にそんなことにはしたくないだろ?」
俺は相手が反論する隙を与えないように、止まることなく言った。
そこまで完璧ではないが、ある程度理屈は通っているはずだ。
「た、確かにその可能性もあるわね。それで、三つ目は?」
――よし!
「三つ目は、もし俺たちの言葉が信じられて、村に危険が及ばなくなったとしても、そもそも俺達はどこまであいつらのマネができる? 多分、あの三人の血統は貴族なはずだ。プライドの高さからそう思う。ってことは家のこととか、家訓とかしきたりとかがあるはずだろ? いくらなんてでもそこまではマネできねえって」
「た、確かに……」
「な? だから、ちゃんとしたところから聖騎士を目指すのがベストってわけだよ。だからシャル」
「何?」
「お前が俺の容疑をなんとかしろよ」
「え?」
そもそも、俺が聖騎士に連れられたのは、魔物を倒しているやつの仲間だと疑われたからだ。
そして、それを作ったのはシャルだ。だからこいつに俺の容疑を晴らす義務がある。
「じゃあ、俺は適当に走って帰るから」
「いや、ちょっと!」
俺はシャルと三人の聖騎士を置いてその場から去った。
あ、そういえばあのオールバック大丈夫かな? まあ命くらいはあるだろう。もしかしたらもう剣は握れないかもしれないけど、シャルがなんとかするか。俺を散々コケにしたんだし、イラっとしたしこれくらいの罰はあってもいいよね。それに最後にはシャルに対して小さな仕返しもできたことだし、すっきりしたー。
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