第十話 元勇者は追い込まれる件について(仮)
落ち着け俺、落ち着くんだ、俺はもうこの世界では争うことはこりごりなんだ。もう誰にも手を出さないと決めている。
いや、でも流石に今回は相手が悪いんじゃないだろうか? いやいや、こんなところでマジで決闘なんかしたらシャルの思い通りじゃないか。危ない。まんまと罠にはまるところだった。
ここはなんとか下から言って許しを乞おう。
「そこをなんとか頼めませんかね? 俺はただの一介の農民風情ですよ? そんなやつとあの聖騎士様が決闘なんて勝負が目に見えていることをするのはどうなのかなって」
「貴様の意見などここでは必要ない。おい! 早く馬車を止めろ!」
このオールバック野郎は、あくまで俺の話は聞く気がないらしい。
まあ、いいだろう。ここはすぐにやられて泣きついてでもしてやろうじゃないか。
そして、このくそ野郎にシャルを押し付けてやろう。
窓から外を見るとそこは村から王都までの道中にかなりの距離が続くただの荒野であった。
そして、馬車はゆっくりと軽く舗装されている道を外れていく。
「さあ、表に出ろ!」
俺は両脇の聖騎士に無理やり引っ張られて外に連れ出される。外は少し暗くなりつつあり。いい感じに日が落ちていた。
ああ、この時間にゆっくりとご飯でも取りながらラジオを聴けたら、俺はそれだけで満足なんだけどなあ。
そんなことを考えていると、俺の腕を縛っている手枷がはずされた。
そして、俺の目の前に一つの剣が放られる。
「それを拾え」
オールバック野郎の指示に従い拾う。
その剣は手触りでわかるほどさび付いたものであった
これでは相手の持っている剣とぶつかっただけでも折れる可能性がある。しかも、かなり重い。
といっても、それは普通の人間が持てばということで、俺は簡単に持つことができるのだが、農業で鍛えたしね。ま、一応、重い振りはしておこう。
俺は剣を重そうに両手で持って構えた。それも素人っぽくだ。
「よし、持ったな」
シャルは今、なぜか俺の後ろに当たる方向にいた。
先ほどまで俺の隣に座っていた聖騎士が、二人の間に入る。
「それでは、これより神聖なる決闘を行う!」
――どこが神聖やねん!
「勝利条件は簡単! 相手をねじ伏せたほうが勝ち! 勝敗は私が判断します! では、二人とも構えて!」
なんとも、適当なルールだ。これでは相手を殺したほうが勝ちだといっているようなものではないか。これだから少しだけ力を持っている連中は嫌いだ。
俺は構えているので、相手が構えるまで待つ。
――お? あれは結構。
俺のこれまでの予想とは反して、オールバック野郎の構えはしっかりとしていた。ちゃんと鍛錬をしている証拠である。腐っても聖騎士の隊長クラスということか。
だが、俺の見立てでは魔力はさほどない。
といっても、この世界では魔力の有無がその人間の価値を決めるわけではない。問題はそれをどれだけ自然力と作用することができるかだ。
それが、俺が元いた世界と違うところだった。
俺とシャルが居た世界では、魔力によって空間に干渉したり、何かを作り出したりしていた。だが、こちらの世界ではそれを自らの魔力で行うのではなく。魔力を媒介として自然力によって行う。だから、魔力だけでは単純な強さを測る基準とはならないわけだ。
それが、こちらの世界の常識。
「それでは行くぞ!」
俺が予想した通り。オールバックの野郎は、自分が持っている魔力よりも大きな自然力を身体に纏いだした。まあ、正直俺からすれば大したことはないが。
――とりあえず。適当に突進でもして一撃もらって終わるか。
「おらあああああ」
俺はかっこの悪い声を上げながら相手に向かっていく。
すると、相手もこちらに向かってきた。二人の距離が近づいたとき、相手が剣を振り上げる。それに対応して俺は防御の体制に入った。
――この一撃を剣で受けて、ふっとばされよう。そうして戦闘不能ということで決着だ。
オールバック野郎が剣を振り下ろしてくる。
そうそう、それでそれを俺が受け止めてと。
しかし、そこで俺は異変を感じる。
――やばい!
俺は、とっさに相手の剣を避けた。
振り下ろされた剣は、地面に突き刺さる。
ドゴーーーーーーーン!!!
剣が地面に触れた瞬間。地面が大きな音と風を伴って数十メートル削られた。
――おいおいどうなってんだ?
俺の横には、オールバック野郎が剣から魔力波でも打ったかのような跡が付いている。
だが、あいつはそんなことはしていない。ただ剣を振り落としただけだ。
まさか、この世界の聖騎士は俺が予想しているよりもレベルが高いのか? それともこの聖騎士が本当は勇者クラスの人間なのか?
いや、もしかすれば威力だけあるが、スピードとスタミナはないタイプかもしれない。それなら最悪この状況もありうる。
まあどちらだったとしても、とりあえず一撃くらってはい降参。とは行かなさそうだ。あんなの無防備で食らったら重傷だ。最悪死ぬ。
周りでは、立会人の聖騎士は一応立会人らしく無言で見ていたが、その表情には明らかに驚きが入っていた。
もう一人の聖騎士は歓喜の声をあげている。あいつは絶対馬鹿の部類だ。
立会人が何を驚いているのかは気になるところだが、とりあえず。このままではまずいな。
俺は一旦、相手から距離を取ろうとする。が……。
「逃がさん!」
「嘘?!」
目の前にすぐ相手が迫る。
――おいおいおいまてまてまて!
今回はかなりの速度で動いたはずだ。威力があるのはわかるが、スピードもあるのか?!
「これが愛の力ってやつか! どんどん自分の力が上昇していくのを感じるぞ!」
相手の振り下げた剣が俺を襲う。
俺はなんとか、その斬撃を剣で受け止めた。
「ふははは、そんな剣で私の攻撃を防ぐことができるかな?」
バキッ!
――ちっ!
相手の指摘の通り。俺の持っている剣は相手の攻撃も耐え切れないで真っ二つに折れた。
俺はその衝撃を利用して後退し、相手との距離を取る。
くそ面倒な展開だ。何が愛の力だ。ふざけやがって。
俺は自分の感情が高ぶってくるのを感じた。
確かに、ここまで追い込まれての戦闘は久しぶりだ。
といっても、俺が少し力を出せば簡単に倒せるのだが、今回の目的は相手の攻撃を上手く受けながら敗北することだ。
それに相手に俺が何かの使い手だとばれれば今後の王都での展開がややこしくなる可能性がある。だから魔力もなく。なにもできない一般人を演じなければならない。つまり身体に強化魔術も魔法も使えないわけだ。
結構しんどい展開だぜ。鍛えていてよかったあ。
「ふむ。私の剣技を防ぐとは、貴様、それはどこで習った?」
――しまったああああ!
つい相手の攻撃が思ったよりも凄まじかったので、適当に受け流してたわけだけど、そりゃただの農民風情が聖騎士の攻撃を防げば不信に思うのは当然だ。ちょっと思考が回っていなかった。
しかも、さっきの攻撃を防いだのは良くなかった。あれは流石にばれないように少し力使ってダメージを軽減したからな……。やばい。どう説明しようか。
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