第九話 元勇者は関西弁になる件について(仮)
ガタ!!
オールバック聖騎士が勢いよく立ち上がる。大きな馬車といっても、人一人が大げさに動けばそれなりの振動が伝わってくる。その振動が相手の怒りの度合いを示すには十分だった。
――ああ、面倒なことになったあ!
「貴様かあああいああはああおあふぉああおああああ!!!!」
馬車に鳴り響く声でオールバック聖騎士が怒鳴り声を上げる。そして、腰にある剣の柄に手を触れた。今にも俺に対して切りかからんとする勢いだ。
――もうやだ・・・。
「貴様! 我々を冒涜するだけでは飽き足らず。こんなにも美しくやさしい娘にまで手を出すとは万死に値する!!」
いや、その娘があなたたちを一度石にした張本人ですよ? それに元魔王で、たくさんの人間を殺戮してきた人物ですよ? それでもその言葉が言えるんですか?
ってか、そもそも順序がおかしくなってるし、そもそもやってねえし!
目の前の聖騎士からは魔力が漏れ出していた。
といっても微量ではあるが。それほどまでに感情が高ぶっているというわけである。
「や、やめてください!」
俺の目の前で剣を抜きかけたオールバック聖騎士にシャルが駆け寄る。
「な、なぜだ?!」
「彼もいろいろとあったのです。ヒカルは天涯孤独の身でその孤独にいつも苛まれていました。だから、その……。いつも隣にいた私に対して間違った感情を抱いてしまったのです。だから過ちを……」
シャルは涙を流し出した。
おいおい。マジかよ。魔王の涙は凄い魔力供給源になるらしいから欲しいな。
なんてことを考えながら俺はこの長い茶番に反吐が出そうだった。もう我慢するのやめようかな。
「なんと! だからといって、あなたはこやつを許すというのか?!」
シャルは首を一つ動かす。
「ああああ」
オールバック聖騎士はその場に崩れ落ちた。
何、何? 全然意味わからないんだけど?! ただただ怖いんだけど?! もしかしてまだ催眠効果の異常が残ってるのか?
「なんて、心美しきお方なんだ……。まさに……天使……!」
――だから元魔王だって! その天使に虐殺の限りを尽くしていたやつだって!
「わかりました。あなたの意見を尊重いたしましょう。今回のことは不問といたします」
オールバック聖騎士はいつのまにかシャルのことを敬い始めた。
恐るべし魔王のカリスマ性……。
「ですが!」
オールバック聖騎士がまたいきなり立ち上がった。
「この男の魔の手から、あなたを解き放って見せます! おい! 貴様!」
シャキン!
「決闘だ!!」
「いやです!」
と言いたいところだが、流石にそう答えられる雰囲気ではない。
「そして、その決闘にて私が勝利した暁には彼女に謝罪と、そしてもう二度と彼女の前に現れないことを誓え!」
オールバック聖騎士はそう叫んだ。
だが、俺は流石にここで決闘にはならないだとうと思っていた。
なぜならば、俺は魔物討伐を行っていた人間と知り合いかもしれないという最重要容疑者だ。まあ、その点は真実なのだが、そんな重要な人間に対していくらある程度階級があったとしても、勝手に決闘を行って万が一のことがあってはまずい。
だから、必ず俺の脇にいる聖騎士が反対をしてくれるはずだ。そう考えていた。
それにこの茶番を静観していたのが俺だけとは考えにくい。流石にどちらかはおかしいと思っているに違いない。だって聖騎士だもの。
「隊長……」
俺の左側にいる聖騎士が真剣な眼差しでオールバック聖騎士を見る。
よし。そこで反論してくれ。それがお前の役目だ。行き過ぎてしまった隊長を止めるは部下の役目だからな。言え!
「私がその決闘の立会人となりましょう」
――え?
「では、私は隊長がこやつを殺さないようにしっかりと見守りましょう!」
今度は右にいる聖騎士がきびきびと言う。
そして再度左のやつがしゃべりだした。
「私たちも、マーチィン殿の健気さには心打たれました。こんなやつのせいであなたの将来を私たちが見逃すわけにはいきません! なので、ご安心ください。我れらが隊長、ミコライ・オールランドが必ずやあなたを泥沼から助け出して見せます!」
聖騎士は手に力を入れて興奮していた。
それを見ていた俺は心の中で一言……。
――なんでやねん!!!!!
つい、遥か遠い故郷の言葉が出てしまう。
いや、絶対おかしいって! なんでみんなそんなに簡単にこの女、いや元魔王の言葉を信じるんだよ! 百歩譲ってシャルの言葉に胸打たれたとしても、聖騎士なら規則とか規律とか守ろうよ。なんで、こんなときだけ柔軟な思考回路してんだよ! そういうのは物語の主人公がやるやつだから!
ああ、もう最悪だ。こいつらの頭はお花畑か何かでできているに違いない。これまでの人生どう生きたらこんなにも馬鹿に育つんだ。
「これなら、いいですよね?」
オールバック聖騎士がシャルに確認を取る。つまり、決闘という形、しかも命は取らないというものならあなたの思いに反しないですよね? ということだ。
シャルは無言でうなずく。
このままではまずい……。
「おい! 馬車を止めろ!」
「あの!」
「なんだ? 今更」
今更も何も俺に何も聞いてこなかったじゃないか。
「俺はもう、この一件が終わったらシャルの前から消えます。村も出ます。だから、決闘は勘弁願いませんかね?」
まあ、仕方がない。慣れ親しんだ村を離れるのは忍びないが。これでシャルから離れることができるなら喜んで出ていこう。
別に決闘で負けてもいいんだが、シャルが何も企まずにただ決闘をさせるとは考えにくいからな。あの元魔王の考えがわからないなら、決闘を避けるのが無難な判断だろう。
「ふん! 情けないやつだな。だが、それは却下だ!」
「いや、でもー」
「お前は私の怒りを買ったのだ。だから裁かれる必要がある」
――ちっ!
その言葉が俺を少しイラつかせた。
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