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サロンからのお誘い

『幽体捕獲』が終了して一ヶ月後の、夏。

ユーナは今も偽名で学館に通っている。相変わらず、武門出身者であるユーナに対する敵意の視線を無視して生活している訳だが、課題『幽体捕獲』に合格したおかげで、さらにそういう視線が増えたように思える。その中には羨望ややっかみが混じったものもあるようだったが、ユーナは、それらもことごとく放っておくことにした。

そういう態度はよくないよ、とニキアにたしなめられることもあった。それはユーナも判っている。しかし、上辺だけの付き合いに興味はないし、かと言って敵意のある人物に好かれるようになるには、かなりの労力を必要とするものだ。残念ながら、敵意の視線の中にそれだけの労力を払いたいと思うほど魅力的な人物は見あたらなかったし、同じ労力を払うなら、すでに親しい友人たちに注力したい。貴族にあるまじき非社交的態度だと理解しつつ、頑固なユーナはそういうことで押し通すつもりでいた。

そんな折、とあるサロンから招待状が届いた。

サロンというのは、館生の私的な集まりのこと。集まって談笑に花を咲かせたり、一緒になって訓練に汗を流したりと各サロンによってやることはまちまちだが、共通しているのは、ある特定のカリスマを中心に出来上がった集団だと言うことだ。そういう人物をサロンの(あるじ)と呼ぶ。主になる人物も様々で、成績の良い人物だったり、良い後ろ盾(つまり、大貴族の子弟だったり、金持ちだったり)を持つ人物だったりする。こう書くと、術門の名門貴族であるレオンハルトや、大商人の跡取り娘であるクリス、それに学年トップの成績のアンナはサロンの主に打ってつけの存在なのだが、本人達はそういう立場に興味がないらしい。因みに、そういうカリスマ性を備えた人たちを友人に持ち、自らも侯爵家ご令嬢であるユーナもサロンの主になる資格がある。それを望む声も少なからずあるのだが、本人がまったく気付いていない。彼女に向けられる視線の中には、そういう意味のものも含まれているのだが。

それはともかく。

届けられた手紙は『招待状』だった。『要請状』ではない。要請状というのは、一時的にサロンに参加して、知識や技術を披露して欲しい、というものだ。サロン参加者の知見を広めるために呼ばれる講師のようなもの。

これに対して招待状は、まさしく、サロンに参加して欲しいという意味のものだ。

差出人である、サロンの主の名は『アドルフィーネ・ローゼンフェルス』。高等二年の女性。家は貴族ではないが、スティクトーリス公爵領に位置するクルーセントという大都市の元締めをしているとのこと。

彼女が主催するサロンは『水の会』と言って、持力が『水』の館生だけが入会を許される伝統あるサロンである。主は代替わりしながら館生の間で受け継がれてきた。そういうサロンは地水火風ごとにあり、四大サロンと呼ばれている。『水の会』はその中でも最大勢力だった。

『水の会』は、通常、入会にはテストを求めている。それに合格しない限り、入会を許されることは絶対にない。それなのにユーナが受け取った『招待状』には、『テスト不要』の一文が添えられていた。

これは、破格の扱いと言って良かった。

というより、破格すぎて、またやっかまれるのは確実だった。

大方、『幽体捕獲』に合格したことが大きく影響しているのだろう。伝説的課題をクリアした館生が参加したとなれば、サロンとしても箔がつくからだ。

「それにしても、どうしよう……」

招待されたこと自体は、正直なところ嬉しくないこともない。ただ、素直にそれに乗っかるのも気分が良くない。その上、参加したらしたで、武門出身だなんだと言われてちょっかいを出されるのは目に見えている。

「そうえいば、クリスはどうなんだろ?」

クリスに限らず、『幽体捕獲』に合格した全員に言えることだが、ユーナと同じようにサロンからお誘いを受けている可能性がある。

自分のことより、ユーナはそっちの方が気になった。相談がてら訊いてみることにした。


翌日、メーゼン橋たもとのファルマ・スティクトーリス公爵像の下でユーナはクリスを待った。

「おはようございます〜」

と、いつもの調子でのんびりムードのクリスがやって来る。

「おはよう」

と応じつつ、サロンの件をどう切り出したものかと間を計っていると、

「相談があるんです。実は、サロンに招待されたんですけど……」

とクリスの方から話題が出てきた。これ幸いと、それに乗っかることにする。

「へえ、どこ?」

二人は歩き出す。

「『風の会』と言うところです」

「そうなんだ」

『風の会』なら伝統のあるサロンだ。その分、お堅いという面もあるが、大手だし、無難な選択と言える。

「それから、『超攻撃的な会』と、『緋針友の会』と、『クリスティーネ・クライル嬢を囲む会』、です」

「へえ、そんなに」と素直に頷きそうになって思いとどまる。

「ちょっと待った! その最後のクリスの名前が付いたサロンは何?」

「えーとですね」とクリスはカバンから招待状を取り出して読み上げる。

「『この会は貴女様を囲んで共に談笑を楽しむためのサロンです。立ち上げにあたり、貴女様の参加をお待ちしております』だそうです」

「そこは、やめておきなさい」

ユーナは間髪入れずに答えた。

「どうしてです?」

「危ないから」

「危ないですか?」

「うん、間違いなく」

ユーナは、こめかみを抑える。

女子の目から見ても絶世の美少女と認めざるを得ず、さらに大商家のお嬢様という肩書きを持つクリスには、老若男女問わずファンがいる。大方、そういったファン連中がクリスと仲良くなる機会を求めて画策したのだろうが、このサロンの話は、なんだかイヤな感じがするのだ。例えば参加者が男子ばかりだとしたら、狼の群れの中に羊を放り込むことになる。まさか、クリスに危害を及ぼすとは思えないが、そんな状況に友人が陥るのをみすみす見逃す必要はない。

ユーナの思いを察したらしいクリスは、「判りました」と素直に頷いて、言葉を続ける。

「では、どれに入会した方が良いでしょう?」

「入会するのは確定事項なの?」

「どうでしょう? せっかくの機会とは思っていますけど……」

クリスは小首を傾げて悩む。

「実は、あたしも誘われてるのよね」とユーナは自分の状況を簡単に説明した。

「それで、ユーナさんはどうするつもりなんですか?」

「……迷ってる。でも、参加するにしても断るにしても、一度は顔を出さないといけないんだろうなあ……」

相手が大手サロンなだけに、無碍な扱いは出来ない。

「わたしも招待状を頂いた先には、一度はお邪魔した方が良いのでしょうか?」

「他はともかく、『囲む会』は、()()()、丁重に、お断りしてね」

「判りました〜」

にこやかにクリスが答えた。


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