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奴隷ゾンビを作って最強を目指そう!  作者: 江保場狂壱
第一章 奴隷ゾンビを増やしてみよう
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最初の浄化者

「イヤーッ!!」


 昼過ぎの誰もいない野原で、タケルは剣を持って相手に切りかかる。

 目の前に立っているのはオネット・エペイスト。元貴族の剣術指南役であった。

 オネットは腰巻だけ身に着けている状態であった。浮浪者と思われても違和感がない容姿である。

 タケルはオネットの左肩をばっさりと切り下ろした。

 オネットは瞬きひとつしなかった。血は噴き出ない。タケルは剣を振り切るとぜぇぜぇと息を切らした。


「どうですかな、今の感触は? これが人を斬る衝撃です」


 オネットは淡々と教えた。

 これはオネット流の剣術指南である。彼は自分が奴隷ゾンビになったことを利用し、タケルに剣術を仕込むことにしたのだ。

 教える前にタケルはサージュから魔法の適正検査を受けた。

 結果はだめだった。タケルに魔法の才能はなかったのである。

 だがサージュは最初から予測していたのか、冷静だった。

 タケルは元から魔王サタナスにより抜魂術を伝授されている。そしてタケルは異世界人だ。自分たちと素質が違うのは当然といえる。

 魔法というのは想像する力だ。自分ならこうする、自分ならこうできると明確なイメージを浮かばせて発動する。

 タケルにはそれがない。当然だ。魔法など存在しないのだから。見たことのない物をやれといわれてもできるわけがないのだ。

 だがサージュはすぐに魔法習得を諦めた。代わりに剣術を教えることにしたのだ。これなら魔法を使わなくても習得はできる。

 これはタケルが異世界デポトワールに来て二週間目のことであった。

 ちなみに今日の奴隷ゾンビはきちんと確保している。それが日課になっていた。


「結構無茶な訓練ですよね。大丈夫ですか?」


 タケルはオネットに質問する。奴隷ゾンビのオネットは息切れなどしない。だが異物が自分の体内に入り込む恐怖は治せない。

 前に奴隷ゾンビの一人が誤って包丁で指を切ってしまった。血は出ないが指を切ってしまった恐怖がしばらくぬぐえなかったという。

 サージュの時は特別だ。賢者である彼は知的好奇心を満たすためなら、自分の体を平気で実験に使える。サージュは自分の行動を記録したものを本にまとめて配った。都に住んでいた人間はほとんどが文字の読み書きができるのだ。


「大丈夫です。タケル様に私の技を教えるのに最適ですからね」


 オネットは答えた。タケルは何度もオネットの体に剣を振るった。

 頭を叩く、腹を突く、手足を切断するなどいろいろさせた。

 その度にタケルの腹の中から熱いものが噴き出しそうになる。人を斬る罪悪感と嫌悪感がミックスジュースの如く混じりあい、どす黒い気分に襲われるのだ。


「では、今度は私の首を薙いでください」


 オネットは右手で自分の首をちょんちょんと叩いた。

 タケルは躊躇した。いくら奴隷ゾンビでも人を簡単に傷つけることはできない。元いた世界でもここまでする人間はいない。大抵は頭に血が上って逆上するくらいしか人を殺せないのだ。


「早く薙いでください」


 オネットの氷のようなまなざしが突き刺さる。生殺与奪はタケルが持っているのに、これでは立場が逆である。これが凄味というやつだ。彼自身も年を取り、しわの数だけ剣を振るって命を刈り取ったのかもしれぬ。

 タケルはオネットの恐怖に触発され、剣を薙いだ。

 それは思ったほど簡単だった。オネットの首は天高く舞い上がったのだ。

 首はゆるりと一回転した。タケルは見上げると、首は太陽の光に遮られ、見えなくなる。

 そして首は持ち主の元へ落下した。首を無くした胴体はあっさりとそれをつかみ取った。首は元に戻ったのである。


「ほう、首を斬られた後の景色はなかなかですな」


 オネットが感心している。だが目の前にタケルはいない。はて、どこにいったのだろうか。


「オネットさん。首が反対ですよ」


 後ろからタケルの声がした。どうやら首を反対にくっつけてしまったようだ。

 オネットは慌てて、首の向きを変える。結構すんなり元に戻せて安心した。


「ふむ。失敗してしまいましたな。私もまだまだ精進が足りませぬ」


「いや、それは反省とかの問題ではないと思います」


 タケルの突っ込みはオネットの耳に届かなかった。

 その内遠くから女性の声がする。アムールだ。彼女が休憩のためのおやつを持ってきてくれたのだ。


 ☆


 タケルは木陰で休んでいた。アムールの膝枕でゆったりとしている。その横をオネットが微笑ましく見つめていた。


「懐かしいですな」


「何が?」


 オネットのつぶやきをタケルが聞き逃さなかった。


「ノブレス様です。今のタケル様と同じく訓練の後メイドの膝枕で休んでおりました」


 ノブレス。オネットの昔の弟子だ。一体どんな人なのだろうか。


「自分に厳しいお方でした。勉学はもちろんのこと、剣術にも真剣に取り組んでおりました。自分を磨こうとした方はあの方以外おりませんでした」


 オネットはそう言い捨てた。

 おそらく他の兄弟は勉強嫌いなのだ。そして一人だけまじめなノブレスは目障りなのかもしれない。タケルも小学生時代、一人だけ真面目に校則を守っている生徒を知っている。

 だがその人は周りのひどいいじめに遭い、自殺してしまった。不真面目な人間が幅を利かせる嫌な時代である。


「じゃあ父親にも嫌われていたのかな?」


 それをオネットが否定する。


「いいえ、愛されていました。ティミッド陛下は特別にノブレス様だけ可愛がっていたのです。ですがある日を境に陛下はノブレス様を遠ざけるようになりました。そしてゴミ収集という不名誉な役職に就けられてしまったのです」


 オネットが悔しそうに言った。

 なるほど。ノブレスはまじめであり、父親に愛されていたのか。

 それを他の兄弟が嫉妬した。そして彼女と父親を引き離す汚い裏工作が行われたのだ。彼女の名誉を陥れるためにわざと不名誉な役職に就けさせる。

 正直タケルは胸糞が悪くなった。見たことも会ったこともないノブレス姫に深い同情をせずにいられなかった。


「タケル様はお優しいのですね」


 アムールが言った。


「ノブレス様の話を聞いて、タケル様は怒ってらっしゃいました。自分ではなく人のために心を砕くタケル様は大好きです」


 突然の愛の告白にタケルは赤くなる。そしてアムールはゆでだこのようにさらに赤くなった。


「いっ、いえ違います!! 愛しているわけではなくて、タケル様を主として慕っているわけでして、決して身分不相応なことなど考えてなくて!!」


 あたふたするアムールが可愛かった。それと見たオネットがクスリと笑う。


「タケル様安心してください。ノブレス様は強いお方です。竹の如く、暖簾の如く、相手の悪意を受け流す度量があります。大欲は無欲に似たりといいます。いずれあのお方は国を動かすでしょう。そして我らはただ国力をじっくり増すだけでございます」


 オネットは自信満々に答える。ノブレスのことは気にしても仕方がない。今はできることだけをしよう。今のタケルは剣術の腕を磨くだけだ。


「では、訓練を再開しましょう」


 ☆


 オネットは剣を持った。今までは木刀で打ち合っただけだが、今回は真剣である。


「今から私はあなたを殺します」


 いきなりの殺人宣言にタケルは目を丸くした。


「いきなりなぜ?」


「ゆっくりはできないからです」


 オネットは短く答えた。


「私の剣術は所詮は護身術。戦争が始まれば個人の武勇などない。これは私があなたに授ける護身術でございます」


 オネットは剣を振るう。地味だが手数は多く、タケルをあっという間に追い詰めた。

 だがタケルも負けていない。最初は木刀に打ち据えられていたが、二週間も経てばかなりの様になっている。


「だっ、だけどこういうのは努力の積み重ねでは? 無理をしてもだめなのでは?」


「そんなことはござりません」


 オネットの剣撃はさらに重くなった。剣を握る手がしびれてくる。受け止めるのに必死だ。


「道場での素振りより、人を斬る方が上達いたします。すでにあなたは私を斬った。人を斬る感触、そして嫌悪感を身に着けなさった。その経験はあなた様の脳裏に焼き付き、決して忘れることはないでしょう」


 むちゃくちゃな言い分である。だがオネットは本気だ。彼は主に対して攻撃をしている。普通奴隷ゾンビは主を傷つけることはできない。悪口も言えないのだ。

 今のオネットは平気でタケルを攻撃している。例外はその行為が主にとって身になると判断されたからだ。

 オネットは本気だ。彼は自分の持つ技をタケルに注ごうとしている。ノブレスでも習得できなかった技をタケルに伝授するために。


「嬉しいよ。オネットさんはぼくのことを真剣に思ってくれているんだね」


 タケルの眼から涙がこぼれた。タケルの周りには誰も彼を思う人などいなかった。学校の教師は面倒ごとなどごめんだとばかりに、用事は郵送ですまし、顔など出さなかった。小学生時代、アパートに金貸しが来て脅されても、隣の住人は誰も助けない。それどころか金貸しが去った後に、迷惑そうに文句を言う始末だ。

 だがオネットは違う。彼は自分を鍛えてくれる。


「だからぼくはあなたの気持ちにこたえる。さあ受け取ってくれ!!」


 タケルはオネットに視線を合わせた。オネットはただ頷くのみ。剣を構え、タケルに突進する。

 タケルはオネットの教えを脳内で反復する。人間の体は腹が基本だ。足に力を込めるにしろ、腕を振るうにしろ、軸は腹である。

 相手を素早く弱体化させるには腹を狙うのが一番。そうオネットに教わった。

 タケルは力いっぱい足を踏み込んだ。


「イヤァァァァ!!」


 そして思いっきり剣を薙ぐ。オネットは腹を切り裂かれ、野原に転倒した。

 遠くでアムールの絹を裂くような叫び声が聞こえていた。


「ああ。満足だ」


 オネットは大の字になって倒れた。目から涙がこぼれる。

 戦争では使い物にならない剣術。精々貴族や王族に護身用として教えて金を得る日々。最後の弟子であるノブレスには秘伝できずにいたが、目の前の少年はそれを成し遂げたのだ。


「自分の技が次の世代に受け継がれる。こんな嬉しいことはない」


 オネットは安らかに目を閉じた。そして体が真っ白に光る。

 その後に残ったのは大きなイチジクの木であった。

 オネットの魂は浄化され、木に変化したのである。

 タケルは慌ててオネットの魂晶石を呼び出した。普段は倉庫にしまっているが、自分の意志で取り寄せることが可能なのである。

 オネットの魂晶石はとても真っ白で心が洗われそうな、そんな感じであった。

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