タケルの目標
「ここに子供は捨てられますか?」
早朝、タケルは奴隷ゾンビたちを集めた。彼らは夜通し作業を続けていたが、タケルに召集されたのである。
「子供ですか……。捨てられておりますね」
老人が答えた。おそらく口減らしかなにかだ。訊くところによるとこの世界は中世ヨーロッパくらいの基準で、子供は労働力のために生まれているようである。物心つくころから家の仕事を手伝わされ、文字の読み書きなどまったくできないという。
それに食料関係も貧弱でバランスの取れた食生活を送れるのはほんの一握りだという。
貴族の場合は贅沢のし過ぎで死亡することが多い様だ。豚のように肥え太り、ぽっくりと死ぬケースが後を絶たないという。
これらはサージュから仕入れた話だ。元いた世界でも似たような話はあり、どこへいっても同じだなとタケルはため息をついてしまう。
「ですがすぐに死んでしまいます。このようなところだと三日も持ちません。我々も似たようなものです。老人は六〇歳になったら、そして病人は家族が匙を投げた場合に捨てられますね」
その言葉にタケルははっとした。奴隷ゾンビとなったものは名前と年齢が頭の中に響く。ここにいる老人たちは全員六〇歳だった。
「その割に遺体の数が少ない気がするけど」
「それは遺体の上にごみが捨てられるからです。ごみ山の下には遺体がごろごろしているでしょう」
奴隷ゾンビたちはうつむいた。ゴミも人間も一緒にまとめられる。人間の尊厳などまったくない。初めは自分には関係ないと高をくくっていただろうが、いざとなるとそれが自分の身に襲い掛かったのだ。
その事実を思い出したのか、涙ぐむ者も多かった。
「それで子供たちがどうしたのですか?」
アムールが訊ねる。
「ぼくは子供たちを育成したいんだ」
タケルが断言した。目はまっすぐに見据えている。すごい真剣だ。
「子供たちに文字の読み書きを教え、そして社会の荒波を泳ぎ切る人材を育成したいんだ。そのために力を貸してもらいたい」
タケルの宣言に奴隷ゾンビたちは感心した。
元の世界でも家庭事情で学校に行けない子供が多かった。日本では文字の読み書きは誰でもできるが、世界ではかなり珍しいと言える。
この世界の常識はまだわからないが、子供を教育することは国づくりの第一歩だと考えている。
タケル自身は高校に行っていないが、世間の荒波に揉まれていた。自分のような人間を増やしてはならない。
この世界では自分が望むことをする。それが魔王サタナスに召喚された自分の役目だと思ったからだ。
「それはよい考えですな。子供の育成は国の最優先事業です。デポトワールはそれを放棄し、現在では半人前の大人が幅を利かせております。未来の人材を育成する仕事はやりがいがありますな」
サージュも賛同している。反対する者はいない。もし反対意見が出てもそれはタケルのためを思ってのことだ。タケルの理想を補佐するためなら命令なしでもできる。彼らは奴隷ゾンビだがロボットではないのだ。
「それには人材が必要だ。奴隷ゾンビを増やし、子供は育てる。これがぼくの当面の課題だよ。もちろんこの世界の常識はよくわかっていない。ぼくの理想を実現するためにもがんばってほしい。以上だ」
これで話は終わった。テチュにはタケルの家だけでなく、子供たちが住む家を作ることにした。
そして下水道や風呂などのライフラインの設備を優先することになった。
女たちは子供たちの着る服に、食料を集めることにした。そして絵本なども拾いに行く。なんでもそろっていることにタケルは驚いた。
「タケル様。ゴミと人は昼頃に捨てられます。その前に遺体を片づけてしまいましょう」
サージュが助言した。タケルはアムールと老人の奴隷ゾンビを二名連れてゴミ山に向かう。
☆
遺体の埋葬は思ったほどかからなかった。奴隷ゾンビ二名は遺体をゴミ山から離れた森に運び出した。そしてものの数分で墓穴を掘りだした。あっという間に遺体は森の中に埋めることができたのである。
タケルは両手を合わせた。アムールはその行為に首をかしげる。この世界の宗教は手を合わせて拝む修正はないのだろう。
途中でテチュの手伝いが両手で材料を掲げて走っていくのが見えた。この世界の魔法は未知である。
さて太陽が真上に昇った後、それは来た。
空から巨大な船が浮かんでいたのだ。そしてゴミ山の上に止まると、ぐるりと転覆する。ゴミが雨のように落下した。その衝撃で埃や破片が飛び散る。
「あれは魔法船です。魔法石で動いており、無人で動かせます」
奴隷ゾンビが教えてくれた。なるほどああいった魔法の使い方もあるのだなと、タケルは感心する。
その一方で馬車がやってきた。二頭の馬でひかれており、鎧を着た馭者が二名乗っていた。荷台には老人や病人、そして子供がギュウギュウ詰めにされている。
「なんで人は馬車で運んでくるのかな。ゴミはあの船で捨てるのに、一緒に入れた方が効率は良さそうだけど」
タケルが独白した。そこに老人の奴隷ゾンビの一人が口を出す。名前はオネット・エペイスト、六十歳である。
「それは嫌がらせです、ノブレス姫が隊長を務める部署に対する当てつけなのですよ」
「ノブレス姫? 誰ですかそれは」
「都の国王、ティミッド・ムナール様の第四王女です。他の兄弟は堕落し王族の仕事を放棄しておりますが、ノブレス姫様だけがまじめなのです。しかし他の将軍たちににらまれ、ゴミ運送という役職に就かされました。
あの馬車の乗る兵士はごろつきです。普段は酒を飲み賭博に明け暮れています。誰もノブレス姫のいうことなど聞きません。それどころかゴミ女と堂々と陰口を言う始末で、ノブレス姫は孤独なのです」
「やけに詳しいね。あなたはその関係に就いていたのですか?」
「その通りです。私は姫様の下で働いておりました。剣術を教えてましたよ。あの方に仕えることができて満足しております」
オネットはタケルを見つめた。もう彼の主はノブレスではない。目の前にいる男だ。そしてアムールと他の奴隷ゾンビもこくんとうなずく。
タケルは彼らの期待に答えなくてはならない。
☆
「おら! さっさと降りろゴミ共!!」
二人組で三十代くらいの兵士が馬車にいる人間を蹴り落とした。ぼろを身にまとった老人は馬車から落とされ、泣き出す。それを兵士がうるさいと言って蹴り上げた。
「早くしろよ! 俺たちはこんなゴミ山にいつまでもいたくないんだ。そしてお前らの面なんか見たくねえんだよ!!」
兵士たちは弱り切った老人と病人を痛めつけていた。そしてげらげらと笑い飛ばしている。胸糞の悪くなる情景であった。
「ひゃはははは。弱い者いじめは楽しいなぁ。無抵抗の奴を蹴り飛ばすと胸がスカッとして楽しいぜ!!」
「まったくだ。ゴミの運搬なんて誰もやりたがらねぇが、これがあるからやめられないぜ!!」
ひゃははははとげらげら笑いあっている。その間も彼らは地面に転がる芋虫たちを踏みつけて楽しんでいた。踏む度に鳴き声とうめき声が出て、それを聴いた兵士たちはますます力を込めていたぶっているのだ。
「そこまでだ!!」
そこに声がかかった。タケルである。兵士たちは首だけ振り向いた。せっかくのお楽しみを邪魔されて不機嫌になる。
「ああん、なんだてめぇは? ヘンな服着やがってよぉ」
「こいつらを助けるつもりなのか? そんな酔狂な真似をする野郎がいるとは驚きだぜ。へっへっへ」
兵士たちはタケルをにらみつける。目の前に飛び出したおせっかい焼きをどうやっていたぶろうか頭の中で思い浮かべていた。こいつの腕と足を切り落とし、芋虫にして吊るしてやろうと、下種な笑みを浮かべて、腰に佩いた剣を手にしようとした。
「おまえら、僕の奴隷になれ!!」
「はぁ? 何を……」
兵士二人は声が出なくなった。心臓の部分が光り出したのだ。そして二つの水晶石がタケルの右手に収まった。
「お前たちに命令する。ここで起きたこと一切忘れろ!! そして都に帰ったら兵士としての職務を全うするのだ。弱い者いじめは一切するな。食事のときは誰にも見られないように注意を払え。以上だ!!」
タケルが命じると、兵士たちは何も言わず。馬車に残った人間を丁寧に下した。そしてそのまま馬車を走らせ都へ帰ったのである。
「タケル様。今のはどういうことですか?」
アムールが質問した。
「ぼくは弱い者いじめが嫌いなんだ。だから奴隷にしてやった。きちんと具体的な命令だったから大丈夫だと思うよ」
「なるほど。では食事の件はどういう意味でしょうか?」
「簡単だよ。奴隷ゾンビは食欲がない。食事がいらないんだ。だけど周りの人に見られるわけにはいかない。だから食事の間だけ誰にも見られないように命じたのさ。これはサージュの助言だけどね」
アムールと奴隷ゾンビ二名は感心した。さて肝心の作業が残っている。ここにいる人々を奴隷ゾンビにしなくてはならないのだ。
まずアムールには子供たちを保護させる。子供は三歳児と五歳児で二名とも女の子だ。どちらも怯えている。アムールはよしよしと子供たちをあやしていた。
人数は子供を含めて一三名。大体毎日これだけの人間が捨てられると思うと、タケルの気持ちは沈んだ。
人々はタケルと見た。先ほど自分たちを救ってくれた人。そして不思議な力で兵士たちを奴隷にしたこと。彼らにはタケルが救世主のように見えたのである。
そしてタケルは人々に向かって右手を突き出した。
「あなたたちは全員ぼくの奴隷になれ!!」
そして十一名分の魂晶石を手にしたのであった。
軽くタケルは新しい奴隷ゾンビに説明すると、集落へ案内した。
「待ってくれ」
一人の男が手を挙げて質問した。なんとなく底意地の悪そうな男である。
「俺たちを奴隷にしたと言ったな。それはいつまでなんだ?」
「魂晶石が真っ白になるまでですね。その間はあらゆる苦痛と欲望から解放されます」
それを訊いた男は目を見張った。そしてタケルに憎悪を向ける。だが何も言わなかった。他の奴隷ゾンビは自分たちが助かったことに安堵している。
魔王サタナスの秘術である抜魂術には驚いたが、何もしてくれなかった都の王に比べればマシであった。
だがタケルは気づかなかった。この男の憎悪がやがてタケルに牙を剥くことなど予測できなかったのである。
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