表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/42

大団円

「タケル様はどこに行ってしまったのかしら」

 アムールがつぶやいた。ここはタケルの町にあるタケルの自宅だ。

 タケルが消えて一日が過ぎた。現在はティミッド王の指揮の下復旧作業に当たっている。

 アンジォ教団はもう敵ではなかった。絶対的な大司祭の加護で守られた彼らは籠の小鳥だった。

 外に出てしまえば外敵から守るすべなど持たない無力な存在になり下がったのである。

 現在都では人を雇い、働かせている状況である。

 その中で役に立っているのはアンサンセだ。

 彼は最初はタケルの骸骨タケルトンに憑依していた。

 その後タケルは魂晶石の力で新たな肉体を手にいれたのだ。

 余った内臓と筋肉をアンサンセがもらったわけである。

 タケルの分身となったアンサンセは奴隷ゾンビたちに命令を与えていた。

 抜魂術は使えないが、奴隷ゾンビを指導することはできたのである。

 とはいえあまり彼らを酷使することはできない。サタナスの配下である怪物に変貌しかねないからだ。

 程よい休みとストレスを解消させながら復旧工事を進めることにしている。

 これはイシュタール共和国に留学したアンサンセが学んだことであった。

 数百年前からムナールとイシュタールは婚姻を繰り返しており、ほとんどの国民の血と混じっている。

 もうイシュタールはムナールによって作られた泥人形ではなくなっていたのだ。

 町の人間、テチュやサージュなどは都に赴き、手伝いをしている。無論報酬目当てだが。

 ブランとヴェールもサージュの助手として懸命に働いている。

 都の人間に奴隷ゾンビの力を見せつけるためだ。町の姿を見た都の人間はその技術力に圧倒されたのだ。

 しかもタケルが提案した魔法で動く掃除機や洗濯機は大きな影響をもたらしたのである。

 さて残されたタケルの奴隷ゾンビたちは動けずにいた。

 タケルを失った衝撃があまりにも強すぎたためである。

 高貴で活発なノブレスですら喪失感のあまり生きる屍と化したのだから。

 ピュールだけは空気を読まずにドーナツを食べていたが、誰もつっこまない。

「その内ひょっこり帰ってきますって。だってタケル様なんだから」

 ピュールが根拠もなく適当に言った。

 だが的を得ている。何しろ相手はタケルなのだ。魂晶石で新たな身体を手に入れたタケルなのである。

 異世界に迷い込んでもきっと自分たちの下に帰ってきてくれる。

 そう思うと元気が湧いてくる気がしてきたのだ。

「ごめんください」

 玄関から声がした。女性のようだ。

 アムールが向かうとそこには妙齢の女性が立っていた。

 髪は腰まで伸びており軽くパーマがかかっている。

 顔立ちは野性味を帯びており、情熱的な雰囲気があった。

 来ている衣装は肌を多く露出したドレスで、金の首飾りと、金の腕輪を身に着けていた。

 南国の女海賊に近いと思われる。潮の香りはないが代わりにお香の匂いがぷんぷんと鼻についた。

「初めてお目にかかります。わたくしはパシオンと申します。フラメル夫人でございます」

 女は挨拶して頭を下げる。フラメル夫人だって? それはあのフラメル商会の会長のことだろうか。

 アムールは立ち止まり、頭を回転させている。

「その通りです。ただしわたくしは後妻ですけどね。今日はあなたたちと戦いに来ました」

 そういってパシオンは右手で左胸をさらけ出した。

 そこには五方星のマークが描かれている。天使の門だ。

「さあ、アンジォよ。わたくしに力を与えたまえ!!」

 パシオンが叫ぶ。彼女は玄関を急いで出た。そして中庭で両腕を上げる。

 彼女の身体がむくむくと巨大化していったのだ。

 パシオンの首がキリンの様に伸びていく。そして口から巨大な針を吐き出したのだ。

 両腕は恐竜の如く太くなり、鋭い爪が伸びている。そして腕だけで身体を持ち上げていた。

 両足はふくらはぎの部分がハサミと化した。

 そして陰部のあたりに巨大な口が生まれる。口が開くとそこにはパシオンの顔があった。

「リューシュリエ・エスコルピオンだな!! 色欲を司る怪物だ!!」

 家を出てきたノブレスが叫ぶ。アグリとコンフィアンスも一緒である。

『オホホホホ。今回はあなたたちを怪物に変えに来ました。さあ行きますよ』

 パシオンが暴れだした。巨大なハサミを使い、タケルの家を破壊する。まるで子供がお菓子の箱を潰すような感じにだ。

 アムールたちはそれぞれ武器を取り出した。ピュールだけ隠れてしまっている。

 そして影から応援しているのだ。逃げ出さないだけマシと言えよう。

「私たちを怪物に変える!? どういう意味でしょうか!!」

「わからないよ。どうせあいつのでまかせだろう? 夫を失った復讐に自棄になっているのかもな!!」

 アムールが槍で応戦し、アグリが矢で補佐している。

 だがハサミの動きは機敏であった。まるで伝説の竜と戦っている気分になる。

 そこに尻尾の部分に動きがあった。

 毒針と思われる部分から水の刃が噴き出たのである。

 地面は一直線に溶けていった。近くにある民家にも被害が及ぶ。

 そして叫び声が聞こえた。巻き込まれた奴隷ゾンビの身体が溶けたのである。

 再生はしているが時間がかかっているようだ。さらに溶けた自分の身体を眺める苦痛は計り知れない。

 あれに当たれば動きを止められてしまう。アムールたちは一層尻尾の水圧カッターに気を付けていた。

「いいえ。彼女の目的は言葉通りです。私たちを怪物に変えようとしているのです。

 なぜなら私たちは奴隷ゾンビなのですから!」

 コンフィアンスが炎の玉を両手から発射させながら言った。

 奴隷ゾンビは怪物になる可能性がある。それはいままで自分たちが見てきたことなのだ。

「でも天使の門がなければ怪物にならないのでは?」

 アムールが言った。確かにいままでの怪物たちは天使の門と呼ばれるマークを身に刻んでいた。

 自分たちにはそれがない。なら安心なのではないか?

 そう思っていると、パシオンが口から何かを吐いた。それは水の塊だった。

 ノブレスに目がけて飛んだが、間一髪で避けた。そして崩壊した壁にぶつかった。

 衝突した先には湯気が出ている。そこには天使の門が刻まれていたのだ。正確には溶けているのだが。

 パシオンはこうやってアムールたちに天使の門を刻もうとしているのだ。

 それならば怪物になる可能性は高くなったと言えよう。

「なぜだ! なぜおまえたちは世界の崩壊を望む。そんなに人類が嫌いなのか!!」

 ノブレスが問い詰めた。パシオンは笑いながら説明する。

『人間が嫌い? あなたたちは同じ事しか言えないのですね。世界の破壊は人間が嫌いだからと。

 それは間違いです。トキ様の目的は人類を開放することにあるのですよ。

 弱肉強食という言葉がありますよね? 弱者は強者の糧にされると。

 ですがそれは悪でしょうか。弱者はあっさり人生を終えることができるのですよ。

 逆に強者は自分がいつ死ぬかわからぬ恐怖に悩まされるのです。

 自分は何時まで健康でいられるか。家族の問題など針のむしろに苦しめられているのですね。

 この世に幸せな人間などいないのです。貧乏人も金持ちもみんな平等なのですよ。

 ノブレス、あなたもそうでしょう? 王族として生まれたあなたはいつも心をすり減らしていた。

 逆にアンサンセの命令で縛り付けられた生活の方が、今までよりはるかに自由だったはずよ。

 アグリ、あなたは家族を失ったけど、本当は安堵したのではなくて? 

 家族を失った悲しみの他に、家族から解放されたすがすがしい気分を味わったはずよ。

 トキ様もそうだったそうです。一揆で仲間は死んだけど彼らは死んで開放されたと。

 逆に一揆を指揮したとくがわばくふとやらは人々の憎しみを受ける羽目になったと言ってました。

 人間万事塞翁が馬なのです。先のわからない人生に悩まされている。

 トキ様はその生命の循環を断ち切ろうとしていたのですよ。

 あなたたちを怪物に変え、町を破壊させます。そして大量の怪物たちを生産するのです。

 そうすればエストカープ帝国が動きます。あちらの兵器なら怪物を殺せるでしょう。

 それこそがのぞみなのです。怪物が死ねば魂晶石が砕けるからです。

 それがわたくしの使命。トキ様からの命令なのです。さあ、行きますよ』

 パシオンの長い説明が終わった。トキは自分が異世界に飛ばされる可能性を視野に入れていたのだ。

 だからこそパシオンがその役目を果たそうとしているのである。

 パシオンの攻撃は熾烈を増した。他の住民を呼ぶわけにはいかない。

 パシオンによって天使の門を刻まれる可能性が高いからだ。

 アムールの槍は真っ二つに折れた。

 アグリの弓は弦が切れる。

 ノブレスの剣は粉々に砕け散った。

 コンフィアンスは魔法で防いだが防ぎきれずに吹き飛んでしまった。

 ピュールはそんな彼女を助けようと、ひきずろうとしていた。

 如何せん力が足りないので動かすことができずにいる。

 コンフィアンスは逃げろと訴えたが、ピュールは聞かない。

「戦うことはできないけど、助けることくらいならできるかもしれないでしょ!!」

 ピュールの言葉に胸を打たれた。だが現実は厳しい。

 パシオンは動けないコンフィアンスに狙いを定める。

 ピュールは普通の人間なので相手にしていない。

 もうだめだとアムールたちは諦めかけていた。その時。

「ぼくの女に何をした!!」

 天から降ってきた男にリューシュリエ・エスコルピオンは倒されたのであった。

 


 ☆


 それはタケルであった。だが雰囲気が違う。

 衣装は不思議なものだった。

 髪型は美豆良みづらと呼ばれるもので、髪を頭の中央で左右に分け,両耳のあたりで束ねて輪状に結ばれているのだ。

 きぬは筒袖でゆったりとしたはかまを着けていた。

 倭文布しづりの帯に頸珠くびたま手玉てだま足結あゆいを施している。

 皮履かわぐつをはいており、腰には頭椎かぶつの大刀を佩びていた。

 何よりタケルは老けていた。二十代くらいの年齢になっていたのである。

「やあひさしぶりだね」

 タケルが渋い声を出した。それを聞いたアムールたちは一斉に涙を流しタケルに抱き着いた。

「もう、どこにいっていたんですかタケル様! あれからまだ一日しか経ってませんけど心配したんですよ!!」

 アムールの言葉にタケルは驚愕した。

「そうか。あの世界とこちらの世界では時間の流れが違うのだな」

 そこでバンとタケルは背中を叩かれた。ノブレスである。彼女の瞳は涙がたまっていた。

「我々を心配させておいてその言い草は何だ!! お前がいなくなりどれほど身がよじれる思いをしたかお前にはわからぬのか!!」

 その真剣な表情にタケルは手でノブレスの涙をぬぐった。

「ごめんね。ぼくは早く帰りたかったけど、事情があったんだ。でも君たちを忘れたことは一度だってないよ」

 そのきざなセリフにノブレスは紅潮した。完全に乙女の顔である。あたふたとなるノブレスに一同はイラッと来た。

「それよりタケル。あんたはどこにいっていたんだい? それにその恰好は?」

 アグリが訊ねた。

「ああ、これはぼくの世界にある衣装だよ。もっとも時代は古墳時代だったからびっくりしたね。

 そこで僕は天皇の養子になったんだよ。でも命じられたことがああだったとは。

 ある国に赴き、そこで敵対する王を暗殺したんだ。女装し踊りながらね。

 次に東方の蛮族討伐を命じられたな。ぼくの力を恐れての事だったんだろう。

 オネットの剣は一時期取り上げられたが、叔母が再びぼくに返してくれたんだ。

 そこからは大変だったよ。海があれた時はきさきが入水してしまったりしたね。

 そうこうするうちになんとか帰ってこれたのさ」

 それはタケルの表情で理解できた。今までのタケルには幼さと頼りなさがあった。

 今の彼にはそれがない。幾多の死線を潜り抜けた勇者の顔つきになっていたのである。

「ところでタケル様。おみやげは?」

 ピュールが土産をねだった。さすがのアグリも頭をぱしんと叩かざるを得なかった。

 一同はくすくすと笑う。昨日とはまったく違う状況であった。

 タケルも長い間彼女たちと会えない日々が続いたので、余計に感無量である。

「まさかぼくが向こうで英雄になるとは思わなかった。

 母さんから僕の名前は古代の英雄にあやかってつけたといっていたけどね。

 ぼく自身がその人だったとは思わなかったよ」

「英雄の名前ですか。いったいタケル様の世界ではどういう名前だったのでしょうか?」

 コンフィアンスが訊いた。

「うん。ぼくの世界では倭建命やまとたけるのみことと呼ばれていたんだ」

 

 終わり

 今回で最終回です。

 応援してくださった皆様に感謝しております。

 皆さまのアクセスが私のやる気の原動力でした。

 本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ