怪物が生まれる理由
「大司祭トキの目的は私をブレグイソーゾ・ウルソに変えることだったと思うな」
昼下がりのノブレスの屋敷の応接間でタケルトンがタケルに云った。
タケルトンは皮でできた服で身を包んでいる。中身は骸骨だ。
元はタケルの中にあったものだが、魂晶石で作られた骨の代わりに出てきたのである。
その後、ムナール王国国王代理であったアンサンセがアヴァリエント・ハポーザという怪物に変化した。倒した後はそのアンサンセの魂がタケルトンに乗り移ったのである。
「そしてムナール王国を滅ぼし、サタナス様を消滅させることが目的だと思いますね」
「どうしてブレ、なんとかを生まれることが滅びを意味するのでしょうか?」
「ブレグイソーゾ・ウルソは怠惰を司る怪物です。
巨大な熊の形をした気球に似た形態で、自身はただ空に浮かぶだけです。
ですが、その特性は七柱の中で最悪なのですよ。
まずこいつの影に触れるとその人の魂は抜けてしまいます。
影は人の形になり、別の魂が抜けた人間に憑りつくのです。
その人間は怪物に変化し、新たな犠牲者を生み出します」
聞けば聞くほど恐ろしい怪物だとタケルは思った。
「そういえばアンサンセ様は暴虐の限りを尽くしていましたね。でも結局はアヴァリエント・ハポーザ、強欲を司る怪物に変化したはずですが」
アヴァリエント・ハポーザとは狐を模った怪物だ。逆立ちで歩き、尻尾を回転させて飛ぶのである。そして空中から獲物を狙うのだ。
「耳の痛い話です。確かに私はアヴァリエント・ハポーザに変化しました。おそらくは私の国王代理としての行為は怠惰ではなく、強欲に当てはまったようですね」
アンサンセはぽりぽりと気まずそうにほほをかく。
怪物はある程度選定されるようである。
かつてノール村で色欲の限りを尽くしたという私設兵士の隊長グレゴリー。実際は世代は違うがタケルと同じ世界で、グレゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチンであった。
彼はオネット・エペイストの孫であるオネット・エペイスト三世を利用した。傲慢な彼を殺害し、オルグリオ・レアオンに変化したのである。
その前にタケルの町でフェアネンという男がグルタオン・ポルコに変化した。
その後はノール村でプルミエとスゴンという兵士がイラ・カヴァーロに変化している。こちらはどうして変化したのだろうか。
「グルタオン・ポルコは暴食を司る怪物です。
あなたから聞く限りフェアネンという人は傲慢な正確なようですね。
それなら暴食、飢えて死んだ人の魂が入り込んだとみて間違いないでしょう。 ゴミ山ではあなたが来る前に大勢の人間が亡くなっている。
その人の魂が入り込み、怪物に変化したのでしょう」
都に住むフェアネンの弟からも話は聞いている。彼がアンジォ教団に入れ込んでいたのは周知の事実だ。フェアネンには怪物になる土台が完成されていたのである。
「次はイラ・カヴァーロです。なんで兵士ふたりが怪物になったのかわかりません」
「これは簡単に考えましょう。そのプルミエとスゴンはたまたま怪物に変化したのです。あなたが最初に出会ったから特別視しているようですが関係ありません。他の兵士たちも怪物になる可能性は高かったのです」
なるほどそうかもしれないと、タケルは思った。
「そうなるとイラ・カヴァーロの元となった人は誰でしょう。やっぱり偶然でしょうか」
「これは偶然ではないでしょうね。それはアグリさんの家族が元となったのです。
聞くとアグリさんはご家族を処刑されていたと言う。
今まで問題を起こした人間の目の前で家族を殺していたのに、その時はアグリさんの家族を彼女が来る前に殺害している」
タケルは後日サージュ・サージュに調べさせた。アグリの家族は処刑される前に怒りをあらわにしていたと言う。
「グレゴリー、トキの配下なら殺しも計画性があるとみて間違いありません。
アグリさんの家族は意図的に殺害されたのです。イラ・カヴァーロを作るためだけに」
タケルは怒りを覚えた。たったそれだけのためにアグリの家族を殺したのだ。
アグリから家族の温もりを奪い去ったのである。
理不尽な行為にタケルは頭が白くなりそうだった。怒りで核爆発を起こしそうになる。
「それこそがトキ、初代抜魂術師サダの目的なのです。理不尽に国民を殺害することで怪物を生み出そうとしていたのですね。
しかし私が調べた限り、ここ百年で怪物が生まれたことはなかった。
これは当時の文献を調べた結果です」
話は終わりである。
怪物はある程度意図的に生み出せることができるらしい。
奴隷ゾンビに殺された者。そのどちらかに素質があれば、それにふさわしい怪物に変化するようだ。
だが百年前の戦争では怪物は生まれなかったと言う。
今よりもさらに混とんとしていた時代なのに不思議だと思った。
「タケル様~。難しい話は終わりましたか~。お茶ですよ~」
そこにピュールが入ってきた。盆にはティーカップがふたつ乗っている。
ピュールはお茶を置いた。
それは異臭を放っていたのだ。ただのお茶なのに得体のしれないどろどろとしたものが入っているのである。
「……ピュール。これは?」
タケルが恐る恐る訊ねた。
「はい! タケル様のためにお茶を淹れたんですよ!!」
ピュールは満面の笑みで答える。本当にお茶なのだろうかと疑問視せずにはいられなかった。
「ははは。ではいただくとしましょうか」
アンサンセがお茶を飲む。骸骨なのだからお茶など飲めないだろうに。それでもピュールの好意を無下にできないと言ったところだ。
アンサンセがお茶を飲み干すと、いきなりパタンと前のめりで倒れた。
アンサンセの身体は骸骨だ。味覚などない。なのになぜ彼は倒れたのか?
ピュールはあれ? と首を傾げている。
「ピュールさん。あなたはしばらくコンフィアンスさんかアムールさんの下で修業してください。それまで料理は禁止です」
タケルは命じた。さすがに彼女の料理を放置しては死人が出かねない。
ピュールは嫌々ながらも承知せざるを得なかった。
今回は怪物誕生の法則を書きました。
ここ最近日常を書いたのは息抜きのためです。




