宴の下準備
「試したいことがある」
タケルはノブレスの屋敷に戻った。アムールだけバロン家にとどまっている。積もる話があるのだろう。タケルは許可した。親がいるなら話せると気にするべきだ。自分はもう親はいないのだと心の中でつぶやいた。
今ここにいるのはタケルとノブレス、コンフィアンスとピュール、アグリの五名である。ちなみにピュールは都内でも売り出されたドーナツを頬張っていた。
アンサンセは参加していない。こちらは城に戻り、ティミッドと相談していた。
さてタケルは奴隷ゾンビを呼び出した。浮浪者である。ひげは剃ってあり、着ている物も小奇麗である。奴隷ゾンビになったので食事の心配はないし、病気にもならない。なので身の回りに気を遣うことができた。
タケルは浮浪者に対し魂晶石を突き出す。そして心臓部分に吸われていた。すると浮浪者は腹が減りだしたと言い出す。ふらふらと空腹で倒れてしまった。他の浮浪者仲間が彼を担ぎ食事をとらせに行った。
今度は再び奴隷ゾンビに変えようとした。何も起こらなかった。浮浪者は奴隷ゾンビから人間に戻ってしまったようである。
どうやら奴隷ゾンビは元に戻せるようだ。ただし一度戻すと二度と奴隷ゾンビにならないようである。
人間に戻った浮浪者は残念そうな顔になったが、すぐ気を取り直した。後日別な職業を与えることを約束される。
「これで奴隷ゾンビになっても元に戻るわけだな」
「それはどうでしょうか。何の見返りもなしに戻れるとは思えません」
タケルの楽観的な答えにコンフィアンスが否定する。
「もう一度実験しましょう。今度は兵士を使います」
コンフィアンスは兵士を呼び出した。見た目は悪人顔で、中身も外道の兵士が来た。女をかどわかし、酒代を踏み倒す男であった。
「アグリさん、弓矢でそいつを射貫いてください」
コンフィアンスの言葉にアグリは反発した。いきなり殺人を犯せなどまともではない。アグリは殺意を向ける敵には容赦なく撃つが、無抵抗な人間を射貫くのはためらってしまう。
「わかりました。タケル様。そこの人に槍を持たせて貫かせてください」
浮浪者の一人に命令させた。兵士は田楽イモのように槍を突かれる。
痛みはないが衝撃は来るので、顔をこわばらせた。浮浪者はそれを見てにやりと笑う。普段兵士にいじめられ、追われていたから憂さ晴らしができたのだ。
槍を抜くと、血は出ず傷跡もなかった。
「さてタケル様。この人の魂晶石を戻してください」
タケルは兵士の心臓に魂晶石を戻す。すると兵士はうぷっと頬を膨らませ、血を吐いた。槍が刺された部分から血が噴水の如く噴き出す。そして激痛にのたうちまわり死んだ。
死のダンスを終始見ていたタケルたちは唖然としていた。ピュールは目を丸くしながらもドーナツを食べている。コンフィアンスのみ、冷静であった。
☆
「やはり人間に戻ると、奴隷ゾンビ時に蓄積したダメージが返ってくるようですね」
コンフィアンスはあれから五人ほど兵士で人体実験を繰り返した。
高いところから突き落として殺したり、魔法で焼き殺したりしたのだ。
どちらもすぐに再生した。だが人間に戻すと、一瞬でぐしゃりとつぶれた。火の気のないところで一気に黒焦げになって死んだ者もいる。
あまりの惨劇にアグリは吐き気を催してきた。さすがのピュールも気持ち悪くなり、トイレに駆け込む。ノブレスは平然としていた。
タケルは正直恐ろしくなった。コンフィアンスが平然と相手の命を奪う行為にだ。彼女は感情で動いていない。あくまで実験としているのだ。その結果に無機質にメモを取っている。
タケルは彼女が悪魔の子ではないかと恐怖した。
「予測はしていました。何の危険もなしに人間に戻れるわけがないと。浮浪者の方はただ食事をとらなかったから、空腹で倒れただけです。
ですが致命傷を受けた人間は元に戻る際にそれらのダメージが一気に帰ってくるようです。これは初代抜魂術師の記録にもないので勉強になりました」
「でもそうなるとコンフィアンス。君は人間に戻った瞬間死んでしまうのでは?」
タケルが思い出して言った。彼女は自身で人体実験を行っている。ごろつきにナイフで目をえぐらせ、こん棒で頭部や身体を殴らせたのだ。元に戻れば足趾は間違いなしである。祖父のサージュ・サージュも一緒だ。人間に戻ればその身は木っ端みじんに砕け散ること間違いなしだ。
ノブレスも一度怪物に喰われたから、戻れない。
「それは仕方ありません。私はその覚悟をしておりました。タケル様はなんの覚悟も決めていなかったというのですか?」
コンフィアンスがまっすぐタケルを見つめた。あまりの鋭さに身体を切り裂かれそうな思いになる。金玉が恐怖で縮んでしまいそうだ。
タケルは覚悟などしてないと思った。だって魔王サタナスに異世界に召喚されて以降、どこか夢心地であった。本当は夢の中の出来事で、いつでも悪夢から覚めると思っていた。
しかしここはまぎれもない現実である。いくらほっぺたをつねろうが目覚めない。この世界は紛れもない現実なのだ。
「だからといって人体実験はどうかと思うけどね」
「きれいごとだけでは済みませんよ。あなたはこの世界を再生に来たのならもう少し非道になるべきです。あなたが迷うだけで周りの人々は不安になります」
厳しい意見にタケルは声が出なかった。
ノブレスはうんうんと頷いている。コンフィアンスの意見に賛成しているのだ。
アグリは少し納得のいかない感じである。
ピュールは何も考えずにドーナツを食べているだけであった。先ほどは吐きに行ったわけではなく、催していただけだとこたえた。日常で彼女は兵士が人を殺す情景を見ていたので慣れていたようである。
「ぼくはやるよ。この世界を救うんだ。
奴隷ゾンビを作って最強を目指すよ」
タケルは改めて覚悟を決めた。前に決めたと思ったものは幻だったのかもしれない。もうタケルは止まれないのだ。ブレーキの壊れたトロッコのように勢いづき、衝突するまで走り続けなければならないのである。
☆
「これからアンジォ教団のパーティ対策をしよう」
ノブレスが言った。自身の屋敷の応接間で会議を始める。
「教団のパーティは一般人でも入場することはできる。信者でなくてもだ。これはパーティに参加して信者になってもらいたいと言う意味があるらしい」
「ずいぶん穴の開いたイベントだね。簡単に大司祭に会えるんじゃないのかな?」
タケルが楽観的な意見を言うと、ノブレスは首を横に振る。
「参加はできても大司祭を間近に見ることはできない。幹部クラスしか近づけないのだ。一般人は遠目で見るしかない」
「だけどタケルには抜魂術があるだろ? なら片っ端から奴隷ゾンビに変えちゃえばいいんだよ」
アグリが提案した。作戦とは言えない雑すぎなものだ。
「タケルが大司祭を奴隷ゾンビに変えれば勝ちなんだろ? なら簡単じゃないか」
「そうだよね。だってタケルさんは強いんだもの。できないことなんかないよ」
ピュールも賛同した。彼女の場合は深い意味も考えずに答えているだけかもしれないが。アグリは同意者が出て喜ぶ。
「いや、それは無理だ。何しろ向こうは初代抜魂術師サダなのだぞ。目を閉じて、耳をふさげば奴隷ゾンビ化を防げることを知っているはずだ」
ノブレスが反対する。そもそもアンジォ教団の兵士は目を隠すような飾りをつけていた。あれは奴隷ゾンビ化を防ぐための処置だったのだ。
「だからパーティが始まる前に信者たちを奴隷ゾンビに変えるのだ。そうすればタケルの命令で一斉に大暴れさせる。その隙にトキを変えてしまえばいい」
これが一番妥当である。不測の事態が起きればその都度変えればいい。人生はアドリブに乗り切る者が生き残れるのだ。
パーティは一週間後だ。タケルはその日が来るのを待ち望む。すべての決着をつけるために。




