サタナス再会
タケルたちはバロン家の地下室へやってきた。石造りの冷たい部屋で光は一切入らない。肌寒く、長居はしたくない場所だ。
床には魔法陣が描かれている。そして側にろうそく立てが四本置かれていた。
タケルたちも別の魔法陣の中にいる。魔界に吸い込まれないためだ。異世界の扉を無理やりこじ開ければどんなことが起こるかわからないのである。
さてアムールは呪文を唱えた。アロガンから教えてもらったものだ。手には契約の本を持っており、右手を突き出している。
目を瞑ったままアムールは唱え続けた。すると魔法陣が光る。部屋いっぱいにまばゆい光があふれた。そして光が収まると魔法陣には二人組の女性が立っている。
一人は褐色肌の美女で紫色のロール髪に羊の角が生えている。瞳の色は金色、そして煽情的な黒い衣装を身にまとっていた。
魔王サタナスだ。
もう一人は北欧系の美女で金髪碧眼で肌が青白かった。真っ白いケープを羽織っている。
「おや? わらわを呼んだのは誰じゃ?」
つややかな声である。サタナス本人であることは間違いない。
「おひさしぶりです。タケルです。サタナスさん」
「おお、タケルか。わらわを呼んでくれるとはな。ちょうどおぬしに苦情を言いたかったのじゃ」
「苦情ですか?」
タケルは戸惑った。まさか彼女から苦情を言うとは思わなかったのだ。
「そなたはいったい何をしておるのじゃ。どす黒い魂がわらわの身を蝕んでおるぞ。このままではデポトワールが消滅してしまうではないか」
サタナスの問いにタケルは驚愕した。デポトワールが消滅する? いったいなぜなのだろうか。
「待ってください! デポトワールが消滅とはどういう意味ですか!?」
「言葉通りの意味じゃ。そなたが邪悪な魂を排出し続ければ、世界が滅ぶ。なにしろわらわとデポトワールは一心同体じゃからのう」
とんでもないことを言い出した。タケルとアムールは驚いている。ただアロガンとノブレスだけは冷静であった。
「おかしくないですか。あなたは魔王サタナスです。神ではない。なのになぜ世界と一体化しているのですか」
「おかしくはないぞ。元々デポトワールはわらわから生まれた世界じゃ。正確に言えば初代ムナール王が生み出した世界とも言える」
タケルはますます困惑した。彼女の言っている意味が分からない。そもそもサタナスは初代ムナール王が作り上げた偶像ではなかったのか。
「簡単じゃ。初代ムナール王は異世界でわらわを生み出したのじゃ。確かフランスという国だったか。そこから逃げ出すためにここではない世界へ旅立ちたいと願ったのじゃよ。そやつの妄想が魔界に通じ、そしてわらわが生まれたのじゃ。そしてそやつと共についてきた領民も一緒にデポトワールに引っ越したのじゃよ」
あまりに衝撃的な事実であった。初代ムナール王がフランス人? 確かに個々の世界の人間はフランスぽい名前が多い。それだと疑問がある。エストカープ帝国やイシュタール共和国はどうして存在するのだろうか。
「そりゃあ自分たちだけでは寂しいからな。やつらは作られた存在なのじゃ。自国の不満を逸らすための生贄よ。そいつらの持つ記憶はすべてねつ造じゃ。それらしい神話と歴史を作り上げたのじゃ。すべての文化はムナール王国から生まれたのじゃな」
サタナスの告白は衝撃的であった。ノブレスとアロガンが冷静なのは事実を知っていたからだろう。ムナール王国が他国の文化はすべて自分たちが発祥と宣伝したのは間違いではなかったのだ。
☆
「サタナスさん。ところで先ほどの話ですが、どす黒い魂が身体を蝕むとのことです。それはどういうことですか?」
「文字通りの意味じゃ。普段はゆったりと濃い魂が出てくるのじゃが、今回はひどい。いきなり濃厚な魂が来たのじゃ。おぬしはいったい何をしておるのじゃ」
タケルは説明した。グルタオン・ポルコやイラ・カヴァーロ。その他の怪物の話、そしてアンジォ教団の話をした。
「なるほどな。おぬしが怪物を倒したので魂晶石が砕けてしまったわけか。それにアンジォ。なんで奴らがそんな真似をするのか……?」
サタナスは考え込んでいた。彼女の様子からアンジォが何かを知っているようだが、いったい何だろう。
「アンジォ教団をご存知ですか?」
「教団は知らない。だがアンジォとは濃い魂を固体化した現象じゃよ。わらわが消化不良を起こさないためのな。死体に憑りつくこともあるし、そうでなければ幽霊と間違われることもあるぞ」
「あのアウトクラシアはどういう意味がありますか?」
「そいつはわらわの配下の一人じゃ。無念のうちに死んだ人間の魂を霧散させないように固定化する力を持っておる。これはムナール王家が作った経典にも載っておるぞ」
その言葉にノブレスが反応した。
「馬鹿な!! 我が城に伝わる経典にはそのような記述はない!!」
「それはおかしいな。そいつは熊のような容貌で、風船のようにふわふわ漂う怪物のはずだぞ」
「違う!! それはプレグイソーゾ・ウルソのはずだ。アウトクラシアなど知らない!!」
ノブレスが再度否定する。彼女は熱心な信者だ。読み間違えない自信があるのだろう。
アロガンのサタナスの告白に頭を悩ませていた。こちらは彼らの知らない情報だったようだ。
困惑するノブレスたちをしり目にタケルは質問を続けた。
「サタナスさん。あなたはぼくを召喚しましたね。抜魂術師として世界を浄化するために」
「ああ、その通りじゃ」
「なのになぜあなたは初代抜魂術師サダのことを教えてくれなかったのですか?」
「ほう、サダのことを調べたのか。答えは簡単。あれから百年過ぎておるからじゃ。人間はそこまで生きてはおれんからな」
これは想定内の答えである。以前サージュ・サージュも予測していたからだ。
「サタナスさんはどの人が亡くなったとかわからないのですか?」
「わからない。前にも言った通り人間は死ねば魂が身体から離れ、霧散する。人間に例えれば空気じゃ。空気が混ざっているかわかるわけがない」
これは仕方のないことである。魔王といっても万能無欠というわけではないのだ。
「ところでサダという人はどういう人でしたか?」
「そうだな。わらわが召喚したときはおぬしとは違う珍妙な恰好をしておったな。首に変なびらびらの白い物を撒いておった。爆風と戦っていたと言っておったよ」
爆風と戦う? 意味が分からない。サタナスの言葉はどこか要領を得なかった。
「確かサダは自分は案山子だと言っておった。戦を指揮していたのは別で自分は戦意高揚に利用されたと言っておる。それでも自分のために大勢の人が死んだことを嘆いていたな」
どうもわからない。だがサダは戦に参加したことがあるようだ。神輿の上に担がれたが、実際は飾りのようである。
確か召喚されたのはこの世の理から外れたものだという。サダも当時はタケルと同じだったのだ。自分はトラックにはねられそうになっただけだが。
あとラスプーチンのことも訊ねてみた。こちらはサタナスも知らないと言う。魔界の入り口は儀式をすれば開くことはできる。儀式なしでも異次元の隙間を見つければ行き来はできるらしい。
ただし危険が伴うし、確実に行きたい世界に行けるわけではない。あまりにも危険すぎるらしい。
だが現実にラスプーチンはこの世界に来ている。その方法はサダが知っているはずだ。それはサタナスも想像できない方法なのかもしれない。
「ねえ、サタナス。まだ話は終わらないの?」
金髪碧眼の女性が退屈そうに訊ねる。サタナスのせいで忘れていたが、隣の女性はいったい誰なのか。
「初めてお目にかかります。ヘルです。ニブルヘルムの女王です」
ヘルはそういって頭を下げた。すると顎がどろりと溶けて落ちる。
ヘルは慌てて顎を手に取ると、元に戻した。溶けた後は綺麗に消える。
「申し訳ありません。私の身体は半分腐っているのです。油断すると体が崩れてしまい、困ってしまいます」
再びヘルが頭を下げると今度は目玉がふたつとも落ちた。
すぐに目をはめ直す。正直ぐろい光景なのでタケルは引いてしまった。
「ニブルヘルムというと北欧神話に出てくる地獄の事ですか?」
タケルが質問した。道端に落ちている本を読んで知ったのだ。
「その通りです。ですがニブルヘルムは地獄ではありませんよ。あくまで死者が安らげる氷の世界です。お父様やオーディン様も氷漬けになって安らいでおりますよ」
氷漬けにされて安らげるかどうかはわからないが、ヘルとしてはそうなのだろう。
「あれ、ニブルヘルムが実在しているということは、あなたを作り出した人がいると言うわけですね」
「そうです。ストゥルルソンという人がエッダという書をもとに作り出したのです」
事実は小説より奇なりというわけだ。タケルはちょっと驚いた。
「ちなみにヘルは遊び友達だ。これから布団の中で楽しむ予定だったのだよ」
サタナスが答えた。ヘルは頬を赤く染める。
誰も聞いてないのにと思った。
だがこれで大事な話は聞けた。
怪物に対しての処置も聞いた。怪物は魂が抜けた身体にアンジォが憑りつき、濃い魂を喰らい浄化すると言う。そのため怪物本体を倒すとそいつの身体は死に魂晶石は砕けてしまう。
魂晶石を砕かずに退治するには再び魂晶石を戻せばいいらしい。
抜かれた人間の魂晶石を持って心臓に埋め込めばアンジォは追い出され、元に戻ると言う。
準備は整った。あとはサダこと大司祭トキを無力化するだけである。
やっとサタナスを召喚できた。
今回のゲストは最後の方で活躍しますのでご期待ください。




