バロン家の秘密
「ここがバロン家の屋敷か」
タケルは目の前に立つ屋敷を見上げていた。そこそこ立派な造りである。ノブレスの屋敷より豪華と感じた。使用人たちが庭の手入れをしているからだ。
タケルと一緒にアムールとノブレスも同行していた。
他のメンバーは待機中である。アグリやピュールが参加すると話がややこしくなるからだ。二人を抑えるのにコンフィアンスが残った。英断だと言える。
アムールはフードを被っていた。バロン家は因縁があり、二度と戻りたくないと思っていたのだ。タケルとしても同行させるつもりはなかったのだが、ノブレスが連行したのである。
ノブレスはアムールに対し、自分の運命からは逃れることはできないのだと説得した。その意味が分かったのは屋敷の主と話した後であるが。
「さて主はおるか」
ノブレスが呼び鈴を鳴らす。そこで初老の執事がやってきてうやうやしく挨拶を交わした。
タケルたちは応接間に案内される。調度品はなかなかの物であった。爵位が一番低い男爵でも贅沢な生活をしているようである。
タケルはきょろきょろと見回していたが、ノブレスは平静であった。
タケルとノブレスはソファーに座っている。
アムールは室内に入ってもフードを取っていない。部屋の片隅に立っていた。
「おお、ノブレス様。ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
部屋に男が一人入ってきた。禿頭で豪華な服を着た男である。鷲鼻に片眼鏡をかけ、ひげを生やしていた。見た目は実直そうな雰囲気である。
「アロガン・バロン男爵。こちらもご無沙汰しております」
ノブレスは頭を下げる。それをアロガンが制した。
「積もる話はありますが、今日はサタナス召喚でしたな。準備はできております。さっそく地下室へまいりましょう。ですがその前に」
アロガンはアムールの方を見た。そしてフードを外す。そこには怯え切ったアムールの顔が現れた。
それを見たアロガンの眼から涙がこぼれた。それは父親が自分の赤ちゃんを愛しむような表情である。
「よくぞ、よくぞ生きていてくれた。我が娘よ……」
それは衝撃の告白であった。アロガン以外の人間はすべて呆気に取られていた。アムールはさらに魂が抜けたような顔になっている。
☆
アロガンは屋敷のメイドに手を付けた。それはサタナスのお告げに従ったまでの事である。バロン家は代々当主が召喚の儀を受け継ぐのだ。
そのために占いを行う。こうしてサタナス召喚の修業をしているのである。
「サタナス様のお告げはこうあった。新月の晩、わしの部屋で寝ている者にいのちの精をそそげとな。そうしてできたやや子は将来サタナス様の僕となる。それがアムールの母親だったのだ」
アロガンの告白にアムールは唖然としていた。彼女自身は薄々感づいてはいたのだ。母親が主に向ける目は普通ではなかった。それに時々アムールに優しい声をかけることがあったのを思い出す。普段は使用人には無関心で粗相をすれば叱咤する程度だったのにだ。
「なぜアムールのお母さんは彼女を捨てたのですか? 自分の身を守るために病気の娘を弊履の如く捨てるなんてあんまりではないですか」
タケルが言った。自分自身は病気の母親の世話を最後までしたから、余計気になるのである。アロガンは痛いところを突かれたようだ。
「実は捨てる気はなかった。サタナス様のお告げもあるが、アムールを愛していたのだ。だが兵士共が突如押し寄せてきてな、病気のメイドを捨てねば家を取り潰すと脅したのだ」
さすがに貴族もお家取り潰しは怖いようである。だがアムールの母親はどこにいるのだろうか。先ほどから姿が見えない。
「……殺されたのだ。兵士共にな。アムールの母親は娘を捨てるくらいなら自分も出ていくと申したのだ。ところが奴らは切り捨てた。そしてアムールにこういったのだ。お前の母親はわが身惜しさにお前を捨てたのだとな」
アロガンが歯を食いしばる。当時の凶事を思い出したのだろう。忌々しい気持ちが蘇ってくるようだ。改めてアムールに頭を下げる。
「……本当にすまなかった。サタナス様のお告げは具体的にどうなるかもわからなかったのだ。本当に生きていてくれてありがとう。もちろん口だけではなんとでもいえるがな」
アロガンの謝罪にアムールは涙した。自分の父親が判明したばかりか、母親の本心も知りえたのだ。自分は捨てられたわけではないと安堵したのである。
そしてタケルもほっこりとした気持ちになった。しばらくすると怒りがこみあげてくる。アムールの母親を虫けらの如く殺した兵士たちにだ。
こいつらを見つけて奴隷ゾンビに変えてやりたい。心の中でそう誓った。
「ところでなぜアムールを呼んだのですか? まさか、親子の名乗りをあげるためではないのでしょう?」
ノブレスが口を挟む。アロガンは姿勢を正した。
「それはサタナス召喚の儀のためです。アムールには異世界を開く鍵となってもらうのです」
「異世界の鍵ですか」
「そうです。本来鍵は当主に受け継がれます。私の場合鍵の力を失っており、現在はアムールしかいないのです」
「え? そんなはずはありません。ラキュニエ様がいらっしゃるではないですか」
するとアロガンは渋い顔になった。
「……ラキュニエは死んだ。殺されたのだ」
「え?」
「アンサンセ王子に殺されたのだよ。王子の誕生パーティの席でちょっと意見をしただけで首をはねられたそうだ」
あまりの出来事に一同は口をつぐんだ。
「あまりに突然のことで、なんと申し上げてよいか」
ノブレスが慰める。
「本当に大変でしたな。少しは落ち着かれましたか」
アロガンはこくりと頷いた。
「ただ不思議なのは取り潰しにならなかったことだな。当時の兄上なら子供のミスをダシに爵位を廃位してもおかしくなかったのだが」
「それは私も同じです。なぜ廃位にならなかったのか。さっぱりわかりません」
ノブレスとアロガンは頭を抱えた。新しい当主を殺したにもかかわらず、バロン家は存続している。これが意味するのは何だろうか。
「ですが鍵の力を受け継いだラキュニエ様は亡くなられたのですよね。私はそのような力を持っておりませんが」
アムールが訊ねた。
「その心配はいらない。力を受け継いだまま亡くなっても、この宝玉に再び力が宿るのだ。ただし一度力を得た者、わしが再び力を得ることはない。バロン家の血を引くもの、お前だけが受け継がれるのだ」
そういってアロガンは懐から宝玉を取り出した。紫色の宝玉である。
アムールがそれを受け取ると、宝玉がまぶしく光った。それはアムールの身体に吸い込まれるように入っていく。
「大丈夫?」
タケルが心配そうに尋ねる。
「大丈夫です。なんだか力が沸いてきます。なんでもできそうな気分です」
アムールは自信満々に答えた。普段の彼女と違い、やる気が出ている。今の彼女ならなんでもできそうな気がした。
「さて、地下室へまいりましょう。そこでサタナス様を召喚するのです」
こうしてアロガンに案内され、一同は地下室へ向かう。
果たして魔王サタナスは何を語ってくれるのだろうか。
それは神のぞみ知るということだ。




