新しい家族
「これは何?」
夜も更けたノブレスの屋敷にある食堂でタケルはテーブルに置かれていたものを見た。
隣には新しく雇ったピュールがいる。彼女はわくわくした表情であった。
彼女の手料理だ。それは黒くゲル状の物質で異臭を放っている。
コンフィアンスはいない。ピュールが自分で作るからと追い出したのだ。
「これは何?」
再びタケルが訊ねた。ピュールはぷぷっと噴き出す。別に笑わせたつもりはない。
「シチューに決まっているじゃないですか~。そんなこともわからないんですか?」
ピュールが蔑んだ眼で答えた。なんで自分が見下されなければならないのか理解できない。
ちなみに彼女は奴隷ゾンビにしなかった。コンフィアンスの進言だ。ピュールは十五歳。奴隷ゾンビにするにはまだ早いと言うのだ。
ちなみにコンフィアンスも一歳くらいしか違わないが、彼女はサージュ家は亡ぶべきだと思っている。王家の暴走を止められない賢者の血筋は絶たれて当然だと判断したのだ。
「早く食べてくださいよ~」
ピュールはキラキラした目で勧めてくる。これを食べたらどうなるんだろ?
タケルは冷や汗が出てきた。臭いを嗅いだだけでも意識が飛びそうである。
口に入れたらどんな災厄が降りてくるかわかったものではない。
だがピュールの純粋なまなざしが痛い。これは一気に食べてしまおうと、スプーンで一口食べた。
タケルの目の前に大きな河が現れた。一面花畑で白装束の人間が力なく歩いている。その川の向こうに一人の女性が立っていた。
タケルの母親だ。彼女は涙を流しながらタケルに向かってあっちいけと手を振っている。
タケルの意識はそこで途絶えた。
「で、どうでしたタケル様。途中で眠っちゃいましたけど、そんなにおいしかったですか?」
ピュールが感想を求めてきた。彼女は自分の料理がおいしくて眠ったと勘違いしているようだ。どうしてそんな都合のいい解釈ができるのか質問したいくらいである。
「すごくまず……」
「まず、なんですか?」
ピュールの視線が突き刺さる。タケルはその眼を見て心が折れた。そして言葉を選び絞り出す。
「まず、自分で味見をしてごらんよ」
「えー? 味見なんかしたらタケルさんの食べる分がなくなっちゃうじゃないですか~。あたしは食いしん坊だけど、人様の物まで食べるつもりはないですよ~」
いやまず味見をしろと言いたくなる。母親がいなくなった後どうやって食べ物を調達したのだろうか。
「ネズミを捕まえて焼いたり、家に生えているキノコを炒めたりしてましたよ」
聞くのではなかった。彼女の食生活はあまりにもぶっ飛んでいる。きちんとした食事をとらせるべきだと思った。
☆
ピュールはコンフィアンスとともに屋敷のメイドとして働くようになった。
タケルは窓の拭き掃除を命じられているピュールの後姿を眺めつつ、お茶を飲んでいた。
ピュールは不器用で失敗してはコンフィアンスの無言の抗議で縮こまる。その繰り返してあった。
彼女の家はない。空き家に勝手に住んでいたという。理由は人がいないからである。よく捕まらなかったと呆れていた。
花売りの件も単にこの地区で売ってはいけないと思っていたそうだ。彼女は胸が大きいし可愛い。その手の店で売られてもおかしくないのだ。
窓ふきをするたびに豊満な胸が揺れるのだ。コンフィアンスは慎ましいが、ひそかにこめかみが引きつる。厳しく当たるのはそのせいかもしれない。
同時に頑固な大工であるテチュがなぜ彼女を放置したのかわからない。
その答えはピュールが明かしてくれた。テチュは仕事人間で子供の教育には無関心だった。それどころか家庭にも関心がなかったという。
タケルの町で再婚し、子供を引き取るようになったのは過去の過ちをただすためだったとタケルは思った。
突如タケルは体が熱くなった。全身の骨が熱くなる感覚がする。
それと同時に人の名前が聴こえてきた。全員タケルが奴隷ゾンビに変えた老人たちである。
全員で七名で男性だ。彼らは現状に満足し、その身を木に昇華させたようである。
魂晶石を取り出そうとしたが現れなかった。
はてな、これはいったいどういうことなのか。首をひねるも答えは出ない。
そうこうしているうちに体はますます熱くなる。
するとべりっと皮が破れた音がして、視界が真っ二つに分かれた。
痛みはない。その代わりに信じられないものが見えた。
骸骨である。タケルの身体から自分の骸骨が出てきたのだ。
そいつは目の前にある椅子に向かってスタスタと歩き出し、腰を下ろす。
すると空間が光り出した。真っ白な魂晶石が七つ浮いている。光が広がると、それらは骸骨になったのだ。タケルから抜け出たものと同じである。
魂晶石で作られた骸骨はタケルの元に帰っていった。まるで服を羽織るように戻っていく。
視界は戻る。体が軽い。まるで羽が生えたような感覚である。
タケルの骸骨は椅子に座ったまま動かない。動かぬ骨は死の象徴であり、恐怖が沸き上がってきた。
その様子を見たコンフィアンスは表情を崩さず、骸骨に近づいて調べた。頭蓋骨をなでまわし、手や足を持ち上げて調べていた。
骨はからからと乾いており、先ほどまでタケルの中にいたとは思えない。
「なるほど。魂晶石が骨格に変化したのですね。すごいものです」
「いや、なにがすごいものかわからないな。どうしてこうなったんだろ?」
タケルにはわからなかった。今まで浄化者は剣やコック帽へ変わったのだ。
それなのに魂晶石が骨になるなど初めてである。
「たぶんその人たちには一芸がなかったのでしょう。代わりにタケル様の血と骨になりたかった。最後になりたいものに変化するのではないでしょうか」
確かにオネットは剣になった。シャルルはコック帽になっている。
浄化された七名は普通の老人たちであった。オネットやシャルルのように手に職はない。ならばタケルのために体の一部になりたいと願ったのかもしれぬ。
「ところでこれどうするんですか? オブジェにするにしても悪趣味すぎますね」
ピュールがまっとうな意見を述べた。さすがの彼女も部屋に骸骨が置かれているのは嫌なのかもしれない。
「このままだと格好悪いから少し着飾ったほうがいいですね」
前言撤回。彼女の感性はまともではなかった。
☆
「タケル様。これを私に貸してくれませんか?」
コンフィアンスが懇願した。自分の骨だが使い道はない。彼女がうまく処分してくれるなら幸いだ。任せることにする。
コンフィアンスは頭蓋骨にペンで文字を書いた。そして骨全体に線を入れる。
そして床に魔法人を描いた。簡単な呪文を唱えると、骸骨は光り出した。
すると骸骨はむくりと立ち上がった。まるで糸で操られたようである。
「これはいったいどんな魔法ですか?」
タケルの質問にコンフィアンスは答える。
「ゴーレムを作る魔法です。特殊なインクを使って呪文を書き、神経を作りました。もう意思を持った魔法生物になっております」
彼女はさらっと答えたが実際は難しい魔法だ。何しろ疑似生命を作り出すのだ、五〇年以上の修業を積んでやっとできるかどうかである。いくら国一番の賢者であった祖父を持っていたとしても、やはり彼女自身は天才であると言えた。
タケルは右手を上げた。骸骨は左手を上げる。眼窩はないのに認識できるようだ。さすがは魔法生物である。
次に頭を下げると、骸骨も釣られて下げた。
顎をカタカタと動かしている。声帯がないのでさっぱりわからない。
それをコンフィアンスが通訳した。
「初めましてご主人様。これからもよろしくと言ってます」
「わかるの?」
「はい。顎を鳴らす回数でわかりました」
そういえば顎を鳴らす音は規則的なものがある。それを速攻で気づくとはコンフィアンスは頭が切れると思った。
「へ~。可愛いですね~。人みたいに動くと可愛らしく見えます」
あいかわらずピュールがずれたことをいうが、無視した。
「ところでこの子の名前は何にしましょう? タケル様の骸骨だからタケルトンがいいですね」
彼女は勝手に名前を作った。さすがにその名前は恥ずかしい。第一ダジャレみたいでださいのだ。
タケルは訂正を求めたが、コンフィアンスが遮った。
「いいですね。この子の名前はタケルトンです」
「いや、もう少しいい名前を」
「この子の名前はタケルトンです」
コンフィアンスは表情を崩さず、まっすぐにタケルの眼を見据えた。
「あの、だから……」
「タケルトンです」
その語感は力強く、鉄のような硬い意思を感じた。
それ以外の名前は死んでも認めない! そんな決意がにじみ出ている。
なぜその名前に固執するのか不明だ。人形のような少女の譲れない想いなのかもしれない。
「……うん。タケルトンでいいよ」
コンフィアンスは満面の笑みを浮かべた。そんなに嬉しかったのかと、タケルは彼女の評価を変えることにした。
「よろしくね。タケルトン」
ピュールは新たな仲間に握手を求めた。
タケルトンも快く手を差し出し、力強く握る。
また新しい家族が増えたのだった。
だがその晩に帰ってきたノブレスがタケルトンを見て気を失ったのは誤算だった。
主を着替えさせ、ベッドに寝かせるとほっと息をついた。
「ノブレス様はお化けの類が嫌いなのを忘れていました」
古くから使えるメイドはしれっと答える。もしかしたらわかってて黙ったのかもしれない。無表情そうに見えても彼女は茶目っ気があった。悪趣味と言われても仕方がないが。
その日のうちにタケルトンの服が作られた。見た目は皮の帽子をかぶり、ゴーグルとマスクをつけているように見える。
意思疎通は歯を鳴らす音と手話(異世界にも存在した)で問題なく通じた。
主に掃除と家の修復が仕事だが、人間のピュールより仕事をそつなくこなすのは問題であった。
しばらくはコンフィアンスが当てつけにされ、ピュールがタケルに胸を押し付けて泣きつく日々が続いた。




