腐った王家
タケルとノブレスは一緒に馬車に乗って都に戻った。ノブレスの従者と入れ替わりになったのだ。
都はひどい有様であった。路上にはゴミが散らかっており、悪臭が漂っている。それをごまかすために大量の花を育てていた。
路上には浮浪者が座り込んでいた。寝込んでいる者もいる。兵士たちは真昼間から酒場で酒を飲んでいる。店の中では店員が生気のない眼付きで自分たちを見ていた。
タケルの町と比べると雲泥の差だ。まるでゴーストタウンといっても納得できるありさまである。死人の国と呼ぶにふさわしかった。
さてなぜタケルがノブレスと共に都に入ったのか。
彼女に頼まれたからだ。今度アンジォ教団のパーティがある。そこで大司祭トキを奴隷ゾンビに変えてほしいというのだ。
タケルは最初断った。奴隷ゾンビとなったノブレスは嘘をつかないように命じたが、それでも意思は変わらなかったのだ。彼女は本心で話している。
それをアムールが後押しした。
「タケル様。都は本当に腐敗しております。タケル様がなんとかしないと無理です」
「あたいは難しいことはわからないけど、国が腐っているのは見過ごせないね。タケルは力があるんだからできることをしなよ」
アグリも同意する。サージュも急きょ呼ばれたが賛成した。
「しかし遅すぎでしたなノブレス様。もう少し早めに来ると思っておりましたぞ」
「これでも急いでいたのだがな。兄上が非常にうざくてな。私が直にゴミ捨てに行くと言ってようやく納得したのだ」
サージュとノブレスは旧来の知人に出会ったような気さくさであった。サージュが生きていたことにまったく驚いていない。奴隷ゾンビの知識も最初から知っていた。
さてタケルとノブレスは詰め所にやってきた。貧相な二階建ての建物で、ガラの悪い兵士がたむろしている。酒やたばこをしながら無駄話をしているのだ。
「確か嗜好品は禁止されていたのではないですか?」
「王族や貴族、兵士は免除だそうだ。兵士はこれから戦争に赴くから特別扱いなのだよ」
タケルの質問にノブレスは忌々しそうに答えた。
建物の中は全く掃除されておらず、ほこりまみれでゴミが散らばっていた。
ノブレスの部屋だけきれいに掃除されている。
「ちなみに掃除したのは私だよ」
ノブレスが先制して言った。王族が自ら掃除をするとは堕ちた物である。彼女自身情けなくて涙が出ているかもしれない。
ノブレスは室内にある自分の机の前に座る。こうしてみるとノブレスは美しかった。軍服に着替えた彼女は乳房が豊満であった。それに腰が細く両手でつかめそうなほどである。そして足はぴっちりとしており尻も引き締まっていた。
「ふふん。私に見惚れているな。そんなに私の身体がほしいか?」
「そっ、そんなことは」
「冗談だ。だが近いうちに兵士たちが私を襲うかもな。貞操を奪い、下々の物に汚された私を放逐するためにだ」
真顔で答える。タケルは彼女の顔を見据えた。彼女は孤独である。タケルと入れ替わった従者だけが彼女の味方だった。
タケルを裏切ることはない。奴隷ゾンビは主に逆らえないし、命の危険を晒すことはできないのだ。
彼が心配なのは彼女だ。ノブレスは賭けに出た。自分を引っ張り出し国を転覆させようというのである。ばれたら死刑なのは確実だ。もっとも奴隷ゾンビの彼女は死ぬことはない。
「ところで僕が奴隷ゾンビにした兵士はどこにいますか?」
兵士たちは魂晶石を抜いた後まじめに仕事をしろと命じた。先ほどから都を見て回ったが奴隷ゾンビの兵士は見えない。どこにいったのか。
「そいつらは別の部署にいるよ。奴隷のようにこき使われ、休みどころか寝る暇も与えられていないのだ」
どういうことだとタケルは訊ねる。
「兄上の仕業だよ。お前に奴隷ゾンビにされたものはまじめに仕事をする。それが気に喰わないのだ。そいつらは私のカリスマに当てられたと思い込んでいるのだよ。そして仕事を辞めさせるためにずっと働かされている。寝ることすら許されずにな」
ノブレスはため息交じりに笑う。
彼女の兄はどうかしている。そもそも奴隷ゾンビは疲労がない。眠気も起きないし食欲もわかないのだ。それが最低でも一か月以上過ぎている。それなのに異常と思っていないのだろうか。
「異常と思っていない。私のあふれんばかりのカリスマに魅了され、ものすごくがんばっていると思っているのだ」
いやカリスマの問題ではない。そもそも欲求を満たさずに一か月も過ごせるわけがないのだ。彼女の兄は何を考えているかわからない。
「兄上は自分にとって都合の悪い考えは受け付けないのだ。大切なのは自分の思い通りになることで、真実など関係ない。陰謀論に凝り固まった思考停止人間なのだよ」
だが思考停止にもほどがある。本当にそれだけなのか知る必要がある。
☆
ノブレスの屋敷に入った。それなりに大きな屋敷である。迎えに出たのはメイドが一人だった。茶髪のボブカットでそばかすの少女である。
おそらく働いているのは彼女だけだ。これもノブレスの兄のせいだろう。兄妹なのに非道な行い。タケルはまだ見ない彼女の兄に嫌悪感が沸いた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
メイドはぺこりと挨拶した。見ると痩せている。栄養のあるものを食べていないから栄養失調を起こしているかもしれない。
「タケル殿。やってくれ」
ノブレスに促されて、タケルは少女の手を突き出す。
「ぼくの奴隷になれ」
こうして魂晶石は抜き取られた。
『コンフィアンス・サージュ。16歳』
頭に名前が響く。サージュという苗字に興味を抱いて訊ねた。
「君はサージュ・サージュと関係あるのかな?」
「はい。サージュ・サージュは私の祖父です」
コンフィアンスの問いにタケルは驚いた。サージュは賢者だ。その一族がなぜこの屋敷のメイドになっているのだろうか。
「私は両親が早くに亡くしております。以後は祖父に育てられました。ですが祖父は六〇歳ということで捨てられてしまい、私の家は年が若いということで取り上げられてしまいました。すべてを失った私はノブレス様に拾われたのです」
コンフィアンスの告白にタケルは頭がくらくらとしてきた。なんで彼女がこんな目に遭うのかさっぱりわからない。
「今の都はこんなものだ。難癖をつけて主人を追い出し、物言わぬ家族から財産を取り上げる。病人がいたら幸いだ。家族ごと追い出しすべてを乗っ取る。それの繰り返しだよ」
ノブレスは不機嫌そうに答えた。コンフィアンスはうつむくだけで答えない。タケルは胸が痛くなる想いだった。
「すべてはアンジォ教団とフラメル商会だ。アンジォ教団が王族に取り入り、フラメル商会が奪った財産を押収する。まるで死人に群がる野犬だな」
「それは昔からあったの?」
「いいや、ここ十年くらいだ。確かにムナール王国は腐っている。それでも必要最低限の政治は行っていた。民衆の反イシュタール共和国を放置しているがガス抜き程度でしかなかった。現在のムナールはイシュタールの援助なしでは立ち行かないことはわかっている。適当な額を要求し、相手が飢え死にしない程度に絞る。その繰り返しで満足していたのだ。
それがアンジォ教団が焚き付けたためにおかしくなってしまった。兄上、第一王子のアンサンセがその代表だ。前は大人しくおっとりとした性格だけが取り柄だったのに暴君になってしまった。
我が父ティミッドはイシュタールに喧嘩を売るのを恐れている。相手を怒らせたくないのだ。なのにアンサンセによって幽閉されてしまった。アンサンセは自分に従う重臣だけ重宝し、逆らうものは見せしめの公開処刑を行うようになったのだ。
私は反発などしていないが、なぜか民衆の人気が高い。それが気に喰わないのか私に対して汚れた仕事ばかり命じる。まったく世の中は狂っているな」
ノブレスは自傷気味に答えた。すべてはアンジォ教団とフラメル商会が悪い様だ。だがこんな漫画みたいな悪役が現実に存在するのだろうか。
タケルが知らないだけで元の世界でもそんな国は実在しているのだ。まともな政治もできず、子供じみた発想の王はどこにでもいる。その場合は家臣が煽てて動かすものだが、この国では暴走する王を止める気がないようだ。
あくまで王の寵愛を受けるために民衆を犠牲にする。自分たちが大事なのだ。報いは必ず返ってくる。自分は世の中のすべての不幸がよけてくれると信じ切っているのだ。
「ところでタケル様は祖父をご存じなのですか?」
コンフィアンスが訊ねる。彼女は祖父が捨てられて以来、その動向がわからなかった。タケルは最初に出会ったのがサージュであり、その後町の発展に力を尽くしてくれたことも伝えた。
彼女は泣いて喜んだ。祖父の無事を心から安心したのである。見ていて心が温かくなるのを感じた。
「ところでおじいさんは誰に恨まれていたのかな。サージュは自分を陥れた者に復讐したいと言っていたけど」
「はい。それはアンジォ教団の大司祭トキ様です。民衆にはある程度の嗜好品が必要だと訴えたのですが、トキ様は顔を真っ赤にして激怒したそうです。そしてアンサンセ様に泣きついて地位を追わせたと聞いております」
なるほど、そうだったのかと納得した。だがコンフィアンスはまだ話があるようだ。
「ただおじいさまはアンサンセ様に疑問を抱いていたようです。まるで人が変わったようだと。元々アンサンセ様は気が弱く、権力を振るって逆恨みされることを恐れていたそうです。
さらにいえばアンサンセ様はトキ様の言葉通りに動いていたそうです。まるで操り人形のようだったと。魂が抜かれたような感じだったそうです」
これは知らなかった。おそらくサージュは確信が持てるまでタケルに話さなかったのだ。この情報は致命的とは言えない。後日話すつもりだったと思う。
ノブレスの話によれば都で怪物になった者はいないという。アンサンセの無茶な命令に不満を抱かないのかと心配していたが、安心する。
だが町で比較的に自由にしていたフェアネンやノール村の兵士であるプルミエとスゴンがなぜ怪物になったのかわからない。
その謎は都にある。そんな確信があった。
都編が始まりました。当初コンフィアンスは出す予定ではなかったですが、
登場人物の身うちは出した方がいいと思ったのです。
いきなり脈絡もなく新キャラを出すのは問題ですからね。