最初の奴隷ゾンビ
タケルの意識がはっきりすると、世界が広がった。
そして目の前に掘っ立て小屋があった。強風が吹けばあっさり吹き飛んでしまいそうな造りである。それにひどい臭いがした。ゴミ収集所みたいな悪臭である。
見た感じ元いた世界と比べても差異は感じられなかった。なんとなく中世ヨーロッパというか、剣と魔法の世界みたいなところである。小学生の頃、道で拾ったライトノベルが唯一の娯楽だったからだ。
タケルは小屋に入ってみる。どうせ行く当てなどないのだ。目の前に小屋があるならそこには行ってみようと思ったのである。いきなり蛮族が斧を振って首をはねるかもしれないが、それはそれだ。
小屋には藁が敷いてあり、老人が一人寝ていた。いや人というより枯れ木に近いだろう。真っ白い髪に髭が生え放題であった。真っ白な毛玉が頭にくっついているようだ。
「もしもし、大丈夫ですか?」
タケルが声をかけた。返事はない。そっと口元に耳を当てたが、息を吐く音が聞こえる。まだ死んでいないようだ。生ける屍といったところだろう。あと数刻もすれば涅槃へ招かれるかもしれない。もっともタケルは魔王からあの世が存在しないことを教えてもらっているが。
小屋の中を見回すがろくなものがない。粗末な室内でカメが二つ置いてある。ひとつは水瓶で、もうひとつは便所用だろう。臭いの元はこれなのだ。とても人の住む家とは言えない。ただ人が物置のように仕舞ってあると言える。
タケルは老人を見ていた。このまま老人が死んでも誰も整理しないかもしれない。タケルの母親は息子によって整理された。だが自分はどうだろうか?
今の自分は孤独だ。誰も頼る人がいない。そして死んでも誰も悲しまない。それがつらかった。
老人は瞼を微かに開けた。目を開くのも一苦労のようである。どこか救いを求めている。タケルはそう感じた。
「……試してみるか」
タケルは老人の胸に右手を突き出した。初めての抜魂術。うまくいくかわからない。このまま何もせず放置するなど論外だ。
「ぼくの奴隷になれ!!」
すると心臓から光り出した。そしてキラキラした水晶のようなものが出てくる。
これが魂晶石だろう。とても真黒で禍々しい色であった。見ていてむかむかしてくる。
『サージュ・サージュ。六〇歳』
突然頭の中に声が響いた。サージュ・サージュとは目の前に寝ている老人のことだろう。だが六〇歳なのは驚いた。
この世界ではそれ相応なのかもしれぬ。生活環境によって二十代でも老人に見えることはよくあることだ。
「うぅ、ああ……」
老人が目を覚ました。むくりと起き上がると自分の両手を眺める。そして目の前のタケルに驚愕した。
「なんだ体が軽くなったぞ。それにあんたは誰だ? これはあんたの仕業なのか?」
困惑する老人、サージュの問いにタケルは答える。
「初めてお目にかかります。大和タケルと申します」
「おおそうですか。初めてお目にかかります、大和タケルさん。サージュ・サージュです」
タケルが頭を下げるとサージュはつられて挨拶をした。
「ぼくは今あなたを奴隷にしました。抜魂術で魂晶石を抜き取ったのです。あなたはあらゆる苦痛から解放されたはず。気分はどうですか」
タケルの問いに、サージュははっとなった。
「体が軽くなっている。不治の病でもう糞を垂れ流しになっていたのに。若い頃の体力がみなぎってきておる。ばっこん、こんしょう……。伝承にある魔王サタナスの秘術ではないか。そうか、それなら今の状況は納得できる」
サージュはあっさり納得した。それにサタナスのこともあっさり理解している。この老人は見た目と違い、かなりの賢者なのかもしれない。
それにタケルの服装にも驚かなかった。大事なのは結果であり過程などどうでもいいのだろう。
彼はリアリストなのだ。目の前の現実をとりあえず受け入れる。普通は常識が邪魔をして思考が停止するものだ。それこそがサージュの武器なのかもしれない。
「実はその通りです。ぼくは魔王サタナスから力をもらいました。そしてこの世界を救うために降臨したのです」
タケルはサージュに説明した。サージュはすぐに飲み込む。
「なるほど……、魔王がこの腐ったデポトワールにあなたを派遣したのですね。納得しました」
サージュの言葉から、この世界はデポトワールというらしい。そもそも神ではなく魔王が関わっているのにもスルーしていた。
「納得してくれたのですか。正直話しても信じてもらえないと思っていました」
「ほっほっほ。この世界では魔法は当たり前にありますぞ。それにサタナスが実在するとは……。タケル様の話を聞いてなるほどと思いましたな」
サージュは妙に納得している。サタナスが実在することに唸っていたが、どういうことだろうか。
「まあよいでしょう。ところでタケル様はその力をどこまで理解しておりますかな?」
サージュの問いにタケルは詰まった。そもそも抜魂術のことしか聞いていない。手に入れた魂晶石もどう使えばいいのかわかっていないのだ。
今のタケルは経験がないのに口径の大きい拳銃を所持している状態だ。
たまたま成功はしたが、どのような結果を生むか理解していない。非常に危うい状況といえた。
「……まったく理解できてないな」
「ふむ。それはいけませんな。力の性質を理解していないとどんな落とし穴が待っているかわかりませんぞ。ここは私が協力します。ぜひ私で実験していただきたい」
サージュの眼は知的好奇心で輝いていた。
タケルはこの世界において、一番頼れる助言者を得たのである。
二〇一六年四月一五日。
少し修正しました。




