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奴隷ゾンビを作って最強を目指そう!  作者: 江保場狂壱
第2章 遠出して奴隷ゾンビを作りに行こう
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ドーナツを食べた生活

「これでドーナツが完成しました」

 タケルは厨房で料理人のシャルルからドーナツの完成品を見て、にんまりと笑った。

 目の前にはリングドーナツが十個ほど置いてあった。どれも揚げたてであり熱を持っていた。所謂イーストドーナツである。

 小麦粉と卵、牛乳を使い、パンを作る要領で捏ねる。

 バターも練りこみ、一次発酵させた。

 発酵が終わると十個くらいに分割し、ベンチタイムを取る。

 そして潰して指を入れ、回す。ほどよく穴が開くのが良い。

 最後に二次発酵が終わった後油で揚げ、砂糖をまぶして終わりである。

 必要な材料はすべてノール村で揃えることができた。

 タケルはシャルルにかつて自分が作ったドーナツのレシピを教える。シャルルは見事期待に応えてくれた。

 ちなみにノール村の件はすべて終わった。村人は全員奴隷ゾンビに変え、サージュたちと相談して作った法律をタケルの字で配布する。

 魔法で印刷したものだが、効果は抜群だった。タケルの世界の文字なら自筆でなくても問題がなかったのだ。

 あとはシャグランに任せてタケルは町に帰ったのである。

 もちろん小麦粉や牛乳、バターに卵などを戦利品として持ち帰ったのだ。

 ちなみに砂糖はシャグランの家にあったものを頂戴する。

「まあこれがドーナツというものですか。珍しい形をしていますね」

 アムールが感心そうに答えた。アグリも一緒にいる。彼女も同じ意見だ。

「確かに珍しいですね。ですがこの形は実は理想的なのです。油で揚げる際に熱が伝わりやすいのです。理に適ったお菓子ですな」

 シャルルは料理人ならではの着眼点でドーナツをホメていた。

 タケルはさっそく揚げたてのドーナツを食べてみた。

 ふかふかしてておいしかった。まぶした砂糖がいいアクセントである。アムールとアグリも試食してみた。奴隷ゾンビでもある程度は味覚があるのだ。

「おいしいです。甘いだけでなくドーナツの柔らかい生地が素敵ですね」

「あたいは初めて食べたけどうまいな。そもそもおかし自体初めて食べたよ」

 アグリの告白にタケルは驚いた。農村でもおやつくらいは食べるのではないか。もちろん既製品は無理でも甘い果実などは食べるだろうと思った。

「なんというか、あたいの村はあまりおやつを喰う習慣がないんだよね。つーかたばこや酒なんかは全面的に禁忌扱いされていたっけ」

「あれ? 確かサタナス生誕祭には赤ワインで祝うとか言わなかったっけ?」

「祝うよ。でもその日だけ。それも二十年前までは禁止にされたってじいちゃんが言ってたっけ」

 嗜好品を禁じるなんて信じられない。農村だけなのだろうか。それをアムールが否定する。

「実は都でも似たようなものでした。嗜好品は二十年前までは全面禁止にされていたのです。それは貴族も同じだったそうですよ」

「その通りです。これは一部ではなく、デポトワール全体です。私の物心ついたときはひどいものでした。祖父母は両親に対しあらゆる嗜好品を口にすることを禁止していたのです。自分たちは過去にそれらを楽しめなかった。自分の子供がその快楽を得るなど許せないという理屈だからです」

 シャルルが答えた。正気とは思えない。なぜそのような事態が起きたのだろうか。

「すべては百年前です。デポトワール全体が戦争の渦に巻き込まれていたそうで、その時抜魂術師によって奴隷ゾンビにされた人間がすべての嗜好品を憎みだしたのです。自分は楽しめないのに子供が楽しむなど以ての外だとね」

 シャルルの答えにタケルは驚愕する。抜魂術師は自分が初めてではなかったのか。

「私も詳しくは知りません。物心ついたころには奴隷ゾンビはすべて木に変わったそうです。その抜魂術師も詳しい文献が残っていないのでわかりません。ただ名前はサダだそうです」

 シャルルもこれ以上はわからないようだ。この話はサージュにするべきである。

 とりあえずタケルは試食を終えた。満足の出来である。

「あとは子供たちに食べさせてあげるだけですね」

 アムールが言ったが、タケルは否定する。

「食べさせるだけじゃだめだ。子供たちにも作ってもらわないとね」


 ☆


 タケルはアムールとアグリとともに保育園に来ていた。ロバが牽く荷車にはドーナツの材料が積まれている。

 保育園は一階建ての建物で、子供たちが遊べる広場に、滑り台やジャングルジム、シーソーや砂場など遊具が設置されている。これらはすべてタケルのアイデアであり、職人たちが具現化したものだ。

 建物の中では子供たちが歌を歌ったり、絵本を読んだり、お絵かきを楽しんでいたりした。ここに来る前は見た死んだ顔だった。生きることに望みを失った子供たちであった。

 今ではタケルの提案した教育で表情が明るくなっていた。

 保育士はすべて若い女性だが、中身は六〇歳なのがほとんどである。

 保育士たちはタケルの姿を確認すると敬礼した。

「これはタケル様。ようこそいらっしゃいました」

 主がやってきたのだ。保育士たちの緊張が高まる。

「今から厨房を借りてドーナツを作りたい」

 タケルの願いを断る奴隷ゾンビはいない。快く承諾する。

 さてタケルは子供たちを十数人連れてきた。今この町に住む全員である。

 まず子供たちに小麦粉や牛乳、卵を混ぜて捏ねることを指導した。

 小麦粉が飛び散り顔を真っ白になったり、牛乳を入れすぎて涙目になったり、卵がうまく割れず泣き出す子供たちもいた。

 アムールが顔を綺麗に拭いたりしている。アグリもしっかりと子供たちを指導していた。意外に面倒見がいいのだ。

 一次発酵が理解できず、食べようとした子供には注意する。

 発酵させた生地を分割し、丸める作業に入った。泥遊びの様に楽しそうにこねこねさせている。

 軽く潰して穴を開ける作業は難航した。一気に潰してしまう子もいれば、穴を開けてぽいっと投げてしまう子がいたのだ。食べ物を粗末にする子は厳しくしつける。

 その時のアムールの形相は般若のようであった。メイドであった彼女は食べ物をおもちゃにすることは絶対に許さない。いたずらした子供は泣き出した。

 それをアグリがフォローする形になっていた。

 そして油を上げる作業は保育士たちに任せた。さすがに子供たちに火を扱わせるわけにはいかない。からっと揚げたら子供たちに砂糖をまぶす作業を与える。

 砂糖が珍しいのかなめてみたり、一気に食べようとするのを抑えたりした。

 あらかた完成するとタケルは子供たちに食べるように言う。

 子供たちの歓喜の声が響き渡る。初めて食べるお菓子に笑顔があふれた。タケルはそれを見て満足する。

「みんな。今日は本当にありがとう。みんながいなければドーナツは完成できなかった。みんなが手伝ってくれたから今おいしいおやつを食べることができたんだ。

 ぼくはみんながほしい物を与えたいと思う。だがそれにはある程度の手伝ってもらわないといけない。ほしいとねだって、はいあげるということは絶対にしない。

 ぼくはみんなを守る。そしてこの国の未来を作る希望に育てる。そのためにはまだ時間がかかるんだ。だけどぼくを信じて待っててほしい」

 タケルの話が終わっても理解する子供した子供は少なかった。だがそれでもいい。少しずつ、しっかりと教えていけばいい。

 その前にやることはいくらでもある。自分もゆっくりとそして確実に前に進まなくてはならない。それが自分の役目なのだから。


 ☆


 夕方、タケルはひとりでシャルルの家にやってきた。木造建てで休むために作られた粗末なものだ。寝る必要はないが、精神を安定させるためにある程度の家具は用意してある。

 猫の額ほどの庭があった。そこでシャルルは縁側に座りタバコを吸っている。

「シャルルさん」

「おお、タケル様。こんばんは」

 シャルルはタバコを吸い終わると立ち上がった。

「ごめん。邪魔したかな」

「いいえ、お構いなく。ただぼんやりしていただけです」

 シャルルはタバコを灰皿に捨てた。彼は料理人だ。タバコは大事な舌をだめにするはずなのに、シャルルは吹かしていた。それが不思議である。

「私の役割はもうじき終わりそうですね」

 シャルルが呟いた。どういうわけだとタケルは首をかしげる。

「聞きました。タケル様は保育園の子供たちにドーナツを作らせたとか。自分で作ったものを自分で食べさせる。なんとすばらしい教育でしょうか。労力が対価となるいい勉強ですね」

「そうでもないですよ。ぼくは当たり前のことをしただけです。もっとも自分の世界の常識を押し付けただけですが」

「それでいいのですよ。今のこの国には常識破りが必要です。あなたの常識でどんどん壊してください。それがあなたの役割ですよ」

 するとシャルルの体が光り出した。これはオネットと同じである。彼もまた魂が浄化されたのだ。

「私は満足です。料理を作って人を笑顔にする。それだけがのぞみでした。それが叶った今私は逝くことができます」

 シャルルは庭の真ん中に立った。蛍の様に淡い光が空へ飛んでいく。みるみるうちにシャルルの体は透明になっていった。

「タケル様。私を奴隷ゾンビにしてくださりありがとうございました」

 それが最後の言葉だった。光が収まった後、一本の栗の木がそびえ立っている。すでに毬栗が実を付けていた。それがポトリと落ちると、中には熟した栗が詰まっている。

「……来い!!」

 タケルは右の手のひらを上に向けた。そして光が発生し、収まった後にはコック帽が現れる。

 シャルルの魂晶石からできたものだ。タケルはそれを被ってみる。

 するとタケルの頭の中に栗に関するレシピが聴こえたのだ。

 おそらく食材を見るとそれにふさわしいレシピが聴こえる仕組みのようである。

「……シャルルさん。あなたはまだ生きている。このコック帽を使い、あなたの生きた証を後世に残して見せます」

 タケルはそう誓った。

今回でシャルルは退場です。次回はコック帽の有効活用を書きます。

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