エヴァリスト
「なあ、頼むってば! この通り! お願い!」
「興味ない」
「そう言わずにさ!」
「うるさいな」
「なぁってば……! 一緒に人探ししてくれよ!」
シンクは両手を合わせて拝み倒した。顔を上げる。そうすれば、少年が諦めたように息をつく。
根負けしたんだろうか? そう思ったシンクは、期待に目を輝かせる。
が。
「嫌だ」
「なんでだよォ!」
そっけない返事にシンクは頭を抱えてしゃがみこんだ。
二人がいるのは、小さな部屋だ。ニ階建ての建物の、二階の片隅の部屋。少年の家なのだという。
ランタンの灯り一つで照らされた部屋は思いの外整っていた。小さなベッドが一つ。ランタンの乗った小さな丸テーブル。棚には本が何冊か。ランタンの光は部屋の隅までは届かない。そのせいで、ベッドの傍の窓からは夜の青白い光が差し込む。
そんな、少年の家だ。
そして、そこまでシンクはついていった。普段の彼なら、夜遅くに家に押しかけるなんてしない。そうせざるを得なかったのは、目の前の少年が『なんでも叶えてくれる』と噂の少年だからだ。
ナンバー13。妙な通名で噂される少年は、癖のある金髪に白い肌をした少年だった。椅子に座り、テーブルに頬杖をついた彼は、蒼い目を剣呑に細めてシンクを見つめている。
痛いくらいの沈黙だ。それでも床に正座したシンクは必死に頭を巡らせた。さっき男を撃退した時は、落ち着いた態度といい、随分と大人びて見えた。けれど、こうしてみるとシンクと同い年くらいだ。
……そうだ、それだ。閃いたシンクは目を輝かせて、尻を浮かせる。
「じゃあアレだ! 俺と同い年のよしみってことでさ!」
「意味が分からん」
「それなら、眼の色が俺と同じ蒼だからってことで!」
「あのなぁ……」
呆れる……というよりは、ぐったりしたように少年が呟いた。
「真夜中に人の家押しかけてきて、頼みごとはないだろ」
「じゃあ、明日出直してきたら聞いてくれるか?」
「速攻で逃げる」
「だろ!? じゃあやっぱこれでいいじゃん!」
「あーもーうるさいな! 第一、俺に何か叶えて欲しいんなら、せめて相応のモノ持って来いよ」
「へ?」
「コレだよ、コレ」
少年が投げやりに指先で輪っかを作った。
金か。なるほど。
シンクは一つ頷いて、きっぱりと片手をつきつける。
「無理! うち貧乏だから!」
「……潔いな、オイ」
「それ以外ならなんでもするぜ? 荷物運びから新聞配達、料理まで!」
「貴族としてのプライド0じゃねぇか」
「そんなもんあったって、飯食える訳じゃねぇしな」
笑ってやれば、少年は意外なものでも見るように目を瞬かせた。
なんだというのだろう。シンクが首をかしげれば、少年は再びため息をつく。
「じゃあ、なんか、金以外の報酬用意しろよ」
「! じゃ、じゃあ……!」
「ただし、俺は結構高くつくぜ? 内容にもよるが、普通なら金貨三枚。手間がかかるなら金貨十枚」
「き、金貨三枚て……馬買えるじゃん」
「それに見合った報酬を考えろってことだ。出来ないなら、この話はなし」
「えぇー……それって普通に、俺がお前の荷物運んだり、料理したりじゃ、」
「そういうのは要らん」
「じゃ、じゃあ、アレだ。さっきみたいに、俺がお前の用心棒するとか」
「最終的には、俺がお前を助けてたけどな」
「うっ……じゃあ新しい服とか……?」
「買う金がないから困ってんだろ」
「うぐぐ」
「残念だな。時間切れだ」
「ええっちょっと!」
立ち上がった少年は、有無をいわさずシンクを扉の方へ引きずっていった。扉を開ける。シンクを外に放り出そうとする。
まずい。非常にまずかった。折角の手がかりなのに。シンクは慌てて声を上げる。
「ま、待った! 待てって!」
「俺はそこまで暇じゃない」
「わ、分かった! 分かったから、せめてお前の名前だけでも教えてくれよ! またお前を探す時のために!」
「ナンバー13」
「は? それはお前の通名みたいなもんだろ? 俺が聞いてるのは本当の名前の方で、」
「本当もなにも、これが俺の名前だけど?」
「え?」
淡々とした少年の声に、シンクは動きを止めて振り返った。
少年の目に不審げな色が浮かぶ。シンクが閃いたのは、その瞬間だった。
「それだ!!!」
「は?」
「俺が、お前に名前つけてやる!」
呆気にとられたのか、少年が動きを止めた。
その隙にシンクが少年の方へ向き直れば、少年の値踏みするような目つきが突き刺さった。
「……具体的には?」
「エヴァリスト」
頭に浮かんだ名前を、そのまま口にする。少年の蒼の目をじっと見つめる。
そうすれば少年は剣呑に目を細め……やがて、一つ、ため息をついた。
呆れたような、馬鹿にしたような、そんな顔をして、扉を閉める。
「交渉成立だ。改めて要件を聞こうじゃないか、トリスタン家のシンク殿?」