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act.4 Underground-Lolly-Pop

 act4.  Underground-Lolly-Pop



 物影から警察が慌ただしく通り過ぎていく様を見届け、トウカが蹴り破った穴からダクトに侵入する。

 敵は互いを呼び合い、自分たちの仲間と共に一所を目指しているようだ。まるで、エサでも放り込まれたかのように。その様子を不思議そうに眺めていると、バクの疑問に答えるようにトウカが口を開いた。


「ミューのおかげよ」

「あの、猫……? やっぱりただの自動機巧じゃなかったのか」

「当たり前じゃない。あの子をここに忍び込ませといて良かったわ。おかげで簡単にここの端末にアクセス出来たし、相手の通信機器もいじり放題……。今頃、ミューを私たちと勘違いして鬼ごっこでもしてるんじゃない? トランシーバーもサーモカメラも、今はただのガラクタね」

「恐ろしいヤツ……」


 狭いダクトの中を匍匐前進で進みながら、小さな声で呟いた。


 トウカの指示の下、バクはただ前へと進んだ。

 行先を知っているはずのトウカが先を行かず、バクが先陣をきっているのは、『男の顔面にお尻を向けて進めとレディに言ってるわけ?』という脅しがあってのことだ。


 目指すは地下――この廃屋を隠れ蓑に巣食う亡者の容貌を拝みに行く。

 そこまでの道程はというと、先程いじっていたタブレットで確認したという。忍び込ませた自動機巧にそこまでやらせた上に解析を行い、更にそれを瞬時に記憶したというのだ。それの真偽を確かめる術も暇も無いのでとやかく言えない。


 今はただ、この少女に……主人に大人しく従っておくのが得策だろう。今この状況下で最も危険なのは、バクの下半身なのだから。

 しばらく黙って進んでいた二人だったが、バクが沈黙に耐え切れなくなったように口を開いた。


「なぁ」

「何よ」

「何でこんなことやってんの? こんなムキになってお前がやることじゃなくね? 警察に追われてさ、そこまでしてやらなきゃいけないことなわけ?」

「私は正義感が強いの。そういうことにしときなさい」

「……何だよそれ」

「いいから黙りなさい。……ここで下に降りるわよ」


 バクが返事をする前に背後でガコンと鈍重な音がした。

 その数秒後、軽やかな足音が小さく響いたので、トウカがダクトから抜け出したのだと分かった。バクはそのまま後退して足で穴が開いているらしき場所を探る。トウカの声に急かされて、文句を噛み殺しながら久々に新鮮な空気を吸い込んだ。


 非常灯が赤い光で辺りを照らす。寿命を迎えようとしているのか時折ちかちかと明滅する灯は、危険信号。感情を煽るような光の下でさえ、彼女の瞳は鋭く、冷たかった。


 軽く伸びをするバクをよそにトウカは行き止まりとなったそこにしゃがみこむと、手袋に覆われた手で床を撫でた。剥がれかけたタイルを無造作に剥がし、隠されたスイッチを発見して満足げに笑った。タブレットの電源を入れ、剥き出しになった端子部をコードで繋ぐ。


 『all complete』――皮肉にも思える、解析終了を示すその英字の羅列。あまりにもスムーズな彼女の作業風景に、バクは自分の存在意義を改めて考え直していた。

 薄暗い、赤と黒の空間。立ち止まる彼らの前に、彼らを、そしてこの空間までも飲み込まんとするように四角い闇がぽっかりと空いていた。


「あっちが私たちに追いついてくるのも時間の問題ね。……それまでに、ちょっとここの最深部を探らせてもらいましょう」


 タブレットについたライトを頼りに、二人は暗い地下へと歩を進めた。

 非常灯は点いているがぽつりぽつりと数少なく、かろうじて生き残った蛍のように弱々しい光で彼らを導いた。

 トウカは行き止まりになった扉の前で立ち止まった。重々しい鉄扉が、悲鳴のような音を上げながら彼女の手で開かれた。


「敵がいたら私が対処するわ。あんたはこれで端末に忍び込んで、出来る限り有用なデータを拾って」


 タブレットをバクの手に握らせ、その右手に銃を構えた。文句を言える立場でも状況でもない。彼女のように手早く仕事が出来ないことも承知してくれていると信じて、ただ、背中を守ってくれるご主人様に頷いておいた。


 電灯もない部屋は無秩序に置かれたモニタの光によって淡く照らし出されている。パソコンが数台、機巧の部品がそこここに散らばり、モニタの光を鈍く映し出す。研究所と呼ぶには意外にも狭く感じた。


 中央にはベッドのようなものがおかれ、これが手術台かと推測する。

 ……手術台、というか、処刑台のようなものか。執行を待つ者がここに寝ていたらどうしようかと思ったが、そこには人間ではなく機巧人形が横たわっていた。

 細い肩、小さな頭、長い睫毛、白く、シャープな輪郭……不意に、トウカと初めて会った時のことを思い出した。完全な美しさに目を見張ったあの瞬間。凍りつきそうな視線に恐れを覚えた、あの夜。


 敵を探して目を走らせているトウカの横顔を眺めた。人形のような容貌。彼女は、本当は人間に恨みを持つ機巧人形なのではないか――そう錯覚してしまいそうになる。


「何してるの? 早くしなさいよ」


 彼女の声によって我に返ったバクは、中央にあったパソコンに手をつけた。

 トウカが銃を握ったまま監視するようにこちらを見ている。これでは本当に仲間なのか疑わしく思えてきた。しかし手を休めるわけにはいかない。兎に角、ここの最深部に侵入してデータを頂戴する。それしかもう選択肢はないのだ。

 トウカから受け取ったというか押し付けられたタブレットとパソコンを繋ぐ。ふと、白くカラーリングされたそのタブレットに目をやると、見慣れたロゴが記されていた。四角い枠、右下の三つのアルファベット――これは……。


「こんな所までわざわざご苦労なことだ。……随分と可愛らしいお客様じゃないか」


 暗闇の中から聞こえた声に、意識を奪われた。

 解析していた手を止め、バクはその声の主の顔を見た。暗くてよく見えないが、モニターの光に映し出された男の表情は壮年のそれらしいものだったが、半分は闇に侵食され、瞳が魔的に光った。


 一瞬、わずかにトウカの目玉がこちらを向いた。解析を続けろという指示のつもりだろうか。

 男の方を見ると、トウカの全身を上から下まで目に焼き付けるように眺めている。どうやら、男はパソコンや机の影にいるバクには気付いていないらしい。


「いやはや、私の人形が勝手に動き出したのかと思ったが……。君は一体どこから嗅ぎつけて来たのかね」

「その言い方、やめてくれない? 汚い犬をしつけてるみたいで、反吐が出るわ」


 トウカの言葉にちらと目線を送る。バクの方に背を向けていて彼の心中は届いていないようだった。

 男の太い笑い声が室内に響いた。しかし、彼の目はその色を変えることなく闇の中にあった。


「今の君は、こそ泥以外の何者でもないだろう? そう呼ばれたくなければそれなりの振る舞いをすればいいだけのことだ。そうだろう、お嬢さま」

「……よく回る口だこと。空樽ほどよく響くっていうのは本当ね」

「一体ここに何のご用かな? 家を追い出されて、金を稼ぎに来たか? それとも……父親の敵討ちに来たか?」


 父親の、敵討ち……?


 パソコンのモニターからトウカへ視線を移す。

 彼女は静かにそこに立っていた。

 右腕が、細い手が、腰に備えたホルスターへ伸びる。


「君を目の前にして納得したよ。流石は、あのミカゲ・プロトタイプのモデル。実に美しい。君の父親が機巧人形の研究に没頭した理由も分かる――かつては共に完全な人間を造ろうとした仲だからな。だが、やはり親子だな。科学の発達には倫理をも破らねばならないことを理解しては頂けないか」

「あのモデルは、私じゃない。……それに私は、敵討ちだとかそういうことに興味はないの。会社の内輪もめに巻き込まないで頂戴」


 ミカゲ・プロトタイプはシーキューブの開発したコンパノール――その容貌とトウカのそれを重ね合わせてみた。

 そして、男の言葉から行き着いた結論に、バクはまさか、と息を飲む。


「彼は素晴らしい技術者であり、有能な経営者だった。しかし、我々はたった一つ、あまりにも違いすぎる考え方によって彼を淘汰せざるを得なかった。彼は機巧手術に断固反対していた。会社の利益と損害を天秤にかけて前者が上回ったとしても、彼の科学は倫理の中にあった。そう、常にだ」

「それで? 会社を追われたオトウサマのために、私が命を賭してここまで復讐しに来たって?」

「昭二には感謝しているよ。ミカゲ・プロトタイプ、美しい機巧人形たちの生みの親として、敬愛している」

「ふふ……あははっ、はは、あはははは」


 トウカは肩を震わせ、最後は腹を抱えて大きな声で笑った。

 男はその異様さに背筋を凍らせた。まるで、まるで……人形が表情も変えずにケタケタと笑い声を出しているような、そんな異様さ。


 暗闇に浮かぶ白銀の糸。

 その奥に眠る黒の双眼とかち合い、男は一歩後ずさる。


「お生憎様。私、お人形がだーい嫌いなの。もしも私をモデルにして人形を造ったなら、実の親でも殺しちゃうかも……。ふふ、あはははは!」

「……な、なんだ貴様っ!」


 男は慌ててタブレットを取り出し、それを指で強く叩いた。そして、トウカに目線を向けながらも周囲を忙しなく見ている。


 暗闇の中、冷たい壁の向こうから何か重たい音が響いてくる。

 何か……金属と金属が触れ合うような、音が。


「人間はみんな神様の奴隷よ。だから私は、どんな扱いを受けても文句は言わない。でも、奴隷の奴隷になるつもりはないわ。ましてや人形だなんて、そんなの――」


 男の後ろ、資料を収めていた棚がぐるりと回転し、そこにまた深い闇が現れた。

 黒く澱んだその中から、金属の冷徹な響き、そして――複数の手。


「……まっぴらごめんだわ」


 ホルスターから素早く銃を引き抜いて、闇に向かって弾丸を撃ち込む。


 火花を上げて飛び出したそれが闇に虚しく吸い込まれ、何かに弾かれた音がした。

 当惑していると、トウカの怒号が鼓膜を震わせた。


「ちょっと! 解析は終わったの? さっさとここから逃げたいんだけど!」

「いや、まぁ、終わったけど、ちょ、なに喧嘩売ってんだよ……!」


 トウカが放った弾丸は、男の両足に撃ち込まれた。動きを封じられ、痛みにのたうちまわる彼の後ろから、彼を守るように現れたのは機巧人形。軍事用に開発された戦闘用機巧人形、通称、ガンドールだった。


 一体、二体と暗闇から姿を現すそれに怯むことなく立ち向かっていくトウカ。戦闘用に造られた機巧人形は、彼女の細い体躯と並ぶとますます屈強に見えた。

 弾が無くなったことに気付いて、トウカは人形の一つに銃を投げつける。彼女の舌打ちと共に乱暴に投げられたそれは人形の前頭に当たり、わずかに足元をふらつかせた。

 頭一つ分上にある人形の顔に、迷わず右脚を叩きつける。彼女のしなやかな体が回転し、白い髪が空中に流れた。


 が、地に足をつけた瞬間、彼女の腹に人形の頑強な腕が吸い込まれるようにして入っていった。彼女の左の脇腹に入ったそれは、やわらかく沈みこみ、彼女を地面に屈服させた。

 恥辱にまみれた表情。バクはその様を見つめていたが、多勢に無勢、苦しむ彼女の姿に唇を噛む。


 気高く強い彼女。傲慢な主人に与えられたタブレット。

 それを手にしたバクは、意を決して走り出した。


「……! やめなさい、バク!」


 苦しげな声で叫んだトウカ。その静止の声も聞かずに、バクは先程倒れ込んだ男の方へ走った。彼女が応戦してくれていることに感謝と罪悪を感じながら、バクは男の胸ぐらを掴んで自分の方を向かせた。


「おい、おっさん、死にたくなかったら早くあのクソ人形止めろ。言うこと聞いてくれたら警察にも言わねー。……さっさとしろ」

「……はは。だれがこそ泥の言うことなど聞くものか。この研究所は、この人形は、全て、私のもの、だ……!」


 男の目はもう何処も見てはいなかった。バクは拳を握り締め、歪んだ男の顔面に一発、怒りと焦燥を混ぜてぐしゃぐしゃになったものを叩き込んだ。


 男の側に転がるタブレットを手に取る。画面は割れ、もう役には立ちそうにない。

 地面に投げつけたそれは、音を立てて落ち、跳ね、暗がりに逃げるようにして滑り落ちた。


「くそっ……!」


 頭を垂れ、地に手をついた。

 トウカのタブレットを取り出し、侵入した端末から機巧の動きを止める術を探す。その背後でトウカを押さえつけ、バクに襲いかからんとする影に彼は気付いていなかった。


 地に落ちた影にバクが気付いて振り返ったその時、起き上がったトウカがその足元に滑り込み、機巧人形の攻撃を阻止した。


 眩い白銀の髪はこれ以上にないほど近くできらめいた。

 真っ直ぐに伸びた髪、鼻先を撫でる、その毛先。

 バクを庇うように手を広げた彼女の腕も脚も、疲弊しきって震えている。


「あんただけでも、逃げなさい。私には、そのデータが無くっちゃ意味ないの。ここにいられても邪魔だし、死なれても困るのよ」

「……お断りだ。俺も、この手に直接金貰うまでは、死んでたまるか」


 トウカは手を広げたまま振り返った。

 バクが不敵に笑って見せると、同じように意地悪く笑った。


「……いちかばちか、突っ込んでみるわ」


 機巧人形が二体、トウカに視線を定めた。その手に握られているのは銃。気付いたバクがトウカを止めようとした刹那、彼女は冷たい闇と風を纏って走り出した。

 機巧人形の放った弾丸が、彼女の右腕と右脚を撃ち抜く。


 白いドレスに、赤い液体が――目を逸らしそうになったが、彼女の体に変化はない。弾丸、銃声、裂かれたドレス。金属音、銃声、金属音……。

 その下から覗いた身体に、バクは目を見開き、喉を鳴らした。


 戸惑っているようにも見える機巧人形達の懐に飛び込んだ彼女の身体――銃弾によって無残に破かれた、可憐な白いドレスの下にあったのは、鋼色の右腕と右脚。

 システムが遮断され、光が途切れ途切れに灯る室内。

 弱々しい光の中、それを吸い取って弾き返す鋼。完全な人形の容貌に続く、完全な人体の模造品。体躯に沿うように張り付いたドレスでさえ、彼女のためにあるように思わせた。


 トウカは鋼の腕に力を込め、人形たちに立ち向かう。

 彼女の動きに合わせて舞い踊る白いドレス。


 機巧不適合症の少女を腕に、悲痛な声で心中を吐露した彼女の姿をバクは静かに思い出していた。

 機巧に食べられるという恐怖、幻想、それらを想像することが出来ずに頭が麻痺するのを、バクはもどかしく思った。

 闘う彼女の腕や脚、そこに繋がる生身の身体がちらついた時、彼女が背負うものを見せつけられた気がした。


 己の敵を潰そうとしているのか、己が最も嫌悪する人形を、あるいは己自身を壊そうとしているのか。

 固く握り締めた右手で、機巧の頬に痛烈な一撃をお見舞いする。


 倒れ込んだ敵。間髪入れずに腹を右脚で踏みつけ、動きを封じる。怯んだ敵の手から銃を奪い取り、銃口をそのまま口にくわえさせた。

 引き金を引こうとする手が震え、本物と違わぬ鋼色の手指が銃と触れ合い、カタカタと鳴った。


「……ごめんなさい。でも、私は、……私は――心まで人形には、なりたくないの」


 少女の小さな手の中で、銃が鳴いた。


 一発、二発――弾が切れても、少女は震える手で引き金を引いていた。


 バクはコートの内側に忍ばせていた銃を慣れない手つきで操りながら、残った人形の頭を打ち抜いた。倒れ付して動かなくなったのを確認して安堵の表情を見せ、トウカの側に駆け寄った。


「ごめんなさい……――さようなら……」


 白い容貌に空いた二つの虚空から、雫がこぼれ落ちた。


 冷えきったその右腕が涙を拭おうとしたと同時に、バクはコートの袖でその雫を受け止めた。トウカはばつが悪そうな顔をしながらも、不器用に笑ってみせた。



 *  *  *



 ドレスが破れたトウカに、バクは黙ってコートを差し出した。

 機巧の身体とはいえ、中途半端に破れた服でそのまま隣を歩かれるのも目覚めが悪かった。


「あら、優しいじゃないの」

「別に」


 肩にコートをかけ、そのまま全身を覆うように羽織る。

 バクの視線に気付いて、トウカはくすりとあの嘲笑を浮かべた。


「気を遣われるようなことじゃないんだけどね。でも、感謝するわ」

「……いつからなんだ、その身体になったのは」

「ほんの数年前よ。ちょっとした事故でね。右半身やられちゃったから、つけてもらったのよ。この季節、身体が冷たくってイヤになるわ」


 無邪気に笑っていたが、その瞳はどこか寂しげに見えた。


 研究所の地下から抜け出し、廃工場の裏路地を使って人気の無いところまで逃げてきた。

 いつの間にかミューも無事に任務を終えて帰還し、トウカの肩に乗って甘えた声で鳴く。バクはそこで思い出したようにタブレットを取り出し、トウカに渡した。ついでに、あの研究所にいた男の分も持ってきた。壊れているが、中身は無事かも知れないという期待あってのことだ。


「ご苦労さま。じゃあ、またどこかでお会いしましょう」

「ちょっと待て、金払えよ! 散々こき使いやがって、ふざけんな!」

「あらぁ、最後に私言ったけどぉ? 帰っていいわよってー」

「それとこれとは話が別だろうが……! お前、その機巧で人のこと容赦なく蹴ってただろうが! 本気で殺す気だっただろ! 訴えるぞまじで!」

「あんたみたいな汚い犬、誰が弁護してくれるかしらぁ?」


 二人があれこれ騒いでいると、ぱっと明るい光で路地が照らし出された。


 光の方へ目を向けると、最初に追ってきた刑事、へろへろになった間宮、機動隊がそこまで迫っていた。刑事は拡声器を手に、また気だるげな演説を始めた。


「……大変ね、がんばって逃げなさいよ?」

「いや、お前もだろ。むしろお前が追われてたんじゃなかったっけ?」


 そうこうしている間に、狭い路地に機動隊がなだれ込んで来る。

 残り少ない弾数の銃を手に、相手を威嚇しつつ二人は夜闇の中を逃げる。


 ミューがトウカの肩の上で退屈そうに伸びをしながら、主人を呼ぶときの甘い声で何度か鳴いた。

 それに苛立ちを覚え、バクが機動隊の群れにミューを放り投げた。


「ちょっと! ミューになんてことすんのよ!」

「どーせ逃げ切れるだろ。足止めくらいしやがれ、馬鹿猫」

「……ったく。――ね、これからどうするの?」


 月光の下、白銀の髪をなびかせてトウカはバクの方を見つめた。

 何も考えていなかったバクは、星々が燦然と輝く夜空を見上げて、白い息を吐いた。今までもこれからも行き当たりばったり、特に展望もない。ならば、少々神様に任せてみるのもいいかも知れない。


 そう、どうせ自分たちは――。


「俺は奴隷だからなー。金が無くっちゃ生きられないし。金があるやつのとこについて行くさ。当分、恵んでもらうとするかな。シーキューブの、元ご令嬢に」


 薄汚れたパーカーに、穴の空いたジーンズ。黒い煤のような汚れがついた横顔は、意地の悪い笑みがよく似合っていた。


 不思議そうな顔で暫くバクの表情を見ていたトウカ。

 彼の言葉を受け取り、高慢な冷笑でそれに答えた。


「しっかり働きなさい。じゃなきゃ、あんたに用はないわ」


 路地裏に月の光がやわらかく注ぐ。

 光は白く、真っ直ぐに辺りを照らす。


 少女のドレスはその光を受けて真白に輝いた。夜風を受けて、冷たい冬の空気を含んで夢のように膨らむドレス。

 星が落ちてきた、その軌跡のように輝く白銀の髪の奥にけぶる瞳は遠い空を仰いで笑っていた。


 鋼の右腕を伸ばす。

 澄んだ空に伸ばされた手は、星までも掴めそうな――そんな強さで拳になった。







 End.


 ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

 自分にとってあまり書いたことのない、苦手なジャンルでお話を書いてみました。楽しい反面、やはり大変難産でございました。



 とりあえずの完結を迎えましたが、いつか続きを書けたらいいなと思います。


 ご意見、ご感想などあれば、お気軽にどうぞ。

 他の拙作共々、よろしくお願いします。


 それでは、また違うお話で。

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