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act.2 道徳など、今更

 act.2 道徳など、今更


 人が思う理想の姿は各々で異なる。

 しかし、より理想に近付こうと、完全体になろうとする心理は同じく存在している。時代によってその理想は異なる。そして、理想を現実に出来る人間の数も、時代によって異なってくる。


 技術の進歩により、人は人ではない何者かになろうとしているようにバクの目には映っていた。彼らは望み通り欲の色に染まる。骨を削れば細くなるし、肉を入れれば太くなる。

 人形造りと何ら変わらないそのママゴトを、気持ち悪いと感じる人間も最早少ないだろう。傷つくことを知らず、痛みを知らない体を持つというのは一体どのような気分なのだろうか――。


 人間の欲望は、その時の技術では叶えられないような、あと一歩及ばないような高みを目指して、変化しているのだろうか? 美に執着し、厚い化粧で己の素肌を隠す少女を見かけた時、ふと、美人の定義は時代や国によって違うんだよな、と思い至った。そういえば、去る時代の欧州ではコルセットをきつく巻いて腰を細く見せていたそうな。


 女ってのはバカだな、と考えた所でバクは自分が何のことを思案していたのか忘れてしまっていた。


 不意に自分の立っている周囲が明るくなる。光源を探すと、それは頭上はるか高くにあった。


 真白に輝く月。


 淡く落ちた光は廃墟になったビル群の影を一層濃く見せている。静寂に響くのは自分の足音だけだと気付いて、思わずバクは立ち止まった。所々に丸く、四角く、落ちた光に目を向ける。

 ビルとビルの間、真っ直ぐに月光が差し込むそこは、膨張した光で眩しかった。


 バクはその光の中に蠢くものを認めた。二つの虚空はガラスの瞳、光に滲む白い肌、黒い髪。朽ちた木箱に腰掛けた機巧人形の首がカタリと音を立ててこちらを向いた。その不自然な姿勢に、バクは顔を顰めた。


 機巧人形の喉元に伸びる白い腕を辿る。溢れるフリル、上質さがきらめくドレス、流れ落ちる絹糸のような髪。その全ては白く……青と錯覚してしまうほど白く、光を貯め込んでいた。闇と対比する白磁の肌、ほっそりとした輪郭、おさまるパーツは寸分の狂いもなく造形されている。


 ――人形が、人形を……。


 その異様な光景に驚きよりも怖れを覚えた。バクの喉が大きく動いて、鳴った。


「何か、ご用?」


 黒髪の人形を掴んだ白い美少女の人形が口を開いた。闇に届いた声音は冷め切っていた。

 瞬間、バクは目の前の人形が人形でないことを理解した。


 黒髪の人形の首を掴むその手は白く冷たくとも、漆黒の瞳は鋭く、意志を持つ。彼女の瞳に映る闇と光、そしてバク自身を見つけながら、彼の脳裏にはある思索が巡っていた。


(そうか、こいつが例の――)


 ポケットに手を突っ込む。右のポケットには既に先客がいた。財布の感触を、持ち主の愚鈍な顔を思い出そうとするかのように触れ、バクは静かに笑った。


「シーキューブ社の二〇四〇年製コンパノール陸‐壱式……リトルドール『アリエル』って言った方が分かりやすいかもな」


 白い少女に歩み寄りながら、バクはうそぶいた。


 機巧人形には様々な種類がある。軍事目的のものもあれば、給仕用、愛玩用、人間の望みの分だけ、数え切れないほどの数の機巧人形がこの世に存在している。愛玩用機巧人形はコンパノールと言い、世間ではリトルドールという愛称で親しまれている。その名は、恋人の代替品である愛玩用機巧人形を所持していることに、後ろめたさを感じる者達によって付けられたものであるが。

 人間の容姿をしているとはいえ、所詮は作り物の人形。経年劣化は避けられない。こうして路地に捨てられているのも珍しいことではない。


 その人形に興味を示す人間がいても不思議ではないが、普通なら汚らわしいと思うか、すぐに部品を転売しようと考えるか、だが、目の前の少女は違う目的があるらしい。乱暴に人形を掴む少女を目に映しながら、バクはそう考えた。


 少女の瞳はますます鋭くなる。月光が差し込み、長い睫毛は淡雪が積もったようにきらめいた。


「市場に出てる『アリエル』の試作品……というか、市場に出てる方がコイツの試作品かな。秘密裏に開発されたアヤシイ代物だから、一般には出回ってないけど」


 言葉を全て聞き終える前に、少女は訝しげな視線をバクに寄越した。


「……どうしてお前が知ってるってカオだな」


 人形から手を離すと、真正面からバクに対峙した。

 人形はコンクリートの冷たい壁に体を預けて俯いている。


「あんた、シーキューブの人間なの?」

「こんなナリしてるやつが真っ当に働いてるかよ。そーだな、俺は……善良な一般市民ってとこかな」


 変わらず少女は疑わしげな目付きでバクを見ていた。

 駆け抜けた冷たい風が、彼女の豪奢な白いドレスの下から吹き上げた。幾重にも重なるフリル、膝より上、いやもっと上まで覆われているのかその判別はフリルのせいでつかないが、長いブーツも同様に白かった。ただ、足元だけは少し黒ずんで見えた。


 薄汚れたパーカーのポケットに手を突っ込み、バクは自身を誇張するように胸を張って斜めに立った。


「お前だろ、噂んなってる『白い少女』っていうのは。にん……人形を壊してまわってるっていう」


 人間を殺してまわっている、というのは流石に口に出せなかった。もしかしたら自分も……という嫌な予感が無いことも無かったからだ。下手に挑発してここでデッドエンド、なんて御免だった。

 それでも彼はその白い少女に近付く。彼には目的があるのだ。危険を冒してまで手に入れたいもの――金のために、彼女に近付いて情報を引き出す必要があった。


「靴は汚れてるが、綺麗なナリしてやがる。ここらへんをうろついてはいるが、お前にはちゃんとした寝床があるんだろ? ……何の為にこんなことしてるのか知らねーけど」


 少女の眉がぴくりと動いたのをバクは見逃さなかった。

 彼女の表情を隠すように、吹き抜けた風が絹糸のような髪を操り細い輪郭に貼り付けた。


「そいつが欲しいんなら勝手に持ってけよ。ここらへんにある研究所が捨てたんだろうよ、もう誰のもんでもねーさ。シーキューブの下請けか、流れてきたそれを買ったのか、そこまでは知らねーけど。お前が要らないってんなら、俺が転売させてもらう」


 バクは笑いながらそう吐き捨てるように言った。

 その言葉には真実と嘘を半分ずつ混ぜた。彼の嘘とは、彼女の隣に大人しく座る人形を欲しているということ。彼には、そんな目に見える金塊など興味は無かった。彼女の真意を聞き出すための道具、今はそれだけの価値しかない。宝を隠した城そのものを手に入れる、そのことしかバクの頭には無かった。


「お前が先に見つけたんだ。お前の好きにすればいい」

「私は……」

「……?」

「私は、こんなもの、欲しいわけじゃないわ」


 月光の中に、さらさらと長い黒髪が舞った。


 白銀を受けながら、機巧人形は宙を舞い、恨めしそうな空虚な瞳を二、三度こちらに向けた。細い体は跳ね上がり、大きな音を立てて地面に倒れ伏す。


「私は、人形が大嫌いなの」


 人形を弾き倒した少女は冷たい目でそれを見下ろしていた。

 振り上げた手を静かに下ろし、もう一度バクに挑戦的な目を向けると、赤い唇を開いた。


「善良な一般市民さんが、どうして私を口説いているのか、教えてくれる?」

「別に、用は無いさ。そこでぶっ壊れてるコンパノールを売るつもりだっただけだ」

「へぇ。あんたが知ってる情報売った方が、お金になるんじゃない?」


 目を細めて、少女は言った。

 人形のような顔に表情が生まれたことに、バクは驚いた。


「どこで勉強したの? この人形のこと、私でさえ知らなかったのに」


 銀糸が月光から解かれたように少女の体にまとわり、風に乗って舞い上がる。邪魔だとでも言いたげに少女は背中に向かって髪を流した。


「あんた、お金が欲しいの?」


 カタリと響いた金属音。

 音源を探して足元を見ると、顎を天に向けた人形の瞳が二つ、こちらを睨んでいた。


「ねぇ、聞こえてる? 信用していいのかしら、あんたも、あんたの情報も」

「……もちろん」


バクの言葉を聞いて、白い少女の赤い唇が下弦の月のような弧を描いた。



 *  *  *



 バクは鼻歌を歌いながら、財布をぽんぽんと宙に放っていた。


 薄汚い衣装に身を包んだ肉体は、この街では石ころ同然、人々の目には人間として映らない。娯楽に溢れ、話題に事欠かないここに暮らす人々には、風景を記憶するどころか把握する容量さえもないのだろう。


 バクは人々の間を空気が流れるように自然に歩いていく。



 鼻歌は、人の皮を被った化生の声に紛れる。彼の耳に化生の声がするすると流れてきて鼻歌となって消えていった。こうも大勢の人間がいては、誰かが自分の話を聞いているなどという意識は薄れるようだ。皆、大きな声で下らない話を垂れ流す。バクは石ころになってそれらを聞いていた。


 時間が変われば人も変わり、話題も変わる。深まる闇、眩いネオン。化生たちの声は昼から夜になるにつれ、次第に下卑たものになる。バクが望む噂もまた、溝色のそれである。


「ちょっと、いいかな」


 その声は腹黒いものではなく、呆れるほどに弱々しいものだった。

 だが、今バクが望んでいる声でもあった。ニヤリと笑いながら、バクは声の主へと目を向ける。


「待ってたぜ、おにーさん」


 そこには、数日前に出会った刑事、間宮の姿があった。

 緊張しているのか、眉根を寄せて彼はバクの正面に立った。バクは歯を見せて笑うと、彼に忘れ物を放って渡した。


「返すぜ、ワスレモノ」

「あっ……」


 財布を両手で受け取ると、間宮は中を確認して唖然としていた。

 何回か振って空っぽのそれを見つめている。


「カード類は残ってんだろ。っていうか、元から入ってないようなモンだっただろーが……。代金は追加で請求させてもらう」

「だ、代金?」

「あぁ、前にあんたが言った頼み事、引き受けるぜ。ただし、それなりの金はもらう」

「……分かった。望み通りにしよう」


 バクはゆっくりと口角を上げた。

 間宮に近付くと、顎でこちらに来いと路地裏の闇を指し示す。

 間宮は黙ってそれに従った。


「で、俺は何をすればいいのでしょーか」

「彼女――あの白い少女が現れる場所と時間が分かれば充分っていいたい所だけど……もっと高望みをするなら、彼女を捕まえたい」

「はぁ? そこまでやらせるのかよ、かよわい少年によ」

「お、おびき寄せてくれるだけでいいんだ。ある場所に」


 シーキューブの子会社や、同種の技術を開発する研究所がこの辺に集中している。部品や情報を流通させるのに便利が良い、という理由からである。


 機巧手術や機巧人形に使用する部品の多くはシーキューブ製。今回狙われた被害者は全て機巧手術を行なった者で、しかも使用したのはシーキューブ製の部品とあって、この周辺にポイントを絞ったのだと青年は説明した。そして、生身の体であるバクは彼女に狙われる理由はないだろう、とも言った。


「警察では、シーキューブ社に対する怨恨が彼女の動機だと睨んでいる。だから、手術を行なっている大元の場所を伝えれば、彼女はそこに必ずやってくるはず」

「……んな簡単なことじゃねーと思うけど」


 昨夜出会った、あの少女の瞳を思い出し、バクは呟いた。

 機巧人形を張り倒した彼女の腕を、冷たい頬を、黒く鋭い瞳を、それらを目にした時感じた彼女の原動力。単純な理由で生きる化生ではない、バクは根拠もなくそう信じていた。


「とにかく、ここに彼女を連れてきて欲しい。……まず見つけるのが大変だと思うけど」


 青年からメモを受け取り、素直に頷いておいた。

 彼女と接触したことはあまりべらべらとしゃべらない方が良い。もちろん、彼女にも、警察と繋がりがあることはバレないように。

 どちらからも甘い汁を啜るには、前払い方式で交渉した方が良さそうだとバクは青年の話を半分聞きつつ思惑していた。


「場所と時間はここで会った時にもう一度確認しよう。もし彼女と接触できなくても、発見したら教えてくれ」

「ほーい。じゃ、やってみるわ」


 青年の横を通り抜け、バクはあくびをしながらやる気のない返答をした。

 間宮の体が強ばった。前回の事故がトラウマになっているようだ。ふわりと風が通り抜け、間宮のコートを翻させた。


「じゃーな。ここらへんでうろちょろしてるわ」


 間宮に背を向け、路地裏の闇へ消える。

 暗いビルの影から様子を窺うと、何度も自身の体に触れ何かを確認している間宮の姿があった。コートの内側、尻ポケット、そこにある厚みに安心したような表情を浮かべた。そして、街を行く人影の一つになって去っていった。


「さーてと。さっそく前払いで報酬頂きますか」


 今頃困ってるだろーな。

 尻ポケットに入ったダンボール紙にいつ気付くかな、とバクは声を抑えて笑った。今回は警戒したのか、元から大金は持ち歩かない性格なのか、前回とあまり変わらない中身に、こんなものかと溜め息を吐く。


 あれがこの街の刑事じゃ、あの少女は捕まえられないだろう。

 優秀過ぎてもこちらの仕事がはかどらなくて迷惑だが、あの青年の単純さというか愚直さには、呆れを通り越して心配だという感情が起こる。


「……風呂にでも行くかな」


 あまりに汚い格好をしていると、もう一人の新しい主人が冷たい目で睨んでくるのだ。風呂に入るのは一週間に一度と決めていたが、金を得るまでは機嫌を損ねるわけにはいかない。

 間抜けな主人、間宮と違って、あの少女は高圧的で賢哲、上に立つ人間の気風を備えているように思えた。無意識に従ってしまうのはそのせいか、しかし、こうも犬のような扱いを受けていると文句が一つや二つどころか無尽蔵に溢れてくる。


 だが、この少女の犬となるのを決めたのは自分自身。飛び出しそうになった罵倒の言葉を喉の奥で殺して、風呂上がりのぼうっとした頭に納得させていた。


「お金が欲しいんでしょ、だったら、私の言うことを聞きなさい」


 積み上げられた木箱を指差し、バクにそこを拭けと命じた少女。綺麗になったのを確認すると、そこに腰を下ろし、バクを見つめた。

 露骨に溜息を吐くと、黒い瞳が二つ、刺し殺さんばかりの視線を送る。


「お前も人使いが荒いよな。どっかいいとこのお嬢さんだろ?」

「お前じゃない。トウカさまって呼びなさい」


 白い少女――トウカは、強い口調で言い放ち、眼前に立つバクの向こう脛を蹴った。舌打ちしそうになったが、逆らうような素振りを見せると機嫌を損ねられ更に面倒なことになると思い至り、歯を食いしばる。


「相棒っつーか……奴隷じゃねーか」


 小声でそう言うと、バクは乾いた笑みを漏らした。

 それを聞いてトウカは、組んだ足の上にひじをつき、絹の手袋に包まれた薄い手に頭を乗せた。そして、そこにはこぼれんばかりの冷笑。


「残念だけど、人間はみんな神様の奴隷よ。ただ、幸せな人間はそれを知らずに生きているけど」

「そういう話してんじゃねーよ……」


 調子が狂う。


 連続殺人犯と容疑がかけられている少女に出会い、上手く利用して警察に売るつもりだったが、どうやら主導権を握られてしまったようだ。


 さて、どうやって覆そうか、と考えたが、まぁ金が手に入ればそれでいいか。行き当たりばったりで生きてきたんだ、これからもそれで行こう。バクが思惑を巡らせていると、不機嫌そうな顔でトウカがまたバクの向こう脛を蹴り上げた。


「んだよ、気に食わねーなら口で言えよ、暴力女。その口は飾りか? ふざけんなよ、ったく」

「ごめんなさい? 話を聞いていない様子だったから、立ったまま眠ってるのかと思って」


 わざとらしく謝罪の言葉を述べるトウカ。その黒曜石の瞳は細められ、長い睫毛は震えている。


 昨日と違うデザインのドレス。しかし、色は相変わらず真っ白だ。胸元には大きなサテンのリボンが揺れ、細い腰を強調するように体のラインに沿って布地がぴったりと貼り付いている。下半身はフリルが空気をたっぷり含んで、裾から溢れていた。

 こんなドレス……どこで売っているのやら……また逸れてしまった考えにブレーキをかけ、トウカの話に耳を傾けた。


「もう一度言うわ。あんたがその工場に先に行きなさい。そして、様子を伝えて。ちょっとでもヘンなことあったら言いなさい。以上」


 まだ充分に信用されていないのか詳細は語ってくれなかったが、この少女は機巧手術を受けた人間――それも、違法に施術をされた人間を探しているという。その大元である、手術を請け負う人間やその場所を知りたいと。


 丁度いい、とバクは間宮から指定された場所を教え、笑みをこぼしそうになったが、彼女の命令に凍りつくことになったのだった。そこに行った振りをして嘘の報告をすることも考えたが、この少女にそんな中身のない情報提供などしてしまっては、最悪蹴り殺されるような気がして、思いとどまった。


 あの間抜けな刑事、間宮と違って、前払い報酬の交渉さえ叶えられそうになく、今更逃げることも許されなかった。それに、働きに応じて金はいくらでも払ってくれるというのだから、断る理由などバクには無かった。


「はぁ……もういいや、一緒に行こうぜ? どーせ俺が先に行ったって一緒に入ったって同じだろ? 何回も同じとこ行きたくねーし」


 それでトンズラかまそう。会話に疲れ、とりあえず彼女に頷いてもらうことを考えた。


「そう。案内役はしっかり頼むわよ。中途半端なとこで投げ出そうものならお金もあげないし……不能にしてやるから」


 誰だ、生身の体だから狙われることなんかないって言った奴。今ほど機巧の体が欲しいと思ったことはなかった。

 トウカの右脚を凝視しながら、少し距離を取る。ひきつった笑顔で何とか立つバクをよそに、トウカは、さて、と呟いて立ち上がった。


「じゃあ、明日の夜、ここでまた落ち合いましょう」

「……うーす」

「本当に大丈夫なんでしょうね? ガセだったら本気で蹴り殺すからね?」

「物騒なこと言うなよ……金さえもらえりゃ大人しく言うこと聞くって」

「そう、ならいいわ」


 トウカの動きに体が跳ねる。無意識下での行動だったが、彼女の機嫌を損ねたのではないかと冷や汗が伝う。そんなバクの心情を読み取ったのか、きょとんとしていたトウカはゆっくりと微笑んだ。


「安心なさい。ちゃんと仕事してくれるなら、私があんたを守ってあげるから」


 これまで見てきた侮蔑や嘲笑、そのどれとも違う表情に思わず呻きに似た声が漏れた。

 長い睫毛が縁どる虚空は優美、夜風になびく白銀の髪は高貴――月光を受け、少女はバクに背を向けて歩きだした。






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