08 ナオの場合
副題 『納豆と私』 なぜ…。
山田 奈央それが私の名前です。
高校2年生。もうすぐ17歳です。好きな食べ物は“納豆”。
部活動は、小学生の時は体操部、中学生の時は陸上部に、高校生には水泳部に所属していました。
私は、小さい頃からガリガリで、肌も色悪くガサガサ。髪もボロボロで伸ばせないのでいつもショートカットをしています。
ガリガリのつるぺた…この容姿のせいで、初対面の人には男の子に間違われるのですが、あまり気にしていません。(若干のつるぺたが哀愁漂っていますが……ボインになんて憧れていませんからね!)
幼少期は何を食べても体重が一向に増えなくて、とても慌てたのは両親でした。病院に連れて行かれて、出された診断は“栄養失調”。なぜか、虐待まで疑われたそうです。
両親の悪戦苦闘の成果なのでしょう。偶然食べた“納豆”。それが私の身体にあったようで……運動するようになって、沢山食べられるようになり(主に納豆を)メリメリと元気になりました。納豆様々です! 実は、同じ“大豆”で出来ている豆腐や味噌汁なども試したのですが、やはり何か違うみたいで…。“納豆”って偉大だよね? って事になりました。ちょっと大雑把だけど、両親の明るさよって、救われました。
こうして、私は、両親と納豆に育てられ、幸せな日々を送っていたのです。
高校二年生、二学期の期末試験の最終日。
部活動もありませんでしたので、私の為に頑張ってくれている共働きの両親の為に“納豆カレー”をご馳走するサプライズを考えていました。料理は得意ではなかったのですが、感謝の気持ちを何か行動で示したかったのです。
スーパーに寄るために、いつもと違う道を通ったのがいけなかったのでしょうか。
クラスメートの白鳥アイリさんと、すれ違ったと思ったら足元に真っ黒な穴が急に出てきたのです。
このままでは、白鳥さんが巻き込まれてしまう!! と思ったのに、なぜか、彼女に足を掴まれて一緒に連れて行ってしまいました。
気がつくと……そこには…。
(懐かしい…?)
と、なぜか感じた場所
だけど、
だけど、
嗚呼っ…!!
「お母さん、お父さん」
もう、あの優しい人達に会えないかもしれない。私は涙が止まりませんでした。動揺し暴れる私を、直様、甲冑を着た…騎士様が押さえ込みました。そして、白鳥さんに慰められて、なんとか落ち着きを取り戻しました。
隣では、白鳥さんが心配そうに私の様子を伺ってくれています。…その時、気付いてしまったのです。
(私…白鳥さんを、巻き込んでしまった!?)
大変です。彼女は学校でも人気者だったのです。それなのに、私があの道を通ったばかりに!! 私はワタワタするばかり。どう、白鳥さんに謝罪をしようかと焦ってこちらの人の説明を聞いていませんでした。(それを後から、凄く後悔することになるのです)そんな私を、白鳥さんが笑顔で落ち着かせてくれました。……白鳥さん! 貴女って人は!
偉そうな人達が何か話し終わると、白鳥さんが金色の髪をした男性に、お姫様抱っこをされて連れて行かれました。「白鳥さん!!」 私は、白鳥さんが乱暴な事をされるのではないかと焦りました。直ぐに、元に駆けつけようとしたのですが、先程の騎士様に腕を引っ張られ反対方向に、そのまま引きずられたのです。そして、向かった先はジメジメした薄暗い場所で……友達とある映画で観た“地下牢”みたいな場所でした。
騎士様に、白鳥さんは無事なのかと聞くと、「あんたよりはな」と、鼻で笑われてしまいました。
(よかった)
(白鳥さんが無事ならよかった)
向こうの世界の優しい人達と離れてしまったのは、辛かったですが、騎士様の言葉を聞いて、私は安心して眠ることが出来ました。
――翌朝
冷たい床の上でそのまま寝てしまったので身体がギシギシいうのですが……なぜか、何時もより身体が軽いのです。生まれて初めて感じた、絶好調ってやつでしょうか?
ストレッチをしていると、昨日見かけた眼鏡をかけた綺麗な顔をした男の人がやってきました。(宰相様らしいです)どうやら、私はお城で下働きとして住まわせてもらえるそうです。(お給金も、多少ですが出るとか!?)白鳥さんも『ぜひ』と勧めてくれたらしく、私はこうして、仕事を手に入れられました。
黄土色のワンピースに白いエプロンをつけて、後、女で短い髪と黒髪は目立つらしく、隠すために大判のスカーフのようなものも渡されました。久しぶりに着たワンピースは、ぶかぶかで、胸(!)から足にかけてスゥスゥして頼りなく、着なれない服装にちょっとテレてしまいました。
初めての仕事は失敗の連続でしたが、折角、白鳥さんが私の為を思って勧めてくれた仕事。投げ出すわけには、いきません。笑顔! 笑顔! で乗り切ります。それに時々ですが、心配してくれた白鳥さんが、私の所に会いに来てくれるのです。
「本当は、会ったらいけないんだって。だから、内緒にしていてね」
白鳥さんは、今、神殿に住んでいるようで、そこはとても厳しく全然自由がないとか。周りの人も知らない人ばかりで、とても冷たく、私がここに居るだけで頑張れると言ってくれました。そう恥ずかしそうに話す白鳥さんはとても可愛らしく、私は白鳥さんの為にも、一生懸命頑張ろうと決意を新たにしたのです。
「アイリ様」
「!」
現れたのは、紺色をした祭服を着た綺麗な顔をした男の人でした。「やだ、見つかっちゃった」と言いながら、足早に白鳥さんはその人の元に向いました。その間、男の人が私の方をじっと見ているのがちょっと怖かったです。白鳥さんと親しく話しているがダメだったのかもしれません。…白鳥さん、叱られてなければいいのですが。
“仕事をして、少しの食事、そして寝る”
というのが、私の下働きとしての生活でした。
食事は、水とフランスパンの様な固いパンと豆類が少々。たまに、干し肉のようなものが付いてきますが、干し肉は固くて中々食べられないので苦手です。
しかし、あれ程苦労した向こうの世界での食事より、粗末なこちらの食事は、何故かとても私の口に合いました。“馴染む”っていうのが合っているのかもしれません。
充実した食生活の中、付いてくる豆で愛しの“納豆”をどうにかして作れないものかと、呑気に過ごしていたのですが…。
ある日、困った事になったのです。
「髪が…」
私の髪は、真っ黒だったはずなのに。生え際が“薄い金色”になってきました。もの凄く格好悪いです。しかも、伸びる早さが尋常じゃなく『呪いの人形』になった気がします。それに、あれほど、部活で焼けて真っ黒だった肌も、どんどん白くなっていますし、どうしたものかと悩み中です。
容姿の変化には吃驚してますが、体調はすこぶる快調です! ジャンプも楽しくて何度も出来ちゃう。体も軽く、余りにも軽くて、空も飛べそうって思っちゃってます。という訳なので、多少の変化なんかで白鳥さんに心配をかけるわけにはいきません。(白鳥さんはいつもと変わらず美少女でした。それに、この間はなんと! 王子様と抱き合ってました!! 二人は恋人なんでしょうか?)私は支給された大判のスカーフでなるべく顔を隠して、髪と肌を見られないように過ごしました。
この世界に来て、数ヶ月が経ちました。
この頃になると、私の髪の毛は元の色が無くなっていました。肌も真っ白になってしまい、あれ程ガリガリだった体型も、女の子らしくなってきました。正直に白状しますが、憧れのボインの一歩手前で……ちょこっと、浮かれています。
でも、困りました。ちょっとこの姿……元の世界の両親に私と気付いてもらえるか心配な所です。この髪の色を見て、グレたと思われたらどうしよう。いえ、それより……
(帰れるのかな…)
「はぁ…」
いけない。
『ため息ばかりついていたら、幸せが逃げる』と、お母さんがいつも言っていました。辛い事があると、いつも笑顔のお母さんに励まされたものです。 顔をパチンと叩いて、ニコニコと笑顔を作りました。頑張ろう! っと、また新たに誓いをたてて、今日も頑張って洗濯をするのでした。
ある日、以前に白鳥さんを迎えに来た紺色の祭服を着た神官様が私の元にやってきました。
「最近、白鳥さ…アイリ様は来てらっしゃらないですよ?」
実は、白鳥さんはとても偉い方になったようで、私が「白鳥さん」というと、皆さんとても嫌な顔をするのです。なので、皆さんに習って私も「アイリ様」という練習をしているのですが、油断していると…つい口が滑ってしまいます。私が、口の中で「アイリ様、アイリ様」と練習していると、グイっと手を引っ張られて、顔を巻いているスカーフを取られてしまいました。
「!! キャッ、返して下さい!!」
「!………失礼しました。ナオ様。ああ、やはり、貴女様が……」
神官様は、私を見つめて何やらブツブツ言っています。 視線が若干合わなくてちょっと怖いです。
「美しい…本物の“神の花嫁”。嗚呼、恋に狂った愚かな男をお赦しください。貴女様が居ると、私の愛する…アイリ様のお立場が…大変困る事になるのです」
狂気に、愛に狂った目。
私は遠い昔にこういう目をずっと、ずーーーっと見ていた事があるような………。
そういうえば……私は
どうして、この世界と馴染んだんでしょう?
どうして、この世界に受け入れられたのでしょうか?
――“神の花嫁”―?
か み の は な よ め ?
私は、意識を手放しました。
気がつくと、知らない場所でした。
知らない場所のはずなのに、なぜか懐かしい場所。
目の前には、黒いローブを来た魔術師様がいらっしゃいました。
どうやら彼が、お城で命を狙われた私を救ってくださったようです。
「ぜひ、このまま森の神殿にお住み下さい」
折角お城の仕事も慣れた所だったのですが、あの神官様が、私がいると白鳥さんが困るっておっしゃってました。それに、例の“神の花嫁”という言葉も気になります。行く所のない私は、魔術師様にお世話になる事にしました。
森の神殿は、全然使われてなかったらしく、お掃除のやり甲斐のある場所でした。
魔術師様は、何もしないで下さいとオロオロとされていましたが、お世話になっているのに、そういう訳にもいきません。
神殿には、ほとんど一人でいるので顔も隠す必要もなく、足首まで伸びた髪はぐるんぐるんに束ねています。(切っても切っても、その長さになるのです。はっきりいって邪魔です)
魔術師様は、素敵なドレスや宝石を沢山用意してくださいましたが、恐れ多い事です。私は、宰相様の下さったワンピースとエプロンの仕事着で、あっちにこっちに動き回りました。そんな、私の姿を魔術師様は、とても残念そうに見られるのですが…楽なんですよ?
それに、魔術師様は私の為に食料も沢山用意して下さって、本当に至れり尽くせりで申しわけないのです。
神殿のお掃除も粗方終わったら、今度は“納豆”作りに大忙しです。あれほど大好きだった食べ物なのに、材料が“大豆”しかわからなくて、試行錯誤の繰り返しでした。大豆に近い豆をゆでて、何日か放置していたら、透明の糸が出て、納豆っぽくなった! と、私のテンションは鰻登りです。いざ! 実食! と、口にいれようとしたら、目の前から“納豆もどき”消えて吃驚。気が付くと、涙目の魔術師様に「やめてください」と叱られてしまいました。……今度は、見つからないように頑張ります。
時々、白鳥さんの様子も聞きました。すると、魔術師様は一瞬黙り、「幸せそうですよ。(頭の中が)お花畑で」と、ニッコリ笑われるのです。それを聞いて安心しました。こちらは緑が多い森の中ですが、お城の神殿はお花が咲き乱れているのでしょうか。
料理・洗濯・掃除・時々納豆作りと神殿での生活も、楽しいものになっていました。
私の必要なものを用意してくださる魔術師様には、本当に頭が上がりません。彼は向こうの世界でのネット通販みたいです。(ここは森の中なのに、彼は有名な密林さん?)でも、お城で働いていた時代に貯めたお金で、外に出てウインドショッピング…なんてのもしたいんですけど…なぜか、私の防衛本能が働いて外に出たいと魔術師様に言えません。 ……どうしてでしょう?
気がつくと、私がこの世界に来て1年が経ちました。
魔術師様は、落ち着かない様子で、時々空を見上げて過ごしています。何かあるのか訪ねてみると、真剣な表情をして「3日後に、何事もなければと……こういう時、祈るのは…誰に祈ればいいのでしょうか」と、返されました。
そして――3日が経ちました。
今日も朝から魔術師様がいらして、いつも以上に顔色が悪かったのです。心配になって、声を掛けようとした………その時!!
ドンッ!!
!!!!
神殿に、眩しい光が落ちたのです。
眩しい光の中……現れた彼を見て
私は!
私は!!
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
静かな森の中。
私の悲鳴が、こだましたのでした。
補足*アイリとナオの召喚時の黒い穴についての証言が違うのは、アイリ曰く、「アイリ中心に世界がまわっているのに、アイリが山田さんに巻き込まれる? なんてあるわけないじゃない」という彼女特有の考え方によるものです。