05 魔術師の場合
ーー真っ暗な闇の世界。眩い煌めきが僕を導いた。
僕は生まれた時から、目が見えなかった。神官長からは、強過ぎる魔力の影響だと言われていたが、それに不便を感じたことはない。
どんなものにでも、滲み出る魔力がある。僕は、人や物や動物や植物の僅かに漏れる魔力を感じて生活をしていた。感じとしては、モヤが集まった集合体みたなものかな? (僕はその集合体をオーラって呼んでいる)だから、障害物も避けられるし、階段なども、ちゃんと昇り降り出来る。物に躓く事なんてない。
感情の動きはオーラの動きで判断出来、どんな小さな感情の動きも、あからさますぎて僕には手に取るように分かった。そういうわけなので、嘘をつかれても、すぐに分かってしまう。普通に目が見える人よりも、よく見えていると言っていいと思うんだ。
僕が心を動かされるのは、外見の美しさは関係無く、その人が持っている本質の美しさだった。
何年も準備をして行なった“神の花嫁の召喚”の儀式。
儀式は成功したかと思われたが、現れたのはーー二人の少女だった。
僕は、隠れてため息をつく。
(つまらない、召喚だった)
異世界の娘ということで、どんな“色”を見せてくれるか、密かに楽しみにしていたのに、城にいる女たちと変わらないオーラ。僕は二人への興味をスッカリ無くす。
王子がアイリという少女を気に入ったのをオーラで感じ、騎士からは、興味。宰相からは、少しの疑惑を感じた。一方、ナオに対しては、殺意、無関心、違和感。
僕からしたら、二人とも大差のないオーラなので、ここまでハッキリと彼女達に優劣がついたのは意外だった。
『召喚される“花嫁”は15歳~29歳の処女が1名。姿は可憐で美しく、性格は正義感に溢れまっすぐな性分で世界にすぐに順応できる少女が多く、召喚されても数日で立ち直り、すぐに順応する』
それが、代々伝わる召喚の記録。
何百年も前から続いているこの召喚で、今回のようなケースは初めての事だった。歴代の召喚に携わった魔術師たちの記録を調べてみたのだが、必ず1人。その条件に“アイリ”が充てハマるという。では、全く真逆と言われている“ナオ”という少女は? 彼女は、なぜ召喚された?
アイリに召喚前の状況を聞くと、足元に真っ黒な穴が空いたので、近くにあったものを掴んだら、それがナオだったという。彼女はポロポロと涙を流し「私が巻き込んでしまったの」と言って泣き伏した。周囲の者は、その姿に心を痛め、慰め、同情し、なぜかナオに対して腹を立てていた。その様子に僕は呆れてものが言えない。
アイリは嘘はついていないが、あの涙は本物ではなかった。オーラの微かな淀みがそれを物語る。アイリの周囲の者は、過剰なまでに彼女に対して、過保護で慈愛に満ちていた。しかし、中には色情を含んだものまであって……。まさか…歴代の花嫁は“純潔”なはず。……流石の僕も聞かない限り花嫁が“処女”かどうかなんて分からない。それに、僕にはなぜかどろりとした、アイリのオーラが好きになれなかった。
二人の少女のどちらにも、神が降りて来ない場合を想定し、次世代の召喚への書を纏める。こうして、何人もの僕みたいな魔術師が、後世に伝え、いつしか成功を夢見ているんだけど……。今回の召喚も、失敗だったのか?
ーー数ヶ月後。
最初は、小さな煌めきの欠片だった。
見た事もないオーラの欠片が、城の彼方此方に残っていた。キラキラと輝くそれは、生まれて此の方感じた事も無い程の美しさで、僕は残った残像を両手で包み込んだ。
(いったい……これは、何?)
日に日に、輝きが増すオーラの欠片の残像。忙しい仕事の合間を縫って、オーラの正体を探る。
下働きがいる洗濯場に、そのオーラの欠片がそこら中に溢れていた。近くに居た者に問いただすと、ここの持ち場は、あの少女ーーナオだという。
(まさか)
僕は魔術を使い、ナオいる場所を捜す。
そして、今は誰も使わない外にある…食物庫の裏……馬車の中にナオが居る事を知り、急いで駆け付けた。
そこに現れたのは……見た事もない光の結晶の集合体。しかし、微かに残っているナオのオーラで、その集合体がナオという事が分かった。
僕の体は歓喜で震える。
(嗚呼、ナオ!! いえ、ナオ様! 貴女様は)
しかし、すぐさま、煌めく彼女の後ろに、欲望に塗れた禍々しいオーラが纏わり付いているのに気付く!
なんという、
なんという、
なんという!!
ーーーー赦されない。
青い炎が、食物庫周辺を包んだ。
気を失われたナオ様を、僕の部屋で匿う。誰にも、彼女に触れて欲しくなかった。それに、ナオ様に与えられている部屋は粗末で、あんな所に居て頂くわけにはいかなかった。
ナオ様を攫おうとした人物はアイリ付きの神官だった。彼も魔力が強く(僕にとっては運悪く)僕よりも先にナオ様の光にあてられたのだろう。僕は感情のままに食物庫を燃やしてしまったので、隠蔽は難しい。渋々、王子に事故の報告する事となった。その時、王子の元には、騎士、宰相、アイリが居た。
アイリは震えて王子に抱きつき、「もしかして、私の代わりでは」と三文芝居を繰り広げる。絶好の観客である王子と騎士は、アイリに危機がなかった事に安堵し、アイリへの警備強化の話をしていた。宰相は何かを考えているようで発言は控えていたが……ここにいる誰も、ナオ様の心配はしていなかった。
騎士と食物庫のあった場所へ向かい、現場検証を行った。単細胞な騎士は、僕の言った事を何も疑わず、アイリの無事だけを神に感謝していた。 そんな騎士を心中馬鹿にしていたら、微かに残っていた例の神官の残骸に気付く。(忌々しい)直様、握り潰し、全ての神官の欠片をこの世から消した。その時、僕が言った言葉に、騎士は首を傾げていた。
ナオ様を、こんな所に置いては置けない。
誰にも言わず、代々召喚に携わってきた魔術師だけが知る、森深い神殿にお連れした。
城にナオ様が居なくなっても、気にする者はいないだろう。宰相だけが、何かを勘付き懸命に捜そうとしていたので、用心の為、追跡が出来ないように魔術で神殿に防波堤を作る。
なぜかこの頃になると、アイリの周りのオーラの色が狂い始めたが、どうでもいい。
僕は怪しまれないように、日中は城で過ごし、夜半過ぎに神殿で過ごした。
気が付かれたナオ様は、神殿に大層驚かれたが、すぐに馴染まれた。それに、僕は安心する。
日に日に輝きを増すナオ様。幸せな日々。
貴女様の側にいられるだけで、僕の世界は光に満ちている。
運命の3日目。
神がナオ様を選ばぬよう……僕は祈った。