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04 宰相の場合

 あの女は、一目見た時から怪しかった。




 愚かな王子は、一人目の少女――アイリに会いに神殿に通う。

 愚かな騎士は、一人目の少女――アイリに会いに神殿に通う。


 

 召喚時に、泣き叫び醜態を晒した少女――ナオ。


 今となって思うのだが、あれが普通の態度ではないのか。今迄暮らしていた世界から突然、別の世界に連れて来られたのだ。絶望し泣き崩れるのも範疇内だろう。そう考えると、記述による歴代の花嫁たちは、冷静すぎると思えた。どうして、あれ程冷静でいられ、すぐに別世界に順応するのだろうか。




 ナオの処遇が決まり、それを伝える為に地下牢へ向かった。


 アイリは、今頃、神殿で大切にもてなされているだろうが、一方のナオは、底冷えする牢屋の中。 また、己の不幸を嘆いているものと思い、憂鬱な気分で、地下への階段を下る。


 しかし、牢の中の彼女は泣いた様子もなく、あっけらかんとした顔で、運動をしていたのだ。少々呆れてしまったのは、しょうがないと言える。やはり、最初の見立て通り、アイリが“花嫁”なのか。 自分の勘も宛にならないと、かぶりを振るった。


「貴女は、城で下働きとして働いていただきます」


 王子と騎士は、直ぐにでも彼女を殺そうと考えていたが、もしもの場合がある。それに、彼女は異世界人。不安要素を外に放つよりも、手に届く範疇に居てもらった方が、こちらも対処が取りやすい。今後の事も考えて、彼女には、我々の管理下に置く事にした。


 粗末な下働き用の服を受け取ると宝物のように大事に抱きしめていたナオ。その後、自分の事よりも、アイリの事をしきりに心配していたのが印象的だった。



 城に入ってくる“アイリへの評判”は二種類あった。


 一つは、賞賛の声。

 一つは、誹謗の声。



 賞賛の声は、誰もが判を押したように同じ言葉を並べた。


「もの覚えが良く、仕来りも早々に覚え、もうこの世界に馴染なさったと。誰にでも優しく、辛い顔を見せずにいつも笑顔で――まるで、女神のようだ」


 一方の、誹謗の声は酷く、聞くに耐えないものだった。


「美男を見かけたら声を掛け、甘えた声で身体を押し付ける。誰にでも甘え、媚びた笑顔を見せてーーまるで、娼婦のようだ」



 アイリに骨抜きになっている王子に、迂闊な報告は出来ず、真相を確かめようと極秘裏に調査を行う。


 調査途中で、ナオが神官に襲われる事件が起こった時など、目を疑った。アイリは王子の胸に抱かれながらも、口元は笑っていたのだ。


 その瞬間を見て、私は確信した。

 この女は、決して“花嫁”ではない。 ナオも“花嫁”という確証はないが、アイリよりは見た目が悪いだけで、いくらかマシに思えてきた。記録とは正反対の少女ーーナオ。



 そのナオが姿を消した。



 ナオの失踪は、アイリの手による者と疑ったが、アイリを見張らせておいた者によると、その可能性は極めて低いという。

 早々と王子に報告したが、もはやナオの事など歯牙にも掛けない王子は、「放っておけ」の一言で済ませた。


 得も言われぬ不安が体を襲う。


 神殿の外で、王子に肩を寄せ媚びた笑みを浮かべるアイリが不気味に見えてならない。




 1年が過ぎた。


 王子はアイリを后に迎える準備を着々と進めていた。

 神が降りるという10日前に、王子は護衛の騎士も連れ、隣国へ視察に向かわれた。試練の3日目の朝に、国に戻られるという。


 アイリが王子と会わない10日間。 それが勝負だった。

 奇しくも、ナオが姿を消してから、アイリの周りが徐々に変化をしていったが、まだガードが固い。しかし、今は王子と騎士の庇護が消え、皆、口が軽くなったのか、次々に暴かれる、アイリの悪行。

 神聖な神殿で不埒な事をしているという噂を聞いた時には、眩暈がした。少なくとも、『花嫁は処女』というのが通説……最初から、アイリは“花嫁”ではなかったのだ。


 直ちに、ナオの捜索にかかった。念の為、娼館、奴隷商、国境は、ナオが姿を消したその日に張っていたので、心配はないだろう。たかが、異世界の少女。簡単に見つかると思った……しかし。


 そういえば、地下牢で会ったきり、彼女の顔を見ていない事を思い出す。画家に描かせた尋ね絵も、召喚当時に見た顔形だった。


“髪は短くバサバサで、瞳はギョロリとして、口は大きく、肌が黒く焼けていて痩せた……男のような少女”


 下働きで共に働いていた者たち聞いても、顔をよく覚えていないという。いつも、布で覆って見えなかった。ただ…ナオの姿を消した頃、偶然見えた彼女の手は、白く(・・)白魚の様だったようだと。



 3日目の朝、城に戻って来た王子に全てを報告する。

 王子は怒り狂い、直ちにアイリを殺そうと神殿へ向かおうとしたが、今はまだ(・・)時期ではないと、抑えていただいた。



(どちらも、花嫁でない場合。ナオが居なくなった今、予定通り、王子にはアイリと婚姻を結んで頂かなければならない)




 そして、緊張感が漂う中、天から一筋の光が落ちた。

 神殿ではない。 城より遠く離れた森の中。




 私は確信した。





 あの光の下に、ナオが居る。








日間恋愛ジャンル別1位。ありがとうございました。

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