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10 神の花嫁

 

 落ちた光が消え、現れたのはこの世のものとは思えない程の美しさを持つ男でした。



 男の薄い金色の髪は地面まで流れ落ちていましたが、不思議と髪先に汚れはありません。

 ナオと同じエメラルドグリーン色の瞳をキラキラと輝かせ、ナオを優しく、優しく見つめたのです。

 

 魔術師は男の姿に、顔を青ざめ、膝をつきました。


 愛おしそうに、手を差し伸べ今にも抱きつきそうな男から、後ずさるナオの顔色は真っ青です。

 男は低音で、尚且つ威厳のある声でナオに話しかけました。



「愛しの花嫁」

 

 ナオの肩がビクリと震えました。

そして、自分を抱きしめるよう、身を縮ませたのです。



「嫌、嫌、嫌、どうして! どうして! 貴方がここにいるの!! 私が折角!!」



 男と同じ、薄い金色の髪を乱れさせ、頭を振るうナオ。

 男の顔見て封印していた記憶が、ナオの脳裏を駆けめぐり――そして思い出したのです。

 目の前の男――神が「神の花嫁」として、ナオの意志に関係なく“祝福”という名の“呪い”をかけた事を。





「異世界まで逃げたのにぃぃぃぃぃ!!!!」





 ナオの絶叫が、再び森にこだましたのでした。






 ………






 世が明けて、次の日が来ました。


 昨夜は、降臨した神を追い出し部屋に籠って全て夢だという事にしたかったナオですが、その一晩で色々と思い出し、穏やかだったナオの表情は般若のようになっていました。


 朝になって魔術師の用意してくれた、気持ちを落ち着かせるハーブティーを頂いていた所、また神がやってきたのです。

ナオは、神を神殿の中から追い出し、神殿の外で話す事にしました。せめてもの抵抗をしたかったのでしょう。


 ナオはため息をつきたくなりました。


 この世界で。

 偶然にも初めて出逢った同じ森の神殿で。

 神と再会してしまった事に。


 神が頬を染めて「運命」と呟いたのを、ナオは聞き漏らしません。


「呪いっていうんです! 少なくとも私には呪いです」

「…照れているのか?」

「照れていません!」


 ナオは、この世界で神官であった事もあり、信仰心もあつく、人一倍、神を崇敬していました。

 しかし、出逢った神は、自分と同じ髪と瞳の色をしているだけでナオに執着し、勝手に「花嫁」の“呪い”までかけてくる、ただのナルシストで自分勝手で変態という事実を知り、絶望し、死にたくなった事もあります。(死ねませんが)


 勝手に「神の花嫁」にされた後の日々も、毎日、ストーカーの様に付きまとわれて、真っ直ぐだった少女の心は徐々に曲がっていきました。魔物が現れて、神が世界を調整する為に(渋々)少女の元を離れた数年間には「魔物さん、ありがとう。頑張ってね」と、お礼を言ってしまいそうになる程、疲れていたのです。



「人間が、異世界から勇者など呼ばなくとも、私が花嫁の種族を滅ぼす訳がなかろう」

「……言っていいかわからないですが、神が贔屓をしていいんですか?」

「…ヤキモチか?」

「どうしてそうなるんですか!!」



 今回も、幸せだった異世界の人生を神(正しくは神に脅された人間)によって奪われてしまいました。

そして、今まで何度も何度も、召喚を繰り返し、罪もない少女たちをこの世界に連れて来た事実。……アイリまで巻き込んでしまった罪悪感。



 ナオの頭の中が怒りで真っ白になります。



「貴方、神の癖に私利私欲に走って恥を知りなさい! そして、すぐに神の座から降りて、消えてなくなれ!」

「寂しかったのか?」

「もう! 話が通じない! そこに正座しなさい!」


 お説教モードになったナオは、頭をペシペシ叩いて、見目麗しい神に地べたに正座をさせます。


(いやだ。 なんか、目がキラキラしてない? 怖いんですけど。この変態)


「花嫁のお説教…何百年振りだろう」


 ポロポロと涙ぐむ神の姿に、近くで跪いていた魔術師は少し引いていましたが、次の瞬間、顔をあげたのです。


「チッ」


 魔術師は、ナオに聞こえない程小さく舌打ちをしました。





 神殿の近くで、ガヤガヤと人の気配。



 現れたのは、白馬に乗った王子と騎士と宰相。 そして、縄を巻かれ引きづられるように来た…アイリの姿でした。





「白鳥さん!」




 ナオは、驚きのあまり急いでアイリの元に駆けつけました。走る事により、軽く結わえた美しい色の髪が揺れ、真っ白な(うなじ)や首筋、そして頬が、興奮のあまりピンク色に染まります。潤んだエメラルド色した大きな瞳が、心配そうにアイリを見つめます。

 ナオの見目麗しいその姿を見た王子ら3人は息をのみ、その様子に魔術師は眉間にしわを寄せました。


『貴方、誰? なんて言ってるの? ねぇ、アイリを助けて? どうして、アイリが?』


「白鳥さん?」



「……言葉が通じない様です」


 神妙な声をして言ったのは、宰相でした。



「馬車で森の近くに来たと思えば、訳の分からぬ言葉を撒き散らす。こんな女、切っておけば良かったのだ」


 王子は、今までナオに対して向けていた視線をアイリに向けます。それは、酷く冷たく憎しみまでをこもっていました。


『ひぃ! ねぇ、王子? どうしたの? 何を言ってるの?』


 アイリが縛られた姿のまま王子の元へ向かおうとすると、馬から降りた騎士に押さえつけられました。


「この売女! 黙れ」

『きゃあ!』





「……どういう事?」


 ナオは、後ろにいる絶賛正座体制の神に話しかけます。


「私の“加護”が切れたのだろう」

「加護?」

「この世界に召喚された異世界の娘にかけていた“加護”だ。言葉や文字、そして愛されるよう祝福の“加護”を付けていた。しかし、このアイリは、自ら私の“加護”を無下にする行為を行ったのであろう。私の異世界の娘にかけた加護は“純潔”でなければ、効果がないのだ。“純潔”で無くなった娘は、徐々に加護の力を失う。1年が過ぎて全ての効果がなくなったのであろう」


 『純潔で無くなった』の言葉で、王子と騎士は酷く顔を歪め、アイリを睨みつけました。アイリは理由も分からず、震えるのです。



「もう一度、加護をかけ直すのは無理なの?」

「愛しのそなたの願いなら、叶えたいのだが…一度与えて、消えた加護は二度とかからぬ」

「………白鳥さん」



『ねぇ、ねぇ、さっきから、何を言ってるの? アイリの事? アイリ、何かした?』


 美しかった少女――アイリ。


今は、その面影もなく、今は髪も乱れ、白く綺麗だったドレスは泥で汚れ無様で、出す声は甲高く周囲を苛立たせるものでしかなかったのです。




「すいません。騎士様、白鳥さんを放してください」

「………あ、ああ」


 ナオは騎士に抑え込まれているアイリに、膝を突き、騎士を見上げ、懇願しました。

 一つ一つの動きや仕草、そして華麗な美しさ、心地よい声に、騎士の顔が赤らみ心臓の音が高鳴ります。


 ナオは、そんな騎士など目にも止めず、アイリの泥を払い縄を解こうとしますが、固くて解けません。

悪戦苦闘していると、魔術師が動くよりも早く、宰相が、ナイフで縄を解いてくれました。


「ありがとうございます。宰相様」


 ナオの微笑みに、いつもは冷静な宰相も動きがとまり、耳を赤くし、言葉にならない言葉を…やっと紡いだのです。


「…い、いえ」


 その様子を、王子はただ真剣に見つめていました。

騎士がアイリの拘束をやめ、宰相が自らナイフで縄を切ったのにも拘らず、止めることもせず、ただ、ただ、ナオの可憐さに見惚れていました。


 魔術師は、間を置かずにナオの横に行き、アイリを立たせるのを手伝いました。本当はアイリの事など、どうでもよかったのですが、他の者がナオの側に来る方がもっと嫌だったのです。



『……あなた、誰?』



 アイリは自分よりも、遥かに美しい女性の姿に気付き、戸惑いを隠せません。

助けてもらうのは嬉しいのですが、自分以外の女に他の男が見惚れている様子にもプライドが許せなかったのです。しかし、培われている処世術でそれらを隠しました。


『山田ですよ。山田奈央。白鳥さん…どこか痛いところはないですか?』

『ええ!!!! 山田さん!? 嘘ぉ!!』


 日本語で話しかけた美しいナオの姿に、アイリは驚愕しました。


『…ごめんなさい。巻き込んでしまって』

『…え?』

『あの、あそこで、正座している髪の長いへんた…いえ、この世界の神が、私を見つける為に…やった事みたいで。それに、白鳥さんが巻き込まれたの』

『……嘘よ』

『…白鳥さん?』

『嘘よ! だって、この世界はアイリが主人公なんだよ? なんで? 引き立て役が急にしゃしゃり出てくるの? ふざけないでよ! ふざけないで!! みんな、貴方が仕組んだんでしょ? アイリがそんなに羨ましかった? そんなに憎らしい? ねぇ! ねぇ!!!』


 興奮したアイリがナオに掴みかかろうとした時、糸が切れた人形の様に、アイリが倒れました。



「白鳥さん!!」

「気を失わせただけです」


 魔術師が、アイリを引きずり、木の幹にもたれさせます。

いつも自信に満ちていたアイリの変わりように、ナオは心が苦しくなりました。


 その姿を黙って見ていた、神はアイリの方を見てあの威厳だけはある声で囁きました。


「愚かな人間。消そうか?」


 その一言に、ナオの怒りは頂点になります。


「元はと言えば、貴方のせいでしょ!? こんな別世界に来て、白鳥さんも精神的にきちゃっただけなの! 性格が歪んじゃってもしょうがないでしょ!」

「え、私のせいなのか?」

「そうなの!」


「………」


 アイリの本性を知る魔術師は、ちょっとばかり神に同情しましたが、助ける気など更々ないので黙っておきました。




「ナオ様」


 神らしき美しい男と美しい少女との(一方的な)口論に最初はただ戸惑って見ていた王子たちですが、意を決してナオに話しかけたのは、宰相でした。

宰相の『ナオ』という名前に、王子と騎士は、目を見開き「まさか」「嘘だろ」と小声で呟いたのを、魔術師は冷たい目で傍観していました。


「…その服で分かりました」


 宰相にとって、地下牢で粗末な使用人の服を宝物のように抱きしめていたナオがとても印象的で、黄土色のワンピースがやけに印象に残っていました。その下働きの服を着ている目の前の美しい少女が――ナオであると確信したのです。


「あ、はい! ……その説は、お世話になりました」


 ナオがぺこんと宰相に向って頭を下げようとしたのを、制し、宰相は、ナオの前で七重の膝を八重に折りました。彼のサラサラとした宰相の長い銀髪が土の上に拡がります。



「神の花嫁様……今までのご無礼、私の首を持ってお収め下さいませんでしょうか?」


 その様子に、ハッとした王子と騎士も、それに倣ってナオの前で膝を折ります。


「………すまなかった」

「申しわけございません。私の首もどうぞお収め下さい」



 ナオは、目の前で綺麗な顔をした男の人が、3人も膝を突き許しを乞う姿に、わけが分かりません。


「……あの? 私…無礼? されたんでしょうか?」


 キョトンとした表情をして首をかしげるナオ。その姿も可憐で美しく、目の前の男達の鼓動が早くさせましたが、次の言葉で奈落に突き落とされました。


「だって……すいません…皆様、どなたなんでしょうか? どこかで会ったんですよね?」


3人の呆然とした顔色を見て「辛うじて、騎士様が騎士をされているのかな? って事は、わかるんですが」と、慌てて言い訳をするナオ。



 召喚時には、混乱していたナオは、金色の髪をしている人がいるとは朧げながらに記憶していたが、王子の顔をはっきりと見ていませんでした。

 騎士の甲冑の印象だけが強烈すぎたのでしょう。召喚時の騎士と、洗濯場で会った騎士と、今この場にいる騎士が同一人物か知りません。

 宰相に関しては、仕事の世話をしてくれた親切な人という認識しかしていませんし、目の前の人物がそうだと言われれば、「そうだったのかな?」と思う程度でした。


 「神の花嫁」だった頃の記憶を取り戻す前のナオにとって、この世界の人は見慣れない異国の顔立ち。それに、1度や2度、会っただけでは見分けがつきません。例外として、ナオを襲った神官は紺色の祭服を着て鋭い目つきでナオを見ていたので、強烈な印象を受けてお覚えていただけでした。


 城の中でも、最上級の美丈夫で、本人が望む望まないにしろ、周囲からは絶えずに羨望の眼差しを受けていた3人。容姿に多少なりとも自信を持っていましたので、ショックを隠せません。


「俺を知らない者がいるなんて」

「嘘だろ、おい」

「……知らず知らずの内に、自惚れていたんですね…」


 そんな項垂れた3人を尻目に、魔術師は「ナオ様、私の事はわかりますか?」と聞き、ナオは「もちろんです! 魔術師さま」と蕾がほころぶ笑みで答えたのでした。



 魔術師の小さな優越感はさておき、ナオにとって今、気になるのは、アイリの事です。

跪いた3人になんとか立ってもらい(一緒に立とうとした神に対しては、睨みつけて直様、正座を続行させました)木の幹で気を失っているアイリの元へ行きました。


「アイリさんは、これからどうなるのでしょうか?」

「……紛い者でしたが、彼女は“神の花嫁”としての努力を怠り“加護”まで失いました。今までの暮らしは無理でしょう。……!! “加護”を失った? ……もしや、隣国のあの動向、“加護”を失ったから起きたものなのか……」


 数日前に、王子と騎士らが、隣国へ視察に行ったのも「きな臭い動きがある」という噂が元でした。

 宰相がそう言うと、王子と騎士難しい顔をし再度アイリの方を睨み付け、魔術師は片方の眉をあげました。


「この女は、断頭台に行ってもらう」


 神に、“花嫁の加護”なしで、立ち行かなくなるよう呪いをかけられた国。

 加護もなくなり、言葉も通じなくなり、純潔もを失ったアイリ。


 王子の死刑宣告に、ナオは震え上がりました。



「白鳥…アイリ様は、王子様と結婚はされないのですか?」

「……する訳が無い。この女は、俺を謀り、神の花嫁としての資格も失った」

「でも、王子様とアイリ様が仲むつまじく抱き合ってるのを、私は何度も見ました。お二人は愛し合っているんです! 王子様だって、愛する人にそんな無体はされません!」


 目の前の男が、その王子と気付かないナオは、真っ直ぐな瞳で目の前の男……王子を見つめました。

王子はナオに見えないように、顔を引きつかせました。その様子に、なぜかホッとした顔をした騎士に対して侮蔑の視線をおくる宰相。


 そこで魔術師が助け舟を出しました。



「元の世界に送還すればいいんです」

「!!!」



 魔術師の言葉に、ナオは戸惑いを隠せません。召喚時にナオはもう元の世界には戻れないと言われていたのです。


ナオの言いたいことに気付いた魔術師は、果敢無げな表情をして話を続けました。


「それは、花嫁を還さない為の虚実です」


ナオは気付きました。かつて、勇者が送還されていた事を。それに乗って異世界に行った事を。


「でも、送還は成功するのでしょうか? 私が送還された時は、魂だけになって赤ちゃんに宿ったみたいなんですが…アイリ様もそうはならないとは…」


 ナオの疑問に答えたのは神でした。


「愛しの花嫁。そなたは私の花嫁ということもあり生命力が強すぎたのだ。そなたの強すぎる力をあの世界の者の生命力と同等の力に合わせると“魂”くらいの大きさになったのだろう。でも、魂だけでは生きられぬ。偶然にもその時に命の灯火が消えかかった赤子にそなたの魂が宿った。…その少女の場合、人間の力程度しかない。大丈夫であろう」



 神とナオの話を聞いていた、宰相が恐る恐る、神に問いかけました。



「神の花嫁の加護を失ったとはいえ、加護をもっていた少女です。そのアイリをこの国から消して、我が国は大丈夫なのでしょうか?」

「本物の花嫁がみつかった今、もはやあの呪いはとけた。もう、召喚をする事もなかろう。……今まで、ご苦労であった」



 はぁ。



 宰相達から、安堵ともいえないため息がでました。


 この国に何百年も前から続いていました“神の花嫁の召喚の儀”が、終りを告げられたのです。神から直接お言葉をいただくという、確かな方法によって。


 その感慨深い雰囲気を壊す程の、元気な声をあげたのはナオでした。


「じゃあ、私も! 私も! アイリ様と一緒に帰りたいです!」


 姿勢よく右手を真っ直ぐ空に向けて上げて、瞳は期待できらきらと輝いています。


 しかし、そんなナオの様子に、その場にいる…神は勿論の事ですが、魔術師、王子達の顔色まで変わりました。


「ダメに決まっておろう! そなたは、私の愛しの花嫁なんだぞ!」

「だって!! 私はもう、あなたの花嫁じゃない。いや、元々違うけど…そうじゃなくて…もう、私は、山田奈央なの! 向こうに大事な両親もいるし、友達もいて……帰れるなら帰りたい…。お母さん、お父さん…私がいなくてどんなに…泣いているか……」



 美しいナオの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちます。

ナオは両手で顔を覆い、そのまま座り込んでしまいました。


 ヒック 

 ヒック


 その姿に神はオロオロするばかり。

 魔術師はナオの傍に行き膝をついて、恐る恐るとですがナオの頭を撫でました。


「…ナオ様……僕は、ナオ様がいなくなるのは…死ぬ程辛いです」

「…魔術師様……。でも、私、帰りたいのです…」


魔術師に良い所をとられた神は負けずと、ナオに言います。


「花嫁…そなたは帰れぬ。再度、同じことをしても、また“魂”だけ送還され、別の赤子にはいる事になるか、最悪の場合、魂だけが空を彷徨う事となる」

「………っ」


 神は、ナオの顔を見ました。その顔は「ドヤァ」という風で、ナオの神経を逆撫でにします。

 勢い良く、立ち上あったナオは、正座の神の頬めがけて…


「もとはといえば、貴方のせいなのにーー!!」


バチンッ!!


 平手打ちをしたのでした。



 ナオの暴挙に、魔術師たちは青ざめますが、神の恍惚とした表情に思わず目を逸らすのでした。






 神に平手打ちをした後、その場でまたグズグズと泣いていたナオも、次第に落ち着きを取り戻しました。

 その間も神にはずっと正座をさせていました。長すぎる足を折り曲げてるのに全然辛くなさそうなのが、ナオは気に入りません。


 冷たい水で冷やされた布を魔術師にもらい、少し腫れた目を押さえる事によってだんだん冷静になってきました。


(私の事よりも、今は白鳥さんの方が大事)


 今も木の幹を背もたれに、気を打ちなっているアイリを見て、ナオは決心するのでした。




 魔術師が、「パチン」と指をならし、アイリの目が開きました。

 気が付いたアイリに、事の顛末を説明したのです。

 アイリは王子の「断頭台」の話を聞いて、顔を青ざめ「マジで、ギロチン」とつぶやきました。

 元に戻る方法があると話すと、すぐにその案に乗ってくれたのです。



 送還の準備は、滞りなく行われました。


 1年前に召喚をしたので、時間や金や人がかかるかと思われましたが、魔術師の隣国のパイプによってスムーズに事が運んだのです。

その話を聞いて、宰相の片眉があがり魔術師に何かを問いただそうとしましたが、魔術師は笑顔で話をすり替えていました。


 送還の準備は、3ヶ月後という異例の速さで進行しました。


 アイリはその間、ナオの達ての希望により、森の神殿で一緒に住むこととなりました。

すっかり毒気が抜けてしまったアイリでしたが、神の美しさに心を奪われ、「…マジイケメン。ぱねぇ。美し過ぎ」と神にべったりしていましたので、神との接触が減った大喜びのナオは、意気揚々と納豆の試作品に取り掛かっていました。


 アイリは、ナオの納豆作りを嫌がりましたが、(宇宙で一番嫌いな食べ物らしいです)「確か、テレビで藁で作っているのを観た事があるよ」と重大なヒントをナオに与え、ナオは大喜びでした。


 ナオとアイリは、ほとんど一緒に過ごし、時々、神にアイリがべったりして、神がヤキモチを妬かないナオに対して拗ねたり、準備で疲れ顔の魔術師がアイリと衝突したりと、(アイリは、言葉はわからなくなっても、悪口は感知できるみたいです)色々と小さなハプニングはありましたが、ナオにとって賑やかで楽しい3ヶ月になりました。


 そして、ナオとアイリは送還の前の日になると一緒のベッドで寝て少し泣いて過ごしたのでした。






――送還当日。


 


 アイリの送還時に、両親へ手紙を託しました。今までの感謝の言葉と、愛の言葉と、私は元気です。という言葉を載せて。

 両親が手紙を読むと、悲しみが少しでも和らげてくれるよう、魔術師が少しの魔術をかけてくれました。


『白鳥さん、手紙…お願いします』

『うん。任せておいて。……山田さん……ごめんね』

『何がですか?』

『ううん。なんでもないの! それより、送還された時間にちゃんと戻してくれるんだよね? アイリ、生徒会のイケメンとカラオケ行くんだ! あの子達、アイリの可愛さにメロメロなんだよ? 羨ましいでしょ?』


 すっかり、いつもの調子を戻したアイリの笑顔に、ナオも笑顔になりました。


 魔術師の術の読み上げが進み、アイリの周りに光が集まります。


 いよいよ、アイリの姿が淡くなってきた時に、神が顎に手をやり何か思い出したようです。


「そういえば、あの少女、召喚時に身体の仕組みをこの世界に合うように変えたのだが……良かったのか?」

「え!! ちょっと、早く言いなさいよ! そういう事は!」


 魔術師に、術を止めてもらおうとしましたが、魔術師はアイリの方をみて「もう遅いです」と言いました。


「…それに、このままこの国に残っても、彼女は言葉も通じず、死刑になるんですよ?」

「!!」



 ナオは、光の中のアイリに向って叫びました。


『白鳥さん!! 納豆! 納豆が全てを解決してくれますから! 納豆を食べて運動していれば、暮らせます!』



『…え?アイリ――な…―っとう…きら…』



 ふわり。




 アイリの姿が消え、無事に送還の儀式が終わったのです。





「……さよなら、白鳥さん」





 アイリの居なくなった森の神殿は、少し……静かになりました。







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