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001:ナランダの赤



 魔暦14322年:鉄軍将軍、ヴェイス=アルミンの侵攻を許す。最北端の学園『ナランダ学園』が敵国の手に落ち、国民八千人が捕虜になった後、虐殺さる。敵軍の損害は不明――




 *



「何人死んだ?」

「何人だと思います?」

「生き残りは俺とお前だけ」

「相変わらず悲観的だなあ、アルミン将軍」


 

 アルミンと呼ばれた男――髪は赤染みた茶、背丈は百八十センチに手が届かない程度か。そばかすが目立つ、泣き笑いのような顔の『将軍』――は軍服のポケットに右手を突っ込み、散々に破壊された町並みを見回して、「ユーリ、捕虜は」とぶっきらぼうに言った。独特の声質――小さいが、よく通る声だ。

 ユーリと呼ばれた男は、その端整な顔を少し歪めた。この男の微笑と言ったら、古代の彫刻のようだった。国で女を引っ掛けて遊んでいれば良いものを、とアルミンは思ったが、口には出さなかった。


「あちらと、あちらに集めております」

「兵が群がっているのはどっちだ」

「あちらです」


 アルミンは強面の兵士達が軍服を脱ぎ捨て、女たちに群がっていく様を想像して、あからさまな嫌悪を表した。しかし、突然の前線への徴発に続き、軍学校の比にならない厳しい訓練を三ヶ月、そしてすぐに侵略戦争で人殺しとなれば、兵たちも女を犯さねばやってられないだろう。何しろつい先ほどまで人を殺した経験のある兵士の方が少なかった位だ。


「食料の強奪を禁じる旨は?」

「伝えました」

「物品の強奪を禁じる旨は?」

「伝えました」


 魔国の物をウチの国に持ち込んじゃ、何が起こるか分かりませんからねえ、とユーリはぼやいた。


「優秀な副官を持てて嬉しいよ」

「こちらこそ、新兵ばかりの糞弱小軍、勝利は絶望的、五千のうち三百が生き残れば上々と言われた作戦で、一人も死なせる事なく見事敵国を制圧できる優秀な将軍の下で働けて光栄です」

「――一人も死ななかったのか?」

「ええ。怪我人は三十八人」

「魔法で腕を焼かれた奴が居たろう」

「居ましたね。フランツです。右手が無くなりました。四肢を失うような怪我は、フランツだけです。貧乏くじ、ひかされましたね。『皆と同じように女を犯したい』って騒いで、救護班を困らせてます」


 ユーリは少し困り顔をして、ゆっくりと歩き始めた。アルミンもそれに着いていく。フランツは右肩から先を失ったものの、意識ははっきりとしているらしい。アルミンはその報告を聞きながら、彼が魔法で腕を焼かれた時の光景を思い出していた。






 アルミンは此度の作戦で、奇襲戦法を取った。ナランダ学園の索敵方法は、魔法という高度な文明の上に胡坐をかいた、非常に高慢な物であった。何しろ、城壁すら敷いていない。ナランダ学園の周囲には『結界』が張られており、この『結界』に触れれば、学園内の警鐘が鳴り響き、各々魔法使いたちが臨戦態勢を取る、というシステム。しかし、七つのポイントを封じれば、『結界』はすぐに崩れてしまうらしかった(アルミンは学者でないので、この原理は全く分かっていない)。帝国暦207年、3月18日、午後5時18分00秒、『結界』を破る。アルミンの部隊、約五千が学園内に雪崩れ込んだのが午後5時19分18秒、部隊を五つに分散後、アルミン率いる第一部隊(約千人)が魔法使いの詰め所到着が午後5時22分29秒、微々たる被害を出しながらも、魔法使い達は処理、または捕虜に。アルミン達が魔法使いを制圧したのが午後5時28分11秒。電撃戦であった。その後、次々と魔法使いの詰め所制圧の報が入り、午後5時31分59秒、全ての魔法使い詰め所を制圧。ナーラン学園の戦力は全て落ちたかに思われた。


 その後のナーラン学園街での制圧活動中――と、言ってもこの学園は既に戦力を持たない為、各家庭を周り、武器で脅して住人を移動させるだけだったが――に、フランツが腕を焼かれる。

 ――地獄の業火よ! 

 男の声が響いた瞬間、アルミンは右斜め前に居たフランツの腕が炎に巻かれるのを見た。声の主は退役した魔法使いであった。個人の所有は違法とされる杖を、彼は持っていた。フランツが叫び声を上げる中、アルミンは冷静に魔法使いの杖を払い落とし、戦闘能力を無にした。


「鉄国の犬め……!」

「アンタらは杖が無けりゃ、魔法は使えンのだろ」


 アルミンはそう言って、もう無力な老人の右腕の間接を極めた。老人が呻く。アルミンは老人の背後を取った。


「我らは卑劣な侵攻に屈しない! 貴様らには、天罰が待っている!」


 右後ろに居たユーリが杖を拾い上げて、興味深そうに見つめていた。


「なあ爺さんよう。俺たちにも魔法、使えるかね」

「貴様らみたいなウジ虫に、魔法が使える訳がない!」

「そうなんだよなァ。俺たちにゃあ魔法は使えないんだよな。だから、俺たちは魔法が使えるお前らが気持ち悪くてしゃァねェのよ」



 アルミンは左手をユーリに差し出す。ユーリが近づいてきて、軍服のポケットに手を入れ、拳銃を取り出す。アルミンはそれを受け取り、老人のこめかみに強く押し当てた。



「だから、死ねよ」



 銃声!



 

 *



 その後アルミンとその兵たちは広場に集められた男達を手際よく殺した。女は犯し次第、殺させた。かくして帝暦207年――魔暦14322年、歴史的な大勝利を収めた電撃戦、また、歴史に残る大虐殺、「ナランダの赤」は幕を閉じた。


 その後六百年続く戦乱の幕開けである。



 

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