中崎町、ルルのいる喫茶店
大阪のど真ん中に、昭和の面影を残す街がある。中崎町、それがこの街の名前。
あの人が言うには、ここらへんは戦前に作られたお家が迷路みたいになっているらしい。
私は普段、お家とこのお店で過ごしているから、その「レトロ」がどういうものか分からないけれど。
そういえば、あの人のカバンのなかに入ってお散歩したとき、古びたお家がずらりと並ぶ細い道を通ったことがあるわ。
お店の前には色とりどりの可愛い雑貨が並んでいたっけ。
でも、私にとっては、窮屈なカバンから早く出してもらうことのほうが大事だったけれど。
「ルル」
窓の外を見ていたら、あの人が私の名前を呼んだ。私は自慢の白い尻尾を返事代わりに振る。
今日は私、すこし怒っているの。
だって、朝から大嫌いなお風呂に入れられたんだから。
それに、最近はお店が忙しくて、あの人ったらちっとも私を構ってくれないんだもの。
「今日はお風呂だったから、ご機嫌ななめなの?」
それから、私の自慢の襟巻きの感触を確かめると、喉を撫でた。
私はこのお店の看板娘をしている。
ルル姫って呼ばれることもあるわ。
映画に出てくるお姫様はみんな気高くて心が広い。
だから、機嫌が悪くてもこうして喉を鳴らして許してあげるんだから。
「澤尻さん、こんにちは。今日のルル姫、いつもよりもふもふしているね。洗われたの?」
「にゃあ」
カラカラと扉を開けて入ってきたのは常連さん。お店の近くで「古着屋」さんをしている人。
他のお客さんと違って……ちょっと個性的な格好をしているのよね。
あまり撫で回されるのは嫌だから、お気に入りのハンモックまで逃げるの。
「そうなんですよ。だからちょっとご機嫌斜めで。北村さん、いつものでよろしいですか?」
「うん。本当、ここでアイスミルクコーヒー飲まないと疲れが取れないよ。このノスタルジックな空間が好きなんだ」
このお店は私が住んでいるお家より古い。アンティークな家具は爪を立てたくなるような木ばかりだけど、そんなお行儀の悪いことはしない。
「挽きたての珈琲の香り、最高だなぁ。澤尻さんの手作りチーズケーキもおいしいんだよね。お、また新しい本が入っている。これもうめ茶小路で見つけたの?」
「そうなんですよ、良いものが手に入って。ついつい休日は入り浸っちゃうんですよね」
あの人はよく、私を窮屈なカバンのなかに押し込めて、古い本の香りがする通りを歩く。
古い本だけじゃなくて、骨董品や絵画も飾っているらしいわ。
「あのルル姫そっくりの絵画もあそこで購入したの?」
「ええ。ルルにそっくりな物を見つけてしまうと、ついつい手に取ってしまうんです。この間も中崎町で雑貨屋巡りしていて結構買っちゃったんですよね」
そうだった。
この街は「レトロ」な雑貨屋さんがたくさんあって、私に似た置物とかコースターとか買っていたわね。
本当にあの人って、私のことが大好きなんだから。
「にゃっ」
ハンモックから降りると、私は自慢の尻尾をピンと立ててあの人の元へ行く。
あの人が誰かに私のことを話す度に、誇らしい気持ちになるわ。
自分のことを下僕だなんて言うけれど、私にとっては世話のかかる王子様かしら。
「ルル、ようやく機嫌直った?」
「うるる」
喉を鳴らすと、私はあの人の膝の上に前足を乗せた。そっと抱き上げられるとゴロンと腕のなかで寝転ぶ。
私はあの人に撫でられると、いつも幸せな気持ちでいっぱいになる。
「あー、やっぱり俺も猫ちゃん飼おうかなぁ。仕事中も一緒だなんて最高だもん」
古着屋さんは羨ましそうに溜息をついた。
「北村さんにも、運命の出会いがあるといいですね」
「にゃー」
私は同意するように鳴いた。




