妖精と帽子
『紫の瞳の人魚』のスピンオフです
『シュテルンヒェン、小さな星の子。私たちの愛しい子』
☆☆☆☆☆・☆
ある町の片隅に、奇抜な帽子ばかり作る帽子屋があった。変わっているのに、普通の服装の上にそれを被るだけで、なんとなくお洒落になったような気になれると、意外にも評判だった。
平凡な帽子を探して店を訪れたシオンは、店に飾られている、一つとして同じ形や色のないそれらを見て、圧倒された。どうやったら、こんなにアイデアが思い付くのだろう?
自分の買い物などすっかりと忘れて、店主に興味が湧いた。
同じ年くらいの店主とは親しみが湧いて、話をするうち、いつしかお互いに砕けた言葉使いになっていた。
「俺のアイデアの源? それはな、ロマンを追い求めることさ。妖精や、ドラゴン、失われた大陸なんかに思いを馳せていると、自然にアイデアが浮かんでくる」
彼は、自身の頭に被っていた一際ユニークな帽子をひょいと手に持ち、指先でくるくると回した。輪郭がぶれて、まるで水面に写った夕陽のようだ。
「まあ、小さい頃は妖精なんてまるで信じていなくて、ごりごりの現実主義者だったんだけどな」
再び被り直した店主は、薄茶色の瞳をふと書棚の方へ向けた。視線を追ってそちらを見ると、仕事関連と思われる本の並んだ間に、妙にぼろぼろの一冊の本があることに気がついた。
「あの本は? ずいぶん、年季が入っているようだけれど」
「あれか? あれはな、俺のおやじが書いた冒険小説さ。ある日、それだけを残してふらっと山へ妖精を探しに行ったきり、音沙汰なしだ。今ごろは、妖精の国でよろしくやっているんだろうさ」
シオンは、トパーズがごりごりの現実主義者から、どうしてロマンを追い求める帽子屋になったのか知りたくなった。
「俺の生い立ちが知りたいって? つまらない話さ。それでも聞きたいなら、話してやるよ」
◇◆◇◆◇◆◇
「トパーズお前、夢がねえな。俺の子だってのに、どうしてそんな子に育っちまったんだ」
「おやじの本当の子じゃないんだろ。おれは、ただの捨て子だ」
「悲しいことを言うなよ。誰かに何かを言われたのか?」
「そんなんじゃないよ。おれはおやじみたいに、いもしない妖精のことばかり考えているわけじゃないんだ。現実を見ているんだ」
「現実ばっかり見ていちゃ、疲れるだろう」
「だからって、嘘をついたらいけないんだぞ。おやじの書く小説は、嘘ばかりじゃないか」
「さて、それはどうかな? おれはまだ、お前を拾ったときのことを話していなかったな」
「それとこれと、なんの関係があるんだよ」
「まあ、聞けよ。関係大ありさ」
暖炉の前に反抗期の息子と並んで座り、父のロバートは昔語りを始めた。パチパチとオレンジ色の火がはぜる。
――あるところに、冒険小説家の男がいた。
王国の片隅に奥さんと二人で暮らしていた。子供はうまれなかった。
数年前、小説のアイデアが浮かばずに煮詰まっていたロバートは、ふらりと山へ出かけた。山へ行けば何か新しい視点が見つかるかも知れないと思ったのだ。
しかし、登っているうちに霧が出て来て、あっという間に周りじゅう真っ白に塗りつぶされてしまった。
『こりゃ、困ったな……』
霧が晴れて来ると、見たこともない景色に取り囲まれていた。ここが森のなかであること以外は何も分からない。
迷って道も見つけられずにいると、ふと、近くを青い星のような光が漂っているのを見た。
藁にもすがる思いで後をついていくと、やがて、古い石畳の道に出た。ここは、昔の街道だったのだろう。なんらかの理由で使われなくなって、やがて森に呑み込まれる運命なのだ。
石畳の隙間から草が生え、木の根が石垣を壊しながら根を伸ばしている。それでも、まだ道として残り、先へ先へと続いている。これを辿っていけば、いつかは人里へ出るだろう。
古街道へ足を踏み入れると、道の真ん中に果物かごが落ちているのを見つけた。そこから、奇妙な音が聞こえてくる。ぎょっとしたが、すぐに、それが赤ん坊の泣き声だとわかった。
かごを覗き込むと、生まれてから一年も経っていないような赤ん坊がこちらにぐっと手を伸ばしていた。ロバートは赤子を抱き上げた。
『シュテルンヒェン、小さな星の子。可哀想な流れ星。こんなところに一人ぼっちなら、きっとお迎えも来ないだろう。俺の子になるか?』
トパーズと名付けられた赤子は、すくすくと育った――。
「それがトパーズ、お前だよ」
と、父はトパーズの頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫でた。
「おまえは不思議な力で守られている。俺も、不思議な光に助けられた。な? 世の中には、説明の出来ない不思議が案外身近にあるものなんだよ」
俺たちは、ずっと子供が欲しかった。お前と出会ったのも、なにかの巡り合わせだ。
俺は、おまえと出会って幸せだよ。
そう言って笑った。
その後、ある日突然『妖精を探しに行く』と言って消えた。
おやじの書いた本の金はなぜか入って来ない。母さんは一人で裁縫の仕事やら、家政婦の仕事やら、ベビーシッターやらをして働き、俺も新聞配達なんかやって稼いでいた。
あるとき、流行の風邪で母さんはあっさり天国へ旅立っちまった。
母さんの作ってくれた帽子はぼろぼろになってもまだ使っていたが、寒そうな乞食にくれてやった。
おやじの冒険小説だけが手元にあった。
なんとなく開いてみる。
――寝るのも忘れて没頭した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「それから、妖精っぽいやつに会ったり、不思議なことに遭遇したりして、俺はすっかりファンタジーのとりこさ」
胡座をかいて、にかっと笑う店主は、少年そのもののように目を輝かせた。




