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王子が真実の愛を貫きハッピーエンドになる方法を見つけたい?それは絶望的に難しいお望みですわ

作者: 帰り花

「ヴァニティ・タイクーン!お前は身分を笠に着てフラワー・ガーデン男爵令嬢を虐げていたな!そのような性根の女は私の婚約者にふさわしくない!よってお前とはこの場をもって婚約を破棄する!そして私は真実の愛の相手であるフラワー・ガーデン男爵令嬢と新たに婚約する!………………というセリフから真実の愛で結ばれた二人がハッピーエンドになる芝居の脚本を書いているのだが、なかなか上手くまとまらなくてな。何か良い考えはないだろうか」



王太子のエドアルドお兄様からつい先程、お前がお相手しろ、と押しつけられた方、今宵の夜会の招待客である某国の第一王子フィリッポ殿下が真顔でわたくしに向かって仰った。


ところで、なぜわたくしがこのようなことを真顔で宣う方のお相手をしなければなりませんの?

おおいに疑問ですわ。

まあ、お芝居は好きですからあれこれ考えて差し上げることはできると思いますけれど。


「念の為伺いますけれど、誰と誰のハッピーエンドを想定なさっていらっしゃいますの?」

「もちろん主役のドリーマー第一王子とフラワー・ガーデン男爵令嬢だ」


あら。

ドリーマー第一王子という方が主役でしたの?

つまり冒頭のセリフを宣うのはそのドリーマー第一王子ということですわね。


「するとヴァニティ・タイクーンという方はどのような身分のご令嬢でしょうか」

「おお、まだ言っていなかったな。タイクーン公爵令嬢ヴァニティだ。幼い頃から第一王子の婚約者である。という設定だ」

「つまり王命で婚約者となった方、という設定ですのね?」

「その通りだ。三人は同じ王立学園に通っている。ある日、第一王子は廊下の曲がり角でぶつかってしまったフラワーとお互いに一目惚れするんだ。それから二人はひっそりと愛を育んでいくのだが、婚約者のヴァニティが陰でフラワーを虐め、二人の愛の障害になる。という設定だ」


わりと陳腐な、いえ王道のよくある筋書きですわね。

でも登場人物に個性があれば話は俄然面白くなるというもの。

そこは脚本を書く者の腕の見せ所ですわ。


「ドリーマー第一王子はどのような人物設定ですの?」

「金髪碧眼でスラリと背が高く見目麗しい容姿をしていて、聡明で人望がある。という設定だ」


照れ臭そうなお顔をなさっているということは、ご自分をモデルになさったということでしょう。

いかにも王子様らしい設定ですけれど、ちょっと物足りないような。


「フラワー嬢の人物設定はどのように?」

「ピンクブロンドでぱっちりとした緑の瞳が印象的な美少女だ。声も高めで可愛らしい。小柄だが身体つきはとても女性らしいのだ。お高くとまることはなく誰とでも仲良くなれる性格だ。だが男に人気があるため女性陣からは疎まれていて、彼女たちからの虐めに健気に耐えている。という設定だ」


ずいぶんと嬉しそうに詳しく描写なさいますこと。

実在の人物にそういう方がいるようですわね。

ただ誰とでも仲良くなれるのに女性陣から疎まれるという矛盾。

男性に人気というのならあとはお察し、ですけれど。

それにしてもこの方がヒロイン?

女性にはあまり好まれないタイプに思われますけれど、このお芝居、大丈夫かしら?


「ヴァニティ嬢の人物設定はどのように?」

「金髪碧眼できつめの切れ長の目をしている。背丈は平均的だな。美人は美人だが冷たい女だ。学園での成績は優秀で、周りには一切隙を見せず近づき難い態度を取る。という設定だ」


恨みがましい言い方をなさいますこと。

この方は頭脳に優れ、学園内と言えども羽目を外したり気を抜くことなどなく過ごされている、と。

王子の婚約者としては頼もしい方のように思われますわね。


ただ、王子とヒロインの個性はありきたりで目新しいところはありませんわ。

このままでは面白いお芝居にはならない気がしますわね。



ハッ?!

もしかするとこれはわたくしに対する試練?

冒頭の王子のセリフにその背景。

地雷ばかりで構成されていますわ。

つまり、その地雷に気づき、それがどのような結果をもたらすのか導き出せ、ということでは?

わたくしも王族のはしくれ。

ここは真剣に考える必要がありそうですわね。

気合いを入れてお相手を致しましょう。

それでは、フォンタナ王国第三王女バレンティーナ、いざ参らん。



「ところで冒頭のセリフを第一王子はいつどこで喋る設定でしょうか」

「学園の卒業パーティーで宣言する」

「まあ。それでその場に三人のご両親、要するに国王陛下、王妃殿下、タイクーン公爵夫妻やガーデン男爵夫妻はいらっしゃいますの?」

「いや。パーティーの参加者は卒業生と在校生の一部に教師の一部くらいだ。それにこれは皆には内緒の話で王子とフラワーだけの秘密。その場で突然婚約破棄を宣言し皆に知らしめる設定なのだ」

「まあ、そうですの。そうしますと、大変申し上げにくいのですが、ハッピーエンドに持っていくのは非常に難しいですわね。この脚本の設定では地雷が多過ぎますから主役のお二人が破滅に向かう未来しか見えませんわ。人物設定から見直さなければお芝居にはならないと思われます」

「ななな何?」


あら。

なぜか殿下が焦っていらっしゃるような?

単なるお芝居の話ですわよね?


「地雷とはどのあたりの事を言っているのだろうか」

「まず王命による婚約、ですわ。この重みは決して無視できません。お芝居と言えどもリアリティは必要ですし、これを適当に扱うとお芝居そのものが陳腐になってしまいますわ。そして設定によると第一王子は婚約者がありながら別の女性とひっそり愛を育んでいる、と」

「その通りだ」

「それは言葉でどう言い繕っても実態はただの浮気。これは致命的ですわ。どう見ても王命による婚約者を蔑ろにしている第一王子と浮気相手のフラワー嬢の方に非がありますから、婚約破棄は第一王子側の有責となり、浮気相手共々責任を問われ、王位継承権剥奪、断種、臣籍降下のうえせいぜい男爵位を与えられるくらいで追い出され、生活力が無い二人は半年も持たずに喧嘩の絶えない夫婦と成り果てる、といった筋書きになりそうですわね」

「いや、それはいくらなんでも想像が過ぎるのではないか?……それに婚約者のヴァニティはフラワーを陰で虐めていたのだぞ?」

「それには具体的な証拠を出して証明する必要がありますわ。フラワー嬢の証言だけでは裏付けがありませんから証拠になりません。それに浮気をされたヴァニティ嬢がフラワー嬢に釘を刺す事は当然の権利ですし、その程度のことで虐めた云々にはなりませんでしょう。そもそも第一王子を横取りしようとするフラワー嬢を公爵家が力尽くで排除してもおかしくないのですから虐めなどという生易しい事はしないのでは?その辺りはどのような設定になさっておいでですの?」

「それは……だな……」


これは設定など考えていないようですわね。

どうも怪しいですわ。

目が泳いでいらっしゃるし。

冤罪でどうにかしようという安易な設定かもしれませんわね。


「いや、それは後にしよう。他の地雷はどのようなものだ?」

「王命による婚約を第一王子が勝手に国王陛下にも内緒で破棄してしまう、というところですわね。これは明らかに越権行為ですわ。国王陛下を驚かせるどころか、確実にお怒りを買ってしまうこと受け合いですわ。やはり王位継承権剥奪、断種、臣籍降下のうえせいぜい」

「待て待て待て。そこまでされるものか?」

「婚約とは家同士の契約でもありますし、王命による婚約となるとその重みはいかほどか。それを浮気相手愛しさのあまり破棄してしまうなど、王命と契約というものの重みを蔑ろにする行いですわ。しかも肝心の王族が蔑ろにするのですもの、これは致命的ですわ。王族が率先して契約を蔑ろにするのだから、その国は上から下までまったく信用ならぬ、と対外的な信用を失う羽目になりかねませんわよね?そうなれば外交のみならず貿易面でも不利になるばかり。国益を損なう結果となってしまいます。国王陛下がしっかりなさっていればそのような話は外部に漏らさぬよう手を打つでしょうけれど、卒業パーティーで婚約破棄となるとその噂は速やかに方々に広がってしまう可能性大。それが引き金となり、やがて国は没落、元凶となった第一王子は国を傾けるきっかけを作った愚か者として名を残す。ハッピーエンドは無理ですわね」

「そ、それは……大袈裟……いや……待て…………うむ、その……まったくないとは……言い切れ……ないか」


最悪の場合を想定して言っただけですけれど、どうやらご理解いただけたご様子。

ほんの少しだけ安心しましたわ。

でも。


「そこまで酷い結果にならずとも、こういった婚約はタイクーン公爵家が第一王子の後ろ盾となる、という約束も含むはず。それが婚約破棄により無効になりますから第一王子の立場はどのみち危うくなりますわね。そのような愚か者は王族には要らぬとなり、やはり王位継承権剥奪、断種、臣籍降下のうえ」

「うむ!確かにそうだ。うむ……で、他にも地雷はあるのか?」


正直に言って地雷しかありませんのに、まだおわかりではないご様子。


「フラワー・ガーデン男爵令嬢ですわ」

「なぜだ?フラワーがなぜ地雷になる?」

「婚約者の公爵令嬢と男爵令嬢では、それまでに受けてきた教育がまったく違います。もし第一王子がフラワー嬢を妃にしたいと思っているのなら、フラワー嬢は死に物狂いで公爵令嬢を上回る教養、知識、マナーを身につけなければなりません。それは二、三年程度でなんとかなるものでもありませんし、身についていない状態でフラワー嬢を王子妃に迎えてしまうと後が大変ですわ」

「何がどう大変になる?」

「そのような王子妃は社交に出せません。そもそも公務をさせられません。妃でありながら実態は単なる金食い虫。それでも社交に出してしまった場合、例えば今宵のような夜会に参加させた時に国外からの招待客に対してマナーで失敗し、それが致命的なことになる可能性があります。得てしてそういう方は無知ゆえにやってはいけない事をやってはいけない相手に対してやってしまうものです。ですが招待客は無知だから仕方がないとは受け取りません。王子妃如きが自分を侮るなど無礼千万である、あるいは王子妃に喧嘩を売られた、と受け取られるようなことになるかもしれません。その結果、国交断絶あるいは武力衝突を招く事態にならぬとも限りません。王子の面目も丸潰れ、どころか二人揃って失脚、死ぬまで離宮に幽閉、もしくは廃嫡、断種のうえ一文無しで追放、最悪の場合、公務ひとつできず国益を損なうばかりで国を危機に陥れた者など生かしておく方が無駄、野に放つには危険と判断されて極刑という可能性もあるかもしれませんわ。そして二人は国を傾けるきっかけを作った愚か者として名を残す。やはりハッピーエンドは無理ですわね」

「そそそそんな……」


なぜか本気で顔を青褪めさせていらっしゃいますわ。

たかがお芝居ですのに、ねえ?


「殿下。ご安心くださいませ。フラワー嬢は学園生活の三年間で王子妃どころか王妃にふさわしい教養、知識、マナーを完璧に身につけてしまった大天才だ、しかも実家のガーデン男爵家は実は公爵家を上回る資産を持っている、という設定にすれば問題は解決しますわ」

「いや、その設定は流石に無理があるだろう」

「あら。殿下もそう思われます?でしたら残念ながらフラワー嬢は地雷のままですわね。そもそもフラワー嬢が本当に賢い方なら愛する王子のため、その立場を慮り、二人の関係を周囲に悟らせることなどしないでしょうし、従ってヴァニティ嬢が陰で虐めることなどあり得ませんものね。どうしてもと言うなら、地雷のままのフラワー嬢は正妃も側妃も無理ですから第一王子が王になってから愛妾に迎えるしかないでしょう。ただそこからハッピーエンドになるかは疑問ですわね」

「なぜだ?」

「王子が愛妾を迎えるなどあり得ませんからフラワー嬢は実家で行き遅れと周りに噂されながら暮らすか市井に置くしかなく、それでも王子の真実の愛の相手なのですからどんな間違いも起こらぬようフラワー嬢の住まう環境を整える必要があります。もちろんそのためには王子の個人資産を使うしかありません。それが長続きするかどうか。無事に王子が王となり愛妾に迎えられたとしても、どこまでいっても金食い虫でしかない愛妾のために国から予算などつきませんから、やはり王の個人資産ですべて賄う必要があります。入る分よりドレスや宝石に化けて出ていく方が多くなり、どこかで資産が尽き果て破綻するのが目に見えるようですわ。やはりハッピーエンドは無理ですわね」

「いや、王子に甲斐性があれば良いのではないか?」

「まあ。その男気、素敵ですわ。王子である間は王太子や王になるために自分を磨き公務に励みつつ、毎日顔を見に行くのは難しくとも最愛の方に甲斐性があるところを見せ、王になってからはさらに忙しく国政に励み、そのうえさらに愛妾のために甲斐性があるところを見せる。忙しくなり過ぎて寝る暇も愛妾に会う時間も無くなりそうな気がしますけれど、真実の愛で結ばれた二人ならばなかなか会えなくともなんのその。心はしっかりと結ばれた二人。真実の愛を貫き通す二人。素敵ですわ」

「む……そうか?」


微妙な表情ですけれどほんのり満更でもない、といった色が浮かんでいますわね。

わたくしは嫌味を言ったはずですのに。

この方、乗せられやすいと言うか素直すぎると言うか、腹黒とは程遠い方のようですわね。


「地雷はそれで終わりか?」


何を仰いますやら。

特大の地雷が残っていますわよ。


「いいえ。まだございます。他ならぬドリーマー第一王子ですわ」

「なぜっ?」

「王族としての自覚も矜持も無いからです。婚約者がいながら浮気をする、王命を軽く見て勢いのまま婚約破棄をしようとする。自分の気持ちが最優先というところがすでに王族としてあるまじき態度ですわね。このままでは他にもいろいろやらかしそうで不安になりますわ。もう少しこう、誰もが認める有能な王子である、という設定になさった方がよろしいのでは?とは言うものの衆人環視のなか婚約破棄を宣言するような王子が有能、というのは矛盾してしまいますわね……どうもこの王子は主役としての魅力に欠けますわ。主役らしいところと言えば顔と身分だけ。いっそのこと、まったくの別人にしてしまうというのはいかがでしょう」

「いや!主役を変えるわけにはいかないのだ。だから………他に何か手は無いものか?二人をどうしてもハッピーエンドにしてやりたいのだ」


なかなかしぶといですわね。


「でしたら第一王子が始めから臣籍降下なさるのがもっともよいと思いますわ」

「自ら王子を辞めろと言うのか?!」

「ええ。王子から自分の有責でよいから、と申し出て婚約を解消するのです。それなりの代償は必要でしょうが、王子が誠意を見せ円満解決に持っていくのです。そしてガーデン男爵家へ婿入りし、フラワー嬢と真実の愛を貫けばよろしいのですわ。未来の王位より真実の愛を選んだ第一王子。こうして死ぬまで二人は幸せに暮らしました、とすればハッピーエンドになりますわ」

「それではフラワーに贅沢をさせてやれないではないか」

「まあ。そこは王子がここぞとばかりに甲斐性を見せるところではありませんの?それに真実の愛の前に贅沢など何の価値もありませんでしょう?流石に真実の愛でお腹は膨れませんから、その分の財産は必要ですけれども」

「や……その……それに王家の後継がいなくなる」

「まあ。設定が第一王子なのですから当然第二王子がいるはずですわね?その第二王子がヴァニティ嬢と婚約を結び直せば良いのです。後ろ盾もそのままになりますしね。年齢が釣り合わないようなら王弟を登場させてもいいかもしれませんわ。とにかくそういう設定にすれば王家も安泰ですわ」

「それは…………そういう筋書きは好きではない」


まあ。

とうとう俯いてしまわれましたわ。

と言うことは、恐らく。


「殿下。もしかして殿下がお望みのハッピーエンドは、第一王子が第一王子のままフラワー嬢を妃として娶る、という事ですの?」


あらまあ。

物凄い勢いで顔が上がりましたわ。

わかりやすい方ですわね。

こうなったらちょっと虐めて差し上げても構いませんわよね。


「でしたら逆転の発想でいくのはいかがでしょう。生きたまま幸せになろうとするから話が難しくなるのです。ここは悲恋にすれば丸く収まるのではありませんか?主役の二人は周りの妨害にも負けず真実の愛を貫き、あの世で結ばれるのです。第一王子は第一王子のまま、結婚指輪をフラワー嬢と交換し合って擬似的に結婚し、あの世での愛を誓い、手に手を取って滝壺に身を投げる、といった形でエンディングとなれば、涙、涙ですわ。これは女性に受けると思いますわ。きっと共感の嵐。いかがでしょう?」


あら?

殿下の表情が歪んでしまいましたわ。


「悲恋は……悲恋は嫌だああああ!」


おやおや。

殿下のお顔が泣き顔に。


「殿下。落ち着いてくださいませ。こうなれば元に戻って婚約破棄をせずにそのまま婚約者と結婚して第一王子はやがて王となり明君となりました、という話にすれば万事解決ですわ」

「それはハッピーエンドなのか?」

「少なくとも誰も没落しませんし、死にません。王が明君なら民も安泰ですわ」

「だがそれではドラマ性が足りぬと思うのだが。それにフラワーはどうなる?」

「それでしたら第一王子とフラワー嬢の仲を波乱万丈の出来事で盛り上げておき、最後に第一王子からフラワー嬢に対してこのように言わせるのです。『私は未来の王位を捨て一臣下となり、君との真実の愛に生きると決めた。苦労するかもしれないが君とならどんな事でも乗り越えられる。私について来てくれるね?』。このセリフに対してフラワー嬢があからさまに怯むシーンを盛り込めば完璧ですわ。つまりフラワー嬢は真実の愛と言いながら実は第一王子の身分とお金が目当てだったと判明する筋書きです。しかもフラワー嬢が虐められていたというのはヴァニティ嬢を貶めるための真っ赤な嘘だった、とすればダメ押しになりますわ。そして精神的にどん底に叩き落とされた第一王子は目を覚ましてヴァニティ嬢の元に戻り、めでたしめでたし、となるのです。顔ぶれは変わりますけど二人はハッピーエンドになりますわ」

「………………」


まあ。

どうなさったのでしょう。

これもご不満なのかしら?

ドラマ性は足りてますわよね?

真実の愛に浮かれた王子が頂点からどん底に叩き落とされるのですもの。

そもそも王子の婚約破棄宣言計画を二人だけの秘密にしたままという時点でフラワー嬢は考え無しですし、愛より身分とお金目当ての人物である方が観客にもしっくりきますのに。

ヴァニティ嬢が目を覚ました第一王子を受け入れるか、となると、かなり作り込まないと説得力に欠けるでしょうけれど、そこを上手く作ればハッピーエンドですわよ?


なかなか難しいですわね。

でもわたくし、かなり頑張りましたわ。

もう飽きてしまいましたし、この辺りで話を切り上げてしまいましょう。


「殿下。もともとこの設定は地雷のみで構成されていたのです。色々と無理があるのですから、人物設定からすべて変える事をお勧めしますわ。少なくとも主役は王子ではなくもっと身分の低い男性にするか、王命による婚約者が始めからいないとするか、とにかく大胆に変えないと脚本はいつまで経っても完成しないと思いますわ」

「……どうやらそのようだな」


あらあら。

しょんぼりと肩を落としてしまわれましたわね。



まったくお兄様ときたら。

わたくしが脚本の粗を指摘する体で殿下の思惑を叩き潰すことが本当の狙いだったとわかってしまいましたわ。

わたくしへの試練かと思って気合いを入れてお相手してしまいましたけれど。

なにしろドリーマー第一王子はどう見てもフィリッポ殿下ご自身のこと。

周りもわかっていてなんとかしたいと思っていたのでしょうが、お諌めしても届かない状態になっていらっしゃるご様子。

本当に婚約破棄宣言を実行されると色々と面倒なので、計画が上手くいくよう下稽古のつもりでわたくしに話をして意見を聞いてみたらどうか、などとどなたかがそれとなく殿下を誘導した、というところかしら。

側近の小言や苦言は聞かなくても、第三者の言葉なら聞くかもしれない、だが同年代や年上の者からの言葉では返って拗れる可能性も、それよりちょうど他国の第三王女で殿下より五歳も歳下のバレンティーナがいるではないか、芝居好きでもあるし、という腹積りだったのでしょう。

それをお兄様が手助けなさった、と。

ほら。

今までこちらの話が聞こえるかどうかという絶妙な位置に立っていたフィリッポ殿下の侍従が、タイミングを見計らったかのように近づいてきましたわ。


「バレンティーナ王女殿下。色々示唆に富む話を聞かせてくれてありがとう。恩に着る」

「お役に立てたのでしたら幸いですわ。フィリッポ殿下のお話もたいそう面白うございました」

「私も楽しかった……よ」


侍従に促され去っていくフィリッポ殿下、とぼとぼと力なく歩いていらっしゃいますわね。

あの様子では婚約破棄宣言は諦める方へ傾いているのでは?

あのセリフを本物のフラワー嬢に言ってみれば恐らく一発で目が覚めると思うのですけれど。


それにしてもフィリッポ殿下の頼りないこと。

あの方、婚約破棄宣言は諦めても王太子の座は。


「あの王子、王太子の座は第二王子に奪われること間違いなしですね」

「ヴァレリオ。そうはっきりと言ってしまったら身も蓋もありませんわよ」


わたくしがフィリッポ殿下と会話している間、少し離れた所に立ち、話が聞こえないフリをしつつわたくしを見守っていた従者のヴァレリオ。

殿下が離れた途端に戻ってきて開口一番にこれですわ。


「バレンティーナ殿下。あの色々足りない王子殿下のお相手、お疲れ様でございました」

「ありがとう。聞いていたの?」

「いえ、ほんの少し風魔法を使って音を拾ったら聞こえてしまっただけです」

「ヴァレリオ」

「殿下の御身を守るために必要なことです」

「あなたのことだから大丈夫だとわかっているけれど、他言は無用よ」

「わかっております。あのような戯れ事、触れ回る方が変人だと思われてしまいますから、頼まれたって喋りません」

「いつものことながら辛辣ね」

「あの方、見てくれは確かに王子らしい王子ですが中身は不安しかありませんね。歳下の殿下の方がよほどしっかりしていらっしゃいます。ニコニコと害意などありませんわという笑顔で次から次へとぶった切る殿下に見惚れてしまいました」

「わたくしも王族のはしくれ。その程度のことはできて当然ですわ。でもあの方は確かに頼りないところがおありで、腹黒には程遠い方ですわね。こちらが話した事は理解してくださるからおバカさんではないけれど、本当ならわたくしから聞く前に自分で気づかなくてはいけないことばかり。知識はあっても応用力に欠けるということかしら?それとも恋に落ちて思考力が散漫に?わたくしには経験がないからわからないけれど、あなたはわかるかしら?ヴァレリオ」

「恋に落ちても思考力は至って正常な者の方が多いと思いますが、アレはまさしく恋は盲目の見本でしたね。フラワー嬢が絡むと思考が停止して理性も常識もすっ飛んでしまうのでしょう。それにお人好しですぐその気になるから騙されやすい方だと見ました。あの調子だとフラワー嬢に強請られるままあれこれ貢いでいるのでは?婚約破棄宣言計画も二人だけの秘密のつもりが周りには確実にバレてますね。恐らく第二王子がしっかりしているのでしょう。だからあの方がこのような場で殿下にコテンパンにされても問題ないということ。これはあの方が動かなくても婚約は解消され、臣籍降下となる気がしますね。その方があの方のためにもなりそうです。上に立つ器ではないがそこそこ優秀、王太子を助けて働く立場なら十分に役立つ方でしょう。フラワー嬢と切れたら、の話ですが」

「わたくしも同感よ。フィリッポ殿下が目を覚まされることを祈りましょう」

「あの、殿下」

「何?」

「アレのような男は殿下の好みではありませんよね?」

「ええ。わたくしの好みは髪と瞳の色が濃く、体ががっしりとした逞しい方ですもの。そしてもちろん腹黒であることも外せないわ」

「それならアレのためにいくらでも祈って差し上げてください」

「何ですの?それは」

「私は男としてアレに勝ったということです」

「?」


よくわかりませんけれど、ヴァレリオが満足そうにしているから良しとしておきましょう。





後日、エドアルドお兄様からこっそり聞かされた話によると、フィリッポ殿下は卒業パーティーの前に、現実のフラワー(仮)嬢に対してあのセリフ『私は未来の王位を捨て一臣下となり、君との真実の愛に生きると決めた。苦労するかもしれないが君となら…………』を言ってみたとのこと。

それ以降、殿下の隣からフラワー(仮)嬢の姿は消え、卒業パーティーは何事もなく催され、皆様楽しまれたそうですわ。

目を覚まされたようで何より、ですけれども婚約者のヴァニティ(仮)嬢はどう思っていらっしゃるのでしょうね。

もう見放しているのでは?という疑いが濃厚ですけれど、そのあたりはわたくしに関係の無いこと。

ですがフィリッポ殿下が良い伴侶に恵まれることを願わずにはいられませんわ。


フォンタナ王国第三王女バレンティーナ齢十二、若輩者ではございますが、フィリッポ殿下に幸多からんことをお祈り致します。


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