異世界転移したら全身パジャマで最強だった件 〜スキル:パジャマ戦士パジャラーで今日も快眠無双ダンジョン攻略中〜
目が覚めた瞬間、パジャラーはふわふわの羽毛布団に包まれていた。顔に触れるシーツは驚くほど滑らかで、空気はほのかにラベンダーの香りがする。これは完全に最高の朝、いや違った。ここ、どこ。そんな感覚が彼女の脳内をゆるやかに通り過ぎた。
薄く目を開けると、天井は見たこともない木組みの造りで、窓の外には知らない鳥が飛んでいた。どこか中世っぽくて、それでいてちょっとゲームっぽい。彼女の頭の中で、ようやく現状が処理される。そう、ここは異世界。夢じゃない。異世界に転移したのだ。
自分の格好に目を落とす。着ているのはもこもこのパジャマ。星と雲の模様がちりばめられていて、袖と裾にはふわふわのレース。ウサギのスリッパを履いた足を動かすと、ぴょこぴょこと耳が揺れる。普段の部屋着、そのままだった。というか、その姿で異世界に来てしまった。いや違う。この格好こそが、今の彼女の戦闘スタイルだった。
ステータスを確認すると、見慣れない項目が表示されていた。そこにはひときわ大きく記された文字がある。転移スキル、パジャマ戦士パジャラー。彼女はそのとき理解した。今の自分が、どんな職業で、どんな能力を持っているかを。
眠ることであらゆる能力が上昇する。寝れば寝るほど強くなり、回復し、スキルが覚醒する。夢の中では魔法すら自由に使え、敵さえも幻影に巻き込んで倒せる。そして目覚めた瞬間に放たれる「寝起き一発ラッシュ」は、あらゆる敵を無に帰す。
そうして、パジャラーは冒険者ギルドに足を運んだ。受付嬢は彼女をひと目見て目を丸くし、その格好で冒険者志望とはおかしいのではと何度も確認したが、ステータスを確認した瞬間に何も言えなくなった。攻撃、防御、魔力、全ステータスが一定間隔で上昇している。そして驚異的な再生力、夢見による予知能力、そして圧倒的な睡眠バフ。
登録からわずか数時間後、初任務として依頼されたのは、森の中にあるゴブリンの巣の掃討だった。パジャラーは現地に赴くなり、布団を敷き、空気を読まずに即就寝。警戒していたギルドの斥候たちは、三時間後に戻った彼女を囲むように倒れているゴブリンの山を見て戦慄した。
眠っている間に、彼女は無意識に敵を倒していた。夢の中で放たれたスキルは現実に干渉し、ゴブリンたちは幻に惑わされ、心を折られ、逃げ場なく敗北した。
その後、彼女とパーティーを組みたいと申し出る者が後を絶たなかった。特に目立ってしつこかったのは、元傭兵のガルザック。粗野で無骨、腕は立つが人当たりの悪い男だった。だが、彼は真剣だった。世界ランクのダンジョンに挑むには、どうしてもパジャラーの力が必要だった。
おれは戦えるが、あんたが寝てる間は絶対に守る。だから一緒に来てくれ。そう言われたとき、パジャラーは眠そうにあくびをひとつしながら頷いた。眠れる場所があるならどこでもいい。それが彼女の基準だった。
彼らが挑んだのは、大陸最深部に存在するダンジョン、沈黙の夢殿。すべての探索者が途中で眠りに落ち、そのまま永遠に目覚めなかったという禁忌の迷宮である。
だがパジャラーにとっては違った。夢の中こそが本領発揮の場所だった。深層に差しかかるころ、パーティーは夢喰いの悪魔に襲われた。人の記憶を食らい、心を歪めて殺す幻獣。その強敵を前にしても、パジャラーは平然と布団を広げ、眠りについた。
目覚めたときには、悪魔は蒸発し、地面には星屑のようなエネルギーの残骸だけが残っていた。彼女が夢の中で放った幻覚魔法スリープイリュージョンは、現実の法則すら捻じ曲げる破壊力を持っていた。
その後も、彼女の実力は数々のダンジョンで証明されていった。どんな敵が現れても、彼女は眠りにつき、静かに解決してしまう。彼女のまわりだけ空気が違った。恐怖も焦燥もない。ただひたすらに、やわらかい、眠気の支配する時間だけが流れていた。
今ではギルドの名物になった。依頼の一覧には「パジャラーが寝やすい環境にしてください」「騒音禁止」「布団搬入可能」といった項目が増え、彼女のために特別ルールが設けられるようになった。
だが当の本人はいつもと変わらない。今日もソファに横になり、スリッパを揺らしながらつぶやく。
次のダンジョン、枕の高さ合うとこだったらいいなあ。
その言葉に、周囲の冒険者たちは無言でうなずき、背筋を伸ばした。彼女が満足に眠れるかどうかが、この国の未来を左右する。それが、もはや常識だった。パジャマ戦士パジャラー。その名は、大陸全土にゆっくりと広まりつつあった。静かに、だが確実に。眠りとともに、彼女の伝説は続いていく。