《無力な病弱女子が死んで転生したら、最強のアンデッド特攻職でした》 シスト、異世界で生者を守るために祓います
息を吸った。だが、何も感じなかった。音もない。匂いもない。痛みすら、もう残っていない。けれど、意識だけは確かにそこにあった。
自分は死んだはずだった。ベッドの上で痩せた腕を見つめ、天井を見上げながら、自分の最後を静かに受け入れていた。病魔に蝕まれた身体では、何をしても無力だった。ただ静かに、少しずつ、終わりを待つしかなかった。
けれど、目を開けた瞬間に気づく。ここは、あの世界ではない。
視界に広がっていたのは、くすんだ紫色の空と、黒く焦げたような大地だった。耳を澄ませば、風の音もない。どこか空虚で、冷たく、乾いた空間。遠くで雷のような魔力が空を裂き、地が震える。
身体は立っていた。何も支えずに。全身に満ちていたあの重苦しい痛みもない。いや、それだけではない。自分の中に、何かが流れ込んでいる。知らない力が、内側からじわじわと湧き上がってくる。
そして気づく。それは死ではなかった。むしろ、生まれ変わったかのような、研ぎ澄まされた感覚だった。
視線を下げた先に、何かが動いた。腐った肌、露出した骨、濁った瞳。人の形をしていたが、生きてはいなかった。呻き声を漏らしながら這い寄ってくる異形。それは紛れもない、アンデッドだった。
そこで、頭の中に直接言葉が響いた。まるで誰かの声が、脳の奥に刻まれるように。
転生者としての適合を確認。職業はエクソシストに決定。魂に眠る祓いの因子を確認。スキルを付与。祓式・白滅、発動準備完了。
理解が追いつく前に、右手が熱を持った。白い光が奔り、掌に凝縮される。腕が勝手に動いた。まるで長年の修練を積んできたような自然な所作で、光を目の前に掲げる。
目前のアンデッドが、低く唸り声を上げる。その瞬間、祓いの光が弾けた。
白炎が爆ぜ、空気が震え、アンデッドの身体を包む。苦悶の声すら出せぬまま、その姿は灰になり、跡形もなく消えていった。
シストはその場に立ち尽くした。腕は震えている。喉は渇いている。頭の中は混乱していた。だが、それでも確信だけはあった。
今の自分は、かつての自分とは違う。異世界に転生したのは事実だった。そして今、自分が得た職業。それは、エクソシスト。
過去に神社の巫女のバイトをしていたことがあった。霊感があるとからかわれることもあった。けれど、あのときは何もできなかった。ただ感じるだけ、ただ怖がるだけの、無力な少女だった。
今は違う。この手に、確かに力がある。白き光は、生と死を隔てる力。死者の脅威を祓い、生者を守るための、唯一の剣。
周囲を見渡せば、同じようなアンデッドが無数にいた。彼らは這い、徘徊し、静かに生者を探している。この世界は死に覆われている。生きる者は少なく、怨嗟と呪いが大地を満たしていた。
ならば、自分がするべきことは一つ。
白き祓いの力で、この地を清める。死に抗う者として、今度こそ何かを守るために生きる。
たった一人でもいい。たとえこの世界に味方がいなくても。この右手に宿った祓いの光がある限り、私は戦える。
シストはもう一度、右手を見つめた。淡い白光が脈動し、静かに呼応している。それは、生の証であり、祓いの力の源でもあった。
この力が、自分をこの世界に必要としたのだとしたら。ならば、すべてのアンデッドを、魂ごと祓ってみせる。
彼女は静かに歩き出す。亡者がうごめく腐敗の大地を踏みしめながら、祓いの光を掲げて進んでいく。もはや、怯えも迷いもなかった。
死してなお、生を望んだ少女は今、異世界の白き祓い手となった。この世界に満ちる穢れを、すべて祓うために。