5日目② 食前・食中
「ああ、もう起きたのかい? 今回はすまなかったねぇ。けがをさせちまってね。」
ーあの“戦場の女”だ。
ドアを開け放しにしているのか、少しヒヤッとする風が足下を吹き抜けた。
俺の右ななめ前から声と風が来た。
「ロこは、ろコら?」
少し前より、ずいぶん痛みが引いた気がする。あのうがい水の効果なのだろうか。
「ああ、唇が腫れてんだね。しゃべりにくそうだ。“ここはどこだ?”ってんだね?」
あのアトスとのやり取りの後だけに、言いたい事が伝わるだけで胸のすく思いだ。
俺がうなずくと、
「ここは、領軍常設隊の屯所だよ。お前さんが気を失ってる間に運んだんだよ。」
声の後ろで複数の足音が入ってきてガタガタ、カチャカチャと何かしている。
「ラぜ?」
なんだか、食い物のいい匂いがしてきた。腹が鳴りそうだ。
「まぁ、それはおいおい話すよ。ようやく筋が読めてきたんでね。」
「ただ、こちとらメシもろくに食ってないんでね。食いながらここでゆっくり話そうじゃないか。」
背後のガタガタ、カチャカチャがやんだ。どうやら食事の用意だったらしい。
「お前さん、スープぐらいは飲めんのかい?」
俺は、激しくうなづいた。食い物の匂いで急に腹が減ってきた。
「リくのはいっラすーフがいい!」
「はははっは!腹が減るってことはイイ事だね!」
「おーい!!肉入りスープをやんな!」
どこか遠くで「了解でーす!」と野太い声が答えた。この部屋の戸は開けっ放しなのだろう。
案外すぐにスープはやってきた。
手に暖かい木の椀とスプーンらしきものを持たされ、むさぼるように食った。
不思議と唇の痛みは感じなかった。
「さぁ、食いながらでいいから、まずは色々と確認させとくれ。」
「喋りにくそうだから、できるだけ“はい”か“いいえ”で答えられるように訊くからね。」
「もっとも、お前さんは顔にでるから大体は分かるがね。ハハハッ!」
食べながら喋っているのだろう。咀嚼音や食器の音を立てている。
身分の高い人は静かに上品に飯を食う、と聞いたことがあるが・・・人ぞれぞれなのか?
俺がうなずくと、
「じゃ、まずお前さんの故郷はデ=トロア村だね。」
!!!!!
なぜ???
ーと思った瞬間、むせて2杯目のスープを吹いてしまった。
「まぁ、驚くわな。 おーい!スープを吹いちまった!代わりと拭くもんを持って来とくれ!」
遠くの方から、また野太い声で応答の声があった。
「なぜ知っているのかは、順を追って後で話すよ。先に確認だけさせとくれ。って大丈夫かい?」
むせて咳込んでいると、右ななめ前から足音がして誰かの手が背中をバンバンと叩いた。
「そんなに以外だったかい? 頼りがないねぇ~。」
片付けが済むと、手に椀を持たされた。
再び喰いつく前に、聞いてみた。
「・・・ラぜ、知っレいウ?」
「まぁ、そんなに焦りなさんな。 後で順を追って言ってやるから。」
「まずは、確認させとくれ。」
いつの間にか席に戻ったのだろう、食いながら喋っている。
「で、お前さんは傭兵で国境警備の任に就いていた。 どうだい?」
俺は首を横に振った。
「シがう。兵役ラ。」
俺も食いながら喋った。滑舌は悪いが、痛みは気にならなくなった。
「ほう!兵役かい! はは~ん・・・兵役は何年って言われたんだい?」
ハスキーな声が、ダミ声になり、なんか悪企みか謎解きをしている感じになってきた。
「ヒらない。終わっラ時に言われる。ホういうもんラと聞いラ。」
なぜ自分の事を喋っているのだろう?あまり情報は与えたくないと思っていたのに・・・
「・・・そうかい、そうかい。やっぱりね。」
相変わらず、食いながら喋っている。
俺は、食っているスプーンを止めた。
“やっぱり”? やっぱりって何だ?
・・・・そうだ、さっき彼女は“筋が読めてきた”と言っていた・・。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、お食事は済みましたかな?お二方?」
聞き覚えのある、磊落だか老獪だか分からない声が、前方の十歩ほどの距離から聞こえてきて、神官が儀式の時に燃やす木ような匂いがしてきた。
??
???
ワドル院長か?
なぜ軍の屯所に孤児院の院長がいるんだ?
やはり偽名だったのか?
「ワド爺、早すぎだよ。まだメシの最中さね。確認作業中だよ。」
「ほら、あいつの顔を見てやんな。白黒してらぁな。」
やっぱり食いながら喋っている。この女どんなけ食うんだ?
「ふぉっ、ふぉっ、“なせ軍の屯所に孤児院の院長がいるんだ?”という顔をしていますな。」
よっこいしょと言う声がして、木の軋む音がした。
やはり、顔に出ているんだな・・・。自身の耳が熱くなるのを感じた。
「ところでワド爺、緘口はしっかりできてるかい?」
今度はスープを飲みなからしゃべっている。しかも音を立てて。
「仰せのとおり、アトスとラディ以外は全貌を掴ませぬよう、断片的で必要なもののみ与えておりますじゃ。いろいろと動いてもらうのには、名分と多少の事実は要りますでな。あー、あとあの二人は外で警備をしとりますじゃ。」
言いながらカチャカチャと音をさせ「ふう゛ーーーっ」と言うと、次第に守備隊の上官が時々吸っていた“きせる”というヤツの匂いがしてきた。
「ああ、上出来だね。 さてと・・・おーい!食い終わったよ!下げとくれ!」
大声で呼ぶと、複数の足音がしてカチャカチャ、ガタガタ音がして、片付ける音がした。
俺の椀も撤収された。
片付けの音がやむみ、ドアの閉まる音がすると、
「ハナシが逸れちまったね。 落ち着たし、一杯飲りながら話すとしようかい?」
というと、足音が近づき、手にカップらしきものが渡され、中に半分ほど液体が入っているのが分かった。
「ワド爺も一杯付き合いな。ただし、ハナシを振られるまでは黙っててくれるかい?」
足音が前方に向かっていった。
「承知、承知。この爺めはしばらく口をつぐんでおきますれば、とくと話されるがよかろうの。」
えらく芝居がかってきこえるが、そうでないのか、わざとそう聞こえるように言っているのか分からないな・・・。
「さて・・・・」




